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巻き込まれて異世界召喚、その果てに  作者: ねむねむ
六章 王都決戦
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二十一話

続きです。

「夜光くんのエッチ」

「……悪かった。ただ、戦いの中での出来事なんだから許してくれよ」


 それぞれ立ち上がった二人が近づいて会話を交わす。その内容は現状に似つかわしくないものであったが、とりあえず戦意はないだろうと判断したクロードが声をかける。


「ヤコウ、悠長にしている場合ではないだろう。先を急がねばならぬ」

「ああ、そうだな。二人とも、行こう」

「……償いは後でしてもらうからね」


 不穏な台詞を吐く明日香に冷や汗を掻きながら、夜光は王城の奥へ続く廊下を走りだした。

 奥へ進むにつれて背筋を凍らせる覇気と覇気の激突――その余波が強まってくる。


「この先って何かあったっけ?」

「大聖堂に続く長階段がある」


 大聖堂――王城とほぼ同時期に建設された世界最古の建造物の一つだ。

 二百年前までは〝名を禁じられし王〟を祀っていたが、その信仰が捨てられた現代では貴重な書物などを保管しておくために使われている。

 夜光や明日香にとっては因縁の場所――この世界に召喚された場所でもあった。

 

(そういえば新は無事かな)


 ふと、双剣使いのことを思い出した夜光は走りながら同行者二人に問いかける。


「なあ、ここに来るまで――正確には王城前の広場に新が居なかったか?あいつは俺を先に行かせるためにノンネの相手をしてくれているはずなんだけど」

「む、バルト大要塞で姫殿下を襲った曲者を……いや、しかし広場には誰もいなかったぞ」

「私も誰も見てないよ。流石に新くんが戦ってたら気付くと思うんだけど……」

「……いや、ならいいんだ」


 おそらく戦っているうちに場所を移したのだろう。どちらもこの場に姿を見せないということは勝敗がついていないに違いないからだ。


(死ぬなよ、新)


 知人に死なれると目覚めが悪いし、何より彼の存在は今後を考えると必要になってくる。それに彼はこちらを信じて送り出してくれたのだ。そんな相手が死ぬようなことはあってほしくなかった。

――とその時、前方で生じていた二つの覇気の内、一方がいきなり消えた。決着がついたのだろう、と考えた夜光は走る速度を更に上げた。

 それは明らかに尋常ではない速度であったが、同行者はどちらも非凡なる者たちだ。つかず離れず付いてきてくれる。

 やがて視界に入りこんできたのは破壊された廊下であった。大理石の床は砕け散り、窓硝子は割れてしまっている。壁には無数の切り傷があり、そこにかかっていたであろう絵画は無残な姿を晒していた。

 明らかに異様な光景、何より壁にもたれかかるようにして座り込んでいる人物の姿に夜光は足を止めた。

 肩の辺りで乱雑に切りそろえられている金髪に、電気石(トルマリン)の如く透き通った碧眼を持つ女性だ。白き軍服を身に纏っているが、今は血に染まってしまっている。

 おそらく出血しているであろう腹部を抑えている女性がこちらに顔を向けてきた。その素顔には見覚えがある。


「シャル……?」


 そう、夜光が主として仕えている第三王女に彼女はよく似ていた。しかし目つきがシャルロットよりも剣呑であり、身に纏う雰囲気も何処か殺伐としたものであることから別人であるとわかる。

 シャルロットに会ったことのない明日香は怪訝そうにしているが、クロードは別だ。彼は驚いたように目を見開いていた。


「おや……敵かと身構えたが、どうやら違うようだね。〝王剣〟に〝王盾〟……大将軍か。そっちの娘は……勇者かな?先ほど見た二人に雰囲気が似ている」

「……あなたは一体?」

「相手に名乗ってほしいのなら、まずお前から名乗るべきじゃないか?」

「…………これは失礼、私の名はヤコウ・マミヤ。シャルロット殿下の〝守護騎士〟であります」

「シャルの……〝守護騎士〟だって?へえ、これは驚いたな。一体どういう心境の変化があったのやら」


 と笑みをこぼす女性に、夜光は何処かルイ第二王子に似ているなと思った。話し方や態度といった部分に共通点を見つけたのだ。

 黙り込む夜光に気付いたのか、女性は碧き瞳を向けてきた。


「悪いね、少々驚いたもので……。私の名はセリア・ネポス・ド・エルミナ。この国の第二王女だ」

「な――」


 驚きの声を上げたのはクロードである。彼の金眼は驚愕と戸惑いに揺れていた。

 

「クロード、知ってるのか?」

「……うむ、セリア殿下は生まれつき病を患っておられてな。ほぼ一年中、王城の外れにある尖塔から外に出たことがないのだ。某も拝謁の栄を賜ったのは、某が六つの時以来でな……」

「ふぅん、何処かで会ったことがあるなと思えば、あの時の童か。ということはお前はテオドールの倅だな。見ないうちに大きくなったものだ」


 と女性――セリア第二王女は懐かし気に目を細めた。

 夜光としてはシャルロットとの仲やセリア第二王女自身について知りたいところではあったが、あいにくとそういう場合ではない。


「夜光くん、今は話し込んでいる場合じゃないよ」

「分かってる。セリア殿下、申し訳ありませんが先を急ぎますので……」

「ああ、気にすることはない。多少手傷を負っているだけで、私一人でも問題ないからさ」


 それよりも、とセリア第二王女は深刻そうな表情を形作る。


「気を付けた方がいい。おそらくこの先には短杖型の神剣を所持した仮面の女がいるはずだ。……かく言う私もそいつにやられてこのざまってわけさ」

「短杖に仮面の女……!?もしかしてノンネか?いやでもあいつは――」


 セリア第二王女が交戦したという相手の特徴はノンネと一致する。けれども彼女は王城の外で新と戦っているはずだ。


(すぐに戦闘を終えた……にしては時間が合わないな。となれば――ノンネが持つ神剣の力か)


 ノンネが所持する短杖の神剣は他者を操ったり姿を消したりといった幻惑系だったはずだ。おそらくその〝力〟の中には分身を作るようなものもあるのだろう。


(だが、だとすれば厄介どころの話じゃないな。新とセリア第二王女――どちらに分身体をあてがったかは知らないが、この二人を相手取れるほどの武力を持った分身を作れるとなれば危険すぎる)


 おそらく本体と同等ということはないだろうが、それでも単純に神剣所持者を二人に増やすことができるというのは恐ろしいことだ。


(最大で何体作りだせるかはわからないけど……)


 ちらりと同行者二人の様子を確かめる。明日香にクロード――どちらも尋常ならざる武を誇る存在であり、特に負傷してはいない。

 夜光自身もまた傷は〝天死〟の神権(デウス)によって回復しているし、体力や魔力も同じくである。


(俺たち三人なら――いけるはずだ)


 夜光は戦力差は問題ないと判断し、セリア第二王女に頷きかける。


「分かりました。お教え下さりありがとうございます。クロイツ平原での戦闘はもう終わっていますので、じきに誰かこちらへくるでしょう。なので殿下は――」

「皆まで言わずとも良いさ。それに私にはこの子がいるから大丈夫だよ」


 とセリア第二王女が手にする黒剣の刃を撫でれば、黒き魔力が刀身から吹き出して獅子を形取った。

 夜光たちが驚きに目を丸くするも、彼女は茶目っ気たっぷりに片目を瞑って微笑んでくる。


「事態が落ち着いたらまたその時にでも話そう。この子についてもその時教えてあげる」

「……その時を楽しみにしています。それでは失礼致します」


 そう返事をした夜光は明日香とクロードに目配せを交わして即座に床を蹴って走り出す。

 二人が背後からついてくる気配を背中に感じながら、夜光は大聖堂へと続く長い階段を登ってゆく。

 長階段は室外となっていて、登る視線に空が映りこむようになっている。相変わらずの曇天――と思いきや、ポツリと頬に雫が当たった。どうやら空が泣き出したようだ。


「ヤコウ――」

「ああ、分かってる。急ごう!」


 ここで雨に打たれて体力を消耗するのは得策ではない。夜光たちは身体中に魔力を漲らせると、走る速度を更に引き上げた。

 やがて見えてきたのは荘厳なる雰囲気を醸し出す大聖堂――その正面入り口である。

 普段は閉まっている両開きの大扉は開かれていて、既に誰かが通った後だということが分かった。

 すぐに本降りとなった雨に押される形で大聖堂内へと駆け込んだ三人は、一瞬内部の神秘的な光景に圧倒された。

 床は長い年月を感じさせないほど綺麗な大理石で舗装されており、その上には沢山の長椅子が置かれている。長椅子の合間合間には白亜の柱が屹立していて、その先を眼で追っていけば遥か頭上にある天井を認めることができた。

 そこには壁画が描かれている。三人の女神と三人の男神が主役の絵である。六柱の神が玉座に座っており、それぞれ得物を手にしていた。夜光が気になったのは白き六翼が目立つ一際幼い女神の姿だ。純白の玉座にちょこんと座るその女神は、行儀よく揃えた両足の膝に白銀の剣を置いている。


(〝白夜王〟――ガイアか)


 複雑な想いで天井の壁画を見上げる夜光の腕を明日香が引っ張ってきた。


「勇くんの気配を感じる……こっちだよ、夜光くん!」

「分かった。行こう」


 夜光も大聖堂内に入った段階で感じ取っていた。大きな力の気配――神剣の存在を。

 明日香とクロードと共に礼拝堂を後にし、大聖堂の奥へ続く通路を駆けていけば、突き当りにあった扉が開いているのが眼に入った。


「某が先陣を切る!」

「一緒にクロードさんを援護するよ、夜光くん!」

「ああ!」


 勢いよくクロードが扉を抜ける。その後に夜光と明日香も続いた。



――そこは奇妙な空間だった。



 屋根がなく吹き曝しになっている円形の空間。露台というには広く、かといって飛空艇の発着場にしては狭い。落下防止の手摺があるくらいで他には何もないという、何のために使用されていたのかが分からない場所であった。

 ザァザァと降りしきる雨が一気に全身を濡らす。吹く風はとても強く、まるで暴風雨の中にでもいるかのように感じられた。

 そんな中で――夜光は見つけた。見つけてしまった。

 悪天候の中でも目立つ金の鎧を纏った黒髪の少年の姿を。両腕で見知った少女を抱きかかえるその姿を。欲望に塗れた眼で意識のない少女の顔を見つめる――復讐相手(憎いやつ)を。

――瞬間、夜光の意識は赤く染まった。


「ゆ、う……勇ぅうううううううううう!!」


 床を蹴る、同時に白銀の剣を両手で持ち振り上げた。

 背後からはこちらを制止する声が聞こえてくる。だが、そんなの知ったことか。

 妙に遅く感じられる時間の中で、一瀬勇が驚愕の面持ちでこちらを向いてきたのが分かった。そうだ、驚け。お前に復讐するために、俺は地獄の底から舞い戻ってきたぞ。

 怒りが、憎しみが、全身を支配する。〝死眼〟の副作用である殺意の増幅がそれを後押ししているのが分かる。

 

――ああ、ガイア、シャル、今だけは許してほしい。衝動のままに、殺意に呑まれる俺を――どうか見逃してほしい。


 真っ白になりつつある思考の中で懺悔した夜光は、勇の脳天めがけて〝天死〟を振り下ろし――直後、甲高い音と共に弾き飛ばされた。同時に忌々しい声音が耳朶に触れてくる。


「おっと、それは看過できかねますねぇ」


 強敵――ノンネの出現に、夜光の思考は一気に冷え込んだ。空中でクルリと宙返りして着地を決め、冷徹なる眼差しを勇の隣へと向ける。

 そこには見慣れた外套を纏う女性の姿があった。夜光は必死に務めて感情を抑えると、鋭い声を発する。


「またお前か、ノンネ。いい加減うざいんだが?」

「おや、これは失敬。しかし何卒お許し願いたい。ヒヨリ・アマジキの身柄は何としてでも手に入れておきたいものでしてね。ユウ・イチノセは……まあ、ついでといいますか、成り行きといいますか。とにかくこのお二人は私が連れていきますので、見逃して頂きたいのですが……?」

「駄目に決まってるだろ」


 ノンネの馬鹿馬鹿しい台詞を一蹴した夜光は距離を詰めるべく駆け出して――突如として眼前に出現した二人(、、)のノンネが放ってきた掌底を〝王盾〟で受け止めて後退させられてしまう。


「……やっぱりお前は分身を作れるのか」

「ええ、その通りでございます。今現在もシン・ウサの相手をしているのも私の分身体でしてね。まあ、流石にセリア第二王女は私自らが相手をしなければなりませんでしたが……彼女に時間制限があって助かりましたよ」


 気になる台詞ではあったが、今はそれどころではない。

 夜光が再び剣を構えれば、両隣に明日香とクロードが並び立ってきた。


「私とクロードさんが分身体の相手をする。夜光くんは本体を叩いて」

「うむ、あの曲者の言葉からしておそらくユウ殿だけでは逃走できないはずだ。彼奴を倒した後、ユウ殿の身柄を確保しても遅くはあるまい」

「……そうだな。じゃあ――行くぞっ!」


 二人の言葉に同意を示した夜光は再び駆け出す。もちろんノンネの分身体が道を塞いでくるが、その二体は明日香とクロードによって左右に押し出された。

 開けた視界に映りこむノンネに向けて〝天死〟を突き出せば、彼女は手にする短杖――〝曼陀羅〟の切っ先を同じく突き出してくる。

 すると半透明な障壁のようなものが生み出され、尋常ならざる切れ味を誇る白銀の刃を受け止めた。


「チッ……邪魔だッ!」

「おやおや、怖い顔ですねぇ。……ですが、無駄ですよ。そのように必死になられたところで、半端なあなた様ではこの障壁は破れない」

「……半端、だと?何を言って――」


 唐突な台詞に怪訝な表情を浮かべる夜光。

 そんな彼をノンネは嘲笑う。喜悦すらその瞳に湛えて。


「あなた様のことは我が主から聞き及んでおります。勇者召喚に紛れ込んだ異物、固有魔法を持たない弱者としてこの世界に降り立ち、その後、ユウ・イチノセに裏切られて〝大絶壁〟の奈落へと落とされ、その先で出会った希望すら〝王〟に奪われた哀れな少年。その復讐をするかと思えば、今度は偶然遭遇した第三王女を助け、今に至るまで彼女の王道を支え続けている。かと思えば復讐も諦めてはいなかった……これを半端と言わずして何と言いますか?復讐も、人助けも中途半端。そんなことをしているから何も得られないのですよ」

「っ……!?」

「二兎追う者は一兎をも得ず、とはまた少し違いますが……何もかも得ようと手を伸ばしても、結局全てを取りこぼしてしまうものですよ。人の手が二つしかないのと同じです。一度に手にすることができるものの数は決まっているのですよ。いくらあなた様が〝王〟とはいえ――それもまだ未熟ですが――不可能なものは不可能なのです」


 図星――痛いところを突かれた夜光は思わず黙り込んでしまった。敵であるとはいえ、ノンネの発言は正鵠を射ていたからだ。


(そんなの、俺自身分かっていたさ。けど……!)


 刃を交えている最中であったが、夜光は意識を逸らしてしまった。その光景にまだまだ青いなと思いながらもノンネは嘲笑を浮かべた。


「――隙ありです、〝王〟よ」

「なん――がぁっ!?」


 突如として背中に衝撃が奔り――夜光は前のめりに倒れこんでしまう。起き上がろうとするも身体が痺れて思うように動かせない。

 何が――と必死に顔を上げれば、夜光の背後からもう一人のノンネが本体の元へと歩いていく光景がそこにはあった。


「……もう一体、居やがったのか…………!」

「ふふ、甘い。本当に甘ちゃんですねぇ。これでは先が思いやられますよ。この先に待つ苦難を、今の半端なあなた様では乗り越えられないでしょうね。ああ、悲しいですぅ!」


 大仰な仕草で天を仰ぐノンネ。その周囲では明日香とクロードがこちらを助けようと必死に剣を振るっているが、分身体を突破することができずにいる。


(くそ……強すぎる!)


 敵の強大さに、何より自分自身の不甲斐なさに歯ぎしりする夜光の前で、感傷に浸っていたノンネが動き出した。〝曼陀羅〟を振るい、先の見えない暗闇に満ちた奇怪な空間を生み出し勇を誘う。


「さて、お待たせ致しました〝雷公〟殿。どうぞこの中にお入り下さい」

「…………その前に、あいつは夜光なのか?本当に間宮夜光?」

「ええ、その通りですが……?」


 一体何を言いたいのかとノンネが首を傾げつつも肯定すれば、勇は顔を歪めて夜光に嘲笑を向けてきた。


「ふ、アハッ!アハハハハハッ!夜光、本当にお前だとはな。本当に生きていたんだね?」

「何が、言いたい……!?」


 痺れる舌を動かして睨みつければ、勇はこちらに歩み寄ってきて――頭を踏みつけてきた。


「がっ!?」

「ざまあないな、夜光。見ろ、お前の魔の手から陽和さんを救い出したぞ。この僕が!」

「……なに、言って――ぐぁあ!?」

「ハハッ、ハハハハハ!!本当に無様だなぁ、夜光!あの時死んでいればこんな羞恥を味わわなくてすんだというのに……わざわざ僕を喜ばせるために戻ってきてくれるとはねえ!」


 人が変わったかのように哄笑を上げながら夜光の頭を何度も踏みつける勇の姿に、ノンネは呆れかえり、クロードは激怒し、明日香は悲痛な叫びをあげた。


「やめて……もう止めてよ、勇くん!!あなたはこんなことをする人じゃないでしょ!?」

「する人じゃなかった、が正しい表現だね、明日香。僕はね――この世界にきて分かったんだ。言葉だけじゃ陽和さんを手に入れることはできない。だから――力づくで手に入れるしかないとね!」

「そんな……嘘だよね?そこの女の人に操られてるんでしょ?そうだよね……そうだと言ってよ!!」

「キミにとっては残念なお知らせだけど、違うんだよ明日香。この人はただ僕と陽和さんの仲を後押ししてくれているだけさ。やっぱり、わかる人にはわかるんだよ……何のとりえもないこいつなんかよりも僕の方が陽和さんに相応しいことが!」

「ゆう、くん…………」


 不味い、と夜光は思った。明日香は目に見えて動揺している。覇気も弱々しい――これでは分身体にやられてしまいかねない。


(動け……動けぇえええええ!!)


 必死に右腕に力を加える――と、夜光の強烈な意思を感じ取ったのか、〝天死〟と〝王盾〟から凄まじい〝力〟が送られてきたことで、僅かに右腕の自由が戻った。


「ぅ、ァァアアアアアアア!!」

「何――夜光、お前ッ!?」


 咆哮を上げた夜光は有りっ丈の力を振り絞って右腕を動かした。

 手にしていた〝天死〟の刃が勇の左足を切断しようとして――しかしまたしても半透明な障壁に阻まれてしまう。


「中々に面白い展開でしたが……もういいでしょう?時間がないのですからさっさとこちらへ来なさい、ユウ・イチノセ」

「……分かりましたよ」


 夜光の反撃が予想外だったのか、冷や汗をかいていた勇は忌々し気に夜光の頭に蹴りを入れてから踵を返した。

 それから「勇くん……」と呼びかける明日香に一瞥もくれずに、ノンネが生み出した暗闇へと姿を消した。その腕の中に陽和を抱いたまま。


(勇……陽和ちゃん…………)


 無理に〝曼陀羅〟の力に抗った所為か、急速に身体から力が抜けていく。視界がどんどん狭まり思考が乱れてくる。

 朦朧とする意識の中で、夜光はいつの間にか傍に寄りしゃがみ込んでいたノンネの小声を聞いて――暗闇に堕ちていった。

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