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巻き込まれて異世界召喚、その果てに  作者: ねむねむ
六章 王都決戦
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十八話

続きです。

 クロイツ平原で熾烈な戦いが終結した頃、〝光姫〟(イーリス)天喰陽和は王城グランツの内部を歩いていた。

 彼女は王都パラディースへの牽制の為、南門付近にて軍を展開させていたのだが、先ほどオーギュスト第一王子の使いだという者がやってきて王子から呼び出しを受けたことを知り王城へとやってきていたのだった。


「一体何の用事なんでしょうか……?」


 陽和は怪訝そうに眉根を寄せながら歩を進めている。当然だ、まだ戦いは終わっていないのだ。そのような状況で貴重な戦力たる〝勇者〟を戦場から引き抜くなど普通ならあり得ないことである。


「地下通路を通ってきたのは分かりますけど……」


 王城グランツへは一部の高官のみがその存在を知る地下通路を通ることでたどり着いていた。王都内に敵側の者がいるかもしれない以上、その判断は正しいと陽和も思ってはいた。

 だが、ならば何故今の今までこの通路を使って連絡を取ろうとしなかったのか、陽和は理解に苦しんでいた。この通路が使えたのなら初めから使えば良かっただろう。そうすれば王都や王城内の様子だって把握できただろうし、敵方の戦力がどれほどのものなのかも知ることができたはずだ。

 だというのにそれをしなかったとは……はっきり言って意味が分からない。


「それもオーギュスト殿下に会ってみればわかることかな……?」


 何か異常事態が起きていた所為で今まで連絡を取ることが叶わなかっただけかもしれない。そしてその異常事態が起きているのだとすれば陽和を呼んだ理由もわかる。〝勇者〟の武力でなければ解決できない類の事態が発生したためにやむを得ず呼んだのだろうと推測できる。


「……それにしても――どうしてこんなに人がいないんでしょうか」


 地下通路を出た際に使いの者と別れて以降、陽和は王城内で誰とも遭遇していなかった。いくら戦時下といえども流石にこれは変ではないだろうか。

 と、陽和が不安に思い始めた時だった。


「おーい!陽和さーん!!待ってくれー!」

「……え、この声……勇さん?」


 背後からガシャガシャと鎧が鳴る音と共に聞き覚えのある声が聞こえてきたことで、陽和は歩みを止めて振り返った――その瞬間。


「――ふふ、やっと手に入れられます。英雄王の血統をねぇ」

「――――っぁ!?」


 じっとりとした粘着質な女性の声が耳朶に触れたかと思えば、次の瞬間背中に衝撃が迸った。

 あっという間に暗闇に堕ちていく意識、薄れゆく視界の中でかろうじて捉えたのは、驚愕の表情を浮かべながら駆け寄ってくる勇の姿だった。





 気絶させた陽和を抱きとめたノンネは、焦りと怒りがない交ぜになった表情でこちらに向かってくる〝雷公〟に〝曼陀羅〟の先端を向けて言った。


「止まりなさい、ユウ・イチノセ。止まらなければこの娘を殺します」

「な――ふざけるな!今すぐ彼女を離せっ!」

「そうは参りません。やっと〝アマジキ〟の者を手に入れたのですからねぇ」


 チッチと挑発するように短杖を揺らせば、少年は既に抜剣していた〝天霆〟(ケラウノス)を構えて青筋を浮かべた。


「なら力づくで返してもらうぞ……!」

「おや、良いんですか?そのようなことをすれば、あなたが距離を詰める前にこの少女の首をへし折りますが……?」

「くっ……!」


 平静さを欠いているといえどもノンネの発言が虚言ではないと気づいたのだろう。勇は悔し気に歯を食いしばった。

 ノンネとしては苦労して手に入れた陽和を殺す気など毛頭なかったが、やろうと思えば勇の刃がこちらに届く前に陽和の細首など片手でへし折ることができるため全くの嘘というわけでもなかった。

 怒りに震える主に呼応して〝天霆〟が雷電を迸らせている。周囲の空間がバチバチと唸り始めた。

 それを見たノンネは勇が神剣の力を新たに引き出せたのかと思ったが、〝曼陀羅〟を通して〝天霆〟から伝わってくる感情にその考えを改めることになる。


(これは悲しみ……?なるほど、新たな深みに至ったわけではなくむしろその逆というわけですか)


 神剣には意思があり所持者をえり好みする。しかもその基準は各神剣ごとに異なるものであり、ノンネが所持する〝曼陀羅〟であれば所持者が策謀を好む者を、クラウス大将軍が所持する〝聖征〟であれば武人然とした者を好む気質がある。


(数ある神剣の中でも〝天霆〟の好む気質はハッキリとしている。力、知恵、勇気を兼ね備えた、まさしく英雄や勇者と呼ばれる類を好んでいたはず……となればユウ・イチノセはそれを失いつつある、と考えるべきでしょうね)


 予想通り(、、、、)の展開にノンネは仮面の奥底で笑みを浮かべた。これならば計画通りに行きそうだとほくそ笑んだのだ。


「ユウ・イチノセ、私と取引致しませんか?」

「……何、取引だと?」


 警戒心を顕わにこちらを睨んでくる勇に、ノンネは頷いて言葉を発する。


「実は私、アインス大帝国の者でして。この国には密偵として忍び込んでいたわけなのですが……その目的のほとんどは既に達成していましてね。残るは一つだけなのですよ。それを片付け次第本国に帰還する予定なのですが……」


 と、一旦言葉を区切ったノンネは〝曼陀羅〟を仕舞うと空いた手を勇に向けて差し出した。

 まるでこの手を取れと言いたげなその仕草に怪訝を浮かべる勇に、ノンネは穏やかな口調で告げる。


「あなたには、私と共に来て頂きたいのです。私の最後の目的である〝勇者〟の確保は一人だけでも問題ありませんが……このままヒヨリ・アマジキを連れ去ることをあなたは許しはしないでしょう?」

「…………当たり前だ」

「かといって私もこの少女を諦めは致しません。なのであなたにも共に来ていただきたいのです。私は勇者の身柄を確保でき、あなたは愛する少女と共に居られる。中々良い提案だと思いませんか?」

「愛……っ!?な、何故それを!?」

「どうして私が知っているかなど今は問題ではありません。それに……こちら側の方が良い理由はもう一つありましてね」


 と言ったノンネは差し出していた手を引っ込めて懐を漁り――一冊の書物を取り出した。何の変哲もない古ぼけた表紙の本ではあるが、その中に書かれているとある秘術は勇者たちにとって喉から手が出るほど欲しているものであった。


「この本には異世界から勇者を召喚する術が書かれています。この王城に隣接する大聖堂から私が盗んできたものです」


 そして――とノンネは喜悦に唇を歪めて教えてやる。残酷な現実を。


「勇者召喚に関する書物はこの一冊しかありません。そして私はあなた方を召喚した際に儀式に関わった者を全員抹殺致しました。――これが何を意味するか、聡明な〝雷公〟殿であればお分かりでしょう?」


 取引、と初めにノンネは言ったが、その内容は実質脅しのようなものであった。従わなければ元の世界に戻れるかもしれない鍵となる唯一の方法を奪って逃げる、と言っているのだから。

 ノンネの思惑通り、彼女の正面に立つ勇は明らかに悩んでいた。殺気は戸惑いの中に失せ消え、覇気は驚くほど脆弱になっている。

 これならば――とノンネはあと一押しだと確信を抱く。そして明確に現実を突きつけてやった。


「何を悩む必要があるのですか?私と共に来ればあなたは愛する女性を手に入れ、しかも元の世界に帰還する方法を探ることができるのですよ。対して、私の誘いを拒絶すれば愛しの〝光姫〟は喪われるだけではなく、元の世界へ帰る術をも失うことになります。……どちらを選ぶべきかは明白では?」

「ぼ、僕は……!僕、は……っ!」


 片手で頭を押さえて苦し気に呻く勇の姿は、まるで悪魔の誘惑に堕ちかけている勇者のそれだった。

 

(ふっふふ……もう少し、あと少しで堕ちる……)


 と、ノンネが獲物を狙う猛禽類の如く眼を細めていたその時――こちらに接近する強大な〝力〟の気配を感知した。

 それは勇が所持する〝天霆〟も同様だったようで、すぐさま主たる少年がハッと我に返って背後を見やる。


「……どうやら邪魔者たちがやってきたようですねぇ。さて、どうしますか。あなたの恋路を邪魔するヤコウ少年も来ているみたいですが」

 

 敢えて勇が最も憎悪する相手の名を告げてやれば、瞬時に彼の眼は憎しみに彩られた。素早くこちらに向き直った勇の双眸は意識を失っている陽和に向けられる。その黒瞳には夜光に対する憎悪と陽和に対する劣情が燃え上がっていた。


「…………いいだろう。その提案、乗った。僕も一緒に連れて行ってくれ」

「く、ふっ……賢明な判断です。良いでしょう、ならばこちらに――ッ!?」

「――させないよ」


 湧き上がる愉悦をこらえたノンネが勇を近寄らせようとした時――突如としてすぐそばにあった部屋の扉が吹き飛んできた。

 咄嗟に勇の傍に転移したノンネは襲撃者が何者であるかを悟って彼に気を失っている陽和を預ける。


「ヒヨリ・アマジキを連れて大聖堂に向かいなさい。大聖堂には一か所だけ外に突き出た丸い空間があります。そこで落ち合いましょう」

「は!?あ、あなたはどうするんだ」

「私は彼女の相手を致します。あなた方が逃げる時間を稼ぎますから、とっとと行きなさい」


 声を荒げたわけではないが、その口調からは普段の余裕は伺えない。一瞬このまま背後からノンネを襲えば、という考えが過ったが、夜光が近づいてきていることを思い出してその考えを捨てた。

 勇はわかった、と告げて陽和を抱きかかえると大聖堂に向けて駆けだした。ようやく手に入れた〝光姫〟の存在を確かめるように腕の力を強めて、このような状況であるにも関わらず湧き上がる喜悦に声を漏らして。


「は、はは……っ!やっと――やっとだ!夜光なんかじゃない、僕の腕の中に、陽和さんがいる……!」


 笑い声を上げながら去っていく勇の気配を背に、ノンネは粉砕された扉を踏みしめて眼前に立った女性に声をかけた。


「おや、これはこれは……。このような場所で奇遇ですねぇ。セリア第二王女殿下?」

「お前か、コソコソと私の城の中を這いずり回っていた神剣所持者は」

「そういう殿下も神剣をお持ちではないですか。〝月光王〟が〝黒天王〟の力を借りて創り出した神剣――〝呪殺〟を」


 ノンネが発したその言葉に、相対する女性――セリア・ネポス・ド・エルミナ第二王女がその美貌を険しくさせた。


「……何故それを知っている――いや、どこでそれを知った?」

「素直にお教えするとでもお思いで?」

「いや、思っていないとも。だから力づくで吐かせてあげるよ」


 セリア第二王女の覇気が膨れ上がる。同時に彼女が手にする黒く澱んだ魔力を放つ黒剣から瘴気が沸き上がり、それは漆黒の獅子を形取った。

 その異様な光景を見つめていたノンネは軽い動作で〝曼陀羅〟を振るう。



 刹那――両者は激しく衝突した。



 大理石の床は破壊され、壁にかかっていた絵画が吹き飛ぶ。窓硝子は弾け飛び、王城全体が衝撃に揺れた。

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