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巻き込まれて異世界召喚、その果てに  作者: ねむねむ
七章 たとえ我が名が天に焼かれようとも
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幕間~一時の休息~三日目、夜

続きです。

 晴夜――夜光は王城の一角に位置する庭園を訪れていた。

 既に人払いは済んでいるのか、周囲の気配を探っても特に何も感じない。

 夏の夜風に揺れる草花の中に当代のエルミナ国王は立っていた。


「花は良いな。何も悩むことなく生きるその様は憧れすら覚える」

「一理ありますが……私はそうは思いません。花はその生きる、ということで精一杯なだけでしょう。生きることに余裕が持てれば悩みの一つや二つ持つはずです」

「ふっ、そなたは詩人としての才もあるのではないか〝不屈〟よ」

「……陛下もご存じでしたか」

「無論だ。今やその名は市井にも広がっておる。まあ、そう仕向けたのは余……と言うよりかはテオドールだ」

「何故、そのような……」

「絶望的な状況に沈んだこの国を少しでも明るくしようという考えだ。戦意高揚、士気高揚の為だ。許せ」


 と言いつつも笑いながら振り向いてきた国王アドルフに、夜光は溢したくなった溜息を抑えて片膝をつこうとする。

 だが、アドルフはそれを片手で遮って夜光を立たせたままにすると真剣な眼差しを彼に向けた。


「ヤコウよ、そなたの企ては今のところ順調に進んでおる。明日には〝オルトリンデ〟への積み込みも完了すると報告を受けている」


 オルトリンデ。

 それはエルミナ王国が現状唯一保有する飛空艇の名だ。

 銀色の船体が美しく、また完全な軍艦というわけではないためアインス大帝国が有する飛空艇――魔導戦艦よりも軽装である。それ故に速度という一点において大帝国よりも勝っていると予測されていた。


「……装備の整備は間に合いそうでしょうか?」

「技師たちは間に合わせると言っている……が、おそらく全ての装備には手が回らんだろう。特に主砲はまだ納品すらされておらん」

「そうですか……」


 と夜光は思案気に視線を咲き乱れる花々に落とした。


(魔導局が総力を挙げてこの出来なら仕方がないか)


 エルミナ王国随一の魔導研究機関である魔導局の局員は、連日泊まり込みでオルトリンデの整備を行っているという。彼らで無理なら他に当てはない。

 夜光は思考を切り返ると顔を上げた。


「魔法省を含めた各省の方はどうなっていますでしょうか?」

「何とか、と言ったところだな。何しろ資料が膨大過ぎる。破棄するか保管するか、保管するなら何処へ隠すべきか。そういった手順を踏む以上、どうしても時間がかかる。テオドールも今頃必死になって処理しているだろうな」


 と笑うアドルフは身体を王城へと向けた。つられて視線を転じれば巨大な城――窓のほとんどから明かりが漏れているのが分かる。


「そういう陛下はこのような場所で私如きに時間を割いていてよろしいのですか」

「構わん。余の役目は責任を取ることだ。配下の成しえたこと全てに対する、な」


 そう言ってアドルフは夜光に横目を向ける。その仕草、その意味に気付かないほど夜光は愚かではない。


「陛下……本当によろしいのですか?計画通りに行けば陛下は――」

「諄いぞヤコウよ。余は既に決めているのだ」


 声音から感じるのは断固たる決意――彼の意思の固さがよくわかった。

 

「余はアルベールと奴に踊らされた不肖の息子の暴挙を止められなかった。その所為で臣民がどれほど犠牲になったことか、どれほど国力を減じさせてしまったか。――罪悪感と後悔しかない」


 そう語るアドルフの覇気は驚くほど脆弱で――夜光は彼が今、王としてではなく私人として話しているのだと理解した。


「そんな余に罪を償う機会が訪れたのだ。そなたが齎してくれた絶好の機会――逃すわけにはいかぬ」


 と最後には少しの茶目っ気を見せたアドルフに、夜光は無言で頭を下げた。


「よい。何度も言っておるが頭を下げるべきは本来こちらなのだ。……この国を、民を――我が愛しの娘を、よろしく頼む」


 その言葉に頭を上げた夜光が見た者は、私人――一人の父親としての老人の姿だった。


(このための人払いか。なるほど、道理で護衛すらつけていないわけだ)


 一国の王たる者はこのような姿を臣民に見せるわけにはいかない。王が頭を下げるということは国家が謝罪しているに等しいからだ。

 おそらく夜光がエルミナ王国の生まれでない――それどころかこの世界の生まれですらない――こともこの行動を取らせるに至った理由の一つではあるだろうが、それでもこの行為が持つ意味は非常に重いものだ。

 故に夜光はすぐさま頭を上げてもらうと微笑んで見せた。


「私が選んだ道です。陛下のお覚悟には及ばないでしょうが……私にも覚悟と決意がありますので」


 どうかお任せ下さい、と言った夜光を力強く感じたのか、アドルフは普段配下に見せないような好々爺然とした笑みを浮かべたのだった。



*****



 その後、もうしばらく庭園を眺めているというアドルフに対し場を辞した夜光はその足で敷地内に存在する尖塔へと向かった。

 この間まではセリア第二王女の療養の為に使用されていた塔だが、彼女が床から離れて精力的に活動している今ではほとんど誰も訪れなくなっている。たまにセリア第二王女が私物を取りに来る程度の出入りしかない。

 そういった経緯から普段は入り口の扉は固く閉ざされており、衛兵なども立っていない。


(つまり絶好の密会場所ってわけだ)


 夜光が尖塔の入り口――扉の前までやってくれば、独りでに開いて迎え入れてくれた。明らかに怪しい展開であったが、夜光は物怖じすることもなく中へと踏み入る。すると背後でこれまた勝手に扉が閉まる音が聞こえてきた。

 そんなおかしな状況を無視した夜光は螺旋階段を登り……最上階にある第二王女の部屋を通り過ぎて外へと繋がる扉を潜った。

 すると――、


「こんばんは、白き〝王〟よ。今宵は〝夜の王〟たるあなた様に相応しい……そうは思いませんか?」

「……知らねえよ、そんなこと。それよりも要件を言え」

「おや、何故私があなた様に用があるとお考えになられたので?」

「とぼけるのも大概にしろ。あんなに殺気塗れの視線を向けられたら誰だって気付くだろう」

「老い先短いあの国王は気づいていなかったではありませんか。誰でもというわけではありませんよ。これはあなた様と私の間にある絆、のおかげではないでしょうか」


 絆、の部分を強調してきたのは尖塔外周部に位置する通路に立つ外套の女性――ノンネであった。

 相変わらず外套を深々と被っており、その上白い仮面をつけているためどのような表情をしているのかを見ることは叶わない。

 けれども口調から面白がっていることだけは伝わってきた。


「何が絆だ、俺とお前は敵同士だろうが」

「敵同士といえども紡がれる絆というものはありますよ。〝軍神〟(ヌアザ)と初代〝黒天王〟の例もありますからね。……もしやご存じない?」

「……知らないな。それよりも何の用だよ」

「相変わらずつれないですねぇ。まぁ、そういう所もあなた様の魅力の一つではありますが。……お約束の件についてですよ」


 その言葉にうんざりとしていた夜光の表情がにわかに真剣味を帯びた。黒き隻眼が鋭い光を発する。


「あなた様から戴いた情報にありました者たち(、、、)は全てクロ(、、)、でございました。彼らに繋がっていた者たちもこちらで処置(、、)を済ませておきましたので、いつでも処理できます」

「……仕事が早いな」

「お褒め戴き恐縮です。まぁこの()の〝力〟があれば、さほど難しくはないのですがね」


 と言ってノンネが片手を突き出せば、不可思議な雰囲気を放つ一本の短杖が現出した。見た目は何の変哲もない木製の杖だが、それが姿通りでないことは痛いほど知っている。


「神剣か……」

「ええ、その通りでございます。さるお方に授けて戴いた私の相棒です。〝神権〟(デウス)もかなり強力なものですが――あなた様が所持する〝王権〟(レガリア)には及びませんとも」

「……〝王権〟?俺の持つ〝天死〟(ニュクス)は神剣じゃないのか?」

「ふむ、どうやらそのあたりを先代〝白夜王〟は教えなかった――いえ、教える前に黄金の君に襲撃されてしまったといったところでしょうかねぇ。悲しいことです」


 などとこちらの気を逆立てる泣き真似をするノンネに殺意を覚えた夜光だったが、グッと堪えて尋ねることにした。意味のある情報だと察したためである。


「……で、どういう違いがあるんだよ」

「おや意外にも素直ですねぇ。その殊勝な態度に免じてお教え致しましょう。神剣とはおよそ二百年前に〝王〟が手ずから創造した武器のことです。それぞれが意思を持ち、所持者を選ぶという特性があります。例外として強制的に従わせる方法もありますし、〝王〟が直接下賜した場合などは相手が誰であろうとも従います。力のほどは……既にご存じでしょう?」

「ああ……痛いほど知っている」


 かつて〝聖征〟に空けられた大穴を思い出した夜光は無意識に腹を撫でていた。


「そんな神剣とは違って〝王〟がその権能を十全に振るうための装置的な意味合いを持つ武器が〝王権〟です。〝王〟がそれぞれ一振りのみ有する絶大な〝力〟……これに関しては〝王〟ではなく、かつてこの世界に存在した〝唯一神〟が創造したとされています」

「……されています?」

「誰も真実を知らないのですよ。〝王〟が生まれた時には既に手元にあったそうです。しかしその時には既に〝唯一神〟は姿を消した後ですからね。確かめようがないわけです」


 と肩を竦めるノンネ。

 そんな彼女から聞いた新情報を咀嚼する夜光だったが、ふとこちらに近づく強大な気配を察知して思考を切り替えた。

 やや遅れてノンネも気づいたようで、これまで漂わせていた余裕を消し去って警戒する素振りを見せる。


「お前が油断を消すとは……そんなに彼女が恐ろしいのか?」

「彼女――というよりかは彼女が所持する神剣が恐ろしいですね。アレは呪われた神剣ですから」

「呪われた……?」

「……もう少しお話していたかったですが、今宵はこれにて失礼させて頂きます。またお会い致しましょう――〝夜の王〟さま」


 そういうや否やノンネは短杖――神剣〝曼陀羅〟を振るって空間に穴を空けるとその中へと姿を消した。

 次いで夜光の背後にあった扉が大きく音を立てて開け放たれた。彼が振り向けば、そこに居たのは白き軍服を身に纏った女性――セリア第二王女であった。


「奇妙な気配がしたと思ってきてみれば……お前一人か?他に誰もいないのか?」

「……ええ、誰もいませんよ」


 今はね、という言葉を飲み込んだ夜光はセリアの勘の鋭さに冷や汗をかいていた。ノンネとの密会は誰にも知られてはいけないことだからだ。

 内心の動揺を押し殺して佇む夜光に怪訝そうな眼差しを向けるセリアであったが、自身の目的を優先させることにしたのか、意外にも追及はなかった。


「ヤコウ大将軍、お前に話がある。明日、時間を空けておけ。いいな?」


 どうやら自分は人気者らしい、と夜光は内心で盛大な溜息を吐くのだった。

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