恋とはなんでしょう
七
約束した日はすぐにやってきた。速水は高原の湖にブリティシュイメージでまとめられたコテージを予約していた。
妙子の家には午後二時の約束だった。深まる秋に合わせるように妙子はトラディシヨナルできめていた。
「ふぅーん」 「なによ裕輔」
「ほ~ッ」 「いやなの?」
「姫には、ご機嫌麗しく……」
キャメルのブレザーとアイボリーのハイネックネセーターにネービーブルーのタータンチェツクのキルトスカート。髪はウエーブをかけ、肩までとどくままにしている。そんな姿をまじまじと見る速水に、幾分きまりが悪そうに妙子は抗議した。それは、大人のトラディショナルスタイルであって、文句の付けようがなかった。速水自身も紺ブレザーとチェックのボトムにしたので、申し合わせたような雰囲気に驚いた。
納車された銀のエステートはそんな二人の服装を引き立たせた。
「ほら、早くドア閉めて」
妙子はテレ隠しで乱暴に言いながら、速水を促した。佳子ママまでニヤニヤしながら、
「着物より大変だったのよ、お土産忘れないでネ~」
などと冷やかす始末だった。
高速道路に入り、夕暮れがせまるころ、山間の湖に着いた。林の中に点在するコテージのキーを受け取り、メインダイニングの食事時間を確認した。少し時間があり、コテージの横に車を入れ、荷物を下ろすと、少し離れたメインダイニングまで散歩しながら向かうことにした。
車道とは別に湖ぞいの散歩道があり、二人でゆっくりと歩いた。
「ねえ、裕輔。スコットランドもこんな感じかしら」
「そうだね、ネス湖はもっと山奥だけれど、川はたくさんあるみたいだね」
「来年、ほんとに行けるといいね」
「あれ、姫は行かないの?」
「そうじゃなくて、裕輔の仕事……」
「大丈夫だよ、一週間や一十日くらいなら休めるって」
「それに、~~旅行だったら完璧だし」
「え、何それ」
「いやいや、まだOKもらってないか」
「いいのよ、それでも……」
「だから、まだ言ってないし」
「へ~、ちゃんと言うんだ」
「……後で……」
「あんまり期待してない。すっごいテレ屋さんの裕輔が言うわけない」
「だから、あ・と・で」
「ふふ、楽しみ」
夕食は本格的なコースにした。ワインを選び、スープと前菜を楽しんで、夕日が沈んだ後の紫色に染まっていく空を眺めた。ゆっくりと流れていく時間に身をまかせるように、料理のことや、ワインのこと、イギリス人とおぼしきソムリエの顔の話。ふたりとも日常のことを話題にする気がおこらなかった。
鱒料理は大好きと、妙子はきれいに食べた。デザートのショコラは甘味が抑えられ、とてもおいしかった。こんなに時間をかけて良いのかと思うほどに食事を楽しむことができた。
ラウンジに移ると外はすでに夕闇となり、星が見えた。やがて、置かれていたグランドピアノの前に女性が座り、JAZZのスタンダードナンバーを弾きだした。”煙が目にしみる”だった。
「この曲、知ってる?」
「ええ、良く聴くわね、あなたのお部屋にもあったし」
「何がしみるか知ってる?」
「煙……、だったかしら?」
「終わったと思った恋の残り火の煙……」
「へーロマンチックね」
「踊ろうか」
気が付くと、外人の老夫婦が仲良く踊りだしていた。妙子の椅子を引き、腕を取るようにしてフロアーの中央に出た。
静かに肩を抱いてスローバラードに合せ踊りだした。
「妙子、さっきの話……」
「……え、何、今なの、ち、ちょっと待って」
「待てない」
「反則よ、今は」
速水は立ち止まり、妙子の腰に両手をまわして瞳を覗きこむようにし、小さいがハッキリとした声で、
「愛してる。妙子、結婚してほしい」と言った。
妙子の瞳からみるみるうちに涙があふれてきた。
「だめ、裕輔、ずるいわ……」
妙子はそのまま、速水の胸に顔を埋めた。踊っていた老夫婦は二人を見てニコリと笑い「コングラチュレイション!」と声をかけてきた。
その声に励まされるように速水はポケットから指輪を取りだし、妙子の手を取ると、手のひらに置いた。プラチナにそれほど大きくはないダイヤが光っている。妙子は涙を拭きながら、笑みを浮かべて、指輪を左の薬指にはめた。
「YES……裕輔。私も愛してる」
曲は”I love you Porgy”に替わり速水はもう一度妙子の手を取って踊りだした。




