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巻き込まれて異世界召喚、その果てに  作者: ねむねむ
七章 たとえ我が名が天に焼かれようとも
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十七話

続きです。

「ふざけんな!」

「っぐ……!」 


 一部(、、)を除いたほぼ全てを語り終えた夜光は激昂したクラウスに殴り飛ばされていた。

 これは予想出来ていたことであるし、夜光とてクラウスの立場だったのなら同じようにしただろうという確信がある。故に彼は甘んじて〝征伐者〟の拳を受け入れたのだ。

 

「俺たちに……ここで国家の為、民の為に血を流し、耐え忍んでいる兵たちに死ねと、今後の為の礎となれとお前は言うのか!?あぁ!?」

「……そうです。あなた方には俺と共に戦い――護国の鬼となって頂きたい。それがこの国を救う唯一の手段と俺は考えます」


 長椅子を巻き込んで床に転がった夜光は起き上がりつつも憤怒の形相を浮かべるクラウスの灰眼を見た。これだけは譲れないと断固たる意志を以て。

 あまりの怒りから肩で息をつくクラウスであったが、こちらが凄まじい殺意を込めても眼を逸らさない夜光の黒瞳から彼の決意と覚悟のほどを感じ取って大きく息を吐いて殺気を抑える。それでも隠しようのない怒りは荒々しい魔力となって空間を圧迫していた。


「……ヤコウよぅ、俺たちのような軍人や騎士は国を護るためなら死ぬ覚悟だって持ってる。だから誰も逃げずに今まで戦ってきた。けどよ、敵と戦って力及ばず死ぬのと、予め死ぬ役割を負わされて死ぬのとじゃあ天と地ほどの差がある。分かるか?」

「…………分かりますよ」


 前者はまだ良い。いや決して良くはないのだが、少なくとも一定の納得は得られる。誰かを護る為に戦い死ぬ――それは軍人として、騎士として誉れであるからだ。

 けれども後者は違う。ここでお前が死ぬことは計画の一部であり、結果的に国家を救うことになる。故に死ね――そう言われて一体何人が納得できようか。それで納得できるのは本当に極僅かな――例えば狂信的な愛国心を持った者等――一部の例外だけであろう。


「今後の為に捨て駒として散れ……そんなことを言われて、はいわかりました、なんて言える奴はいないでしょう」

「分かってんだったらなんで――」

「そうするしかないからです」


 怒気を吐き出すクラウスの言葉は夜光の感情を押し殺した声に遮られる。


「他に良い案があればそっちにしましたよ。でも俺を含めて誰も代案を出せなかった。それほどまでに現状は詰んでいるんです」


 国内は内乱で疲弊しきっている。それに対して敵は強大だ。


「悠長なことは言ってられないんです。選択肢なんてありません。もう犠牲なくして勝利は掴めないところまで来てしまった」


 この計画の発案者たる夜光とて忸怩たる思いなのだ。このような悲劇的で、犠牲ばかりな案しか出せない己が許せなかったし認めたくなかった。だがしかし、同時に未来を掴むためにはこれしかないという確信もあった。だから決行したのだ。


「俺だって死にたくない。まだやるべきこと、やりたいことだって山ほどある。シャルにもう会えないなんて考えただけで辛すぎます。でも――それでもやるしかないんです」


 やりたい、やりたくないではない。できる、できないでもないのだ。

 やらなければ全てが終わる。エルミナという国が消え、兵は死に、民は搾取される。

 戦争における敗戦国の末路は古今東西そうと決まっているのだ。勝者が敗者から全てを奪い糧とする。殺伐とした結末――されどそれは古より世界に君臨し続ける不変の理でもある。


「最後に笑う者が勝者です。最終的に勝てばいい。だからそのために――俺とここで死んでください、クラウスさん」


 色々と理由付けを行っているが、夜光が言っているのは心中してくれという破滅的な願いに等しい。

 普通であれば一蹴している所だ。けれども現状は普通ではない。もはやまともな策や案では勝ち目など皆無であると今日まで最前線で戦い抜いてきたクラウスは良く理解していた。

 

(俺だってそんくらいわかってるさ。それに――)


 と、クラウスは夜光の隻眼を睨みつける。その黒玉(ジェット)の如き瞳に宿る感情は様々だ。

 悲哀、悲憤、憤怒、怨嗟――どれも昏い感情ではあるが、それらを超える決意と覚悟の光が浮かび上がっているのもまた事実であった。


(こいつだってまだ生きたいだろうに……それでもこの国の為に命を捧げるってのか)


 夜光はこの国の出身ではない。それどころか半ば拉致という形でこの国に――世界に喚び出された少年だ。

 いくら彼が〝王盾〟に選ばれた大将軍と言えども、本来であれば彼がここまでエルミナ王国に尽くす義務も義理もない。彼はこの国の王位にまつわる一連の騒動の犠牲者なのだ。この国を見捨てて逃げても誰も文句は言えない。


(それなのにこいつは最後までこの国の為に戦ってくれると言っている。なら、俺は……)


 先輩として、先達として――何よりこの献身的なこの少年に対し、示すべきものがあるはずだ。

 そう考えた時、クラウスは自然と口を開いていた。


「……部下には言えねぇ。このことは墓場まで持っていく。最大限譲歩してこれだ。……いいな?」

「勿論です。どのみち兵士や騎士たちに言うつもりはありませんから」


 伝えれば士気が落ちる。最悪脱走兵が相次ぎ前線が崩壊する恐れがあった。故に夜光はバルト大要塞にてこの計画を明かすのはクラウスのみと初めから決めていた。

 夜光は立ち上がると床に転がっていた長椅子を掴んで元の位置へと戻す。

 そんな彼の動きを捉えながらクラウスは一つの疑問を発した。


「……なぁ、ヤコウ。お前はこのことを俺に伝えないって選択も出来たはずだ。なんで最後まで黙ってなかったんだ?」

「バルト大要塞の司令官たるあなたの協力が得られると動きやすくなるという打算と……」


 そこで一旦区切った夜光は自嘲の色濃い笑みを浮かべてクラウスの方へと振り返る。


「俺が抱いている罪悪感の解消の為に話しました。……軽蔑して下さって結構ですよ?」


 真意を告げられたクラウスは極めて真剣な表情でこう返した。


「尊敬はするがその逆はねぇよ。……この大馬鹿野郎」



*****



 夜――それはアインス大帝国における三大神の一角〝戦女神〟(アテナ)の時間だ。かの偉大なる神は帝国初の女帝であり、神々の一柱――〝月光王〟でもある。その威光は帝国全土のみならず人族が住まう南大陸全体を照らしていたという。


「だがそれも二百年前のこと。今やかの〝王〟は姿を消して久しい」


 アインス大帝国でも一部の者しか知らない機密情報を口にするのは現皇帝――レオンハルトであった。彼は己以外誰もいない戦艦〝ナグルファル〟の上甲板に立ち天を見上げている。人族を守護する〝王〟の輝きは厚雲に覆われて認めることができない。


「故に現在のアインスの守護者は余である。余が民を護り、国家により一層の繁栄を齎さねばならないのだ」


 その為の対外戦争、その為の親征である。アインス大帝国を南大陸の覇者に――否、世界の(、、、)覇者にする義務が皇帝たる己にはあるとレオンハルトは真実、そう考えていた。


「皇帝とはそうあるべきなのだ。自国の権益を追求し、民により良い暮らしをさせる。それこそが皇帝の義務であり責務である」


 聞く者がいないこの場にあってはまるで己に言い聞かせているようにも感じられるがレオンハルトの場合は違う。彼は本気(、、)で皇帝とはそういうものだと考えている。

 故に――、


「手を取り合い仲良しこよしの上に成り立つ平和など危ういだけだ。〝月光王〟よ、余はそなたを尊敬しているがそこだけは気に入らぬ。諸国の王に認められて成りし〝人帝〟など所詮は偽りにすぎん」


 レオンハルトは決意したのだ。対話による王道を歩むのではなく、血と力による覇道を歩むと。

 他国、他者の屍の上、屍山血河の果てにこそ真の平和があるはずだ。一国による世界統一(、、、、)を成し遂げてこその〝人帝〟であると彼は考えている。


「余が新たなる神となって天に立つ。古き神々――〝王〟どもなど不要であると、世界に示して見せようぞ」

 

 その暁にこそ帝国に至上の繁栄を齎すことができるだろう。千二百年もの歴史を誇る超大国に更なる千年の栄華を与えることができるだろう。

 と、彼が世界に宣言したその時だった。

 

「……む、何事だ」


 異常なまでに強大な気配を感じ取ったレオンハルトが頭上を見上げた。

 同時に腹の底にまで響き渡るほどの轟音――雷鳴と共に黄金の光が厚雲を切り裂いて獅子たる皇帝の眼前に降り落ちた。そのあまりの音と閃光に彼は思わず目を瞑る。

 やがて視界を焼く極光が収まった時、レオンハルトの黄金の瞳は一振りの剣の姿を捉えた。



 雷電を纏いし神々しき剣――〝天霆〟(ケラウノス)が顕現していた。



 凄まじい覇気と力の鼓動――されどレオンハルトは気圧されず、むしろ不敵に笑って右手を突き出した。


「余に従い、共に覇道を歩まんと欲するならば我が手に収まるが良い。さもなくば去れ」


 眼前に顕現せし剣を神剣だと理解した上での傲岸不遜なる発言。だが、自らが神になると宣言したこの男であればその不敬は許される。

 その証拠に〝天霆〟はゆっくりと宙を進み――レオンハルトの掌に収まった。

――ここに今、〝天霆〟は真に相応しき主を得たのだった。


「ふむ……なるほど、そなたは〝天霆〟と申すか。よし、ならばまずはそなたの力を示してもらうとしよう」


 レオンハルトは〝天霆〟から流れ込んできた情報を咀嚼するなりその切っ先を前方――長大な要塞を覆う半透明な魔力障壁へと向ける。

 そして一言、命じた。


「破壊せよ」


 直後、レオンハルトの手にする剣から凄まじい雷撃が迸り〝聖堅の盾〟(イージス)に襲い掛かった。



 次いで――世界が割れる、音がした。

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