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巻き込まれて異世界召喚、その果てに  作者: ねむねむ
七章 たとえ我が名が天に焼かれようとも
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十六話

続きです。

 同時刻――エルミナ王国王都パラディース。

 碧羅の天が見下ろす地上――白亜の大聖堂には異様な雰囲気が漂っていた。

 通路には騎士が立ち並び、抜剣こそしていないものの何時でも抜けるようにと気を張っている。

 明らかに普段とは異なる様子の大聖堂を新は明日香と共にシャルロット第三王女の護衛として歩いていた。その表情には不審の色が濃く表れている。


(急に呼び出されたわけだが……王女まで一緒とは一体どういうことだ?)


 進んだ先にあるものが飛空艇オルトリンデであることは新も知っている。荷物の積み込み等、諸々の準備を終えて出立するだけというのも聞き及んでいた。

 故に遂に出陣かと新や明日香は考えたのだが、それでは非戦闘員であるシャルロット第三王女を連れていく意味が分からなくなる。


(……単に見送りか?いや、だがそれなら彼女を連れていく役目は、王城の敷地内なんだから他の騎士や兵士に任せればいいだけだ。俺たちと来させる意味がない)


 それに――と新は通路の両側に等間隔の隙間を空けて立つ騎士たちに視線を向けた。彼らの表情は甲冑を被っているが故に確認することはできないが、これほど露骨に緊張感を漂わせているのだから只事ではないのだろう。

 つまり、単なる見送りではないということだ。


(何が起こっている……?)


 つい先日も奇妙としか言いようのない命令が下ったばかりだ。王都近郊に集結しているエルミナ王国軍主力を再編成し待機(、、)せよ、という。

 明らかにおかしな命令だった。現在の戦況は悪化の一途を辿っている。すぐにでも国境と北方に援軍を送らなければならないはずだ。なのに国王から下った命令は待機の一言である。これには新も含めて多くの者が不信感を抱いていた。


「ねぇ、新くん。私ね、凄く嫌な予感がするんだ」

「……奇遇だな、俺もだよ」


 それは平時は能天気を地で往く明日香も同じ思いだったのか、隣を歩く彼女の表情は怪訝そうなものであった。

 新は彼女の言に同意だと頷くと声を潜めて言った。


「……いつでも固有魔法を発動できるようにしとけ。大丈夫だとは思うが、一応な」

「うん、わかった」


 これだけ物々しい――物騒な雰囲気で満ちているのだ。いくらここが味方の本拠地といえども警戒するに越したことはないと新は考えていた。

 それからふと、視線を前に向けると長い金髪を揺らしながら歩く第三王女の姿が瞳に映りこんだ。心なしか普段よりも覇気がないように感じられる。


(無理もないか。夜光が行ってしまったしな)


 彼女が最も信頼を置く人物は誰かと問われれば、城の者は挙って〝王の盾〟の名を挙げることだろう。それほどまでにシャルロットと夜光の信頼関係は厚いものであった。


(夜光……今すぐそっちに向かうぜ。だからそれまで死ぬんじゃねえぞ)


 夜光に目を覚まさせられた新はその後明日香と話し合い、共に勇と陽和を取り戻すことを誓い合った。上手く話せるか不安であったが、どうやら明日香も夜光によって目を覚まさせられたらしく共に戦うことをすんなりと了承してくれたのだ。


(俺も明日香も前を向いた。もう迷わねえ。だから……)


 夜光と共に並び立ち、共に戦う。その為に僅かな時間を使って鍛錬を行った。

 本当に短い期間であったから劇的な成長とはいかなかったが、それでも以前のようにノンネに対して一方的に嬲られることはないはずだと新も明日香も確信している。


(今行くぞ夜光。一緒に帝国とやらを追い返そう!)


 と、力強い足取りで飛空艇の発着場に踏み込んだ――



――故に彼らは絶望することになる。



 発着場に新たちがたどり着いた時、そこには錚々たる顔ぶれがそろい踏みしていた。

 エルミナ王国〝四騎士〟が二人、クロード大将軍にエレノア大将軍。

〝三将軍〟と名高いモーリス将軍にアンネ将軍。

 王族たるルイ第二王子にセリア第二王女。

 時期大臣と目されているテオドール公爵に王国内でも屈指の魔法使いであるカティア。

 そして――最奥、飛空艇オルトリンデの搭乗口前に立つのはこの国の長、現国王であるアドルフである。

 彼は長い闘病生活でやせ衰えた細身であったが、シャルロットの固有魔法で快復したおかげで銀色の飛空艇を背に立つ姿に確かな威厳を見せていた。


「我が愛娘よ、よく来た。シン殿にアスカ殿もよくぞ参った」


 豪奢な衣装を纏うアドルフの覇気ある声に思わず片膝をつこうとしたが、王はそれを止めると傍に立つテオドール公爵に視線を送った。

 それだけで何をするべきか理解したテオドールは努めて無表情を維持しながら前に進み出て懐から三通の手紙を取り出した。そしてそれぞれをシャルロット、新、明日香に手渡す。


「……これは一体誰からのものでしょうか?」

「…………ヤコウ大将軍からです」

「っ!?」


 テオドールのその言葉にシャルロットは即座に封を切ると手紙を読み始めた。新は明日香と顔を見合わせて頷きを一つすると手紙を開けた。

――そして、その内容に唖然、絶句してしまう。


「……は…………?な、んだこれ、は……」

「……嘘、だよね?だって、え?こんなのって――」


 新は頬を引きつらせ、明日香は誰か否定してほしいと周囲を見回した。

 そしてシャルロットはというと――、


「っ、待てシャル!どこへ向かうつもりだ!!」

「決まっています!ヤコーさまの元ですッ!!」


 姉であるセリア第二王女の驚く声を振り切るようにして駆け出した。その方向は大聖堂である。

 裾の長いドレス姿であるというのに器用に駆ける彼女を咄嗟に止められる者はいない――そう見えたが。


「おっと、おいたはいけないよシャル」

「なっ――放してください、ルイお兄様!!」

「それはできない相談だね」


 先ほどまで離れた位置に立っていたはずのルイ第二王子がいつの間にかシャルロットの眼前まで回り込んでいた。彼は赤子の手をひねるが如くシャルロットの腕を掴んでそのまま抱きとめてしまう。

 彼女は必死に抵抗するが、銀髪の王子は男――加えて〝堕天〟した〝魔人〟でもある。いくらシャルロットが固有魔法を持つと言えども戦闘向きではないが故にルイの腕力に抗うことは出来なかった。


「放して――放してください、ルイお兄様!このままではヤコーさまがっ!!」

「……ヤコウくんが死ぬ覚悟だと、手紙に書いてあったんだね?」


 その言葉にシャルロットは頷くと再び暴れ始めた。けれどもいくら抗おうともルイの拘束が解けることはない。

 だが、そんな彼女の取り乱しように我に返った勇者二人は目配せをするなり固有魔法を起動し駆け出した。同じ思いを抱く王女を助けようとしたのである。

 しかしそれは叶わなかった。何故ならセリア第二王女が立ちふさがったからである。


「すまないがここは退いてもらおうか。お前たちが刃を振るうべきは今ではない」

「それを決めるのは――」

「――私たちだッ!」


 新は神剣〝干将莫邪〟を抜き放つと固有魔法〝絶影〟を発動させて姿を消した。同時にセリアの正面からは明日香が固有魔法〝剣神〟を起動させて二振りの刀を手に跳躍する。

 二人の勇者による同時攻撃、常人ならば対応できずに切り伏せられただろうが、生憎とセリアは神剣所持者であった。

 彼女は腰から黒剣〝呪殺〟を抜き放ち明日香を迎え撃った。凄まじい勢いで迫り来る二刀を難なく弾いて明日香を蹴り飛ばすと、同時に背後を向いて無音で迫っていた見えないはずの新の一撃をも防いでしまう。


「なん――ッッ!?」

「まだまだだな。この程度ではヤコウ大将軍の元へは行かせられない。これでは足手まといにしかならないからな」


 そう鼻で嗤ったセリアは新の服の襟首をつかんで明日香の方へと投げ飛ばした。二人掛りだというのにまるで相手になっていなかった。これには新も明日香も怒りを覚えて戦意を漲らせると――。


「――そこまでだ!双方、剣を収めよ。陛下の御前であるぞ!!!」


 テオドールの一喝が響き渡り、誰もが手を止めて彼の方を向いた。

 周囲を見渡せば控えていた騎士たちが剣柄に手を置いてにじり寄ってきているのが分かる。

 そこで新は冷静さを取り戻し双剣を仕舞うと片膝をついてアドルフへ首を垂れた。


「陛下、申し訳ございませんでした。気を昂らせてしまい……ほら、明日香も刀を仕舞って!」

「…………新くんはそれでいいの?私は納得できないよ」

「……俺だって納得いってないさ。でもここで暴れたところでどうしようもないだろ。もう夜光の野郎は行ってしまったんだ。今頃はバルト大要塞に到着してるだろう。――今からじゃあ間に合わねえ」


 新は歯噛みした。夜光や彼の共犯者たち――驚く様子がないのをみるにおそらく王族とテオドール――はこれを見越してこの局面で計画を明かしたのだ。

「くそっ!」と思わず毒づく新に、金髪の王は憐れみを含んだ声音で告げる。


「シン殿、楽にされよ。そなたの心中、察するに余りある。だが、これが最善であった」

「夜光くんやバルト大要塞で今も戦っている将兵を捨て石にすることが最善なんですか!?私たちや王国軍主力が援軍として向かえば――」

「その頃にはバルト大要塞は陥落していることだろう。そうなればただ犠牲を増やすだけであろうな。こちらに一隻しかない飛空艇――しかも軍用のものを――大量に有しているかの国は空から砲撃するだけで我らを葬り去ることが出来るであろう。いくらそなたたちが個人の武勇に優れていようとも何百隻もの空飛ぶ戦艦には敵うまい。違うか?」

「それは……」


 あまりに辛辣な言葉と言えようが事実である。〝聖堅の盾〟があるバルト大要塞を失った状態でアインス大帝国軍に戦いを挑んでも一方的に蹂躙されるのが眼に見えている。それは反駁した明日香にもわかっている。故に彼女は悔し気に拳を握りしめて下を向くしかなかった。


「夜光くんの嘘つき……っ!一緒に戦うって言ったじゃない!!」


 黙り込んだ二人の勇者に代わる形で今度は唐突な成り行きに混乱していたクロードが、同じく状況を理解できていない将軍らやカティアたちを代表するように言葉を発した。


「恐れながら陛下、どういうことなのか我々にはわかりかねます。お教え頂けないでしょうか?」

「――それは私の方から説明する」


 と、息子の疑問に王の傍に控えていたテオドールが口を開いた。


「私と王族の方々は先の内乱終結後の軍議を終えた後、ヤコウ大将軍からとある計画を持ち掛けられた。それが今回、手紙にて明かされたものになる。内容を簡単に説明すると――国力、軍事力、技術力において後れを取っている我が国の現有戦力ではアインス大帝国の侵攻を押しとどめることは出来ない。故に――上手く負ける(、、、、、、)のが最善である、というものだ」


 夜光が提案した計画はこうだ。

 あらゆる面で後れを取っているエルミナ王国ではアインス大帝国には勝てない。国家総動員の総力戦をしても夥しい数の犠牲が出るだけで勝利は掴めないだろう。故に被害や犠牲を最小限に留めて降伏し、身を隠してひそかに力を蓄えつつ他国(、、)に援軍を要請しにいく。何年かかろうとも構わない。帝国に抗う国家や勢力を味方につけて再び決戦を挑み勝利する。

 

「飛空艇オルトリンデを使い、他の大陸へ赴き味方を募る。国内では物資や兵糧、兵力を各地に分散させ隠し、来るべき時まで温存させる。その為の時間稼ぎと敵の注意を引きつけるという役目をヤコウ大将軍は担った、というわけだ」

「……信じられない。あいつが自らに捨て駒の役目を課したっていうの?シャルロット殿下が居るのに?」


 信じがたいと目を見開くエレノアに、テオドールは「そうだ」と短く返して第三王女の方へと視線を転じた。そこには未だルイの手を振りほどこうとしながら悲痛な叫びを発するシャルロットの姿があった。


「行かせてください、ルイお兄様!このままではヤコーさまがぁ……!」

「ごめん、シャル。それは出来ないんだ。彼の覚悟を無駄にしてしまうからね」

「そんな覚悟は無駄になってしまえばいい!そんなものよりヤコーさまの命の方が大切ですっ!」

「……今のは聞かなかったことにしてあげよう。それに、さっき勇者くんが言っていた通り、今からバルト大要塞に向かったとしても間に合わない。キミがたどり着いた頃には全てが終わっているだろう」

「そんなの、やってみないとわからないです!だからお願いします、ルイお兄様!わたしをヤコーさまの元へ行かせてください!!」

「…………駄目だ。絶対にさせない」


 周りの眼を気にせず取り乱す妹の姿にルイは胸が痛くなったが、心を押し殺して冷徹に首を振った。

 そんな不器用な兄に内心で苦笑を向けながらもセリアは彼らに近づいた。


「シャル、分かってほしい。これは彼の願いでもある。……シャルにやってほしいことも手紙には書かれていただろう?」

「お姉さま!お姉さまもこの計画に加担していたのですね!?信じられません!!」

「シャル……気持ちは分かるが、理解してくれ。これが最善なんだ。悔しいけど今の私たちでは帝国の侵攻に抗う力はない。この計画を進めなければこの国にも、私たちにも未来はない。敗戦国の王族が辿る結末など知っているだろう」


 もしも総力戦で抗っていれば、今頃エルミナ王国は悲惨なことになっていただろう。

 兵は死に、民は蹂躙され、国土は荒廃する。王族は捕らえられ、よくて奴隷、悪くて処刑だ。敗戦国の末路など古今東西、そのようなものである。


「それに……この計画でヤコウ大将軍が連れていった貴族共はそのほとんどが二心を抱く者たちだった。国を、民を売り保身を図ろうとする連中――奴らを始末するための囮、餌としての役目も彼は担ったのだ」


 一部のエルミナ貴族が不穏な動きをしていることはテオドールやセリアたちが把握していた。しかしこの危機的状況で処罰などすれば必ず纏まりを欠く。故に夜光は彼らを一網打尽にすべく自らを囮として彼らを援軍に組み込み出陣したのだ。


「〝王の盾〟でありシャルの〝守護騎士〟でもある彼の首にはかなりの価値がある。奴らはそんな彼の首を手土産に帝国に寝返るつもりだ」

「……そんな、それじゃあ――」

「といってもその前にヤコウ大将軍が先手を打って奴らを始末するだろう。戦場では流れ矢などによる不幸な戦死(、、、、、)はよくある事だからな」


 戦死に見せかけて抹殺すれば角が立たないし、何より戦場の混乱の最中では証拠が残りづらい。しかもそれが負け戦なら尚更の事だ。


「その為とこちらが準備を整えるまでの時間稼ぎをするために彼は自らを犠牲にする計画を企てた。もはや彼の死は覆らない。……彼の死を無駄にする気か、シャル」

「うぅ……っぁぁあああ!!!」


 セリアに諭されたシャルロットはルイの胸元に顔をうずめて慟哭した。非情な現実に打ちのめされたが如く、その身体は普段の何倍も小さく見えた。

 そんな悲痛な光景をこの場に居る面々は辛そうに見つめていた。彼らが思い浮かべるのは白髪の大将軍の顔である。理性では仕方のないことであり確かに最善の策であるとわかっていたが、感情は彼のことを責め立てていた。

 同時にこんな悲しい光景しか生み出せない彼の計画以上の物を打ち出せない己の不甲斐なさに、彼らは憤りを覚えるのだった。

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