残り香
四
翌朝、目覚めた速水の隣に妙子はすでに居なかった。おそらく、明け方前にそっと帰ったのだろう。ベッドサイドに妙子のライターとメモがあった。
『ごめんなさい。帰ります。ライター、もらうわね。その替り私のを置いていきます。妙子』
手にとって火を付けてみた。デュポンの朱塗りのそれは幾分細身で、静かに青い炎を上げた。煙草に火をつけ、蓋を閉じるとカチンと小さく涼しい音がし、ほのかなぬくもりが手の中に点った。
隣りの枕に淡くほの甘い香りが残っていた。妙子が居たことを物語るその香りに包まれ再び目を閉じた。
予定を入れていない土曜日なのでゆっくりと目を覚ました。時計は十時を過ぎ、日差しがカーテンの隙間から入り込み、反対側の壁を暖めている。何も変っていないはずの自分の部屋が急に違う空気で満たされていることに気づいた。いや、満たされたのは部屋の空間だけではなく、速水の心も同じだった。
起きだして、カーテンを開けると。爽やかに晴れていた。少し頭が痛かったが、昨夜のことを思い出した。
妙子を部屋に誘い、体を重ねた。妙子の着物はソファーの上にたたまれていた。
襦袢の中の妙子は着痩せするのか、豊かな胸と柔らかな腰のあたりがセクシーだった。そのわりに控えめに燃え、速水の体にしがみついた。なんども「好き」と言って。やさしく抱かれていた。
そのうちに速水が先に寝入ってしまったらしい。妙子はそんな速水を見届け、一人で着物を着付け静かに帰った。
昼食を食べながら、ふと妙子の言葉に気がついた。
『私でいいの?』
昨夜は酔っていたせいか、深く考えなかった。
何故そんな風に言うのだろう?気になったがそれ以上考えるのをあきらめた。今考えても仕方がない。
一時を回ったとき、妙子にメールを入れた。
『おはよう。逢いたい』
もう起きているころだ。
しばらくして電話がかかってきた。
『もう起きたのね、大丈夫?疲れているみたいだった』
「シャワーを浴びてコーヒーを飲んだら治りました。妙子こそ、大丈夫?」
『ええ、沙織と飲みにいったことになっているわ』
「今日は出られないかな」
『店の前なら少し時間が取れるけれど、つまらないんじゃない』
「明日は、どう?」
『いいわ、午後から、そう二時なら大丈夫』
「わかった、二時に迎に行こうか」
『わーい、楽しみ』




