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巻き込まれて異世界召喚、その果てに  作者: ねむねむ
六章 王都決戦
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十五話

続きです。

 南方軍先鋒に訪れた異変が戦場全体で察知されるのにさほど時間は掛からなかった。


「なんだあれは……氷、か?」


 激闘が繰り広げられる最前線に向かう途中、戦場南部に突如として発生した銀冰世界を見た新が唖然とした声を上げれば、アンネ将軍も目を細めてその光景を見つめる。


「大勢の魔法使いによる水魔法……いえ、それにしては不自然ね」


 複数人――それこそ何百、何千という魔法使いが束になれば、確かに夏の平原を凍らせることはできる。

 けれどもあのような天候や気温さえも変えるほどの魔法は、秘匿されている戦略級魔法や戦術級魔法くらいなものだろう。


(それはあり得ないわ。戦術級や戦略級のほとんどは封印措置を取られているか、もしくは歴代の王のみが入ることを許されている禁忌指定保管庫にある。いくら敵方に第三王女がいるとはいえ、それらを持ち出せているはずもない)


 それにたとえそれほどの大魔法を使うにしても大量の魔力――魔法使いが必要になってくる。しかし問題の左翼を含めた東方軍前線において未だ魔法使いの姿は確認されていない。

 一体何が起こっているのか、アンネは思案気に眉根を寄せるも答えは出ない。

 だが、正面に見える前線中央から聞こえてくる喊声に意識を戻して切り替えた。


「……こちらは敵軍を押している。両翼は膠着状態だけれど中央は確実にこちらが優勢よ。このまま押し続け、私たち第三陣で食い破れば一気に敵本陣へ突入できるはずよ」


 南方軍の出鼻が挫かれたとはいえ、アンネが指揮する中央軍は東方軍を圧倒していた。騎兵による両翼突破こそ膠着状態に持っていかれたものの、歩兵戦力が争う中央部においては中央軍が押していた。

 高台から見れば東方軍の陣形が凹んでいるのが分かるほど、東方軍中央は押されに押されていた。


「突破するのも時間の問題……けれど友軍である南方軍に異常が起きている以上、時間をかけるべきじゃないわ」

「……そうですね。なら、すぐに中央へ加勢に行きましょう」


 新は固有魔法と神剣を持つ〝勇者〟、その武威は確かなものがある。

 アンネはそういった超常の〝力〟こそ持たないものの、魔剣を所持しているし、何より彼女は中央軍の参謀長――実質指揮官という存在だ。彼女が最前線に向かうだけで味方の士気が上がる。

 更にこの二人に付き従う第三陣には指揮官を守護する精鋭部隊が交じっている。

 まさしく中央軍の最大戦力といえる陣容であった。そんな彼らが優勢である中央に参加すれば間違いなく突破できると、この場にいる者たちは信じている。

〝闇夜叉〟の言葉にアンネは頷くと、馬首を巡らせた。





 一方その頃、人々から〝雷公〟(バアル)の名で尊敬されている勇者、一瀬勇は一万の兵を率いて戦場を大きく迂回し、東方軍本陣へ向かっていた。


「十分に迂回したとはいえ……やっぱりバレるか」


 金の鎧を身に纏い、白馬に跨る勇は嘆息交じりに呟いた。その視線の先にはこちらの接近に気付いて慌ただしい様子を見せる東方軍本陣がある。

 流石に主戦場から離れた上で近づいたとはいえ、一万もの大軍の接近は隠せなかったようだ。このクロイツ平原は起伏に乏しく、身を隠す場所が少なすぎたのも原因の一つだろうが。

 とはいえ——、


「ここまで近づければ十分だ。後は突撃するだけで事足りる」


 もはや東方軍本陣は目と鼻の先であり、今から前線に応援要請したところで間に合うはずもない。


(第三王女を捕らえ、夜光を殺す。突撃し、乱戦に持ち込めば誰があいつを殺したかなんてわからなくなるだろう)


 加えて勇にとって最大の懸念である陽和だが、幸運なことに彼女は主戦場から離れた王都周辺にいる。これならば彼女に見咎められることはないだろう。


(夜光を殺し、その死体を持ち帰る。後は死体の前で悲しむ陽和さんを慰めれば、きっと……)


 勇は仄暗い情念に頬を歪める。この先に待つ望み通りの展開を夢想して喜悦を覚えた。

 そんな勇者にあるまじき思考をする主を慮ってか、勇の腰にある神剣〝天霆〟がバチリ、と雷を迸らせた。

 けれども勇が煩わし気に鞘越しに叩けば〝天霆〟は沈黙してしまう。

 

(最近妙に反抗的だな……まあ、別にどうでもいいか)


 すぐさま思考を切り替えた勇は、突撃を指示すべく神剣を抜き放った。

 しかしそこに待ったをかける者が現れた。この別動隊の副官を務める幕僚である。


『ユウさま、お待ちください。予想と違って敵に動揺が見られません。我々の奇襲を予見していた可能性があります。……ひとまず様子を見るべきではないでしょうか』


 その言葉に勇は敵本陣を眺めやる。

……彼の言う通り、確かに動揺や混乱といったものがあまり見受けられない。だが、まったくそうだというわけでもない。


「……問題はない。敵に動揺が見られないのは確かだが、それは敵指揮官が上手く兵を統率しているからだろう。このような場所で様子見などしていれば、向こうはたちまち態勢を整えて迎撃してくる。その隙を与えるべきじゃない」

『ですが、危険です!もし罠などであれば――』

「くどいよ。罠なんてあるはずもないだろう。敵戦力のほとんどは前線に出払っている。本陣には総司令官である第三王女を護衛するための僅かな戦力しかないはずだ。そのような状況でどうやって一万もの軍勢を退けられるというんだい?」

『それはっ!そうですが……』

「仮に罠があったとしても僕が突破してみせる。だからそう心配しなくても大丈夫さ」


 と、勇は微笑んで余裕を示すが、その内心は不満で彩られていた。


(〝天霆〟といい、この人といい……僕の邪魔をするやつばかりとはね。正直うんざりするよ)


 胸中で嘆息した勇は不安げな副官の肩を叩いて持ち場に戻らせると、今度こそ突撃を慣行すべく神なる剣の切っ先を曇天に向けた。


「全軍、突撃用意――」


 指揮官たる黒髪の少年の命令に、別動隊の面々は一斉に得物を手にした。

 彼らの表情は一様に凛々しいものだ。皆、新たなる英雄である勇者を信じているのだ。この男についていけば勝利は間違いないと、兵士たちは確信している。

 期待に満ちた視線を背に受ける〝雷公〟は、剣を勢いよく振り下ろした。


「――突撃せよッ!」


 告げた瞬間、勇は騎乗していた白馬の脇腹を蹴って走らせた。

 僅かに遅れて背後から騎兵が追従してくる。馬蹄が大地を震わせ、腹の底に響く重低音を奏でた。

 その光景を見た東方軍本陣から兵士が続々と姿を見せ始める。副官の懸念にあったように、やはり敵に混乱が見られない。隊列を整えた状態でこちらを待ち構えている。


(数は……ざっと三千ってところかな。予想よりも多いけど、問題はない)


 見たところ、敵は軽装歩兵ばかりのようでこちらの突撃を抑えれる重装歩兵などの姿はない。これならば十分に蹴散らせることだろう。


(矢を射かけてきたところで僕の〝光輝〟で迎撃できる)


 明日香のように剣の一振りで、とはいかないが、こちらは七属性全ての魔法を同時に使うことができる。十分に対処は可能だと勇は思っていた。

 

「我は光、大いなる輝きなり!」


 固有魔法の起句を発せば、七つの輝きが勇の周囲に浮かび上がる。

 近づく敵軍との距離を見定めながら彼は魔法を行使すべく魔力を迸らせ――直後、絶句した。

 何故なら、敵兵が構えたのは弓矢ではなく……杖だったからだ。


「弓兵じゃなくて……魔法使い!?」


 不味い、と思った。けれども既に敵魔法使いの射程距離に入ってしまっている。今更急停止したところで良い的になるだけ、それなら初撃に耐えて突撃した方がいい。

 瞬時に考えをまとめた勇は「怯むな!突進で敵を蹴散らすんだ!」と声を張り上げ、自らは飛んでくるだろう敵の魔法攻撃を迎撃すべく魔力を立ち昇らせた。



 次の瞬間――曇天に無数の紅が打ちあがった。



 それは敵魔法使いの部隊から発射された火属性魔法による火球であった。

 最も基本的であり、最も使用されている初級魔法。一つ二つなら勇にとっては児戯に等しいものだ。

 けれども放たれた火球は一つどころか十、百すら超える量であった。数にして三千という尋常ではない量の炎塊が天を席巻する。


「嘘だろう……!?こんな――くっ!」


 咄嗟に勇は放てるだけの魔法を放ち飛来する火球を迎え撃った。

 しかし予想だにしなかった攻撃であることや、まだ魔力の放出が十分ではなかったことが災いして思うような威力が出なかった。

 

『ぎゃああ!?』

『なんだ、この数は――っ!?』

『熱いィ!燃えちまうよぉお!!』


――その結果、火球の大部分の迎撃に失敗してしまい、勇の背後にいた騎兵部隊が火の海に包まれてしまった。

 驚いた馬が暴れることで落馬し馬蹄に踏み潰される者もいれば、火球が直撃して灰になってしまう者もいる。

 肉が焼ける不快な臭いが生じ、悲鳴と怨嗟が辺りに響き渡る。

 

「……なんてことだ」


 阿鼻叫喚の地獄を見た勇は茫然とした声を漏らす。彼自身は神剣の加護により無事であったが、率いる軍がこれでは突破は困難だ。


「いや、まだだ。僕一人でもやれる」


 神剣の加護によって初級魔法程度であれば問題ないことは判明した。ならば一人であっても敵陣に突撃し、敵司令官たる第三王女を捕らえて見せる。

 そう思った勇が白馬を動かそうとするも、馬は火に怯えてしまいその場を動こうとしなかった。

 仕方なく彼は手綱を離して下馬すると、敵陣めがけて駆けだそうとする。

 しかしそんな彼の肩を掴んで止める者がいた。副官である幕僚の男だった。


『ユウさま、どちらへ行かれるのですか!?』

「決まっているだろう。敵本陣へだ」

『正気ですか!?すぐに敵の第二射が飛んできます。ここは一度撤退し、態勢を整えるべきです!』

「……なんだって?あなたこそ正気か?今撤退してしまえば敵も態勢を整えてしまう。前線から援軍が来てしまえば僕たちに勝ち目はなくなるんだぞ!」


 声を荒げた勇は部下の手を振りほどこうとするが、幕僚は必死にしがみ付いた。


『お考え直し下さい!敵魔法使いの数は優に千を超えています。信じがたいことですが、これ程の兵数となればおそらく敵は保有する魔法使いのほとんどを本陣の守りに回しているのでしょう。であれば、このまま戦いを続けても我々が全滅するだけです!撤退すべきですっ!』


 彼の言葉は正論であった。たとえ兵数で勝っていようとも、三千もの魔法使いが相手では戦力差は埋まる――どころか向こうが上だ。魔法は矢とは違って盾で防ぐことができない。加えて戦場となったこの地は平原、ろくな遮蔽物がないためこちらは向こうからすれば良い的でしかないだろう。

 勇者である勇ならば一騎駆けでも目的を達成し生還できるかもしれないが、それを実行した場合指揮官不在の一万の軍勢はろくに統率をとれず壊滅してしまうだろう。

 目的を果たすためならば一万といえども見捨てるべきだが……この時、勇はそこまで非情になれなかった。


「…………分かった。撤退しよう。指揮を執る、手伝ってくれ」

『はっ!承知致しました!!』


 説得に成功した副官はほっとした表情を浮かべかけるも、そのような場合ではないと意識を引き締めて敬礼し撤退行動を全軍に命じ始めた。

 

「夜光……絶対に許さないぞ。必ず殺してやるからな」


 勇は湧き上がる憤怒と憎悪を乗せた言葉を吐き捨てると、敵軍を――その先にいるであろう宿敵を睨みつけてから、副官の後に続くのだった。

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