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巻き込まれて異世界召喚、その果てに  作者: ねむねむ
七章 たとえ我が名が天に焼かれようとも
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五話

続きです。

 神聖歴千二百年七月二十八日。

 エルミナ王国東域東部バルト大要塞。

 雨は小休止状態となったが、未だ天は黒に飲み込まれている。

 精神を不安定にさせる厚雲、その隙間に座するのは無数の空飛ぶ戦艦だ。

 その戦艦に取り付けられている、魔力を凝縮して砲弾に変えて放つ大砲が火を噴く。

 轟音と共に放たれた砲弾は、赤い光を纏いながら一直線に大要塞へと向かってゆき――その城壁に当たる前に青白い光の障壁に阻まれ消滅してしまう。


「……やはり効かないか」


 落胆の吐息を発したのは戦艦群の中でも一際異彩を放つ黄金の戦艦――旗艦〝ナグルファル〟、その艦橋に存在する玉座の如き席に座する青年だった。

 金髪金眼――まるで若獅子の如き風貌を持つ青年だ。細身でありながら引き締まった体躯から発せられる覇気は尋常のものではなく、その黄金の瞳には苛烈な炎が揺らめいている。

 そんな青年の前には幾つかの半透明な映像が浮かんでおり、その内の一つから彼を宥めるように声が発せられた。


「まだ戦いが始まって一週間だよ、兄さん。そんなに焦る必要はないんじゃないかな?」

「……アル、お前はまたそう悠長なことを言う。今回のことは予定にない――想定外のことなのだぞ」


 青年がそう言えば、映像に移るアルと呼ばれた人物は苦笑を浮かべる。

 その人物は金髪碧眼の青年であり、どことなく獅子の如き青年に容姿が似ていた。けれども纏う雰囲気は別物で、獅子の青年は苛烈なものだが、この青年は見る者に爽やかな印象を与える。言うなれば好青年といったところだろう。

 

「それは分かっているさ。けれど兄さんのその考えは拙速に過ぎると僕は思うね。兄さんは皇帝らしくどっしりと構えていれば良いのさ。そうすれば誰かが結果を出してくれるよ」


 そう言われた青年――アインス大帝国、第五十二代皇帝アウルム・ルクス・レオンハルト・フォン・アインスは、烈火の如き闘志を抑えて意地の悪い表情を浮かべた。


「なるほど……その誰かとは、たとえばお前のことか、アル?皇弟たる〝護皇〟さまがやってくれると?」

「……僕がその呼び名をあまり好きじゃないこと知ってて言ってるよね、兄さん?」

「ははは、まあな」

「ったくもう……相変わらずだね兄さんは」


 皇帝たるレオンハルトにこれほど軽口を叩ける存在は世界広しといえどもたった二人(、、)だけ。

 その内の一人である皇帝に似た容姿の青年の名はルキウス・ロウ・アルトリウス・フォン・アインス。

 現皇帝の弟にして皇位継承権第一位を持つ人物であり、レオンハルトとは同じ母から生まれた双子の片割れでもある。僅かな時間差でレオンハルトが先に生まれ、その後にアルトリウスが誕生したため彼は弟の立場にあった。

 それ故に先代皇帝の治世時にはレオンハルトが第六皇子、アルトリウスが第七皇子であり皇位継承権もレオンハルトの方が上であったが、アルトリウスがそれを不満に思うことは一度としてなかった。

 彼は双子の兄であるレオンハルトの中に皇帝を見て、兄を皇帝にすべく支え続けたのだ。もちろん単純に兄弟仲が良かったというのもあるが……とにかく彼は兄を立て、自らは陰から力を貸し続けた。

 その結果、レオンハルトは皇帝となり、彼自身はアインス大帝国における武官の頂点、〝護国五天将〟の一員となったのである。


「――それで、そちらの様子はどうだ。地上からでも突破の兆しは見えないか?」

「うん、こういう報告しかできないのは悔しいけど……」

「戦略級魔法〝聖堅の盾〟(イージス)……存外、厄介な代物のようだな。まったくノンネの奴め、何のためにエルミナ王国に向かわせたと思っているんだ。奴を動かすのに〝王〟に貸しまで作ったというのに……使えん奴だ」

「まぁまぁ、彼女が持ち帰った情報や暗躍がなければこうして王国に侵攻することだってもっと先になっていたはずさ。彼女はよくやってくれたと僕は思うよ」

「お前は甘いぞアル。奴が大帝都に留まることを許したのもそうだが、お前には少々危機感というものがなさすぎる。奴は神剣所持者――しかも〝王〟直属の配下だ。我々が留守の間に何をしでかすか、わかったものではない」

「いいや、それは思い過ごしさ」


 レオンハルトの懸念を首を振って否定したアルトリウスは目を細める。その仕草が弟の癖――普段の穏やかな気性とは反する、残酷なまでに冷徹な思考をするときに見せる姿だと察した皇帝は黙した。


「彼女はたった一つの目的の為に動いている。その為に僕たちも、国家も、仕える〝王〟さえも利用しているだけさ。だから、その目的に関係のない事を彼女はしない」

「……何故、そう言い切れる」

「前に一度だけ、彼女とやりあったことがあってね。その際に彼女の口から聞いたんだ。ちなみに教えてくれた理由は僕に資格があるからだってさ」

「資格……?それは一体――」


 何なのか、と訊ねようとしたその時、不意に背後から強烈な〝力〟を感じ取ったレオンハルトは自身の異名の元となった、得意の雷魔法を撃ち放った。

 けれどもその魔法はあっさりと消されて、代わりに忌々しい声音が耳朶に滑り込んでくる。


「おやおや、困りますねぇアルトリウス殿下。いくら実の兄である〝雷帝〟陛下相手であっても、それは言わないで頂きたい。そういう約束(、、)でもあったでしょう?」

「……そうだね、あなたの言う通りだ。今のは僕が悪かった、謝罪しよう」

「ふふ、良いですよ殿下。私とあなたの仲ですし……ねぇ」


 映像越しに皇弟に意味深な流し目を送るのは深々と外套を纏った女性――ノンネであった。

 その仕草、何より前から気にくわないと思っていた人物の登場にレオンハルトが冷厳な眼差しを向ける。


「誰の許しを得て余の背後に立つか!」


 再び雷撃が飛ぶ――されど、いつの間に取り出したのか短杖を一振りしたノンネの前でかき消されてしまう。


「おお怖い怖い。相変わらず気性の荒いお方ですねぇ。下手したら黄金の〝王〟よりも過激かもしれませんね」

「……奴と一緒にするな。余はあのような下賤な輩とは違う」

「中々に不遜な発言ですね。〝王〟に聞かれたら逆鱗に触れそうですから黙ってて差し上げましょう」

「それは脅しか、ノンネ。だとすればまったく無駄であると言っておこう」


 殺気が漂うやり取り、そこにパンパンと手を叩いて割り込んだアルトリウスが嘆息交じりにノンネに視線を向ける。


「はいはい、二人ともそこまでにしてね。で、何か用があって姿を見せたんでしょう?だったら早く言ってくれないかな。あなたが把握していなかったバルト大要塞の機構の所為で兄さんは気が立っているんだから」

「おやこれは失敬。では簡潔に用件だけ……我らが〝王〟からの託宣でございます。――〝聖堅の盾〟は無敵ではない、とのことです。私から付け加えますとかの戦略級魔法は行使に際しまして膨大な魔力を必要としております。ですのでずっと起動させ続けられるわけではなく、その上攻撃を受け続ければ消費魔力が跳ね上がる……後は言わずともお分かりですね?」

「……つまりこのまま攻撃を加えていればいずれ魔法は解除されるというわけか」

「ええ、その通りでございます。流石はかの〝雷帝〟陛下、すぐに察してしまわれるとは……」

「下らん世辞は止めろ、不愉快だ」


 道化師のような態度を不快気に切って捨てたレオンハルトは、背後から意識を逸らすと視線を正面に向けて告げた。


「〝西域天〟アルトリウス大将軍に命じる。攻撃は継続、その上でより苛烈に、激烈に攻め立てよ」

「かしこまりました、陛下。必ずやご期待に沿えるよう、身命を賭します」


 これまでの兄弟間の気安いやり取りとは違う、主従の態度で以って本気度を示せば、ノンネは満足げに笑って姿を消した。

 首を垂れる弟が映る映像を消したレオンハルトは、その神出鬼没さに眉根を寄せた。


「本当に……不愉快な奴だ」

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