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巻き込まれて異世界召喚、その果てに  作者: ねむねむ
七章 たとえ我が名が天に焼かれようとも
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幕間~一時の休息~六日目、夜

続きです。

 瞳を開けた時、目の前で世にも美しい白銀の長髪が揺れていた。

 思わず泣きだしそうになるのをどうにか堪えて視線を少し上に向ければ、愛おしい顔が視界一杯に映りこむ。それだけで夜光は彼女(、、)がずっと傍に居てくれたことを悟った。


「ガイア……」


 相手の名を呼びながら右手を伸ばし、尊き物に触れるようにそっと彼女の頬を撫でれば、少女はくすぐったそうに、けれども幸せそうに微笑みを浮かべる。

 常なる無表情は溶け消えていた。代わりにあるのは慈愛の表情で――夜光は胸の内から溢れ出る愛情に身を任せて身体を起こすとそんな彼女を抱きしめた。

 

「逢いたかった……本当に逢いたかったんだ、ガイア」

「わたしも……逢いたかった。また会えるって分かってたけど、それでもだよ――ヤコー」


 たとえ現実世界でなくとも――という思いは互いが理解しているが故にどちらも言葉に出すことはなかった。

 そしてそれ故にここでの時間が限られたものであることも理解している。

 故に夜光は名残惜しそうにしながらもゆっくりと抱擁を解く。するとガイアは少し寂しそうな表情を過らせてからいつもの無表情へと戻っていった。その事に目ざとく気付いた夜光は再び抱きしめたくなるのを我慢して彼女の顔に目線を向けた。

 

「……どうしたの?」

「……綺麗だ…………」


 久しぶりに見たガイアの整った顔立ちは夜光の思考を瞬時に奪ってしまう。

 白磁の如き白肌は血色がよく、触れればたちまち幸福な感情が胸中で暴れ出す。紅玉(ルビー)のような深紅の瞳はとても美しいものだ。暖炉の火を映し出すその双眸は戦闘時には情熱を、こうした穏やかな時間を過ごす際には永遠の命(、、、、)を象徴しているようであった。


「ガイア……〝夜の王〟たるお前なら俺の身体を使って顕現することも、〝器〟として奪って再臨することだってできたはずだ。もちろん、今ではそんなことはしないと分かってる。けど初めて出会った頃は違うはずだ。あの頃は互いに想いあってはいなかったからな」


 ずっと疑問に思っていたことだ。何故〝大絶壁〟の奈落の底で死にかけていた自分を救ったのか。

 次代の〝白夜王〟としての適性があると分かっていたなら夜光を殺し、その上で保険として身体――〝器〟を保管することだってできたはず。そうしていればあの時〝日輪王〟に殺害されたとしてもすぐさま復活することが出来ただろうに。

 という疑問をぶつけてみれば、先ほど不意打ち気味に綺麗だと言われて頬を朱に染めながら照れていたガイアは我に返って夜光を見つめた。

 それから少しばかり考えを纏めてから小さな口を開いた。


「あの時のわたしは……一言でいうなら疲れていた。終わりの見えない永い生に、世界の覇権をかけて戦う兄弟姉妹たちの闘争に」


 だから、と言葉を区切ったガイアはそっと夜光の胸元に掌を当てた。


「あなたを見つけた時――運命だと思った。傷だらけで、左眼すら失った酷い状態だったけど……あなたは生きていた。生きてわたしと出会った。それだけでも奇跡なのに――あなたには〝王〟の〝器〟としての適性があった。こんなこと、たとえこの先何千年と生きていても起こりえない。あの時のわたしはそう思った……だから決めたの」



――この子に後継者に、二代目〝白夜王〟になってもらおうって。



「あなたが〝死眼〟(バロール)に適合してからその思いはますます強くなった。千二百年前の大戦が終わった時に摘出して保管していたその〝眼〟は、これまで誰にも――かつて存在したわたしの〝眷属〟たちですら適合できなかったものだったから」


 この世界(シュテルン)には六つの特殊な力を持つ〝眼〟が存在する。

 それらは光と闇――神と魔の名で以って二種類に分類された。

 光――〝三種の神眼〟である〝天眼〟、〝地眼〟、〝人眼〟と。

 闇――〝三種の魔眼〟である〝冥眼〟、〝死眼〟、〝終眼〟である。

 歴史上、この内〝天眼〟と〝冥眼〟は初代〝黒天王〟から簒奪した〝英雄王〟が所持しており、それは彼の子孫にのみ受け継がれている。

〝地眼〟と〝人眼〟、〝終眼〟は永い歴史の中で幾度か所持者を変えていた。

 そんな中で唯一所持者が変わらなかったのが〝死眼〟――〝夜の王〟のみに適合する変わり者であった。


「〝死眼〟は黄泉の力を持つ。自らを身に宿した者を内側から喰らう――死に至らしめてしまう。そういった事情から〝生〟と〝秩序〟を司る〝白夜王〟にだけ使いこなすことができるの。だから逆説的に〝死眼〟に適合できた者は〝白夜王〟としての適性があるって分かる」

「なるほどな……」


 ずっと抱いていた疑問の答えを聞いた夜光は思わず眼帯を撫で、その下にある青紫に輝く瞳を意識した。


(お前はとんだじゃじゃ馬ってわけか。まったく……困った奴だな)


 使用者となれる適性を持つ者は世界に二人だけ、その上使用時には暴走の危険があるときた。他の特異な〝眼〟がどのようなものかは知らないが、少なくともこの〝死眼〟ほど厄介ではないだろうと思う。


(それにしても……疲れた、か)


〝王〟――神には寿命の概念はない。老いて死ぬということはないのだ。死ぬとすればその権能や力を簒奪された場合か、もしくは後継者に禅譲した場合のみである。

 

「いつかは俺にもそう思う時が来るのかな……」


 ぽつりと溢した言葉は彼の意図したものではなかった。思わず呟きが漏れてしまった、というもの。返答は期待していなかった。

 けれども白銀の少女はそんな少年を慈しむように笑みを溢すと、そっと彼の腰に手を回して距離を無にする。


「大丈夫。何年、何十年、何百年、何千年――幾星霜の刻を経ようとも、わたしがずっと傍に居るから。ヤコーが願い続ける限り、想い続ける限り、わたしはあなたの傍に……ううん、()に居続けるから」


 人によっては重いと捉えるかもしれない、告白にも似た言葉にしかし夜光は胸が熱くなった。これほどまでに想ってもらえているのかと感動し、未来永劫自分は一人ではないのだと勇気づけられた。

 そして、それとは別に今の台詞はとある夜光の推測を確信へと変えた。


(やっぱりこれは夢なんかじゃないんだな……)


 ガイアは〝器〟たる肉体が死を迎えたあの時、自らの魂を〝器〟として適性のあった夜光の中に入りこませたのだろう。

 つまりこれはガイアの魂と夜光の魂の邂逅であり、夢であって夢ではない事象であると言える。

 

「ありがとうガイア……嬉しいよ。お前が居てくれるなら、この先に待つ地獄にも耐えられる」

「……今のわたしはヤコーと繋がっている。だから分かる……あなたが何を考え、これから何をしようとしているのかも」


 夜光が歩もうとしている――否、既に歩んでいる道は修羅の道だ。道中は辛く険しいもので、その先に待つ未来も不安定――必ず幸せな結末になるとは言えない。

 だけれど決めたことだ。何もかも思い通りになる世界など存在しない。一を選んだら十を捨てる羽目になるのが現実だ。故に夜光は自分にとって最も大切なものを選び、他を捨てた。

 陰鬱な考えを巡らせる夜光はふと、抱きつく少女の身体が震えていることに気付いて思考を止めた。


「どうしたんだ……?」

「……ごめんなさい。わたしがもっと上手く出来ていれば――禅譲出来ていればこんなことにはならなかったはずなのに。あなたにそんな辛い道を選ばせることもなかったのに」

「お前の所為じゃないだろ。悪いのは全部〝日輪王〟(ソル)の野郎だ」

「でも無理に禅譲してしまった所為で〝力〟や〝知識〟――権能の発現が明らかに遅くなってる。その所為であなたの身体は未だ〝神体〟に至っていない。至っていればこの事態を何とかすることだってできたのに」


 確かに夜光が〝王〟として完全な覚醒を遂げていれば、今のエルミナ王国を取り巻く多くの問題は解決していた。アインス大帝国側に〝王〟が居て、出張って来ればまた話は別だが、そうでないならばエルミナ側に勝利を齎すことはできただろう。

 それほどまでに〝王〟とは絶対的な存在なのだ。天変地異すら生温いほどの〝力〟を振るうことのできる存在――だからこそ人々は畏れ敬い、崇めるのだ。


「泣くなよ。お前は何も悪くない。それにむしろ俺は感謝しているんだ」

「ぇ……?」


 一体何を言い出すのか、とガイアは悲壮に歪む小顔で見上げてくる。

 泣き顔も可愛いな、と場違いなことを考えつつも夜光は彼女の涙を指ですくって破顔した。


「こうしていつでもお前と会うことができる。どんな時であってもな。それがたまらなく嬉しいんだ」

「…………ヤコーはズルい。そんなこと言われたら――」

「惚れちゃうってやつか?」

「もう惚れてる。言いたいのはずっとここに居たくなるってこと。ヤコーを辛いだけの現実に帰したくないし」

「辛いだけじゃないさ。楽しいこともある」

「……それってあの娘と仲良くする(、、、、、)こと?」

「なんか棘のある言い方だけど……まあそうかも」


 想い合う相手の前で別な女性のことに言及する。相手がガイアでなければ、この世界でなければ刺されても文句は言えないことだ。

 夜光自身、未だに元の世界における倫理観から複雑な気持ちになることだが、それでも二人の女性を愛する心に偽りはなく、嘘はつけない。

 何とも言えない心境の夜光に、ガイアは可愛らしくむくれた。


「むぅ……ヤコーの変態、女好き」

「おっと、心外だぞそれは。俺が好きなのはガイアと……シャルの二人だけだ」

「はぁ……そんなヤコーのことを好きになったわたしの負け。仕方がない……けど」

「……けど?」

「今だけはヤコーはわたしだけのもの。独り占めする」


 そう言って更に密着してきたガイアに、降参だと両手を上げた夜光は、その手をゆっくりと彼女の身体に回すのだった。

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