表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
巻き込まれて異世界召喚、その果てに  作者: ねむねむ
七章 たとえ我が名が天に焼かれようとも
137/227

幕間~一時の休息~四日目、夜

続きです。

 大聖堂から出た夜光はその足で王城内の医務室へと向かった。この世界に召喚された当初世話になった女性、カティア・サージュ・ド・メールに会うためである。

 しかし――、


「既に出て行った後、ですか……」

『ええ、メール嬢なら半刻ほど前に検診を終えて出て行かれましたよ』

「どちらに向かったかわかりますか?」

『えー……確か図書室に向かわれると仰られていたような気がします』

「そうですか……。わかりました、ありがとうございます」


 どうやら件の人物は既に立ち去った後のようであった。

 故に夜光は医師に彼女の居そうな場所を尋ねると医務室を出る。それから王城の北区画に位置する図書室へと赴くことにした。

 

(真剣な表情の人が多いな)


 王城の廊下を歩いていれば多くの者とすれ違うのだが、そのほとんどが硬い表情を浮かべて早足に目的地へと向かっている。

 文官、武官、騎士、貴族――様々な立場の者がいるが、皆一様に現状を正しく理解しているのだろう。


(良いことだ。こんな国難とも言える情勢下で談笑なんてされたら殺したくなってくるしな)


 エルミナ王国は国土が広大であるため地域ごとの温度差が生まれやすい傾向にある。

 北方で戦争していても南方は我関せず――なんてことが多いのだ。

 けれども今回はこれまでとは違って国内の動乱ではなく、外敵による攻撃――侵略行為だ。

 別国家による侵攻、加えて現国王アドルフが国内全土に向けて国家非常事態を宣言したことで危機感がまるで別物になっている。誰もが今回の戦争を自分事と捉えていた。


(だけど、それでも……)


 結果は見えている。しかし、だからといって座して滅びを待っていることなど出来はしない。

 戦う意思がある限り、抗う気力がある限り――立ち向かわねばならない。


(もう前みたく大切な人が目の前で喪われるなんて悲劇は起こさせない)


 その為に関係各所に根回しをした。その為に力を蓄えてきた。その為に知力を振り絞った。

 最終的に未来で何が待っているかは予測済みだ。その望む未来に至るには多くの苦難が待ち受けていること間違いなしだが、もう後には退けない。既に賽は投げられているのだから。


(シャルを護る。その為なら、俺は――)


 と、夜光が黙々と歩みを進めれば、やがて目的地の扉が見えてくる。

 その扉を静かに開ければ、心を落ち着けてくれる紙の香りが鼻孔をくすぐった。


(ええと、カティア先生は……)


 司書に目礼をした夜光は図書室中央へと向かう。気配を探りながら行けば、上階から懐かしい魔力を感じることができた。

 その穏やかな気配を追って二階へと上がる階段を登ってゆけば、窓際に設置された机の前に座る白髪の女性の姿を捉えた。


「こちらにおられましたか、カティア先生」

「……!?ヤ、ヤコウ様――いえ、大将軍閣下!お久しぶりです」

「楽にしてください。俺としては以前と同じく接して欲しいですね、先生?」

「ぁ……ふふっ、ではそのように。ヤコウ様はお変わりないようですね」


 こちらが声をかければ慌てて席を立った女性――カティアはその神秘的な白髪を揺らして微笑んだ。

〝大絶壁〟に落ちる前と変わりないその姿に夜光はホッと息を吐いて笑みを返す。


「俺は色々と変わりましたよ。この左眼とか……そういうカティア先生こそお変わりないようで安心しましたよ。医務室に運び込まれたと聞いた時は血の気が引く思いをしましたから」

「ご心配をおかけしたようですね。ですが私はこの通り無事です。セリア殿下に助けて頂きましたから」


 先の王都決戦時においてカティアはオーギュスト第一王子の非道なる行いに物申した。その結果、激昂したオーギュストの手によって襲われそうになったところを乱入したセリア第二王女に救ってもらったという。

 その後あのノンネとの戦闘に突入したセリア第二王女と共に逃げたというのだから心配していたのだ。何せ神剣所持者同士の戦いなのだ。それは天変地異に巻き込まれたにも等しい。


(カティア先生は固有魔法を持ち四大原素魔法に長けているとはいえ神剣所持者じゃない。不意を突かれた際に守ってくれる〝力〟を持ち合わせていないんだ)


 強大な力を行使できる魔法使いの弱点とも言える点――それが不意を突かれた場合である。

 戦士であれば体術や体捌きなどで対処できるだろうが、魔法使いは基本的に身体を鍛えたりはしない。身体を鍛える暇があるのなら魔法の腕を上達させることを選ぶからだ。

 故に魔法使いは決闘や戦争などには強いが、不意打ちや暗殺などには滅法弱い傾向にある。


(今後のエルミナ王国の課題だな。如何にしてそこを改善するか……)


 パッと思いつく限りでは魔法と剣術を組み合わせる魔剣士などが挙げられるが……今はそのようなことをしている暇などない。


(全ては事が終わってからの話だ。今は目の前の現実に集中しなくちゃな)


 そう思考を切り替えた夜光はカティアに問いかけた。


「そういえば先生が俺に用事があるとセリア殿下からお聞きしましたが……?」

「……はい、どうしてもヤコウ様にお伝えしておきたいことがありまして。すみません、大将軍となったヤコウ様がお忙しいのは承知しておりましたが……」

「構いませんよ。カティア先生の為ならいくらでも時間を割けますし、それに四日後の出立までは英気を養っておけと厳命されてますからね」

 

 と夜光が冗談めかして言えば、カティアは何故か白磁の頬を赤く染めて気恥ずかし気に手を当てた。


「ヤコウ様はいつも女性に対してそのような事を仰られているのですか?」

「……はい?何のことですか?」

「…………いえ、お自覚がないのでしたら別に良いのです」


 それより――と、カティアは表情を真剣なものへと変えてこちらを見据えてくる。


「ヤコウ様が立案なされたあの計画(、、、、)に私も参加させて頂けないでしょうか」

「――失礼ですが、それは本気で仰られているのですか?誰に聞いたのかは知りませんが、全てをご存じの上で?」

「仔細はセリア殿下にお聞きしました。なので計画については聞き及んでおります。その上で申しているのです」


 その返事に夜光は瞳を閉じて黙考する。

 確かに元々カティアを計画に加えるつもりではあった。しかしそれはこちらからの提案によるもので、開示する情報も選択するはずだったのだ。

 しかしどうやらその目論見はセリア第二王女によって潰されてしまったらしい。


(あの過激王女、こうなることを知っててばらしたな……)


 責任感や正義感の強いカティアならば必ずや参加する。そうなることを見越した上で話したのだろう。随分と勝手な真似をしてくれたが、既に終わったこと。仕方がないと夜光は割り切った。


「苦難の連続になるでしょう。ここにもいつ戻ってこられるかわかりませんよ」

「承知の上です。それにシン様やアスカ様には明かされないのでしょう?なら彼らの傍で、彼らを欺く役が必要になります。私でしたら彼らから信用されていますから適任でしょう?」

「……確かにカティア先生は指導役として勇者たちと交流してきました。ですが、だからこその問題もあります。下手したら全てが明らかになった時、彼らから恨まれるかもしれませんよ?」

「……構いません。これはユウ様やヒヨリ様を救えなかった私なりの贖罪でもありますから」


 そう語るカティアの翠眼には確かな決意の光があった。

 固い意思を物語る瞳――最近夜光と会う者たちは皆そのような眼をしていて複雑な気持ちになってしまう。

 

(誰もが自分事、か……)


 先ほど考えた事柄を思い出して苦い思いを抱くが、私情を省けばカティアの提案は渡りに船だ。

 故に夜光は眼帯を一撫でしてから一枚の書状を取り出して彼女に手渡した。


「これは……?」

「カティア先生にやってほしいことが書かれています。計画に参加するのならこれを行って下さい。読み終わったら燃やしてくださいね」


 カティアに退く気がないのならそれでも良い。考えるべきは今後――未来のことだけだ。

 ならば彼女にも責任の一端を担ってもらう。引き返せない所まで引きずり込んで共犯者に仕立て上げるのだ。

 そういった偽悪的な考えの元、夜光がカティアに眼を向ければ、力強い翠玉(エメラルド)色の瞳が見返してきた。


「分かりました。どうぞよろしくお願い致しますね」

「こちらこそよろしくお願いします、カティア先生」


 魔法使いとして卓越した技量を持ち、固有魔法すら有する彼女の協力は計画を遂行する上では素直にありがたい。

 夜光は感情を押し殺して笑みを繕うとカティアが差し出してきた手を握り返すのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ