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巻き込まれて異世界召喚、その果てに  作者: ねむねむ
七章 たとえ我が名が天に焼かれようとも
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幕間~一時の休息~四日目

続きです。

 大聖堂――それはかつて〝名を禁じられし王〟が住まう神聖なる場所であったという。

 しかし二百年前の〝解放戦争〟によってその〝王〟が偽りの〝王〟であるとして追放されてからは、もっぱら貴重な書物等を保管するために使用されていた。

 そんな過去を持つこの建造物は如何なる方法、材質で建てられたのかは失伝してしまっている。けれども千二百年もの年月が経過しても尚、白亜の外観には傷一つないことからそれらが神代の物であろうことは察しがつく。


「千二百年前――神話の時代から残るこの建物には未だ多くの謎が残っている」


 開けられない扉を持つ部屋、魔力が使えなくなる部屋、入った者が行方不明になる部屋等々、大聖堂には奇妙な空間が多く存在する。

 

「そんな謎の中には解明されたものも僅かだが存在していてな。ここはその一つなんだよ」

「……この室内庭園が、ですか?」


 セリア第二王女から誘いを受けた翌日、夜光は彼女に連れられて大聖堂の中へと足を踏み入れていた。

 王都決戦時や新と話した時には通らなかった道を通り、たどり着いたのがこの奇怪な空間だった。

 吹き抜けになっている為天井は遠くに見え、壁には蔦に覆われ色褪せた絵画が飾られている。

 足元には様々な草花が咲いているが、奇妙なことにこの季節に咲く品種でないものも蕾を花開かせていた。

 

「ここはかつては偽りの〝王〟に対する献上品を飾っておく場所だったと言われている。だが、〝解放戦争〟時に〝戦女神〟(アテナ)が〝王〟として覚醒し、偽りの〝王〟の使徒を打倒した戦いでこのような状況になったそうだ」

「〝戦女神〟……アインス大帝国第五十代皇帝――〝月光王〟ですか」

「そうだ。人族の崇める神となった大帝国初の女帝――〝人〟が〝神〟となった数少ない事例の一人であり、様々な逸話を持つ伝説的な英雄だな。彼女の在位期間が百五十年もあったという逸話じみた実話もあるぞ」

「〝王〟に寿命の概念は存在しない……不老ですからね。今でも〝月光王〟は生きているのでしょう?」

「生きている……と言われているな。だが、自らの姉の末裔である皇族に玉座を譲ってからは姿を消してしまい、その後の行方は分かっていない。一応、アインス大帝国は領内にある〝月光王〟が愛した地であるシュトラールの街に座していると主張しているが……何処まで真実なものか、怪しいところだ」


 人族を統べし者に与えられる称号〝人帝〟を得た、歴史上二人目の存在。〝英雄王〟や夜光のように先代の〝王〟からその座を引き継いだのではなく、新たに目覚めた神。

 それがアインス三大神にも数えられている偉大なる女傑――ルナ・レイ・スィルヴァ・フォン・アインスである。


(けど本当に生きているのか?生きているなら自らの本拠地である南大陸(イグナイト)に〝日輪王〟を侵入させないんじゃないのかよ)


 非好戦的かつ〝大絶壁〟の奈落に隠れ潜んでいた〝白夜王〟(ガイア)を放置していたのは理解できるが、他の〝王〟に対して明確な殺意を持っている〝日輪王〟(ソル)を野放しにしているのは意味が分からなかった。

 

(〝月光王〟は〝解放戦争〟後におきた魔物の大侵攻時に人族の為に最前線に立って戦ったという。それほど慈愛に満ちた〝王〟なら奴を放置しないはず)


 人族の危機に対して神剣を与え、自ら剣を取って戦うほど〝月光王〟は人族に肩入れしている。ならばその人族が住まう南大陸に他の〝王〟が侵入した段階で迎撃行動に出ていなければおかしいのだ。


(死んでいるか、身動きが取れない状態にあるのか……どちらにせよ頼れないな)


 もしも〝月光王〟が居なくなっているのなら、人族(ヒューマン)は今後自らの意思と力を持って生き抜いていかねばならないということになる。それは〝王〟を有する他種族から自分たちで身を守らなくてはならないということに他ならない。

 

(あるいは俺が――〝白夜王〟が人族を守護するかだが)


 現状では不可能な話だ。今の夜光は〝王〟として完全に覚醒していない上に一国家に肩入れしすぎている。加えて人族同士で争っている以上、それを止めなくてはならないわけだがどう考えても今は無理だ。


(やはり覚醒が急務か。〝日輪王〟と戦う時に〝月光王〟の援護は期待できないし)


 と夜光が思案していると、セリアが庭園の中央にある東屋に立ち入った。

 続けて夜光も屋根の下へと入れば、円卓の上に置かれた地図や書類が眼に映りこむ。


「これは?」

「現在の南大陸の情勢と戦力差などを簡単に説明しておこうと思ってな。無論、お前の方でも把握しているだろうが……」

「いえ、助かります。再確認にもなりますし、俺は異世界の出ですからね。この世界の住人なら誰でも知っているようなことを知らない可能性がありますし」

「そうか、なら無駄話にはならないな。座れ」


 夜光が一番手前の席に座れば、セリアはその隣の席に腰を下ろした。甘い匂いと共にシャルロットによく似た美貌がすぐそばまで近づいたことで夜光は内心で動揺していた。


(っ……やっぱり似ているな。シャルをそのまま成長させたみたいだ)


 そんな夜光の様子に気付かないセリアは卓上に置かれた資料を手にして地図を指さし始める。


「まずは現在の南大陸の勢力分布から行こうか。これは今や簡単だからな。大陸中央を縦に引き裂くようにして存在する〝大絶壁〟から西が我らがエルミナ王国。で、東側がアインス大帝国。以上だ」

「……え、それだけですか?」

「一応アインス大帝国の北側にアイゼン皇国というのがあるが、これはアインス大帝国の属国だから数に入れていない。他の国々は数年前まで存在していたが、大帝国の現皇帝が即位してから数年で滅ぼされてしまったんだよ」

「なっ……!?」


 夜光が最後に他国について見聞きした時にはまだグラナート公国などが存在していたが……よもや数か月後の現在では亡びていたとは。


「先代皇帝は先々代皇帝――〝戦女神〟の教えの元、他国との融和路線を採っていたが、当代の皇帝は真逆を行ったらしいな。まあ、その背景には醜い皇位継承争いが関係しているらしいが……詳しいことはまだ分かっていない。とにかく今は二国しかないと覚えればいい。簡単だろう?」


 確かに簡単ではあるが……これは由々しき事態だろう。エルミナ王国が今回の戦争に負ければ人族の統一国家が武力を以って出来上がってしまうことになるのだから。


(けど仮令そうなったとしても安定化には長い年月を要するだろうな。滅ぼされた国々があった場所では少なくない抵抗運動が続いていることだろうし)


 それはこちらにとって好都合だ。そういった大帝国に抗う者たちと協力できれば隙を作れるかもしれない。


(武力で強引に併合なんてすれば必ず反発を招く。それを更に武力で押さえつけても余計悪化するだけだ)


 どうしても反発をなくしたいのならその国家に属していた民族ごと完全に浄化するしかないが、それは現実的ではない。実行にも困難が伴うし、何より国内から必ず非難の声が出る。


(どれだけ民意を集めている皇帝であっても人道に悖る行為を続ければ次第に人心は離れていく。相手がよほどの間抜けでもない限りそのようなことはしないだろう)


 つまり武力統一路線を選んだ時点で隙は生まれている。それを突くことが出来れば勝機は十分にあると言えよう。


(だけど敵側も当然それは考慮済みのはず。何かしらの対策があるのか、それとも長期的に取り組む姿勢があるのか……)


 夜光としては後者だと考えている。現皇帝はまだ二十三歳、若いのだ。時間ならたっぷりある。


「で、次に我が国と大帝国との戦力差だが……絶望的だ。我が国は各地域軍、騎士団、貴族の私兵をかき集めても百十六万ほど。対して向こうは分かっているだけでも百五十万、加えてそこに我が国の倍以上の技術差を持つ魔導艦隊があるときている」

「改めて聞くと中々に凄いですね……」


 今回、帝国が動員した兵力は百万ほど。つまり本国には分かっているだけでまだ五十万の余力があることになる。

 対してこちらはついこの間まで続いていた王位継承戦争――内乱によって戦力を減らしており、加えて無事な兵力も度重なる戦いで疲弊していることから実際に動員できる数は五十万にも届かない。

 現に今大帝国軍と戦っているエルミナ王国側の兵力は北方三十万、東方十万のみだ。内乱に参加しなかった各地域の貴族に兵を出すように言ってはいるが、到底間に合わない。国土が広いということが裏目に出た形だ。


「四日後に俺が指揮を執って立つことになる兵力も二万ほど……焼け石に水ですねこれは」

「そう言うな……と言いたいところだが事実だな。それに敵は軍事国家、人材の宝庫だ。それに比べてこちらは先の内乱で多くの将兵を喪った。虎の子の勇者も四人から二人に減っている。しかもいなくなった二人については大帝国側に行った可能性が高い」


 その予想は正しいだろう。

 ノンネの誘いに乗った勇が連れていかれた先はおそらくアインス大帝国だ。これはノンネが大帝国に属していることから容易に想像がつく。

 拉致された陽和の方は自発的に協力するとは思えないが、何らかの方法で洗脳などをして戦場に投入してくる可能性はある。考えられるだけでもノンネの神剣〝曼陀羅〟がある。神剣を持たない陽和では抵抗できない可能性が高い。


(そうなったら新や明日香では斬れないだろうな。……その時は俺がやるしかない)


 もしくは勇者との関係性が浅いクラウス大将軍やエレノア大将軍といった面々に任せるか。どちらにせよ悲劇が生まれる危険性が非常に高かった。

 夜光が改めて厳しい現状に嘆息すると、セリアも同意なのか額に手を当て長い息を吐いた。


「難しいですね……」

「そうだな。だが、だからこそお前の計画が実行されている」


 そう言ったセリアは美しい碧眼で夜光を見つめてきた。その瞳には燃え上がるような強い意思が宿っている。


「この計画……誰もが辛い戦いを強いられることになる。私を含めた王族、兵士や騎士たち、民草ですら例外ではない。だが、一番辛いのは――」

「俺ではありませんよ。一番は、バルト大要塞で戦う者たちです」


 セリアが言わんとしたことを先んじた夜光はそう言い切った。けれどもそんな夜光を見るセリアの眦は悲痛に歪んでいる。


「すまない……」

「謝らないでください。元はといえば俺が提案したことですから」

「だが我々が代案を出せなかったことも事実だ。……許せとは言わん。お前をこの事態に半ば強制的に巻き込み、戦わせている我々を存分に恨むといい。お前にはその資格が十分にある」

「恨みませんよ。俺は俺なりに大切な人たちを守ろうとしているだけですから」


 そう言って立ち上がった夜光は話は終わりだと円卓に背を向ける。

 そんな彼の背に王国の第二王女は言葉を投げかけた。


「カティア・サージュ・ド・メールが回復した。お前と話したがっていたぞ」

「……では、この後伺うことにしますよ」


 沈鬱な空気を割るようにして歩みだす夜光。

 冷たくなった心を、足元に咲く花々は癒してはくれなかった。

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