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巻き込まれて異世界召喚、その果てに  作者: ねむねむ
七章 たとえ我が名が天に焼かれようとも
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十八話

続きです。

 神聖歴千二百年八月二十一日。

 この日、長きに渡りバルト大要塞を――ひいてはエルミナ王国を守護してきた戦略級魔法〝聖堅の盾〟(イージス)がその効力の大部分を消失させた。


『魔力の流れを上空に回せ!とにかく魔導戦艦だけは防ぐんだ!!』

『ヤコウ大将軍が運んでくださった魔石を魔力炉に入れろ。中枢の魔石から魔力が失われれば今度こそ〝聖堅の盾〟が消えちまうぞ!』


 事の発端は昨夜、突如として敵魔導戦艦隊旗艦から放たれた雷撃によって〝聖堅の盾〟が大きく破損してしまったことにある。

 たった一撃であったにも関わらず齎された被害は甚大で、〝聖堅の盾〟を維持する巨大魔石の魔力が一気に枯渇寸前まで追いやられたのだ。

 あわや魔法が解ける――という寸前で要塞司令官クラウス大将軍は決断し一つの命令を下した。

 それが〝聖堅の盾〟の守護範囲を一部に限定することで維持するというものであった。


「〝聖堅の盾〟の範囲を上空のみに限定することでの維持……けれどそれでは地上が護りきれない」

「ああ……だからここからが本番だ。敵地上戦力百万の猛攻をできるだけ長く凌ぐぞ、ヤコウ」


 バルト大要塞の司令室で朝から軍議を開き、先ほど終えた夜光はクラウス大将軍と共に城壁の上へと向かった。そこから地上を見下ろせば人の群れがひしめいていることが分かる。

 夜光の常人離れした視力を以てしても見渡す限りの大地は敵兵で埋め尽くされていた。これには周囲に立つ味方の兵士たちも恐怖を抱いたのか顔を引きつらせている。


(不味いな……士気の下がり方が尋常じゃない。これだと一撃でこちらが瓦解する恐れがあるぞ)


 元々バルト大要塞で長い間極限状態に置かれていた彼らの士気は日々低下していた。夜光が援軍を連れて物資を運んできた際には若干持ち直したが、それでも開戦前とは比べようもない。

 

(無理もない……兵力差は十倍、加えて王国の主力は王都に留まったままでいつ援軍として駆けつけるのかが分からないとなれば誰だって不安になる)


 そこに開戦からずっと敵の猛攻を防いでくれていた〝聖堅の盾〟が眼に見える形で崩壊しつつあるのだ。これではいくらエルミナ王国随一の精兵とうたわれし東方軍の将兵であっても士気を保てという方が難しいというものだろう。

 だが――、


(崩れるにはまだ早い。せめて八月の終わりまでは持たせたい)


 王都の者たちが諸々の準備を終えるまでにはまだ時間がかかる。彼らの準備が整うまでバルト大要塞に敵を釘付けにしておく必要があった。


(その為には虚勢でも何でも良い。無理やりにでも士気を高めなければいけない)


 そう判断した夜光は腰に吊るしていた〝天死〟(ニュクス)を抜き放って切っ先を曇天に掲げた。

 昏き闇を切り裂く光のような輝きを放つ白銀の剣に誰もが注意を向けた。


「諸君、恐れる必要はない」


 何を言い出すのか、そう言いたげな者が大半であっただろう。けれども若き大将軍の堂々たる姿に誰もが言葉を飲み込んで続きを待った。


「確かに敵は強大だ、それは認めよう。しかし、我らにはまだ希望がある」


 夏特有の熱気を多分に含んだ風が彼の前髪を弄ぶ。武骨な眼帯が異様な雰囲気を醸し出し、黒玉のような隻眼に宿る苛烈な意思が多くの将兵に息を呑ませた。


「〝聖堅の盾〟は確かに破損した。だが、それは一部であり、かの偉大なる魔法は今でも我らの頭上を護ってくれている」


 その言葉に誰もが首を上向ける。そこには半透明にはなってしまったが、確かに戦略級魔法の輝きがあった。


「王都からは今まさに王国の主力がこちらに向けて進発を開始していることだろう。他にもエルミナ各地から続々と援軍がこちらに向かいつつある」


 嘘だ。だが、それでも嘘だと知らなければそれは真実になる。

 そしてその真実は絶望の淵に居た者たちに確かな希望を与えたのだ。


「そして!何より、ここには鉄壁を誇るバルト大要塞があり、我らが居る!王国最強の兵たる君たちが、〝征伐者〟たるクラウス大将軍が、〝王の盾〟たる俺が居る!!」


 故に夜光は声高に宣言する。


「これほどの好条件がそろっているのだ。であれば――何故、恐れる必要がある?」


 僅かな沈黙があった。だが、一拍後には大音声によって破られる。


『恐れる必要なんかねぇ!俺たちなら勝てる!!』

『やるぞ――帝国の糞どもを追い払ってやる!』

『我らに〝月光王〟の加護あれ!〝征伐者〟に栄光あれ!』

『〝王の盾〟万歳!〝不屈〟の大将軍に栄誉あれ!』


 兵士や騎士たちが思い思いの言葉を叫び、口々にクラウスと夜光を称える言葉が発せられる。

 熱狂の渦が巻き起こり熱波と交じり合って凄まじい熱さと暑さが要塞全域に広がっていく。

 その様子を確かめた夜光は頷きを一つしてから〝天死〟を仕舞い額に浮かんだ汗をぬぐう。

 今まで黙って成り行きを見守っていたクラウスは呆れと感心がない交ぜになった灰眼を彼に向けた。


「お前、本当にこの間まで只の民間人だったのか?」

「ええ――善良な民の一人でしたとも」


 嘘塗れな現在の夜光の言動の中で、数少ない本当のことであった。



*****



 同時刻――アインス大帝国軍、魔導戦艦隊旗艦〝ナグルファル〟。

 その艦橋に拵われた豪奢な司令官用の椅子に座するレオンハルト皇帝は、正面に浮かぶ半透明な五つの映像画面に眼を向けていた。映像には帝国が誇る偉大な武将たち――〝護国五天将〟の姿がある。


「時は来た。もはや地上にかの大魔法の力は及ばない。今こそ、諸君らの力を余に見せてほしい。列強諸国の悉くを屈服させた諸君らの武威、今一度三千世界に示して見せよ」


 実に抽象的な命令であった。けれどもその意味を、内容をくみ取れない者は大将軍たちには存在しなかった。


「お任せください陛下。必ずやご期待に沿う結果をご覧に入れましょう」


 と〝西域天〟アルトリウス大将軍が首を垂れ、


「我らにお任せを。皇帝陛下はゆるりとお待ちくだされ」


〝北域天〟アイゼン大将軍が老いに負けぬ覇気ある声を発し、


「任せてください、陛下!王国の連中なんて一人残らずぶっ飛ばしてみせますよ!」


〝東域天〟ロンメル大将軍がその熱い意気込みを気炎として吐けば、


「陛下の御手を煩わせは致しませんわ。我々が陛下の覇道を阻む賊徒を誅罰致しましょう」


と〝南域天〟レーナ大将軍がその柔らかな物腰とは裏腹な苛烈極まる宣言をした。

 彼ら四人の忠臣たちの言葉に満足げに頷くレオンハルトは、最後に奇妙な仮面を被った男が映る映像に黄金の瞳を向けた。


「シュバルツよ、そなたは我が命にどう応える?」

「……決まっているさ」


 何処か面白がるように仮面の男――〝帝釈天〟シュバルツ大将軍を見つめるレオンハルトに、黒衣の男は気負いのない返答をする。


「あなたがアインスの為に動いている以上は協力する。それが僕とあなたとの間で交わされた誓約だろう?なら――従うだけさ」

「……シュバルツ大将軍、皇帝陛下に対し無礼じゃないかな」

「良い、アルトリウスよ。余とシュバルツの間に交わされた誓約上、態度など問題にはならぬ」


 それに、と〝創神〟の末裔たる獅子の皇帝は笑った。


「我が祖先〝獅子心王〟と対等な友であった〝英雄王〟の末裔がシュバルツである。であれば余とシュバルツも同じような関係でいたいものだ。そうは思わぬか、シュバルツよ」

「……さてね。それよりも――〝神剣〟を手に入れたようだね。その力で〝聖堅の盾〟を破壊したんだろう?」


 レオンハルトの言葉に回答を濁したシュバルツは話を逸らした。露骨ではあったが、決して無視できない話題――現に他の四人の大将軍らが程度の差こそあれ関心を向けていた。

 特に隠すようなことでもない。しかし何故――否、一体どうやって〝仮面卿〟はこの情報を知りえたのだろうか。


「……確かに余は神剣を――〝月光王〟が創造せし〝天霆〟(ケラウノス)を手にした。だがこのことはまだ誰にも明かしていなかった。一体どうやってそなたは知りえたのだ?」

「僕の〝眼〟を欺くのは難しい――これじゃあ答えにはならないかな」

「……なるほど、そなたの左眼――〝天眼〟(アマテラス)があったか。万物万象を読み解くと言われるかの神なる瞳の前では隠し事など出来ぬということか」


 この世界には特異な〝力〟を持つ瞳が六つ存在していた。

 それらは大きく二種類に分類され〝三種の神眼〟と〝三種の魔眼〟として世に知られている。

 その中でも特に有名な瞳である〝天眼〟は前者に分類されており、森羅万象、万物万象を読み解くことができるとされていた。

 

「〝英雄王〟とその末裔のみが所持を許されし神眼……その〝力〟の前では謎など存在しえない、か。まったく厄介な代物よ、そうは思わぬかロンメルよ」

「え、ええ!?ここで俺に振ります!?い、いやぁ俺としては凄く羨ましい力だなとしか……」

「どうせお主には使いこなせぬよ、ロンメル」

「はぁー!?そんなのやってみなきゃわからないだろうが、爺さん!!」

「ふふ、宝の持ち腐れというやつですね」

「ちょ、レーナ様まで!?酷いですよ!」

「……皆、陛下の御前だぞ」


 レオンハルトが会話をロンメルに振れば、彼は何とか答えるが、それをアイゼンやレーナが混ぜっ返す。するとアルトリウスが苦言を呈した。

 そんな仲睦まじい光景をシュバルツは仮面の下で哀愁漂う表情を浮かべながら見つめていた。その虹彩異色の双眸には過去に対する懐古と現在に対する羨望が入り乱れている。

 しかし、彼はそれらを口にすることはなく、代わりに仮面に触れながら言った。


「……とにかく、僕は占拠したバルト大要塞の内部から攻勢を仕掛ける。出来るだけ敵の眼を引きつけるつもりだからキミたちはその間に城壁に接近するといい」

 

 その言葉にシュバルツを除く四人の大将軍たちは頷く。レオンハルトも切り替えて笑みを引っ込めると力強く命令を下した。


「予想以上に長く停滞を強いられた。だがそれももはや終わりの時――否、我らの手で終わりにするぞ」


 こうしてバルト大要塞攻略戦、最終局面が始まるのだった。


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