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巻き込まれて異世界召喚、その果てに  作者: ねむねむ
七章 たとえ我が名が天に焼かれようとも
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幕間~一時の休息~七日目

続きです。

 翌日――暑天が見下ろす夏の日。

 夜光は自室にて荷造りを行っていた。バルト大要塞への出立がいよいよ明日に迫ったためである。


「これは持っていく……で、これは置いてくか」


 いつ戻ってこられるか分からない。そういった戦いに赴くのだ。故に持っていく荷物は厳選し、置いていく物は部屋の整理整頓しながら片付けていく。

 本棚を整え、収納棚を確認する。執務机の抽斗を一つ一つ開けていき中にある書類や小物を必要か不要か選別した。

 それから掃除をすべく窓を開け放てば、ぶわりと熱気が入り込んできた。空調の魔導具によって程よく冷えていた室内は、たちまち真夏のむわっとする空気に侵食されてしまう。


「暑……くはないけど、気持ち的にげんなりするな」


 夜光の身自体は〝王権〟や〝神器〟たちの加護があるため気温の変化による影響を受けにくいが、やはり気持ちの問題だけはどうしようもない。

 直接的に暑さを感じていなくとも前髪を弄ぶ八月の熱風にはうんざりしてしまうものだ。特に連日のように同じ気候が続けば尚更のことである。


「……さっさと終わらせよう」


 一人、そう呟いた夜光は掃除用具を持って手を動かす。実のところ部屋の掃除は侍女がやってくれるのだが、しばらくこの部屋には戻ってこれないと確信しているためお世話になったという感謝を込めて自力で行っていた。

 棚から埃を落とし、掃除用の魔導具で床に散ったそれらを吸い上げる。机の上を濡れた雑巾で拭き、今度は別の雑巾で窓を拭き上げた。


「こんなものかな……」


 魔法が使えれば庶民でも使用できる清掃魔法を以って床に敷かれた絨毯を更に綺麗にしたりできるのだが、生憎と夜光は魔法を使えない(、、、、、、、)ままだ。

 

(〝王〟として覚醒すれば使えるようになるってガイアは言っていたけれど……)


 残念だがその機会はまだまだ先のこととなる。

 儘ならぬ現実を前にした夜光は溜息を吐く――と、そこでこちらに接近する気配を察知して扉へと身体を向けた。


「……ヤコーさま、いらっしゃいますか?」


 幼さの残る美声が耳朶を震わせる。これは夜光の主である第三王女の声だ。

 そう気づいた彼は扉に向かいながら、彼女以外の気配は感じないものの、一応他者がいる可能性を考慮して応答した。


「はい、おりますよ姫殿下」

「良かった。……あの、少しよろしいですか?」

「勿論です、姫殿下。今お開け致しますので、少々お待ちを」


 と言った夜光はここで窓が開けっぱなしなことに気付いた。しかも手には雑巾を持ったままである。

 この状態で王族を迎えるのは不味い。そう判断した彼は超人的な身体能力を活かして素早く動いた。

 全ての窓を閉め、魔導具の出力を一時的に最大にする。雑巾を水の入った容器の縁にかけると小部屋に駆け行って流し台で手を洗い布で拭く。この間十秒も掛かっていない。まさに早業と言えた。

 

「お、お待たせ致しました、姫殿下!」

「いえ、全然待っていませんよ。むしろ事前の連絡なく訪ねてしまって申し訳ありません」


 現段階で人外の領域へと片足を踏み入れている夜光が息切れ一つせずに扉を開ければ、今日もまた金髪碧眼が美しい〝王国の至宝〟――シャルロット・ディア・ド・エルミナ第三王女が申し訳なさそうな表情を浮かべて佇んでいた。

 そんな彼女の謝罪を問題ないと笑って流した夜光は取り敢えずと部屋の中へ招き入れる。これが夜光以外の男性であれば問題となりかねない行為であったが、第三王女の〝守護騎士〟たる彼には許される行いだ。それだけの権力と権限を有している現在の夜光である。


「どうぞこちらへお座り下さい。先ほどまで片付けをしていたので少々埃っぽいかもしれませんが……」

「構いませんよ。それよりもこの場にはわたしとヤコーさまの二人だけなのですから、いつも通りにお話ししてください」

「……分かったよ。大丈夫だって知ってたけど、一応誰かいるかなと思ってさ」

「ふふ、公私を弁えるヤコーさまの姿勢は偉いと思いますよ」

「当然のことだろ……」


 とはいえ恋人から褒められて悪い気はしない夜光である。彼は照れ隠しに紅茶を準備し始めた。

 そんな夜光を愛おしそうに見つめたシャルロットはふと、ガラリと片付いた室内の様子に気が付いて首を傾げた。


「ヤコーさま、お部屋を変えられるのですか?以前訪れた際はこのように閑散としていませんでしたよね?」

「……いや、部屋を変えるわけじゃない。ただ、明日から暫くここには戻ってこられなくなるからな。出立の前に一度綺麗にしておこうと思っただけだ」

「そう、ですか……」


 理由を聞いたシャルロットだが、それでも釈然としないようで何やら考えるそぶりを見せ始めた。

 これに焦ったのは夜光である。深く突っ込まれれば襤褸が出てしまう危険性があったからだ。

 故に彼は手元に視線を向けたまま話題の転換を試みた。


「そ、そういえば何か用があるんだろ!?話してくれないか」

「ん……そうですね。本日、ヤコーさまの元を訪れたのにはきちんとした理由があります。それは――」

「それは……?」

「以前、ヤコーさまがこの場でアスカさまと何やら怪しい行いをしていた際に、ヤコーさまは仰いましたよね?この埋め合わせは後日、必ずすると」

「――あ、ああ!アレね、はいはい。勿論覚えてるぞ!」


 何故か殺気に近い気配が背後に生まれたことで夜光は彼女の言を急いで肯定した。休暇初日に明日香の襲撃を受けた際の出来事にやましい点は一切ない。ない――けれどもそれをシャルロットがどう思ったかは別の話だ。

 接吻までした仲――恋人でもある。確かに夜光が逆の立場であれば不快に思っただろうなとは考えていた。


(寝台の上でシャルに跨る男か……うん、間違いなく殺すな)


 山に埋めるなんて生易しい真似はしない。生まれてきたことを後悔させてやるだろう。

 そう考えるとむしろ埋め合わせをするで引き下がってくれたシャルロットは慈母級の優しさの持ち主なのでは……と夜光は彼女の器の広さに感謝する。同時にそんな彼女に報いようという気持ちがむくむくと心中で身体を起こした。


「なんでも言ってくれ。俺にできることならなんだってやるさ」

「ふふ……今、なんでもすると仰いましたね?」


 一瞬、ルイ第二王子に似た笑みを浮かべたシャルロットにやはり兄妹なんだなと感じた夜光であるが、同時に背筋に寒いものが奔って身震いしてしまう。

 けれども一度言った手前、引っ込めるわけにはいかない。夜光はようやく出来上がった紅茶と茶杯を盆に乗せて長机に置くと虚勢を張った。


「あ、ああ言ったとも!どんとこい。なんでもやったるぜ!」

「では……今日一日、ヤコーさまのお時間をわたしにください」

「……うん?そんなことでいいのか?」

「はい!一日――今からお休みの瞬間まで、ヤコーさまはわたしだけ(、、)のものになってくださいね」

「わ、分かった……二言はない。今日はシャルの為だけに動くと約束しよう」


 だけ、の部分をやけに強調してくるシャルロットの圧に怯みかけるも何とか頷いて見せる夜光。

 そんな恋人の様子に第三王女は満足げに笑みを浮かべると、紅茶に手を付けるのだった。





「それではヤコーさま、まずはこの部屋で――おうちでぇと?なるものを致しましょう!」

「――はい?」

「では早速……し、失礼致しますね!」


 異世界シュテルンにおける〝人族〟(ヒューマン)の大国家、エルミナ王国の王族の口から出たとんでもない単語に夜光は己の耳を疑った。

 それ故に聞き返したわけだが、どうやら頬を赤く染めるシャルロットはそれを返答と捉えたらしい。

 

(いや、同意のはいじゃねえよ!吃驚して聞き返したんだよ!!)


 と内心で絶叫する夜光の隣に紅茶の入った茶杯を手に座るシャルロットは彼の動揺に気付いていないようだ。

 彼女は夜光が座る長椅子に腰を落ち着けると手前にある長机に茶杯を置いた。それからぎこちない動きで身を寄せると、そっと夜光の肩に頭を委ねてくる。


(こっ、これはまさかっ……汽車の席で隣に座った恋人が寝る際にやるというあの動作か!?)


 地球――日ノ本に近年導入され民間にも普及してきた〝汽車〟と呼ばれる乗り物がある。

 元はアルビオンという島国で開発され、それをアトラント自由連邦という超大国が実用化させた乗り物である汽車は、石炭を動力としてレールの上を走るバスのような見た目の移動手段だ。

 その中にはバスと同じように人が座れる座席が設置されているのだが、席と席の間隔が極端に近いことが特徴として挙げられ、その特徴故に隣り合った者同士が恋人だった場合に互いに身体を預け合うという文化が爆誕していた。

 それを夜光は知識として知っていたのである。無論、経験はない――これまでは。


(この世界にもそういった文化が――いや、待てよ)


 内心激しく盛り上がっていた夜光だったが、ふと先ほどシャルロットが発した台詞と現在の行動を照らし合わせて一つの推測を立てた。


「……なあ、シャル。さっき言っていたお家デートと今の行動――新と明日香、どちらから教わったんだ?」

「…………何故、そのようにお考えになったのですか?」

「いやだってどっちの言動もぎこちなかったし。覚えたてなんだろ?で、この世界にあった知識じゃないと思って……そうなると別世界の住人である勇者の誰かから教わったとしか思えないんだけど」

「バレちゃいましたか」


 てへっという擬音が入りそうな所作でそう言ったシャルロットに、可愛いなと思いつつもそれは自分が教えた言葉だなと戦慄する夜光。

 王族に――しかも姫君にこのような俗な言動を教えたとあれば、王家への忠義厚い者に刺されかねない。具体的にはテオドールとかクロードといったユピター家の者に。


(ま、まあ俺も新たちも重要人物だし大丈夫だろ。……多分)


 不安はあるがおそらく問題ない。そう判断して内心の安寧を保つ夜光に、シャルロットが事の真相を明らかにする。


「昨日、アスカさまから教えていただいたのです。ヤコーさまと一緒に楽しい時間を過ごしたいと相談したところ、おうちでぇとなるものがあると。アスカさまは自分のお家に呼ぶか、相手のお家にお邪魔するかして恋人だけの、二人きりの時間を過ごし、いちゃいちゃ?と呼ばれる行為をすることだと仰られていました。とても楽しいことらしく、是非ともわたしもやってみたいと思ったので……具体的に何をするのかを教えて頂き、こうしてやってみることにしたのですっ!」

「明日香あのやろう……!」


 なんてことを王女に教えているのだ。しかも元はといえば彼女の所為で夜光がシャルロットに負い目を作る羽目になったのである。だというのに更に事態をややこしくさせるとは……いずれ明日香には落とし前をつけてもらう必要があるなと夜光は憤慨した。

 しかし隣に座するシャルロットが不安そうな表情を浮かべたことで彼は我に返った。


「お嫌でしたか……?ごめんなさい、わたしだけ楽しんでも意味がありませんのに……」

「い、いや!?楽しいよ俺も!」

「本当ですか……?」

「本当だぞ!正直嬉しかったし……」


 と夜光が必死に肯定すれば、シャルロットは暗くなっていた美貌をぱあっと華やかなものに変えて再び身体をくっつけてきた。先ほどよりも密着度が高く、彼女から発せられる甘い匂いにクラクラしてしまう。


(うっ……!なんでこんな良い匂いが人間の身体からするんだよ。どういう仕組みなんだよ!)


 不味い、このままでは己の理性が持たない危険性が高いと脳が警鐘を鳴らしている。別にそれでも良くね?と囁く煩悩を殴り飛ばした夜光は、戦略的撤退を図ろうとじりじりと身体を反対側に寄せる。

 しかしそれが良くなかった。夜光を信頼し身体を預け切っていたシャルロットの上半身がそのまま重力に従って傾いてしまい――なんと夜光の膝にポスンと頭が乗ってしまったのだ。


(こ、これは――膝枕ッ!恋人同士にのみ許された神聖な儀式……っ!)


 もはや何を考えているのか、自分で自分を理解できなくなりつつある夜光は慄然とした。生まれて十六年、今日に至るまでただの一度とてこのようなことはしたことが――。


(――いや待てよ?前になかったっけか)


 と思ったが、仮にあったとしてもこのように甘酸っぱい空気の中ではなかったはず。

 そう結論づけた夜光は突然の事に驚くシャルロットの頭を撫でて微笑んだ。深く考えてのことではなく、半ば反射的な行いであった。

 けれどもそれは功を奏した。シャルロットは驚きから恥ずかし気なものへと表情を変化させると瞼を閉じて身を委ねてきたのだ。

 その安心しきった、けれど羞恥を含んでいるその顔の破壊力は凄まじいものであった。夜光の理性で構成された精神の城壁に亀裂が入る。


(くっ……なんて威力だ!耐えられるか……?)


 だが、耐えねばならない。何故ならシャルロットはこちらに全幅の信頼を置いて身を預けてくれているのだ。ならばその信に応えなければなるまい。裏切りなどあってはならないのだ……!


「ヤコーさま……大好きですぅ……」


(ああああああああああっ!)


 完全なる不意打ちに夜光は心中で絶叫した。あまりの尊さに脳が破壊されかけたのである。もはや理性は風前の灯火、いつ消えてもおかしくなかった。


(耐えろっ、耐えるんだ!シャルは愛情故にこのような言動を取っているに過ぎない。断じて俺が抱いているような邪な考えからではないんだからッ!!)


 必死に己を鼓舞する夜光。これまでの過酷な人生を経ることで培ってきた強靭な精神力を今こそ活かす時だと奮起した。

 だが。


「うぅん……ヤコーさま、お慕いしております。好き……大好きです」

「あっ」


 その時、夜光の身体は理性ではなく愛情と言う名の感情に支配された。

 身体が、口が勝手に動く。この想いはもはや意志の力でどうにかなるものではなかった。


「俺も、大好きだぞ」

「え――ぁっ」


 夜光はシャルロットの上半身を抱き上げると、驚きに目を見開く彼女の唇を奪うのだった。

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