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巻き込まれて異世界召喚、その果てに  作者: ねむねむ
七章 たとえ我が名が天に焼かれようとも
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十九話

続きです。

 一方その頃――エルミナ王国王都パラディースでは飛空艇〝オルトリンデ〟が出航しようとしていた。

 白亜の大聖堂――発着場に鎮座していた銀色の飛空艇には熱が入れられ、高濃度の魔力が船内を循環している。何時でも離陸できる状態であった。

 そんな飛空艇の前の広間には王国内でも主要と言って良い人物たちが集っている。第三王女の出立の見送りにしては驚くほど少ない人数であったがそれも仕方のないことだった。何せ今日のオルトリンデ出航はバルト大要塞への援軍第一陣ということになっているからだ。多くの人々はそれを信じ切っており、それ故にシャルロット第三王女の姿を見られるわけにはいかず人払いをしていた。援軍に非戦闘員であるシャルロット第三王女が同行することはどう考えてもおかしい。万が一にでも彼女の姿を見られるわけにはいかなかった。


「シャルロットよ、大丈夫か」

「……はい、お父様。わたしは大丈夫です。問題ありません」

「…………そうか」


 国王アドルフが大聖堂を背にオルトリンデ側に立つ金髪の王女に声をかければ、彼女は明らかに繕った笑みを向けてきた。

 何時ものような向日葵の如き笑みではない、見る者に痛々しさを感じさせる陰りある笑みだ。

 アドルフは愛娘にそのような顔をさせてしまった己と夜光の不甲斐なさを恨んだが、それを口に出すことはなく前に進み出る。懐から天秤が描かれた金印を取り出しシャルロットの手を取ってそれを握りこませた。


「……お父様、これは?」

「我が国の国璽だ。これがあれば他国との交渉もやりやすかろう」

「えっ……!?う、受け取れません。これは国家の象徴でもあります。これを持つということは国を代表する者――国王ということなのですよ!?」



 シャルロットが驚くのも無理はない。現に事前にこの事を知っていたルイ第二王子やセリア第二王女以外の面々が驚愕し動揺しているのが伝わってきた。

 何せ国璽とは国家の象徴として押す印璽――それを押すということは一国家がその書類に書かれたことに同意しますよという意味になる。文字通りの国家の印なのだ。故に所持する者は基本的に国家元首かもしくは国家元首に一任された宰相や大臣位に就く者ぐらいなものである。

 それをこれから旅立つ第三王女に渡すということは――、


「シャルロットよ、そなたはこれより亡命政府の代表として他大陸へと赴くのだ。ならば王女としての肩書きだけでなく、こうした目に見える保証が必要になろう……どうか受け取っておくれ。余がそなたに渡せるのはもうこれくらいしかないのだ」

「お父様……」

「不甲斐ない余をどうか許しておくれ。父として妃を――そなたの母を守れず、王として国を護ることもできぬ情けない余を……」


 今、この場には関係者しかいない。護衛の兵や王直属の金鵄騎士団すらいないのだ。故にこそアドルフは王としての威厳をかなぐり捨てたのだ。

 彼は老いた身を動かしてそっと愛娘を抱擁する。もう二度と会えないであろうことを理解しているからこそ彼は父として不器用なりに愛情を示したのだ。


「シャル、我が愛娘よ。どうか元気で。健やかに過ごしてほしい。……最も、このような辛い役目を背負わせた張本人が言えた台詞ではないがな」


 とアドルフが自嘲を口にすれば、最後の別れになると悟ったシャルロットが泣きそうになる己を必死に律して父王の背に腕を回した。


「……そのようなことはありません、お父様。まだ整理はつきませんが……それでも立派に役目を果たして参ります。……それがわたしの使命ですから」

「シャル……すまぬ」

「良いんです、お父様。……育てて頂いて、愛して頂いて、本当にありがとうございましたッ!」


 悲哀に震える声でそう返したシャルロットに、アドルフもまた涙腺が緩んだ。

 けれども父として、王として、最低限守るべき威厳というものがあった。故に彼は張り裂けそうな胸の内を隠してシャルロットの背後に立つ面々へと視線を向ける。


「そなたらにも苦労をかける……だが、どうかこの国を、民を――娘を、頼む」


 その言葉に亡命政府の一員として同行する面々はそれぞれ違った反応を見せた。

 勇者である宇佐新は粛々と首を垂れ、江守明日香は納得いかないとばかりにそっぽを向く。

 そんな彼らを心配そうに一瞥してからお辞儀をするのはカティアであった。

 

「お任せください、陛下。この身に代えましても必ずや使命を果たしてごらんにいれまする」

「姫殿下の御身は必ずお守り致します」


 深い敬意を以てそう発言したのは王家に忠義を尽くすユピター家の二人であった。

 テオドール公爵とその息子にして〝王の剣〟であるクロード大将軍もまた亡命政府の一員として飛空艇に乗ることになる。

 彼らの頼もしい言葉に頷きを返したアドルフは五人の顔を見まわし、最後に身を離して娘の顔を見つめた。

 たった六人の亡命政府――前代未聞であった。歴史を紐解いてもこれほど少人数の亡命政府など他にないに違いない。

 けれども計画の機密性や今後の展開を考えればこれ以上同行させることは出来なかった。


「……六人という少数ではある。だが、その分精鋭であると余は知っておる。――そなたらに全てを託す。希望を、未来を、明日を……よろしく頼む」



*****



……それから他の面々が思い思いに別れの言葉を交わした後、亡命政府となる六人の男女は舷梯をつたって飛空艇に乗り込んだ。

 動力源である巨大魔石が生み出す浮力がオルトリンデを垂直に浮かせる光景を見つめる中で、ルイ第二王子は微笑みを浮かべた。


(頼んだよ、シャル。大丈夫、キミは独りじゃない)


〝闇夜叉〟(タナトス)宇佐新に〝剣姫〟(ミトラ)の江守明日香がいる。

 先代〝王の剣〟テオドールに今代〝王の剣〟のクロードがいる。

 それに――、


(〝鍵の巫女〟も無事国外に出せた……この事実は大きい)


 雪のように白い髪を持つ女性を思い浮かべたルイは小さく息を吐いた。

 彼女――カティア・サージュ・ド・メールが継承している特異な力(、、、、)について知っているのはアドルフと己だけだ。尤も、王はルイが知っていることなど把握していないだろうが。


(けれどそれでいい。その方が好都合だ)


 ゆっくりと浮上していく銀色の空飛ぶ船を見つめ続けながらルイはほくそ笑んだ。


(ヤコウくん、キミが一番譲れないだろう彼女についてはボクも手を加えなかった。けどね、この後は違う――)


 音を立てて青空を北に向かっていくオルトリンデはやがてその姿が見えなくなった。

 それを皮切りにアドルフが残った面々に指示を出していく。

 ルイも父王の命を受けて一礼するとその場を後にした。

 大聖堂を抜け、大階段を降りて王城内へ。

 それから自室に戻ったルイであったが、休むことはせずに部屋の一角に銀眼を向けて言った。


「彼女らは旅立った。()の様子はどうだい?」

『――予定通りに進んでおります。書状はこちらに』


 部屋の隅から音もなく姿を見せた黒ずくめの男はルイの前に進み出るなり片膝をついて報告した。

 その男――密偵が差し出してきた一通の便箋を受け取ったルイは躊躇いなく開封して一気に読み切る。内容に満足して頷くと掌に紫炎を出して便箋を消失させた。


「確かに予定通りだね。これなら問題はない。各所に合図を送って事態を動かしてくれ」

『御意……』


 銀の王子の命令に粛々と一礼した密偵は再び闇へと姿を消した。

 それから視線を外したルイは窓辺へと向かう。眼下に広がる城下街は平時よりも慌ただしい気配に包まれていた。


「……この風景を、光景を護る。その為にボクは〝悪〟となろう。だからヤコウくん、キミは〝善〟になってくれ。王国を照らす光になってくれ」


〝雪華〟の異名を持つ王子は中性的な美しさを持つ顔に決意を浮かべた。

〝堕天〟した〝魔人〟である彼を以てしてもこれほど何度も決意しなければならない展開が、王国に訪れようとしていた。 

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