表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
巻き込まれて異世界召喚、その果てに  作者: ねむねむ
七章 たとえ我が名が天に焼かれようとも
131/227

幕間~一時の休息~一日目、夜

続きです。

 エルミナ王国において眠らない街と呼ばれる都市は幾つか存在する。

 有名な所では西方最大の都市であるデュレなどが挙げられる。かの街は豊かな穀倉地帯を背景に栄えており、高価かつ使用にかなりの魔力を用いる必要のある魔導灯を街中に大量に設置することで、陽が沈んだ後でも明るい光で満ちている。そのため人々は夜遅くまで活動することが可能となっていた。

 それもこれも約二百年前に起きた〝解放戦争〟と呼ばれる戦いの後に、当時のアインス大帝国皇帝――後にアインス三大神の一柱〝戦女神〟となった人物と、アインス大帝国、護国五天将〝紫電〟――後に〝魔王〟と呼ばれることとなった人物が魔導という技術を生み出したおかげである。


「なるほどねー。じゃあその人たちのおかげで今私たちがこうやってご飯を食べることが出来てるってわけなんだ?」

「そうらしいな。……っていうか、明日香。お前、食べ過ぎじゃね?少しは遠慮しろよ」

「えぇ~これくらい普通だよ。夜光くんは気にしすぎだって。それにここのお代は君が出してくれるって言ったじゃない」

「それはお前があの時のことをシャルにばらすって脅してきたからだろうが」


 魔導灯の光が照らす店内――エルミナ王国王都パラディースの一角に存在する食事処での夜光と明日香の会話である。

 午前中に行った試合において完膚なきまでにボコボコにされた夜光はその後、勝者である明日香に従って王都内を連れまわされた。

 生来の気質である快活さを取り戻した彼女は王都のあちこちを歩き回り日が暮れかけた頃、ふと思い出したかのようにこう言った。


『そういえば前に夜光くんに胸を掴まれた事あったよね。あの時のお詫びってまだしてもらってないんじゃない?』


 そのように言われてしまえば加害者たる夜光としてはぐうの音も出ない。しかもその上『あの時のことをお姫様に告げ口するって手もあるよね』などと追撃を加えられてしまえばもうどんな要求にも従わざるを得なかった。

 徹底的に反抗する牙を封じられた夜光は項垂れ沙汰を待つ罪人のような有様になってしまったが、そんな夜光を見た明日香の要求は極めて穏当なものだった。

 それが夜ご飯を奢ってくれというものであり、故に現在夜光は明日香の行きつけだという店を訪れていたのだったが……。


「食べ過ぎだろ。お前の胃袋おかしいよ……」

「ふぇん?ぁにほへふぉ?」

「……一応レディなんだから口にものが入った状態で喋るなよ」


 モグモグと食事を咀嚼する明日香の前には山盛りになった料理の数々が乗った皿が置かれていて、その両脇には空になった皿が積み上げられている。どう考えても少女が一食で喰らう量ではない。現に店内にいる人々からは好奇の視線が向けられていた。


「うぅん…………何さ、私が女っぽくないって言いたいわけ?その割には今朝私に迫られてあんなに動揺してたくせにー!」

「いやあれは仕方なくない!?明日香だって子供じゃないんだから……ほら、わかるだろ?男の朝ってのはいろいろあるんだよ」

「……ふ~ん。夜光くんってば食事中に何言ってるのかな?君こそ紳士ならそういう言動は慎むべきじゃないかなぁ?」

「ああ言えばこう言う!お前ってやつは……」


 食べ物を嚥下した明日香が半眼を向けてくる。剣術でも話術でも勝てそうにないことを悟った夜光はこれ以上の反論を諦めて溜息を木杯に入っていた水で流し込んだ。

 それから眼前に置かれた皿にある肉巻きを突き匙で口元まで持ち上げて咀嚼すると、明日香が何かに気付いたようにこちらを見つめてきた。


「……なんだよ」

「えっと……そういえば夜光くんっていつから私のこと呼び捨てにするようになったのかなって思って」

「え?…………あぁ、そういや前はお前のこと江守さんって呼んでたもんな」


 明日香に指摘されて初めて意識した夜光は視線を宙に彷徨わせた。


(いつから明日香って呼ぶようになったんだっけか……?)


 と記憶を探りながら肉巻きを嚥下して思い出した。


「ああ、確かこの間からだろ。〝大絶壁〟に落ちる前までは江守さんって呼んでたはずだ」

「ふぅん、そうだっけ。……でも、どうして急に?」


 そう問われた夜光は首を傾げた。明確な理由が思いつかなかったためである。


「……わからん。しいて言えば――」

「言えば?」

「――再会した時の状況が切迫していたからだろうな。さんづけする余裕がなかったんだと思う」

「えぇ~なにそれ!つまんないの」

「つまらないってなんだよ……」


 一体どういった期待を抱いていたのか、夜光の返答に落胆した様子の明日香に彼は内心で首を捻った。しかしいくら考えても彼女の態度が何を意味しているかは不明であったため、それ以上考えるのは止めて話題を変えることにした。


「話変わるけどさ、試合の時に着てた服ってどこで手に入れたんだ?この世界に来てからあんなデザインの服なんて見た事ないぞ」


 現在明日香が着ている服はこの世界、この時代に適した庶民的な装いのものであるが、午前中の試合時に身に着けていた服は元の世界〝地球〟でしか見たことのないものだった。

 それ故の疑問だったのだが、何を勘違いしたのか明日香はニヤニヤとからかいの笑みを向けてくる。


「へぇ~気になるんだ。夜光くんはわ・た・し・のお臍が気になるんだ?へぇ~ほぉ~ふ~ん」

「ちょっと待て。俺はお前の服の出どころが気になるんであって、別にお前の臍だの腹だのが気になってるわけじゃねえよ。誤解を生むような発言はよせ」


 いくら何でもこのような大衆向けの食堂にシャルロットはこないだろう。けれども誰が聞き耳立てているか分かったものではない。

 もしも今の明日香の台詞を聞いた上で、庶民的な服装の夜光の正体に気付く者がいれば不味いことになりかねない。

 そういった懸念から少しばかり焦って否定した夜光だったが、その焦りがかえって誤解を深めることになってしまう。


「そんなに早口だなんて……必死だね、夜光くん。私は別にいいんだよ?君になら……ね?」

「何がね?だよ。慣れない流し目なんてするもんじゃないぞ。俺は大丈夫だけど、他の男の前ではそんな言動は慎めよ。勘違いされでもしたらどうするんだ」


 忠告めいた台詞を吐く夜光であったが、その心中は穏やかではなかった。明日香が向けてくる色っぽい流し目にドキリとさせられていたからである。


(くそ……今日は朝からこいつに振り回されてばかりだ)


 されど相手が男勝りな明日香であることが幸いした。彼女は滑稽な夜光に耐えられなくなったのか、ぷっと噴き出して破顔したのだ。


「ぷふっ、あはははは!夜光くんってば顔あか~い!これくらいで照れるなんて、お姫様とキスしたら卒倒でもするんじゃないの、君」

「……うるさい!そ、それよりあの服の出どころを早く教えろってば」


 接吻なら既に済ませている、などとは流石に返せなかった夜光が話を服に戻せば、明日香は仕方ないなとばかりに肩を竦めて追撃を止めた。


「はいはい。アレはね、こっちの世界に召喚された時に持っていた鞄に入っていた着替えだよ。ほら、道場で稽古をした後にシャワーを浴びるじゃない?その際の着替えとして持ってたやつなんだよ」

「あぁ、なるほど……それは納得だ」


 確かにこちらの世界に召喚された際、所持していた物もそのまま持ってこれていた。夜光も筆記用具などが入った鞄を持ち込めている。

 

(それにしても召喚か……)


 夜光は敵――ノンネが侵入した、大聖堂の調査結果を思い出して表情を曇らせる。それに目ざとく気付いた明日香が問いかけた。


「どうしたの、夜光くん。顔色が良くないけど」

「いや……ちょっと思い出したことがあってな」

「もしかして……勇者召喚の魔法が書かれた書物が盗まれたこと?」

「……鋭いな、その通りだよ」

「話の流れからなんとなく……ね」


 と言う明日香の笑みも何処か陰っていた。

 それも当然のことで、元の世界に帰る術が書かれていたかもしれない勇者召喚の魔法書が大聖堂から紛失していることは夜光も明日香も知っていた。それ故の暗い表情である。


(家族や友人たちに心配かけてるだろうし、一度は帰りたいんだよな……)


 こちらの世界でやるべきことがある為、帰りっぱなしというわけにはいかないが、それでも親しい人たちに顔を見せておきたいと思っている。流石に失踪扱いのまま放置しておくのはよろしくないだろうと考えているからだ。


(明日香の両親だって、いきなり娘が失踪したわけだから流石に心配してるだろうし)


 色々と確執のある親子関係ではあるが、それでも血の繋がりほど濃いものはない。普段、親のことをよく思っていない明日香といえども会いたいという気持ちはあるだろう。

……沈んでしまった雰囲気、それを払拭するかのように明日香が明るい笑みを繕った。


「――さて!ご飯も食べたことだし、そろそろ出よっか!」

「えっ!?いつの間に食べ終わったんだよ!?」


 我に返った夜光は、気づけば空になっていた皿の山を見て瞠目するのだった。



*****



 夜光が支払いを終えて食事処から出た時には既に夜が深まっていた。

 魔導灯――街灯が照らし、建物の中から暖かな光が漏れる城下街も流石に人通りが減っている。

 真夏の夜であるため気温は高い。加えて食事を終えた直後であることも相まって暑さを感じたのか、明日香が上着を脱いで半袖姿になった。


「ふぅ~、暑いねぇ」


 と朗らかに笑う明日香がぐっと腕を突き上げる。程よい大きさの胸が強調され、伸ばした腕に汗が滴り腋を伝って服の中に消えた。

 健康的な明日香に艶めかしさを感じた夜光は咄嗟に視線を逸らして肯定する。


「そ、そうだな。それよりさっきは店主と仲良さそうに会話していたじゃないか。やっぱり行きつけっていうだけのことはあるみたいだな」

「うん?ん~~そうだよ。何度か食べにきているからね」


 またからかわれてたまるかと意識して動揺を抑え込んだ夜光の姿に一瞬きょとんとした明日香だったが、肯定して寂し気に微笑んだ。

 その物悲しげな様子を怪訝に思った夜光が問いかける。


「……どうした?前に何かあったのか?」

「…………ちょっと歩こっか」


 明日香は答えずに王城の方へ歩み始めた。

 その背に哀愁を感じ取った夜光は黙って後に続く。

 熱気に満ちる王都パラディースの建物を眺めながら歩いていると白が基調のものが多いことに気付いた。


(確か聖王国時代の名残だったっけか)


 以前カティアから学んだ王国の歴史を思い返した夜光は物思いに耽る。


(〝名を禁じられし王〟が支配していた時代か)


 それにしても、と思う。王とは当時の聖王のことなのか、それとも神のことなのか……。


(神だとすれば七番目の〝王〟ということになるけど……)


 この世界(シュテルン)の神々は全部で()柱存在しているとされている。

〝魔族〟が崇める神――〝天魔王〟。

〝妖精族〟が崇める神――〝日輪王〟。

〝精霊族〟が崇める神――〝星辰王〟。

〝竜王族〟が崇める神――〝黒天王〟。

〝人族〟が崇める神――〝月光王〟。


(そして人々から忘れ去られようとしていた〝白夜王〟)


 これら六王が実体をもつ神として君臨する世界――それが異世界シュテルンである。


(〝名を禁じられし王〟は〝月光王〟が表舞台に姿を現すまで〝人族〟の信仰を集めていたようだけど……〝白夜王〟は違う)


 何故〝白夜王〟はどの種族にも崇められずにいるのか。はたして〝名を禁じられし王〟は本当に討伐されたのだろうか。疑問は尽きないところだが――。


「……ねえ、夜光くん」


 明日香が語りかけてきたことで思考が中断された。

 我に返った夜光が周囲を見渡せば、人気のない広場のような空間にたどり着いていたことに気付く。

 明日香が立つ広場の端は落下防止の高欄が設けられていて、眼下に広がるのは城下街の夜景である。

 どうやらここは王城と城下街の中間に位置する坂の中腹らしい。

 居場所を把握した夜光が明日香に視線を戻せば、彼女は高欄に両腕を預けて風景を見つめていた。

 夜光は彼女の隣まで向かうと同様の姿勢を取った。


「あの店ね、前にも来たことがあるんだ。前回は……勇くんと新くん、陽和ちゃんにカティア先生と一緒に」

「…………」


 その言葉で明日香が何を考えているのか、おおよそ悟った夜光は瞳を閉じて小さく息を吐いた。


「でね、その時みんなでまた再会しようねって約束したんだ」

「……再会を誓い合ったってわけか」

「誓う――っていうのはちょっと大げさかもだけど」


 とクスリと笑った明日香であったが、常の力強さは感じられない。

 悲しげな雰囲気、あまりにも脆弱な覇気を醸し出している。勇者〝剣姫〟(ミトラ)としての彼女しか知らない者が今の彼女の姿を見れば、驚きのあまり絶句してしまうことだろう。


「あの時は信じてたんだ。きっとまたみんなで会える。笑顔で再会できるって」

「……そのために戦うって、取り戻すって決めたんだろ」

「うん、そうだね」


 だからね、と明日香は夜景から視線を逸らして夜光に顔を向けた。

 天からの月光、地上からの街灯に照らされる彼女の顔は、見慣れたはずの夜光ですら息を呑むほどに儚く美しかった。


「今日はありがとう、夜光くん。君のおかげで私は救われたよ」

「……大袈裟だ。俺は別に何もしちゃいない」

「ううん、してくれたよ。君は消えかけだった私の炎に薪を焼べてくれたんだよ」


 だからありがとう――と微笑む彼女のことを、この先きっと忘れないと夜光は思った。

 この強くも傷つきやすい友人のことを――〝剣姫〟でもなく、勇者でもない、十七歳の少女のことをきっと忘れない――何があろうとも、きっと。


「――行こう、夜光くん。私たちやみんなが力を合わせれば、どんな困難だってきっと乗り越えられる。私はそう信じているから」

「……ああ、そうだな」


 湧き上がる罪悪感(、、、)を押し殺した夜光は、差し出された暖かな手をそっと握りしめて握手を交わすのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ