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巻き込まれて異世界召喚、その果てに  作者: ねむねむ
七章 たとえ我が名が天に焼かれようとも
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二十七話

続きです。

 悲鳴が聞こえる。生きたいと、死にたくないと願って絶叫する人々の声が耳朶を激しく打った。

 

「う……っ」


 怨嗟の声に導かれる形で意識を取り戻した夜光は痛みを訴える全身を無視してゆっくりと周囲を見回した。


「ここは……要塞の敷地内か」


 要塞の中庭――されど瓦礫がそこら中に散乱しており一瞬何処に居るのかが分からなくなってしまう。

 けれども上向けば崩壊する城壁が見て取れ、それによってここが中庭であることを理解した。

 夜光は立ち上がろうとして足が動かないことに気付く。なんだ、と視線を下向ければ大きな瓦礫によって右足が潰されていることを知った。当然痛みはあったが、もはやどうでも良いと感じてしまう。


「面倒だな……っ!」


 夜光は悪態を吐きながら右手に出現させた〝天死〟(ニュクス)で右足の膝から下を切断した。

 悍ましく感じるほどの苦痛が襲い掛かり、鮮血が瓦礫や周囲の地面を紅く染め上げる。

 しかし夜光はそれらを強靭な意思を以て押し殺すと瞬時に再生した右足と無事であった左足を使って立ち上がった。

 

「終わりだな……」


 要塞の現状などここからでもよくわかる。

 守護の要たる戦略級魔法〝聖堅の盾〟は破壊され戦線は瓦解、要塞は空の魔導戦艦からの砲撃と地上の歩兵による攻撃で崩壊しつつある。

 誰がどう見てもここから戦局を挽回できる術など存在しないことが分かるだろう。


(ここまでは想定通り。後は――)


 と思案する夜光であったが、不意にこちらへ向かってくる集団の気配を感知して西の方へと視線を向けた。

 するとこちらへ駆け寄ってくる騎士の集団が見て取れた。掲げる紋章旗は白地に蒼き盾――〝王の盾〟直属の騎士団、〝銀嶺騎士団〟であった。


『閣下!ご無事でしたか』

「……団長か。あなたたちも無事そうで何よりだ」

『ええ、我らは閣下のご命令により要塞西側にて待機しておりましたから……。っとすみません、それよりもご命令を。我らは最後まで閣下と共にある覚悟であります』


〝銀嶺騎士団〟団長はそう言って兜を取ると片膝をついて首を垂れた。その後ろで騎士たちも同じ動作をする。

 出会ってからさほど長い付き合いというわけでもない。けれども彼らは変わらぬ忠誠心を見せてくれる。

 騎士として最初から最後まで主に――〝王の盾〟に仕えるつもりなのだろう。


(その忠義には敬意を表する。頭が上がらない。けど――)


 彼らの忠義は〝王の盾〟に捧げられている。しかし今の夜光はもはや〝王の盾〟として行動していない。


(今の俺は――シャルの〝守護騎士〟として動いている)


 故に最後まで彼らと共に歩むことは出来ない。彼らが主と仰ぐ男は既に主ではないのだから。

 夜光は眼帯を一撫でし息を整えると口を開いた。


「諸君らの覚悟、そして決意は受け取った。その上で命令を下す――生きよ」

『…………はっ?い、今なんと――』

「生きろと言った。諸君らは生きてこの場から脱出し、やがて来る再起の時まで雌伏せよ」


 夜光は思わずといった様子で顔を上げた騎士たちに向けて一気呵成に告げる。


「バルト大要塞は落ち、エルミナ王国もまたアインス大帝国の元に屈服せざるを得なくなるであろう。しかし、それは滅亡を意味するものではない。いつか必ずエルミナ王国は復活する。誇らしく天秤の御旗を掲げ、勇ましく侵略者を追い払う日が絶対にやってくる」


 故に――と夜光は疲労と苦痛に悲鳴を上げる身体を動かし声高らかに命ずる。


「その時こそ諸君らが戦う時だ。国のため、民のため――何より己の騎士道のために立ち上がる時が必ずややってくる。故に今は耐え忍んでくれ。頼む」


 最後に腰を折り頭を下げた。忠義に厚く、死すらも厭わない彼らを説得するためにはここまでしないとおそらく無理だと理解しているからだ。


(だがこれでも折れない可能性がある。その時は……実力行使しかない)


 夜光は冷徹な思考を以て相手の反応を待つ。

 ざわめき、それから沈黙を経て団長の声が夜光の後頭部に振り落ちた。


『閣下は……どうなさるおつもりで?』


 その声音からは答えを予想出来ている者特有の語気の強さを感じ取れる。

 夜光は顔を上げぬまま答えを言った。


「俺はここに残る。指揮官として、最後の務めを果たすつもりだ。それに――出来る限り時間を稼ぎ敵の眼を引きつければあなたたちが撤退する隙くらいは作り出せるだろうと考えている」

『……ならば我らも――と言っても閣下は拒否されるのでしょうね』

「…………すまない」


 騎士たちの気持ちを蔑ろにする行為だ。故に罪悪感が押し寄せる。

 けれども折れる気はない。既に夜光は何を選び、何を切り捨てるかを決めている。

 決して退かない夜光の態度から決意のほどを感じ取ったのか、団長は彼に頭を上げさせると皺が刻まれた精悍な顔に苦笑を浮かべた。


『我らが主は本当に頑固ですな。まあ、歴代の〝王の盾〟にはそういった者が多かったと言いますしこれも宿命なのやもしれませぬ。……畏まりました。我ら〝銀嶺騎士団〟、〝王の盾〟ヤコウ・ヴァイス・ド・セイヴァー大将軍閣下のご命令に従い、この地より撤退し雌伏致しましょうぞ』

「……感謝する」


 夜光は短く礼を言って手短に今後の動きを説明した。


「あなたたちにはこれよりペトラー山脈に向かってほしい。あそこは峻厳かつ入り組んだ地形をしていて――……」


 そして全ての説明を終え、最後に一通の便箋を団長に渡した時、一人の兵士がこちらに向かって駆け寄ってくるのが夜光の視界に映りこんだ。その兵士の表情は青ざめている。


『や、ヤコウ大将軍!こちらにおられましたか』

『君は……通信兵か。一体どうしたというのだ』


 兵士の服装から一目で彼が魔導通信機を扱う者だと見抜いた団長の言葉に、兵士は恐怖と絶望を混ぜ合わせた声音でこう言った。


『王都より緊急入電!王都が……王都が陥落しましたッ!!!』



*****



 時は僅かに遡る。

 ノンネがレオンハルトに書状を手渡した頃、エルミナ王国王都パラディースでは異変が察知されていた。


『お、おいあれなんだ?』

『空に……何かが浮かんでいるぞ!』

『鳥……にしては大きすぎるな。なんだ、あれ』


 北の空にポツリと現れた黒い点は時間が経つにつれてどんどん数が増えていき――やがて天を埋め尽くすほどの大艦隊となって王都の人々に認識された。


『空飛ぶ船……』

『嘘だろ……それって帝国の魔導戦艦じゃねえか!?』

『そんな!バルト大要塞が突破されたっていうのかよ!』

『馬鹿野郎、連中は北から来てるだろ。ってことは東のバルト大要塞が破られたわけじゃねえ』


 ならば何故――と人々は不安と恐怖に苛まれる。

 その間、王都の南側に展開していた王国主力軍はもっと正確に状況を把握していた。


『敵魔導戦艦隊が王都北方より出現!報告にあった敵別動隊と思われます』

『なんだと!?そいつらは北方軍が抑えているはずじゃなかったのか』

『おそらくは突破されたものと……』

『ならば何故今に至るまで連絡がないのだ!魔導通信機でも早馬でも良いから寄越すべきであろうに!』


 天を席巻する魔導戦艦――開戦と同時に北方から侵攻してきた帝国軍別動隊であることはすぐさま把握された。

 けれども解せないことがある。それは別動隊を押させていたはずの王国北方軍から何の連絡もなかったことだ。



――だが、その疑問はすぐに解けることとなる。考えうる限り最も最悪な形で。



 魔導戦艦隊の後、遅れて地上より王都へ向かってくる軍勢の姿が捉えらえたのだ。

 地平線を埋め尽くすほどの大軍勢――掲げる紋章旗は白地に天秤(、、、、、)であった。


『ほ、報告!こちらに向かってくる軍勢は――エルミナ北方軍!!北方軍ですッ!!』


 その報告に一気に騒然となる王国軍の幕僚たち。あまりに信じがたい現実を前にさしもの彼らとて動揺してしまう。

 そんな彼らを宥めながら指揮官たる二人の女性は素早く言葉を交わした。


「アンネ、モーリス将軍と共に各部隊長に通達して軍を動かしてくれ」

「分かったわ。でもあなたはどうするの、エレノア」

「私は王都に向かう。最悪、王族の方々だけでも避難してもらう必要があるからな」

「……気を付けてね。もし本当に北方軍が寝返ったのだとすれば、彼らの主も……」

「分かっている。だが勇者やクロード大将軍らが居なくなったとはいえ、今の王城にはセリア殿下がいらっしゃる。あの方が動こうとしてもセリア殿下がお止め下さることだろう。それに〝金鵄騎士団〟はここにいるが、王都には〝霊亀騎士団〟がいる。護りは万全のはずだ」


 そういってエレノア大将軍はアンネ将軍に後を任せて王都へと馬を走らせるのだった。

 胸中に湧き上がる不安を押し殺しながら。

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