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巻き込まれて異世界召喚、その果てに  作者: ねむねむ
七章 たとえ我が名が天に焼かれようとも
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十四話

続きです。

 神聖歴千二百年八月十七日。

 エルミナ王国王都パラディース。

 千二百年もの歴史を持つ古の都市であるこの都は小高い丘を利用して形作られている。

 王城と大聖堂を中心として放射状に広がる街並みは白を基調とした物が多く、その美しさは訪れる者に感嘆の息を溢させている。

 そんな王都の中心部、丘の頂点に位置する大聖堂――かつて夜光たちがノンネと戦った場所でもある円形の露台では、王国初の飛空艇である〝オルトリンデ〟が着陸していた。

 銀色の美しい船体が特徴のこの飛空艇は階段(タラップ)が下ろされており、大勢の人々が積荷を運び入れている。

 それを少し離れた位置から見守る金髪碧眼の女性――第二王女セリア・ネポス・ド・エルミナに一人の男が近づいた。


「やあ、セリア。調子はどうだい?」

「……ルイ兄様か」


 己を呼ぶ声にセリアが振り返れば、銀髪銀眼の中性的な男性の姿が眼に映りこんできた。

 彼の名はルイ・ガッラ・ド・エルミナ。セリアの実の兄にして王国の第二王子である人物だ。


「順調……と言いたいところだが、実のところはギリギリだな。この場所を飛空艇の発着場にするために強引な拡張工事を突貫で進めたし、そもそもオルトリンデ自体の装備も間に合うかどうかと言った感じだ」

「そうか……でも何とかするしかないよ。もうじきヤコウくんもバルト大要塞に着く頃だろうしさ」


 その言葉にセリアは白髪眼帯の少年を思い浮かべた。

 年齢の割に鋭い気配を放ち、大胆不敵な策を講じることも厭わない度胸の持ち主。けれどもそれでいて不意に見せる悲し気な表情は見ているこちらの胸を打つものがあった。

 そんな深く印象に残る少年は既に王都を発っている。だが、彼が残した計画はこうして着々と進められていた。


「……そうだな。もはや後には退けない。やり遂げるしかないわけだ」

「その通り。やり遂げるしかない……たとえどのような未来(、、、、、、、)が待っていようとも、ね」

「ルイ兄様……?」


 兄の言葉に含むものを感じ取ったセリアが探るような視線を送るが、ルイは何処か悲し気な眼差しで飛空艇を見つめているだけだ。

 一体何を考えているのか……血縁ではあるが、長年会っていなかった所為か思考を読み取れない。

 それでも不穏な気配だけは感じられた。故にセリアは問いかける。


「何をするつもりだ?まさかとは思うが今更計画に背くとでもいうのか」

「そんなことは言わないしそんなつもりも毛頭ないよ。ボクはこの国を護りたいんだからさ」


 けれども、とルイはセリアの腰にある一振りの剣に視線を注いだ。


「もしもの時があれば――その時はキミがボクを殺してくれ。キミならそれができるはずだからさ」

「……何を、言って――」

「可能性の話さ。それも低い確率のね。だからそう心配しなくてもいい」


 混乱する妹から眼を離したルイは踵を返して大聖堂内部へと歩き出す。こちらを呼び止める声がしたが振り返りはせずにひらひらと手を振るだけに留めた。


「……これで保険はかけられた。万が一ヤコウくんの手が空いていなかった場合は彼女が動いてくれることだろう」


 ルイの独白が人気のない廊下に響く。しかしそれも彼自身が発する足音に負けてすぐさま掻き消える。

 銀髪の王子は懐から一通の便箋を取り出すと笑みを浮かべた。


「北方は予定通りに事が進んでいる。西方、南方も問題なしとなれば後は東方だけだ」


 ルイは北方と東方に居る共犯者(、、、)たちの顔を脳裏に思い浮かべながら便箋を揺らした。


「全てはこの国を護る為に……その為ならボクは何でもするよ、ヤコウくん。キミのようにさ」


 この世で唯一、心の底から尊敬する少年――ヤコウ・ヴァイス・ド・セイヴァー。彼の企てた計画を初めて聞かされた時、ルイは感涙が零れるのを必死に堪えたものだ。それほどまでに彼の計画は、想いは、意思は――ルイにとって嬉しいものだったのだ。


「その計画の果てに――白き〝王〟が戴冠すればこの国は揺るがなくなる。そうなればこの国は更に千年は栄えることだろう」


 ルイは大聖堂の祈りの間までやってくると天井を見上げた。そこには六柱の神が描かれている。

 彼はその中の一柱――三対六翼の女神に片手を伸ばして目を細めた。


「天獄の門を開く者――あなた様の覚醒をボクはずっと待っている」


 その間は己がこの国を護ろう。彼がやがて帰るべき場所を保って見せよう。

 そんな主の決意に、腰に吊るされていた魔器が淡い光を放つのだった。





 同時刻――王都パラディース郊外にて待機中のエルミナ王国軍は、数日前に発せられた命令である再編成を終えようとしていた。

 総勢二十万もの大軍勢の再編成は中々に骨の折れる仕事であったが、その指揮を執るのは四騎士の二人――〝王の剣〟クロード大将軍に〝潔癖〟のエレノア大将軍だ。彼らの指揮統制能力は王国の武官の中でも最高峰だ。

 加えて彼らを補佐するのは〝三将軍〟の内、ダヴー将軍を除く二人だ。

 これ程優れた面々が指揮を執ることで万を超える大軍勢の再編成は予定通りの日数で終わりそうだった。


「無事に終わりそうね」


 そう言って上半身を伸ばすのは、王国の将軍位に就く者の中でも特に優れていることから〝三将軍〟という異名を持って大勢の武官から尊敬されている女傑――アンネ将軍であった。


「そうだな。とはいえテオドール公爵も急が過ぎる。次はもう少し余裕をもって言ってほしいものだ」


 茶髪碧眼の女将軍の言葉に愚痴めいた返しをしたのは、彼女を慕うエレノア大将軍だった。二人は年齢こそ違えど同じ学び舎で過ごした同期であり、互いに互いを尊敬しあっているし理解もしている。故にエレノアの愚痴に悪意がないことをアンネは即座に見抜いて苦笑を浮かべた。


「そうね、でもこんな時勢だもの。仕方がないんじゃないかしら。テオドール公爵もオルトリンデの件を含めて色々と忙しそうだし」

「まあ、そうだが……。それはそうとオルトリンデと言えば大聖堂で荷物を積んでいるという話は聞いているか?」

「ええ、勿論よ。それがどうかしたの?」

「なら、その積荷の大部分が食料だということは?」

「……それは初耳ね」


 エレノアがやや声量を抑えて言ってきた情報にアンネは怪訝さを覚えた。オルトリンデを此度の戦争で使用することは前もって軍議において言われていたことだから分かる。しかしそれなら食料だけではなく装備等も積み込むべきではないのか。なのに何故積荷の大半が食料なのだろうか。


「これは何かあるわね……」

「だろうな。だが、私やアンネにも明かさないというのは些か不可解だが」


 二人は大将軍、将軍というようにこの国の武官における頂点に位置する存在だ。それほど高位の役職の者にすら真意を伏せているとなれば余程の事であるということは容易に想像がつく。


「把握しているのはテオドール公爵を除いても王族くらいということだろうか」

「そうでしょうね。……一応、クロード大将軍たちにも聞いてみる?」


 とアンネが遠くに居るクロード大将軍とモーリス将軍の方を見やれば、エレノアは首を横に振った。


「いや、いい。どのみち後でわかる事だ。それより――」


 そこで言葉を区切ったエレノアは周囲の気配を探った。きょろきょろと挙動不審な動きを見せる彼女の様子に何時もの事かとアンネは苦笑した。


「はいはい、何時ものやつね。まったく、あなたは何歳になっても変わらないわね」

「う、うるさい!別に良いだろう、減るものでもないのだし」

「私の尊厳というかあなたの尊厳が減っている気もするけどね。……ほら、こっちよ」


 そう言ってアンネは近くにあった天幕へとエレノアを誘う。中へ入り誰もいないことを確かめた彼女は両腕を広げた。

 するとエレノアは頬を赤く染め恥ずかしそうにしながらもおずおずとアンネの身体に両腕を回す。途端、感じたのは無上の至福だ。アンネに惚れている(、、、、、)身であるエレノアとしては法悦の極みである。

 そんなエレノアを仕方がないなと言いたげな表情で抱きしめ返したアンネは笑った。


「軍学校に居た時からあなたは不安があるとこうして私に抱き着いてきたわね。……まったく、私はあなたの母親じゃないって何度も言ったのに、あなたは聞かないんだから」

「……すまない。でもこうしていると落ち着くんだ」


 そう呟くエレノアをアンネは複雑そうに見つめた。この天下の大将軍は親を知らない。物心ついた時には既に孤児として王都の孤児院で暮らしていたそうだ。だからだろうか、エレノアはこうして時々五歳離れたアンネに縋りつくように身体を密着させたがる。

 大将軍位に就く者がこうした精神的不安を抱えているのはよろしくないと思う一方で、不思議と嫌な気持ちにはならない自分が居ることもアンネは自覚していた。

 この暖かな気持ちが一体何なのか、それは未だわからないが――、


「大丈夫よ。私はあなたを置いて何処かに行ったりしないから」

「うん…………」


 アンネは心の赴くままにエレノアの絹糸のように滑らかな金髪を撫でるのだった。久方ぶりに安らぐ時間であると思いながら。

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