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巻き込まれて異世界召喚、その果てに  作者: ねむねむ
六章 王都決戦
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十七話

続きです。

――〝雷公〟一瀬勇が単騎で戦場を駆ける様は他の者にも見られていた。


「ハッ!」

「くっ……やるじゃないか。ヤコウくん程ではないけど、さ!」


 固有魔法〝剣神〟を使い宙に現出させた刀を足場にルイに接近した明日香が〝髭切〟を横薙げば、ルイは〝悪喰〟の刀身で受け止める。

 耐え切れなかったのは彼の足元の方で、薄氷が音を立てて砕け散ってしまう。

 されどルイの方も黙ってはいない。彼が持つ蒼く透き通った剣から冷気が放出された――かと思えば、それは切り結んでいた明日香の刀に纏わりつく。

〝悪喰〟の力〝禁絶〟(フォビドゥン)による魔力吸収である。

 これによって明日香の保有する魔力が喰らわれてしまい、それがルイの魔力へと変換されてしまうのだ。

 この厄介極まりない力のせいで、明日香は剣を合わせることを避けざるを得なくなり、加えて足元に展開している〝氷〟も〝禁絶〟の一種なので地面に着地することすら許されなくなっていた。


「……本当に厄介。なんなのその剣」


 まるで血を抜き取られているかのような悍ましい感覚に明日香が不快気に吐き捨てると、対照的にルイは微笑みを浮かべた。


「フフ……ヤコウくんには特異な〝力〟を持っていた所為で〝禁絶〟を打ち破られたけど、キミみたいな純粋な魔力を用いる相手には天敵とも呼べる剣だからね、この子は。見たところキミの二刀は金属でできたものではなく、魔力の塊みたいだしね。相性が悪い、なんて話じゃあないだろう?」

「…………」


 明日香は無言ではあるが、それはルイの指摘が図星であったからだ。

 明日香の持つ〝髭切〟〝膝丸〟の二振りは、故郷たる〝日ノ本〟の武器。それをこの世界では彼女の固有魔法で再現しただけに過ぎない。それではどこまで精巧に作りだそうとも魔力で形作られた紛い物でしかない。

 魔力で形作られた刀――故に魔力を喰らうルイの魔剣とは致命的に相性が悪い。

 常人ならば諦めてしかるべき場面であったが、あいにくとこの程度(、、、、)の修羅場、彼女は飽きるほど踏み越えてきた。

――そう、踏み越えてきたのだ。潜り抜けるのではなく、大上段から、力押しで踏破してきた。

 空中に浮かぶ刀の上で、明日香は体勢を整える。

 両足の間隔を狭め、右足を僅かに前に。翼を広げる鳥の如く両手を広げ、手にする二刀の切っ先を天に向けた。

 その仕草に、何よりその猛禽類のように細められた瞳に、ルイは軽口を噤んで笑みを引っ込めた。

 彼の全身が最大級の警報を鳴らしたからだ。夜光と対峙した時と同じ――否、それ以上の殺気を受けて手にする〝悪喰〟(グラム)も振動して主に危険を知らせてくる。


「……殺してあげる」

「っ……ふはっ、やってみるといいよ〝剣姫〟(ミトラ)!」


 ルイを凝視する明日香の双眸には純度の高い殺意しかなかった。その事実にルイは背筋に冷たいものを感じるも、わざと軽口を叩いて緊張を解すと剣を構えた。

 明日香が放つ異様とも言える不気味な覇気と、ルイが放つ静謐でありながら鋭い覇気――尋常ならざる者たちが発する気配は世界に静寂を強いた。

 まさに一触即発――そんな状況下は、不意に響いた馬蹄の音にかき消された。

 ただの音であればこの状況で明日香は気にも留めなかっただろう。けれどもその音を発する者が身に纏う気配には覚えがある。

 

「え――……勇くん!?」


 明日香にとって友人である黒髪の少年が、白馬を駆って一心不乱に戦場を突っ切ろうとしていた。強化された明日香の視界が捉えたのは、これまで見たこともないほど複雑な感情に揺れ動く勇の顔である。


「うん?……おや、あれは――勇者、〝雷公〟(バアル)くんかな?」


 唐突に視線を切られたことで拍子抜けしたのか、ルイも明日香の視線を追って勇の姿を認めた。すぐにその正体に気付けたのは、相手が尋常ならざる魔力を有していたことや、エルミナ王国には珍しい黒髪であったからだ。

 

「勇くん……どうして?なんでこんなところに……?」


 おかしい。勇は別動隊を率いて敵本陣への急襲を試みていたはずだ。決してこのような場所に、しかも一人でいるはずがない。

 あり得ない状況、加えて勇が浮かべていた見たこともない表情に明日香は不安と動揺を隠せなかった。

 一体自分はどうすべきか。勇を追うべきではないのか、しかしルイはどうする。それに明日香に伝わっていないだけでこれもまた作戦の一環なのかもしれない。けれど、それにしては勇が浮かべていた表情は切羽詰まったもので――。

 と明日香が考えているうちに、勇を乗せた白馬は去って行ってしまう。もうその背すら見えない位置にまで行っていた。この速さはおそらく魔力で馬を強化しているのだろう……。

 そこまで明日香が思ったその時、角笛の音が戦場全体に響き渡った。

 発生源は中央軍――と気づいた時には東方軍側からも同じ音域で角笛の音が発せられた。

 それが何を意味しているのか、明日香が思い出す前にルイが気づいた。


「これは……停戦の合図だね。しかも両軍からとなれば――……なるほど、決着がついたってわけかな」


 その言葉に明日香が茫然としてルイを見やれば、銀髪の王子は剣を鞘に納めて指を鳴らした。

 瞬間、辺り一帯を覆っていた氷が甲高い音を立てて砕け散った。〝禁絶〟の能力下から大地を解放したのである。


「不完全燃焼ではあるだろうけれど……剣を収めなよ〝剣姫〟くん。とりあえず戦いは終わりみたいだからさ。この続きはいずれ、機会があったらね」

「…………あなたとはきちんと白黒つけておきたい。その機会があれば逃さないよ」

「おお、怖いね。ヤコウくんほどではないけれど、キミの眼も中々にそそるなぁ」


 気持ち悪い発言をしているルイを無視した明日香は、氷のなくなった大地に降り立つと勇が向かった方角へと視線を向ける。その先には王都パラディースがあったはずだが……一体、勇は何のために、何処へ向かうつもりなのだろうか。

 考え込む明日香に、〝雪華〟の異名を持つ青年は声をかけた。


「そんなに〝雷公〟くんが気になるのなら追いかければいい。もはや戦は終わったんだ。ボクもこれ以上戦闘行為はしない。だからキミがここでボクを牽制する意味はない……おおっと、そう睨まないでおくれよ。本当だとも!流石にボクでも戦闘停止命令を無視して攻撃したりしないさ」


 飄々とした態度が気に食わなかった明日香がルイを睨みつければ、彼は肩をすくめてお道化てくる。

 一体どこまでが本心なのか……その余裕のある態度が癇に障る。

 しかし彼の発言に矛盾がないのは事実だ。〝禁絶〟だって収めたし、何より戦意を欠片も感じない。

 加えて先ほどまで聞こえていた戦場特有の喊声や怒号などが止んでいた。刀剣同士がぶつかり合う金属音もまったく聞こえてこない。勝敗はともかく、戦闘が収まったことは明らかであった。

 ならばどうするか。明日香は僅かに思案し――ルイの言葉に乗ることにした。


「私は勇くんを追いかける。あなたは――」

「ボクはここに残ろう。命令を無視する輩がいないとも限らないしね。場を維持する者も必要だろうからさ」

「……そっか。ならお願い。本来なら南方軍の将として私も残らなくちゃいけないとは思うけど……」

「構わないよ。お詫びならそうだな……後でヤコウくんの話を聞かせてくれないか。キミは彼と同郷なんだろう?」

「……やっぱり夜光くんは生きているんだ」

「ああ、生きているとも。キミたち勇者の召喚に巻き込まれた少年――ヤコウ・マミヤくんがね」


 何故そのことを知っているのか、一応国家機密なのだが……という考えが過ったが、よく考えれば夜光本人から聞けばわかることだなと明日香は思った。

 同時にその考えは夜光が生きていることを肯定するものだと気づいて笑みを浮かべる。


「そっか……生きててくれたんだね、夜光くん」


 嬉しいという感情が湧き上がってくるが、努めてそれを抑えた明日香は固有魔法を解除するとルイに背を向けた。そして勇が向かった方へと――王都へと全速力で駆けだすのだった。



*****



 一方その頃、〝光風騎士団〟から精鋭二千を選抜して別動隊を組織し、中央軍本陣を後背から強襲したクロード大将軍もまた戦場に響き渡る角笛の音に〝王剣〟を振るう手を止めた。


「決したか……」


 おそらくこの場――本陣に居ないアンネ将軍らが夜光を前に降伏を受け入れたのだろうと察して、クロードは肩の力を抜いた。

 次いで部下の一人を捉まえて兵を呼び戻すよう指示を出す。戦闘停止が命じられたといえどもまだまだ油断はできない。戦場の気に当てられた者が剣を収めない可能性があるし、敗北を認めない者たちが暴走する可能性だってあり得る。何よりこの場は敵陣のど真ん中、立ち止まって気を抜くのは危険が過ぎるだろう。少なくとも味方のいる自陣へ帰還するまで安堵はできない。

 自らの元へ集まる部下たちを眺めながら〝王剣〟を鞘に納めず、覇気を放ちながら周囲の敵兵を牽制するクロードの元へ一騎の騎馬が駆け寄ってきた。


『アンネ将軍率いる中央軍第一陣から白旗が上がっているのを確認致しました。それともう一つ、奇妙な光景を目撃したと報告がありまして……』

「奇妙とは?」


 言いよどむ部下の騎士にクロードが問えば、騎士は兜の下から困惑の色を浮かべる瞳を向けてくる。


『南方軍指揮官である〝雷公〟ユウ・イチノセが単騎で王都方面へと向かっていく姿が目撃されております。その後ろをヤコウ大将軍と〝闇夜叉〟シン・ウサが追いかけていく姿も見られたと』


 確かにそれは奇妙と言える、とクロードは頷いて同意を示した。

 戦いは終わった。だというのに〝雷公〟は王都方面へと向かっているという。これが一般兵だったのならさほど気に留めることはなかっただろうが、彼は一騎当千の勇者である。単騎であっても戦況を左右しかねない存在なのだ。その行動を無視はできない。

 何より彼の後を夜光と宇佐新が追いかけている、という点も気になるところだ。その情報からは、高い武力を誇る彼ら二人が向かわなければならないほどの事態が起こっているという可能性が示唆される。

 このまま静観するのは危険であるとクロードの本能は告げていた。戦における感、とでもいうべきものが訴えかけてきている。

 どう動くべきか、考え込むクロードに傍に居た部下の一人が声をかけた。この別動隊における副官である。


『クロード大将軍、行ってください。ヤコウ大将軍が戦後処理を放って向かっているとなれば、かなり重大な問題が発生している可能性が高いと思われます。それに相手は勇者、であれば閣下のお力が必要になるでしょう』

「む……しかし、この場はどうする」

『別動隊は私が指揮を執ります。ご安心を、我が剣にかけて必ずや皆を陣地まで連れて帰ってみせますから。それに戦闘停止命令が出ている以上、敵方も無茶な真似はしてこないでしょう』


 彼の言うことは尤もであった。それに彼――副官とは長年の付き合いで、その実力や性格は把握している。任せても問題はないという確信があった。


「……わかった。ならこの場はそなたに任せる。某はヤコウ大将軍の援護に向かう」

『はっ!お任せを。ご武運をお祈りいたします』


 敬礼を向けてくる副官を頼もしく思いながら返礼したクロードは、馬首を巡らせて北へ向けて駆けだした。

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