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巻き込まれて異世界召喚、その果てに  作者: ねむねむ
六章 王都決戦
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十四話

続きです。

「やはり〝王の盾〟が最前線に……」

『は、報告によれば確かに敵中央にかの大将軍の姿があったとのことです。白銀の剣と蒼い光を放つ盾を持つ白髪隻眼の少年が敵の指揮を執っていると』

「……まだ討ち取れていないのよね?」

『そのようです。前線の部隊長からは大将軍の名に相応しい武威を誇っていると報告が上がっております』

「生半可な武力では討ち取ることは困難なようね」

『はい。……ですが、勢いではこちらが勝っております。我が軍の怒涛の猛攻により敵軍は徐々に後退を始めておりますので、このままいけば〝王の盾〟といえども無傷というわけにはいかないかと』


 その幕僚の言葉にアンネ将軍は戦場を見つめて眼を細めた。彼の言う通り、確かに敵前線は開戦当初より下がっており、こちらの軍勢は勢いづいている。誰の眼にも明らかなほど東方軍不利という状況であった。

 されど歴戦の武将たるアンネに油断はない。彼女は王都の方角へと視線を向けながら口を開いた。


「ヒヨリ副官から何か連絡はあった?」

『は、〝四聖壁〟(テタルトス)を目視できる地点まで到着したとの報告が。その伝令によれば胸壁には〝霊亀騎士団〟の騎士の姿があったとのことです』

「……王都守備隊ではなく?」

『はい、そのようです』


 妙だな、とアンネは思った。

 現在の王都に駐留する兵力で唯一オーギュスト第一王子の権限で動かせるのが王都守備隊である。故にこちらを援護するという意味でも城壁にいるとばかり思いこんでいた。

 けれども実際に〝四聖壁〟にいるのは王都守護を任務とする〝霊亀騎士団〟だという。


(王都の近郊であるクロイツ平原でこれほど大規模な戦闘が勃発している以上、〝霊亀騎士団〟が両陣営を警戒して城壁の守備に立つのは別におかしな話ではないけれど……)


 これまでの経験から来る違和感が頭に蟠る。

 オーギュスト第一王子やアルベール大臣と連絡が取れないことに加えてこれだ。王都内で何かが起きているとアンネの直感が訴えていた。

 アンネはしばし黙考すると、ゆっくりと顔を幕僚に向ける。


「ヒヨリ副官に伝令を出して頂戴。そのままそこに留まり、王都へ使者を送って状況を把握してほしい――と」

『畏まりました。直ちに』


 一礼して去ってゆく幕僚の背を見送ったアンネは、その碧眼を南に向ける。

 そこには平原を突き進む南方軍の姿があった。


「まもなく南方軍も接敵しますね。先鋒を務めるのはおそらく明日香でしょう」


 と、アンネの隣に立っていた新が同じ方向を見つめながら言った。

 何故そう言い切れるのか、疑問に思ったアンネの様子を察したのか彼は両腰に吊るした双剣の柄に手を置く。


「こいつの加護があるとはいえ流石にこの距離じゃ見えませんよ。ただ勇の奴が持つ〝天霆〟の気配――大まかな位置はつかめます。で、その気配は第一陣にはないんですよ」

「なるほど……〝神剣〟同士による気配探知ね。それでユウさんが第一陣にいないことが分かったというわけね」

「ええ。……勇が第一陣にいないのなら、代わりに明日香がいるはずです。敵の攻撃を抑える役割を担うこちらとは違って、南方軍は敵の横腹を食い破る牙の役割です。なら個人として高い武を誇る〝勇者〟を最低でも一人は組み込む――と事前の軍議で決まっていますから」


 という新の言葉にアンネは頷きを示した。


「アスカさんが先陣を切るのなら問題はなさそうね。なら、私たちも出るとしましょう。待機中の部隊を全て動かし敵に圧力を加えるわ」


 今でさえ押され気味の東方軍の左翼に南方軍が食らいつき、同時にこちらの攻勢を強めれば対処できる許容範囲を超えるだろう。そうして戦列を崩せば後は瓦解するだけ。


(もう一人の大将軍――〝王の剣〟の姿が確認出来ていないというのは少々不安だけれど……彼が指揮権を持つ〝光風騎士団〟は敵右翼に確認出来ている。おそらくそこにいるに違いないわ)


 となれば南方軍が突撃する敵左翼には大将軍が存在しないということになる。その二人を除けば主だった将は先代〝王の剣〟であるテオドール・ド・ユピター公爵くらいなものだが、彼は全軍の指揮を執っているはず。故に部隊後方――第二陣か本陣に居るに違いない。


(このまま押し切って終わり……意外とあっけないわね)


 噂を流して戦う前からこちらの戦力を削ったことは評価できるがそれだけだ。

 不敗神話の持ち主にしてはどうにも味気ない幕切れである。


(流石に万単位で開いている戦力差を覆すことは出来なかったというわけね)


 あと二人――否、一人でも〝神剣〟所持者などの圧倒的な武威を持つ個人が居れば別だったのだろうとアンネは思う。第三王女を支持する〝征伐者〟あたりが戦場に参加していればまた違った結果になったであろう。


「行きましょう、シンさん。長かった王位継承戦争もこれで終わりよ」

「……ええ、そうですね」


 全軍前進の指示を出しながら、アンネは新を連れて馬上の人となるのであった。





 その時、アンネたちに見られていたことなど露ほども知らない明日香は南方軍最前列――その先頭にいた。

 なんと馬も使わず己が健脚で平原を疾駆している彼女の後ろには、重装騎馬部隊が続いている。

 南方軍が選んだ作戦は至って単純で、勇者である明日香を筆頭とした騎馬部隊で敵軍に穴をあけ、その後ろからやってきた歩兵部隊があいた穴から侵入し切り込む、というものだ。


「……見えてきた」


 そう呟く明日香の眼には敵左翼が移りこんでいる。想定通り、敵兵はこちらではなく正面の中央軍の方に注意を向けていて――、


「――ッ!?いや、違う!」


――否、何故か(、、、)敵左翼の部隊はこちらを向いていた。

 しかも隊列を整えており、きちんとこちらに対応する構えを取っている。


(作戦が読まれていた……?)


 こちらの思惑を見通していたのだとすれば危険だ。何かしら対応策を用意している可能性が高い。

 けれどもここで止まるわけにもいかない。既に勢いがつきすぎているし、何より距離を詰めすぎている。ここで背を見せたりすればたちまち敵が襲い掛かってくることだろう。

 それならばこのまま突撃した方がまだマシだ。いくら備えていたといえども戦力で勝るこちらの全力の攻撃に耐えられるとは思えないし、別動隊として敵の背後に向かった勇のためにもここは退くべき場面ではないと武人としての本能が訴えかけてくる。


「みんな、このまま私に続いて!大丈夫、私が道を切り開くから!」

『『『お、応ッ!!!』』』


 彼女に付き従う兵士たちは予想外の事態に動揺は見られるが、副官たる明日香の堂々とした態度に勇気づけられて平静を取り戻した。

 その雰囲気を肌で感じ取った明日香が駆けながら両腰に手を伸ばした――その時だった。



「申し訳ないけど、ここから先には行かせないよ」



――中性的な美声が明日香の耳朶を打ち、同時に世界に異変が訪れた。

 突如として前方の大地が凍りつき(、、、、)始めたのだ。

 その侵食速度は凄まじく、あっという間に彼女の元まで迫ってきた。


「っ……!?」


 明日香は咄嗟に地を蹴って宙に浮いた。それにより地面を喰らう氷を避けることができたのだが、彼女の背後にいた兵士たちはそうもいかない。


『な、なんだこれはぁ――ッ!?』

『馬が凍って……あ、がっ!?俺の身体まで凍っていく!?』

『ひ、ヒィイッ!?た、助け――』


 地を這う氷が触れた途端、まず馬の脚が氷に呑まれた。まるで運動力などあらゆる〝力〟が一瞬にして奪われたかのように軍馬は急停止させられその場にくぎ付けになってしまう。

 当然そのように急停止してしまえば乗っていた兵士が放り投げられてしまう。凍った大地に叩きつけられた兵士たちには、痛みに喘ぐ暇すら与えられなかった。たちまち氷に触れていた箇所から身体が凍り始め、悲鳴を僅かに上げて氷漬けにされてしまう。その後ろでは軍馬も氷結されていた。

 あの氷に触れるのは不味い。明日香は後方からこちらに向かってくる味方へ声を張り上げて後退を命じながら、自身は固有魔法を起動させ宙に浮かばせた二振りの刀の上に着地して難を逃れる。


「おや、凄い方法でボクの攻撃を躱したね。察するにキミが〝剣姫〟(ミトラ)アスカ・エモリかい?」


 前方から強大な気配、その割に軽い口調で語りかけてくる青年がいた。

 銀髪銀眼が美しい青年だ。忠誠的な声音と相まって女性かと勘違いしかける。

 明日香がじろりと睨みつければ、彼はおお怖い、とお道化て見せた。


「噂にたがわぬ剣気だ。これはちょっとばかり厳しい戦いになるかな?」

「……あなたは何者?」


 と、明日香が誰何すれば、青年は手にしていた青く透き通った剣を構えながら微笑む。


「ボクかい?……ふぅん、キミが知らないってことはやっぱりそちらの陣営はボクがこの場にいるという情報はつかめていなかったようだね」


 青年がそう言っている間にも明日香の背後では悲鳴が発せられている。強敵を前に確認することは叶わないが、おそらく背後には阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっていることだろう。

 味方の怨嗟の声に表情を険しくさせる明日香を見た青年は、ここでようやく名乗りを上げる。


「ボクの名はルイ・ガッラ・ド・エルミナ。この国の第二王子さ。東方軍の捕虜――だったんだけど、今は客将としてこの場に立っている」

「〝雪華〟……何故ここに?あなたは身柄を解放されて北方へ引き返したはず」


 青年――ルイ第二王子の言葉に明日香は目を見開いて驚きを露わにした。彼がこの場に居るはずのない人物だったからである。まかり間違っても将としていていい存在ではない。

 しかし、そんな明日香の問いをルイは一笑に付した。


「ボクはヤコウくんに負けてしまってね。で、その時に彼に惹かれてしまったんだ」

「…………は?」


 一体何を言っているのか、冗談抜きでわからなかった明日香が怪訝を示すも、ルイは目を細めて天を仰ぐだけだ。


「あの殺意に塗れた瞳に睨まれた時はゾクゾクしたなぁ。彼の覇気が肌に触れた時なんかもう凄かったよ。……それに何より、彼の決意や覚悟にボクは胸を打たれてしまってね。だから彼の行く末に興味が湧いたのさ」

「……だから東方軍に下ったと?」

「その通り。だから彼が信じる我が愛しの妹に玉座を譲ってあげようと思ったのさ。……まあ、そんな感情的なことだけじゃなくて、現実的な打算もあったけどね」


 と、ルイは微笑みを浮かべたまま視線を明日香に戻した。その銀眼には確かな戦意が浮かんでいる。

 戦意を持ち、邪魔をしてきた。ならば彼は敵だ。切って捨てるべき相手だ。

 明日香は固有魔法〝剣神〟(カーリー)を使って愛刀たる二振りを召喚すると無言で構えた。

 臨戦態勢――見て取ったルイもまた腰を落として構える。


「ヤコウくんの時は使わなかったけれど……今回は〝悪喰〟(グラム)の持つ〝力〟の全てを使わせてもらうよ。キミたちはヤコウくん側の人間じゃないからね。手加減する必要性を感じない」


 その言葉に明日香は白い息を吐きながら一言だけ返した。


「それはこちらの台詞、第二王子だからって殺されないとは思わないで」


 両者の間で独特の熱気が高まりを見せる。〝悪喰〟の力によって急激に下がった気温は夏だというのにその場を冬の気候へと塗り替えていく。

 

 そして――両者は勢いよく激突した。

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