オフホワイト
五
翌日の日曜日は秋空が晴渡り、気持ちの良い空気感にあふれていた。
妙子の希望で海へドライブすることになり、速水の車で国道を東に一時間ほど走った。
晩秋の午後にしては暖かな日差しがあったが、波の荒い太平洋の海岸に人影は少なかった。白いカットソーとジーンズにカーディガンを羽織った妙子と、オフホワイトのシャツにコットンパンツの速水は砂浜と道路を分ける防波堤に腰かけ、遠く寄せ返す波を見ながら取りとめなく話しをした。
「私、ここで生まれたの」
「そうなんだ……」
言ってみて速水は妙子のことを殆ど知らないことに気づいた。妙子も速水のことは良く知らないはずだし、その二人が急速に惹かれあったのはなぜなのか、速水にも不思議だった。
「父のことは良く覚えていないわ。母は父とは結婚しなかった……」
「そう」
「だから、随分苦労したの。でも、今は幸せよ」
「僕も海の近くで生まれた。北海道だけど。一度結婚した。でもうまくいかず子供を作る前に別れた」
「ふーん」
「東京にいたころだけれどね」
「奥さん、……だった方は?」
「彼女は再婚して子供もいるよ」
「そうか。でもなぜ?……」
「彼女に東京が合わなかった。無理するほど精神が病んでいった」
「そうなの…、私も東京は苦手かな」
そんな話をしながら、二人は少し順番が違う出逢いを始めた。
風が冷たくなってきたので、海沿いのレストランに入り、コーヒーを飲み話の続きをした。妙子の兄弟、妹の絵里子は離婚し子供がいること。弟の文也は、新婚で共働き。小さな子供がいること。妙子自身は、母を助けてクラブに出ていたが体を壊し半年前に辞めたことと、沙織との出逢いやお茶の会の話、将来はイギリスに住みたいことなど、とりとめなく話した。
速水はそんな妙子の話に相槌を打ちながら、彼女の目を見つめていた。”ふみママ”の時の誘うようなそれでいて気丈さが目立つ瞳と”妙子”の時。今の、速水に甘えるような表情が本来の妙子だった。
帰り道の途中、郊外のホテルに入った。ウインカーを上げたとき、妙子と目が合ったが、軽く微笑みながら速水を見返してくる目線に拒否の色はなかった。
明るいうちから入るのには少し抵抗があったが、空いている部屋は少なかった。林の中に隠れるような二階建てが空いていた。階段でつながる階ごとにバスルームとベッドがあった。二階のバスタブは窓に面して置かれブラインドごしに光が入り込み、ベッドはロフト風に隠れていた。
妙子は二階が気に入ったようで、開放的なバスタブに「見ちゃだめよ」といって、石鹸を泡だらけにし、はしゃいでいた。
途中から、「裕輔、来ないの?」と速水を呼んだ。
「はいはい、姫」と速水がふざけ、バスタブの妙子に泡をすくい肩から胸にかけて手のひらをすべらせた。
「あん……」
甘い声をあげ、妙子から速水の唇を求めてきた。
「裕輔……」 「なに?」
「あ・い・し・て・る」
「僕もだ……」 「だめ、きちんと言って」
「妙子、愛してる」 「うれしい」
ベッドの中で二人はゆっくりと溶けあった。
妙子の肌は汗ばみながら、速水の体に張り付き、速水の名を何度も呼び、登りつめた。
一昨日とは違う妙子の姿に最初はとまどったが、果てた後に抱き寄せた妙子の体と息使いを速水は受け止めた。
シャワーを使った後、シーツの間に身体を寄せ合い、軽く口付けをかわす。お互いの顔が近くにある。速水は妙子の少し厚く上を向いた唇が好きだった。やわらかな頬に指をなぞらせると、その指に噛み付きながら妙子も少し伸びてきた速水の髭をなぞるようにして話しかける。
「ねえ、私本当にイギリスに行きたいの」
「スコットランドの夏よ、一緒に行ってくれる?」
「静かで、花が咲いているのよ……」
「ああ、小さな川がたくさんあってウイスキーの蒸留所がある」
「そうよ、本当に行きたいの……」
「行こうよ、来年なら行けそうだ」
「本当?一緒によ」
「ああ、本当だ」
「やったー。一人じゃ心細かったの。うれしい」
ベッドの中でそんな話をした。
外はすでに夕暮れを過ぎていた。妙子を家まで送り、別れぎわに速水は部屋の鍵を渡した。
「いつでもいいんだ」
「ふふ、お掃除は苦手なのよ」
「ああ、それは望んでいない」
「洗濯は好きなの」
「なぜ?」
「みんな新しくなるから……」
「そうか。僕も新しくしてもらおう」
「それは大丈夫よ、腕によりをかけて……」
満月が輝き、草むらから虫の鳴き声が聞こえた。




