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巻き込まれて異世界召喚、その果てに  作者: ねむねむ
七章 たとえ我が名が天に焼かれようとも
130/227

幕間~一時の休息~一日目

続きです。

「夜光く~ん、朝だよ起きてー!」

「うぅん……あぁ?――ぐおっ!?」


 その日、夜光は腹部への強烈な衝撃によって叩き起こされた。

 睡眠状態という無防備な彼に飛び乗ったのは、茶に近い明るい黒髪の少女――江守明日香である。

 彼女は早朝にも関わらず天真爛漫な笑顔で夜光の顔を覗き込んできた。


「おはよう、夜光くん!!」

「……あ、明日香?一体何してんだよ……ていうか痛かったんだけど」

「ごめんごめん。夜光くんならほら、別に大丈夫かなって思って」

「何が別に大丈夫なのかは知らないけど……とにかく一旦退いてくれる?これじゃ起きようにも起きられないんだけど」


 王城の自室にある寝台にて寝ていた夜光は今、明日香に馬乗りにされている状態であった。寝起き故に身体が色々と不味いことになっているため早く退いて欲しいが、かといって跳ね除けようにも明日香の身体に触れるわけにもいかない。いくら友人といえども妄りに異性に触れることに夜光は抵抗感を持っていた。

 そんな夜光の心中を知らない明日香はぐりぐりと下半身を動かして見慣れない婉然とした笑みを向けてくる。


「ふふー、なになに夜光くん。もしかして私に興奮でもしちゃったの?うわ~変態さんだねえ」

「ぐ……んなわけねえだろっ!」

「あれぇ?否定するまで間があったような気がするケド?」


 そう言ってくる明日香の瞳には明らかなからかいの色が浮かんでいた。

 正直ちょっと興奮してしまった夜光は罪悪感から必死に否定する。


「いいからさっさと退けって!いい加減にしないと実力行使にでるぞ!!」

「あ、そうだ実力行使で思い出したんだけど、今日は君に用があって来たんだよ」

「退いてくれたら聞くから!は、早く退いてくれ!!」


 そう叫ぶ夜光の聴力はこの部屋に接近してくる人の足音を敏感に察知していた。


(ま、不味い。こんなところ見られたら誤解を生むぞ!)


 大将軍たる己と勇者たる明日香が同じ寝台でこのような体勢になっている所など誰が見ても誤解を生みかねない。明日香の性格を熟知している宇佐新ならばあるいは、といったところだか……。


(足音が部屋の前で止まった……!?)


 と夜光が戦々恐々としたその時だった。


「ヤコーさま……?これは一体どういうことでしょうか……?」


 殺気だった愛しい人の声が聞こえた。

 その冷たい声音に明日香が振り向き、夜光は上半身を上げて扉の方へと顔を向ける。

 するとそこには金髪碧眼が美しい姫が立っていた。艶やかな肌が朝日に照らされて煌めいているかのように錯覚してしまう。未だ幼さの残る素顔に浮かぶのは微笑みである――が、眼がまったく笑っていない。

 

「しゃ、シャル……っ!?違う、違うんだ!これには深いわけが――」

「ヤコーさま」


 不貞を暴かれた夫が如く慌てふためく夜光に、姫――シャルロット・ディア・ド・エルミナ第三王女がニッコリと冷たい笑みを浮かべてこう告げた。


「第二夫人をお作りになるのは結構ですが……まず先にわたしに相談してからにしてくださいね?」

「違うんだよーーーーーー!!!」


 早朝の王城に、夜光の叫びが響き渡るのだった。



*****



 その後。

 怒れるシャルロットに訳を説明し、今度埋め合わせをすると約束することでなんとか宥めることに成功した夜光は、身なりを整え王城内に存在する大食堂に向かった。その隣には異世界召喚時に着用していた制服を身に纏った明日香の姿がある。


「夜光くんってば、すっかりお姫さまの尻に敷かれてるんだね」

「明日香……ちょっとは反省しろよな。さっきの件はお前の所為でもあるんだからな!」

「あはは、ごめんね。まさかもう既に夜光くんとお姫さまがくっついてるなんて思わなかったからさ」


 あっけらかんとした様子で謝罪を口にする明日香である。彼女以外がそういった態度を取れば怒りを覚えただろうが、昔から不思議と明日香なら仕方がないかと許してしまう。男勝りのカラッとした態度や泰然自若とした態度が良く似合う女性である明日香は、なんとなく憎めないと接した者に思わせるのだ。

 現に今も夜光は「まあ明日香だしな……」と許してしまっていた。


「それで、朝から俺の部屋の扉の鍵だけを斬り飛ばすという無駄に高等な技を披露した挙句、扉を開けっぱなしにしてシャルに見られるという失態を犯した明日香さんは一体何の用事があったのかな?」

「……なんか言葉の節々に嫌味が混ざってるような気がするけど……」

「気のせいじゃないか?後ろめたいことがあるからそう聞こえるだけだろ」


 せめてものお返しだとばかりに嫌味を吐いた夜光はそう否定すると、食堂務めの侍女から朝食の乗った盆を受け取って空いている席へと向かう。丁度、何時もの定位置である城下街が見える窓際の席が空いていたためそちらに座ると明日香が机を挟んだ反対側に腰を落ち着けた。

 一旦盆を机に置き、スカートを手で伸ばして座る動作を見て、明日香もそういうこと気にするんだなと妙な感心をする夜光。そんな彼に明日香はジトっとした眼を向けた。


「今、失礼なこと考えたでしょ」

「……イヤ、ソンナコトナイヨ?」

「カタコトじゃん……ま、別にいいけど。デリカシーなさすぎてお姫さまに嫌われても知らないからね」

「えっ」


 地味に気にしている事を指摘された夜光は動揺から視線を彷徨わせる。

 そんな彼を尻目に明日香は椀に注がれたスープを匙ですくって口に入れた。


「う~ん、美味しい!けどもうちょっと薄くなんないかなぁ。私的にはこの世界のスープって濃すぎるんだよね」

「ああ、それは俺も思った。日ノ本の味噌汁はこれよりも薄味だもんな。でも前に一度学校で出された連邦からの輸入品だっていうスープもこんな感じじゃなかったっけ?」

「そんなのもあったね。ってことはあれかな、外国の人は大味ってことなのかな?」

「それはちょっと失礼じゃ……まあ、同意はするけどさ」


 とスープに関して意見を交わす二人の表情は穏やかなものだった。やはり同郷の出であり、元の世界の話題を交えた会話というのは落ち着くものであると夜光は思っていた。


「それにしても、元の世界、か……」

「うん?急にどうしたの、夜光くん」

「いや、なんていうか……この世界に召喚されてからずっと騒動にあってばかりだったから、こうしてのんびり元の世界の人と話す時間なんて取れなかっただろ?だからっていうか――つい元の世界のことを考えちゃってさ」

「……家族のこととか?」

「そう、父さんや母さんのことをつい考えちまうんだ。だって向こうからしてみれば突然息子が失踪したんだぜ?滅茶苦茶心配かけてるだろうなって思わないか?」


 と言ってから後悔した。明日香の複雑な家庭事情を思い出したからである。

 案の定というべきか、家族の話題を想起させられた明日香の表情は感情の読めない無であった。


「どうかな。夜光くんの両親は心配してくれてるかもしれないけど……私の親はほら、アレだからね」


 そう言ってぎこちない笑みを浮かべる明日香を見た夜光は、居た堪れなくなって眼を逸らした。


「……悪い、明日香。配慮が足りなさ過ぎた」

「いいよ別に。でもデリカシーのなさは相変わらずだね。これじゃあさっきの発言を私は撤回できないよ」

「……すまん」


 明日香の実家――江守家は歴史ある剣術の大家であり、それ故に複雑な家庭環境が形成されている。

 夜光も何度か明日香の両親に会ったことがあるが、彼らは自らの子供に対して果たして愛情を抱いているのだろうかと疑問に思ったことすらある。


(あの人たちはきっと刀についてしか考えていないんだろうな……)


 日ノ本という国家と江守家の間には密接な繋がりがある。それ故にややこしい事情があるのだ。


(でも待てよ、そうなると帝の近衛の件はどうなってるんだろう……?江守家代表である明日香がいなくなったのなら、彼女とその座を争っていた柊家の――椿姫先輩が選ばれたのかな)


 沈黙の中、匙を動かして咀嚼し嚥下する音だけを二人は発していた。周囲の席で食事を取っている文官や武官たちの話声が耳朶に触れる。

 夜光が故郷について様々な考えを巡らせていた時、不意に明日香が口を開いた。


「ねえ、夜光くん。話は変わるけど……今日の用事について話してもいいかな?」

「構わないぞ。っていうか一緒に食堂まで来たのはそれが目的だったんだろ。なら話してくれ」

「……うん。あのね――」


 匙を動かす手を止め、改まってこちらを見据えてくる明日香の眼差しに夜光は身構える。何せ時期が時期だ。おそらく戦争について重大な話があるのだろう――、


「今日一日、私とデートしてくれないかな」

「…………は?」


 夜光は思わず匙を取り落してしまった。



*****



「――急にどうしたと思ったら、こういうことかよ。いやまあ知ってたけどね?剣術バカの明日香のデートって単語はこういう意味合いだって」


 と、ぶつぶつ呟く夜光が現在いる場所は王城の敷地の一角に存在する練兵所である。

 この場所は御前試合を行う関係から闘技場のような造りになっており、円形の建物の中心に土が敷かれた平らな地面があり、その周囲を取り囲むようにして座席が段々上に設置されている。天井はなく、吹きさらしになっているため、今日のような晴れ渡る天候だと太陽の光を一身に浴びることができるようになっていた。


「暑く――はないな。これも〝天死〟や神器たちの加護のおかげか」


 あるいは肉体が〝王〟の〝器〟として変質し始めている影響か――と手をかざして真夏の太陽を見やる夜光に、準備を終えたらしい明日香が声をかけてきた。


「準備オッケーだよ夜光くん。さあ、存分に為合おうか」

「ああ――ってなんだよ、その恰好は……」


 騎士用の簡素な服を着ていた夜光は眼に映りこんだ明日香の姿に唖然とした。

 彼女が身に着けている服は腹がチラリと見えている、いわゆるクロップドTシャツというデザインのものであった。ボーイッシュな明日香が着ると淫靡な感じはなく、よく似合っているという風であるが、それでもこれから訓練試合を行うのに適しているとは思えない。下は青のデニム――まあ納得できるものであったが、しかし夜光は半眼になってしまう。

 そんな彼に当の本人である明日香はキョトンとした後、ニヤリとからかいの笑みを浮かべた。


「なになに、夜光くんってばもしかして私のお臍に興味津々なのかな?や~ん、エッチだー!」

「大声で言うの止めてもらっていい!?またシャルに聞かれたらどうするんだよ!!」


 幸いなことに練兵所には二人の他に誰もいない。平時であれば誰かしらが訓練に使っているのだが、朝早い時間帯であることや七日後に迫る出陣が影響しているのだろう。


(一週間後の出陣か……それまでは英気を養っておけと言われたけど)


 昨日の軍議において夜光の意見は通った。その結果、出立の準備期間として七日間が取られたのだが、テオドール公爵や夜光と同じ大将軍であるクロードらから『ヤコウは働きすぎだ。些事はこちらに任せて英気を養っておけ』という意味合いの言葉をかけられたのである。

 確かに今に至るまでずっと働きづめであったし、七日後のバルト大要塞へ送る援軍の指揮を執るという大任も待っているのは事実だ。

 そういった背景から一理あるなと感じた夜光はこの七日間は休息と暗躍(、、)に使おうと考えた。故にこうして明日香に付き合っているわけなのだが……。


(はぁ……まさか手合わせを願われるとはな。まあ、明日香らしいといえばらしいけど)


 そもそも武の申し子たる明日香が男女の付き合いなど考えるはずもない。そのような事態になったら次の日には空から槍でも降ってくるに違いない――などと、失礼な事を考えていると明日香が食堂で見たジト目を向けてきた。


「夜光くん、今私に対して変なコト考えたでしょ」

「……イイエ、ソノヨウナコトハダンジテ」

「だからカタコトなんだってば……まぁ、いいや。じゃ、始めようか」


 そう告げて訓練用の木刀二振りを構える明日香の気配が明らかに変わった。

 穏やかな気配は消え失せて、代わりに発するのは夏の熱気に負けない闘気と剣気である。

 あくまで練習試合であるためか殺気はない――が、やはり〝剣姫〟(ミトラ)というべきか、身に纏う覇気は尋常ならざるものであり、夜光の精神を圧迫してきた。


「魔法なし、体術あり――でいいんだよな?」

「うん、そうだよ」


 木剣を軽く振るいながら試合の決まり事を確認した夜光は眼を細める。


(魔法なしってことは純粋な戦闘能力で戦うってことかな。なら〝死眼〟(バロール)を使うのは止めておこう)


〝死眼〟を使っても勝てるか怪しい相手ではあるが、そもそもこの戦いは勝敗に拘る類のものではないと夜光は看破していた。


(勇が裏切って陽和ちゃんを連れ去ってからずっと塞ぎこんでいた明日香が、やっと部屋から出てきたかと思えば妙に元気――いや、空元気で接してきている時点でこの試合の目的は予想がつく)


 その予想通りなら勝敗は無意味だ。だが、同時に手を抜いてはいけないとも感じている。

 ならばどうするか。答えは一つだけだ。


「手加減はしない――全力で行くぞ、明日香!」

「っ!?……うん、来て――夜光くん!!」


 その言葉を合図に夜光は地を蹴った。常人を遥かに超えた速度で明日香に接近、木剣を振り下ろす。

 只人ならば反応すらできずに切り伏せられるだけだが――明日香は〝勇者〟でありそもそも非凡なる者である。

 彼女は薄っすら口元を歪めると両腕を交差させた。その姿は両翼を閉じた鳥を彷彿とさせる。


(〝護翼〟――いきなり技を出してくるか!)


 江守流改――元となる江守流と呼ばれる剣術の流派を極めた明日香が生み出した、彼女だけの技。

 その中でも今まさに使用しているのが〝護翼〟と呼ばれる後の先――反撃前提の技である。

 夜光が放った振り下ろしが左の木刀で弾かれる。全体重をかけた攻撃だったというのに、明日香は片腕の膂力だけで押し返したのだ。

 あまりにも信じがたい光景に一瞬、唖然としてしまった夜光に向かって、明日香は残る右の木刀を振り抜いてくる。

 

「く、そ……っ!!」


〝天死〟の加護がある限り、木刀で打たれた程度では死ぬことはない。

 だが、今回は魔法や〝死眼〟といった特殊な〝力〟は使わないと決めている。ならば加護に頼ってはならない。

 極限まで引き延ばされた思考の中、そう結論付けた夜光は空中で身体をくの字に折り曲げた。一か八か間合いの外に出ることに賭けたのである。

 あまりにも無謀、あまりにも短絡的な思考であったが、結果的にそれが功を奏した。

 なんと明日香が振るった木刀は夜光の腹に浅く触れるだけに留まったのだ。

 

「はぁはぁ……危なかったぜ」

「……なるほど、実戦なら切れていたかな」

「ああ、その通りだ。最も、実戦なら〝王盾〟で防いでいただろうさ」


 明日香の確信を持った台詞に距離を取った夜光は同意だと頷いた。

 今の攻撃が夜光に届かなかったのは魔法を封じていたことや明日香自身に普段の剣気がなかったためである。


「魔法が使えればお前は斬撃を飛ばすなり伸ばすなり出来ただろう。ま、それが出来たかは別としてだけど」

「……何が言いたいの?」


 夜光の挑発じみた言葉に明日香が鋭い目つきを向ければ、彼は大げさに肩を竦めて見せた。


「今のお前の剣筋には迷いが見える。普段のお前であれば魔法を使わずとも、あの局面で仕損じることはなかっただろうよ」


 夜光の眼から見て先ほどの明日香の剣速は明らかに普段より遅かった。相手が友人だからとか練習試合だからとかいう理由で遅くなったとは考えられない。彼女はそのような理由で手を抜く女性ではないからだ。

 ならば何故か。その理由は明白だ。


「勇の事だろ、お前が悩んでいるのは。どうせあの時迷わずに戦っていれば陽和が連れ去られることはなかったーとか、道を違えた友人を斬ってやれなかったーとかって悩みだろ?」

「っ……!分かってるならどうして――」

「分かってるから言ってるんだ。いいか、明日香……そんなことで悩むなんてお前らしくないぞ」

「らしくないって……ふざけないでよ!私だって人間なんだよ!友達が悪人になっちゃって、悪行を働いているのを見て何も感じないとでも思った!?」

「いいや、そうは思ってないし言ってない」


 いつもの明日香であれば戦いの最中に何を言われようともたいして動じない。だが、今の明日香は顔を歪め、怒りに肩を震わせている。これだけでも彼女の悩みは明らかだった。

 しかし、夜光からすればそれは――そんなこと(、、、、、)だった。


「いいか、明日香。お前が抱いているその思いは俺も新も同じだ。どちらもあの時、勇を止められなかった。だからあの出来事はお前だけの所為じゃない。お前だけが一人で悩んで、一人で抱え込むことはないんだ。お前は一人じゃないんだからさ」

「ぇ…………」


 一瀬勇を止められなかったのは明日香だけの所為ではない。夜光だって怒りに囚われずに冷静に対処していれば違った結果があったかもしれないと後悔しているし、新だってノンネの分身体を早期に倒せていれば、あるいは固有魔法を使って撒くことで勇の元へ駆けつけていれば――と後悔しているのだ。

 

(だけど――後悔したってもうどうしようもない)


 後悔先に立たず――過去は変えられないのだ。重要なのは今後どうするかである。


「俺も、新も後悔している。だけどいつまでもくよくよしていた所で何も変わらないんだ。だから――」

「……だから?」


 彼女らしくない、弱々しい声音。そんな風にしてしまった勇に、何より己の情けなさに怒りが湧いてくる。

 故に夜光はその怒りを薪として原動力という名の炎に焼べることにしたのだ。

 彼は木剣を手にしていない左手を力強く握りしめ、その拳を明日香に見せつけるように突き出した。


「――取り戻す。何としてでも、必ずだ。勇の野郎をぶん殴って捕まえてでも連れ戻し、陽和ちゃんを返してもらう」


 だから、と夜光は握っていた手を開いて明日香に差し伸べた。


「一緒に来い、明日香。取り戻すにはお前の力が必要だ」

「っ、ぁ…………」


 涙ぐむ明日香に手を差し伸べ続ける夜光は、心中で嘘を吐く(、、、、)己を嫌悪していた。


(やっぱり俺は最低の野郎だな。できもしないことを言って励ますなんて……)


 既に夜光は何を一番に優先するか決めている。そしてそれを優先した場合、明日香や新と共に歩むことができないことも理解していた。

 それ故の自己嫌悪であったが、今はその感情を覆い隠さなければならない。江守明日香を立ち直らせることは急務であるし、何より夜光自身がそうしたいと思っているからだ。


(全てを知った時、お前は俺を罵ることだろう)


 だが、それでも構わない。たとえ嫌われることになろうとも、たとえ罵倒されることになろうとも構わない。


(それでも俺は、お前のことを友人だと思ってる)


 計画が上手くいけば、陽和()取り戻すことができるはずだ。

 夜光が湧き上がる感情の波をグッと抑えて明日香を見つめ続ければ、やがて彼女は涙を零すことを堪えて近づき手を握り返してくれた。


「うん、ありがとう夜光くん!私、頑張るよ!」

「……ああ、頼りにしてるぜ〝剣姫〟」

「ふふっ、こっちこそ頼りにしてるよ〝不屈〟の夜光・ヴァイス・ド・セイヴァー大将軍?」

「……ん?ちょっと待った、〝不屈〟ってなんだ?そんな異名あったっけ?」

「あれ、知らないの?最近兵士さんたちの間で広まってる呼び名だよ。どんな状況でも決して諦めることなく折れることもなく立ち向かい続ける。だから〝不屈〟なんだって」

「……いつの間にそんなのが広まってたのかよ」


 夜光が新たな厨二的二つ名にげんなりとしていると、明日香は笑い声をあげた。

 見たところまだ影は残っているが……おそらく大丈夫だろう。後は時間が解決してくれるはずだ。


(後は頼んだぜ、新)


 明日香は迷いや悩みさえなければエルミナ王国陣営の中でも最強の戦力として機能する。若さ故の精神的な脆ささえ克服できれば敵はいないと夜光は考えていた。


「さて!改めてもう一度、戦おっか!」

「……はは、いいぜ!このままじゃ消化不良もいいところだしなあ!」


 明日香の言葉に思考を切った夜光は再び距離を開けると腰を落として木剣を構える。

 その仕草を見て取った明日香もまた戦意に満ちた好戦的な笑みを浮かべて二刀を構えた。

 先ほどの消極的な構えではない、左の木刀を前に、右の木刀を後ろにした攻撃的な姿勢。

 夜光は明日香の背中を押すように、大声を張り上げた。


「来い、明日香ッ!!」

「うん――行くよ、夜光くん!!」


 その台詞が夜光の耳朶に触れると同時に、眼前に鋭い斬撃が迸った。

 夜光が焦らず一歩下がって手にする木剣でその一撃を弾けば、右から二撃目が襲い掛かってくる。

 彼は後ろに下がった勢いを利用してわざと体勢を崩して攻撃を避けた。次いで左手を地面について倒れるのを防ぐと同時に身体を捻らせて足払いをかける。

 しかし明日香は飛び上がって足払いを避けると両腕を大きく広げた。

 

「江守流改、〝天翔〟――!」


 両腕を広げて天高く飛び、気炎を吐く明日香の姿を見た夜光は感嘆の吐息を溢した。


「ああ――やっぱりお前には迷いない剣が良く似合う」


 大空に羽ばたく剣の姫、その背中に夜光は翼を〝視〟た。



――直後、甲高い音と共に一振りの木剣が宙を舞った。

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