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巻き込まれて異世界召喚、その果てに  作者: ねむねむ
七章 たとえ我が名が天に焼かれようとも
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幕間~一時の休息~二日目

続きです。

 翌日。

 朝食を済ませた夜光は王城敷地内の一角に位置する騎士団用の宿舎を訪れていた。

 目的は自らを主と仰ぐ〝銀嶺騎士団〟との顔合わせである。


『お初にお目にかかります、ヤコウ大将軍!』

「初めまして団長。国王陛下より〝王の盾〟を賜りましたヤコウ・ヴァイス・ド・セイヴァーと申します」


 白地に蒼き盾が描かれた紋章旗が優雅に風に揺れる中、夜光と銀嶺騎士団団長は挨拶を交わした。

 銀嶺騎士団に与えられている専用の宿舎の前でのことである。

 朗らかな笑みを交わす二人を見つめるのは騎士団員総勢一万。

 その全員が重装歩兵であり、覇気ある眼を向けてくるものだから夜光は緊張感に襲われていた。


(見る限り士気は高く、規律もきちんとしていそうだ。流石は国仕えの騎士たちで構成されているだけのことはある)


 そもそも騎士とは一般兵を遥かに凌ぐ実力を持った者しかなれない職である。数こそ一般兵で構成された各地域軍には及ばないものの、質では圧倒的に勝っているとされていた。


(王国に六つしか存在しない騎士団の一つがこの銀嶺騎士団――〝王の盾〟が指揮権を持つ騎士団だ)


 団長との会話を終え、騎士団が普段行っているという訓練を見学させてもらうことになった夜光は練兵場へと足を運ぶ。その黒瞳は前を往く騎士たちの背中に向けられていた。


(今回、援軍として連れていけるのは――いや、連れていく(、、)のはこの銀嶺騎士団だけ)


 六つの騎士団――その内の四つは四大騎士団と呼ばれる〝四騎士〟直属の騎士団である。

 それぞれ得意とする戦い方は違えども共通しているのは練度の高さだ。その実力はエルミナ王国の中でも頂点に位置すると言われている。

 そんな彼らを援軍として連れて行けば戦局を僅かなりとも好転させることも可能だろう。しかし夜光は銀嶺騎士団のみを連れていくことにしていた。

 というのも――、


(〝王の剣〟クロードが率いる光風騎士団は連戦に次ぐ連戦で疲弊しているからな……)


 今回の内乱で活躍した光風騎士団はこの王都にて疲れを癒している最中であり、水簾騎士団は主である〝潔癖〟エレノア大将軍が謹慎処分を受けているため動かせない。

〝征伐者〟クラウス大将軍率いる烈火騎士団はそもそもバルト大要塞に駐留していたので今頃戦闘の真っ最中であろうことは間違いない。


(残る二つの騎士団――霊亀騎士団は王都パラディースの守護者だから動かせない。国王直属である金鵄騎士団は動かせるけど……)


 彼らに動いてもらう時期は今ではない。彼らには力を蓄えておいてもらう必要があった。


(いずれ来るその時までは黙っていてもらう。彼らの忠義心には悪いと思うけど……)


 此度の苦難を乗り越えるためだ、と夜光は湧き上がる罪悪感を押し殺して訓練の光景を見つめる。

 やはりと言うべきか練度が高い。気迫も一般兵と比べて桁違いに高かった。

 実力の方は申し分ないだろう。ならば、後はこちらの命令に忠実に(、、、)従ってくれるか否かである。


「団長、私は〝王盾〟の所持者といえども新任の大将軍です。そんな者の指揮下に入ることを不安には思わないのですか?」

『……恐れながら閣下、我らを舐めてもらっては困ります。我らは〝王の盾〟たる閣下をずっとお待ちしておりました。それこそ一日千秋の思いで、です』


〝王剣〟とは違い〝王盾〟は永らく所持者を選ぶことはなかった。それ故に銀嶺騎士団はずっと主不在のまま過ごしてきた。他の騎士団が主を得て活躍する中、ずっと王都で燻っているしかなかったのである。


『我らの忠誠は国王陛下と閣下のみに捧げられるもの。不安など、一切ございませぬ』

「……そうですか。なら――私が死ねといったら死んでくれますか?」

『無論です。閣下のご命令とあらば、皆喜んで死にゆきましょうぞ』


 即答だった。迷いなど一切ない返事。

 老練の騎士たる団長の碧き眼には純粋な光のみがあった。

 ふと変化した気配に気づいた夜光が周囲を見回せば、団員たちが手を止めて視線を向けてきていた。

 どの眼も銀嶺騎士団員であることへの熱意と誇りに輝いている。仕えるべき主が現れたことで彼らの士気は最高潮に高まっていた。


(これなら――大丈夫そうだな)


 夜光は計画を実行する上で彼らが障害になりえないことを理解し笑みを溢した。

 それから〝王盾〟を召喚すると起動して掲げる。夏の晴れ渡った空にも負けない蒼き光が煌めきを放つ。


「諸君らの忠義、確かなものとして認めよう。此度の戦、我らにとって初陣となるが、向かう先は死地である。故に死を覚悟して付き従ってもらおう――良いな!?」

『『『はっ、我ら銀嶺騎士団、閣下にどこまでもお供致します!!!』』』


 打てば響くとはこのことか。

 力強く、心地の良い返答に夜光は満足げに頷いた。

 と、そんな彼の背へ声がかかる。


「おいおい、これは何の騒ぎなんだ?」

「新……?」


 振り向いた先に立っていたのは勇者〝闇夜叉〟(タナトス)――宇佐新であった。



*****



 大聖堂――それは王城とほぼ同時期に建設されたと言われている神代の建造物である。

 未だにどのような材質で造られているのかは明らかになっていない。けれども経年劣化が起きないことから〝王〟の御業によって生み出されたのではないかと言われていた。

 床、天井、壁――全てが汚れなき白で統一されており、信心深い者には畏敬を、そうでない者には圧迫感を与える造りとなっている。

 そんな大聖堂の奥には外に突き出た広間がある。つい先日に戦いの舞台となった場所であった。


「夜光、ありがとな」

「藪から棒に……一体何のことだ?」


 用があると言われて連れてこられた夜光は、開口一番の礼に首を傾げた。

 それに対して新は自嘲気味な笑みを浮かべて見せる。


「明日香のことだ。……昨日、あいつを励ましていたんだろ?」

「なんだ、見ていたのか……お前も混ざればよかっただろう。あの食事処で交わした約束はお前だって関係のあることだろ」

「……聞いたのか。なら分かるだろ。勇の傍に居て、あいつの異変にも気づいていたのに何もできず、結果このような事態を招いてしまった俺に混ざる資格なんてないってことくらい」

「……それはお前だけの所為じゃないだろ」


 と言えば、新は表情を歪めて拳を握りしめた。


「たとえそうだとしても……俺にはお前や明日香よりも責任があったんだ。あいつが陽和ちゃんに異常なまでの執着を見せていたことも知っていたし、そんな陽和ちゃんと仲良くするお前を疎んでいたことも、全部知っていた。知っていて……何もしなかったんだ!」


 ガンッ、と高欄に拳を叩きつけた新に、夜光は無言で返す。ここで新にいろいろと吐き出させる必要があると感じたためである。


「その結果があれだ。勇はお前に嫉妬し憎むまでになり、殺そうとした。終いには陽和ちゃんの意思を無視して強引に拉致までしやがった……!」


 新の声音から伝わってくるのは激情――行き場のない怒り、抑えようもない苦しみであった。そしてそれらを上回るほどの深い悲しみも感じられる。


(親友を止められなかった自分への怒りや馬鹿な真似をした勇に対する怒りか……)


 宇佐新と一瀬勇は生家が隣同士であることから家族ぐるみの付き合いがある、いわゆる幼馴染という関係である。

 物心つく前から一緒にいることが当たり前の間柄――仲が良く、まるで兄弟のようだと夜光も見ていて感じたことがあった。

 だからこそ新は苦しんでいるのだろう。友の蛮行を止められなかったという自責の念に苛まれている。

 加えて庇護すべき対象であった陽和を守れなかったという事実も重く圧し掛かっているのだろう。〝大絶壁〟で夜光が消えてからは陽和のことを新が気にかけてくれていたと、昨日明日香から聞いていた。


「そんな俺が一体どの面下げて明日香に会えと?」

「……まさかお前、あの戦いの後ずっと明日香に会ってないのか?」

「今言っただろ。会わせる顔がないんだよ……」


 道理でおかしいと思ったわけだ、と夜光は嘆息した。

 いくら明日香が落ち込んで閉じこもっていたにしても、元の世界でなら新は上手く言いくるめて部屋から出していたはずなのだ。それをしていないというのは不自然だなとは感じていたが……。


(仕方がない……少々荒療治になるけど)


 夜光は素早く決断すると新との距離を詰めて――、


「おい、新――歯を食いしばれ」

「何――ガッ!?」


――思いっきり殴りつけた。

 いくら新に神剣と固有魔法があるとはいえどもこちらは〝王〟、その上〝王権〟と〝神器〟の加護がある。加えて不意をついたこともあって、新は面白いくらい吹き飛んだ。

 夜光に殴り飛ばされた新は露台の高欄に激突して床に尻を打ち付けた。


「ぐっ……いきなり何しやがる!?」

「眼は醒めたか、お姫様?」

「何を――」

「神剣があって固有魔法がある。それだけの〝力〟を持ちながらグジグジと悩みを垂れ流すだけで、行動に移そうともしない。そんな女々しい野郎に相応しい名前だろ?〝闇夜叉〟なんて御大層な名前は今のお前には似合わねえよ」

「っ……てめぇ!!」

「吠えるだけ一丁前か、負け犬が。殴られて殴り返そうともせず座り込んでるだけか?」

「……上等だ」


 そういって立ち上がった新は拳を構えた。双剣を抜かないあたり、まだ理性は残っているのだろう。

 夜光は嘲笑めいた笑みを繕うと自らも拳を構えた。


「来いよ、お姫様。――玉無し野郎じゃないってことを証明してみせろッ!」

「上等だ、この白髪野郎――!!」


 瞬間、魔力で加速した新の拳が眼前に迫った。

 夜光は咄嗟に両腕で防御するも、続けざまに放たれた左の拳が脇腹に突き刺さる。

 肺から強制的に酸素が叩き出される。息次ぐ暇もなく、体勢を崩した夜光の顔面に右の拳がめり込んだ。


「――ッッ!?んにゃろ!!」

「ぐぅ……っ!?」


 だが、夜光とてやられっぱなしではいられない。

 彼はたたらを踏みそうになる足を強引に繋ぎとめると右拳で新の顎を打ち抜いた。無意識の防御反応で両腕を顔の前に持ってきた新だったが、夜光はそれを無視して腹に左拳を打ち込む。

 先ほどのように吹き飛ぶかと思われたが、新が魔力で身体を強化していたためそうはならなかった。彼は歯を食いしばって痛みを我慢すると低い位置にあった夜光の後頭部を拳で叩いた。

 それにより床と接吻しかけた夜光だったが、両手を床につけることでその悲劇を回避すると追撃が迫ってきていることを察知してゴロゴロと床を転がった。

 すると新の拳は床に叩きつけられたが、耐え切れなかったのは床の方で甲高い音と共にひび割れてしまう。


「ハァハァ……やるじゃねえか」

「お前もな、夜光――っ、痛てぇなこれ」

「当り前だろ、その床は神代の代物――普通はひび割れさせることすら出来ないって話だぞ、このゴリラが」

「だれがゴリラだこら……ったく、相変わらず思い切りが良すぎんだよ」

「……バレたか?」

「ああ、バレたぞ。……けど、ありがとな。おかげで眼が覚めた。いい拳だったぜ」


 そういって近づいてくると手を差し出してきた。

 夜光はフッと笑ってからその手を取る――と、立ち上がらせられた。


「新、人は誰だって一人でできることに限界がある。だから……一人で抱え込むな。明日香にも言ったけど、勇と陽和ちゃんのことはお前だけの所為じゃないし、お前だけが重い責任を背負うこともないんだ」

「……けど」

「けどじゃない。いいか、勇を止められなかったのも、陽和ちゃんを守れなかったことも、俺や明日香にも責任があることだ。俺が邪険にせず、もっと勇に歩み寄っていればと思うこともあるし、その逆に徹底して関わりを断っていればと思うこともある」


 だが、それら全てはたらればなのだ。あの時こうしていれば――というもう二度と選ぶことのできない、失われた可能性の話なのだ。


「終わってしまったことを悔やむのはいい。だけど、悔やむだけで挽回のために行動しないのは駄目だ。なんせ――まだ終わっちゃいないんだからな」


 勇も陽和も死んだわけではない。死んでさえいなければどうとでもできると夜光は考えていた。


「新、お前には〝力〟がある。固有魔法にその神剣がある」


 夜光は新の両腰に吊るされた二振りの剣に視線をやってから彼の眼を見つめる。


「その〝力〟で明日香と一緒に――取り戻すんだ。勇を、陽和ちゃんを」


 出来ないとは言わせない、と力強く見つめれば、新は双剣に目線を落とした。

 僅かな沈黙、それから口元を緩めた彼は双剣の柄に手を置くと夜光と視線を合わせる。その双眸には燃えるような意思が宿っていた。


「ああ――言われるまでもねえ。やってやるぞ、俺は!」

「……それでこそ勇者、それでこそ〝闇夜叉〟だ」


 元々明日香と同じ体育会系である新は、基本的には前向きな思考の持ち主だ。発破をかければ立ち直れると踏んでいた。


(少々荒々しいやり方だったけど……結果良ければ問題なしだな)


 夜光は痛む頬を抑えながら天を見上げた。

 熱視線で地上を睥睨する太陽は、憎々しいほど輝いていた。

今年も宜しくお願い致します。


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