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萩の夢  作者: kei
3/21

胡蝶


 男と女はこんな風に出逢うのだろうか。

 妙子には男は居ないのだろうか。

 妙子の抱える病気とは一体なんだろう。

疑問だらけで妙子との距離は縮まらずにいた。

そんな時、会社に一枚のはがきが届いた。

PUB DREAMからで、佳子ママが妙子にママを譲り、妙子が”ふみ”ママと源氏名を変える案内だった。

『急ですが、店に入ることになりました。一度いらしてください。妙子』

と手書きの文字が添えられていた。速水にはこうなる予感があった。

 花屋から胡蝶蘭かカサブランカを送ってあげようと思い、結局淡いピンクの胡蝶蘭を選びメッセージを添えて届けてもらうようにした。速水自身は、少し時間をおいてからにしようと顔を出ださなかった。

 翌日メールが来た。

『お花ありがとう。大好きな花なのでとてもうれしかった。いつ来てくださるの。待ってます』花マーク。

 速水はお茶の会に行く妙子と、店に立つ”ふみ”を同じに考えるのに抵抗があった。店に出るということは少なくとも病気は治ったということだと考えたかったが、それすら口にできそうもなかった。

 もう忘れてしまってもよいだろうという思いと、妙子の着物姿が速水の混乱を深めた。

『こんな時は動かないことだ』

自分に言い聞かせ、秋の商品フェアーの準備に没頭した。


 フェアーは十月に入り短期間の準備にもかかわらず、盛況のうちに終わった。その夜、スタッフの打ち上げが行きつけの居酒屋で行われ、速水も肩の荷を降ろすことができた。主任の村上のペースにはまり打ち上げは盛り上がった。速水も少し飲みすぎたが、勢いで二次会に繰り出した。

 二次会も終わるころ、速水の携帯電話が鳴った。妙子からだった。

BGMが聞こえないので店の外から掛けているようだ。

『今どちらにいるのかな?』

街の名前を言うと妙子は、

『遅くなっても良いので来てほしい。佳子ママがお休みなの』

と甘える声で速水を誘った。

「営業かな?」

『違うわ、だって来てくれないんだもの』

と、少しすねた声になった。

「わかった、十時には行くよ」

『うれしい、待ってるわ、きっとよ』

 二次会も終わり、適当に解散し、速水はDREAMへ向かった。カウンターの奥に速水の席が準備されていた。他にはボックス席に中年サラリーマン風の客が一人いるだけだった。なんとなく見覚えがあるような気がしたが、そこの席についていた妙子は速水が姿を見せると立ちあがって出迎えた。

「いらっしゃい、ちっとも顔だしてくれないんだから……」

少し泣き出しそうな顔がいつもと違っている。

「ごめん、忙しくて……」

「お花、ありがとう」というと、店の奥のテーブルを振りかえった。

 そこは”ふみ”ママの御広めを祝う花がテーブル狭し、と飾られていた。中に速水の贈ったピンクの花が枯れずに残されている。

「毎日お水やっていたの、良かった、来てくれて」

 枯れた花のお礼はしたくないと思っていたらしい。

カウンター席に付くと、「ゆっくりしていらして」と速水の肩に手を置き、そして自分は席に戻った。

 沙織がカウンターの中から「いらっしゃいませ」と挨拶し、水割りを作った。

「私もいただいていいかしら?」

と言って小さめのグラスに薄く水割りを作り乾杯した。

「今日は飲んでらっしゃるのね、ふみママ、電話もくれないってご機嫌斜めよ」

「それ、誤解だって」

「嘘、今日だって飲んでるじゃない」

「きょうはイベントの打ち上げ」

「ふーん、怪しいな。知らないよ、ふみママのご機嫌直してね」

「それ、俺の責任かよ」

「ぶつぶつ言わないの。速水さんって鈍感、嫌われちゃうよ」

「ふみさんに?」

「あたりまえでしょ。信じられない!」

判ってはいたが、第三者から言われると悪い気持ちはしない。

「嘘だろ……」

「あらあら、本当に?私まで怒るわよ」

沙織は本当に怒りだしそうな勢いだった。

「佳子ママは休み?」

と矛先をかわすと、仕方がないという顔をしながら、

「なんだか最近休みが多いの」

「ふみママ、急にバトンタッチだから大変だね」

「そう、結構落ち込んでるわよ」

「売上?気持ち?」

「両方!」

 沙織は、妙子の友人だけあって、ストレートに気持ちを伝えてくる。

「速水さん、しっかり付いててあげなきゃだめよ。あれでふみママ結構神経細いのよ」

「へ?俺が?」

「誰がいるのよ、判っているくせに。女も二十八くらいになると微妙なのよ」

 数回しか逢っていない、それも手も握っていない関係の速水としては、沙織の言い方が計りかねた。

「……二十八か」

「誰が?」

 客が帰り、妙子が速水の隣に座った。

「あ、沙織のはなし……」

 今日は薄墨色の着物に鮮やかな紫の帯、所々に萩の紅紫色が染められていた。お茶席用の着物と違い、萩と月の構図が大胆で妙子の色の白さが引き立ち、ママとしての格があった。

「私にも……」

 頬をふくらませながら珍しく速水に絡んできた。

「あれ、ふみさん酔っているの?」

「そうよ、誰かさんがほったらかしにしとくから、機嫌悪いし、飲まなきゃやってらんない!」

「はいはい、お作りいたします、姫」

と速水はおどけてカウンターの新しいグラスを取り、氷を入れて水割りを作った。

「どうぞ姫君」

「あらあら……」

「なによ、沙織。これくらいじゃ許さないの」

「はいはい。何なりと」

といって、妙子の目を見ると、お互いに吹きだした。

「でも、本当に寂しかったのよ、わかる?」

「ごめん……」

 沙織はいつのまにか二人の前から外し洗いものを片付けていた。たぶん看板は消されているのだろう。BGMもボリュームが絞られピアノソロのMistyがスローに流れている。

 沙織が、

「ふみママ、お先に失礼します」

といって、帰りしたくをすませ、帰ろうとしていた。

 振りかえった速水に、沙織は手を小さく振って、Vサインを出した。

「沙織、お疲れさま」

 妙子が声を掛け、ドアの方に向かった。何か話したようだが速水の耳には届かなかった。

 妙子が戻ってきて、隣に座ると、

「さみしかった、すぐに来てくれると思ってたのに……」

 水割りの氷を人指し指でまわし、独り言のようにつぶやいた。速水は緋色のマニキュアが溶け出していくようなそのグラスごと妙子の手を握った。

 ビクリと妙子の肩が揺れると、速水に体を預けてきた。

 左手で肩を抱き、そのまま唇を重ねた。柔らかな妙子の唇をゆっくりと塞いでゆく。妙子はグラスの手を外し速水の右手に絡めてきた。

 絡めた手に力が入ると妙子の合わせられた唇が少しずつ開いた。甘い香りが速水の口に広がる。ためらいがちに舌先を唇に沿わせ、妙子を誘うように少しづつ口の中に入れていく。ふっと妙子の肩から力が抜け、ため息がもれた。

「妙子……」

と呼ぶと、

「ばか……」

と小さく肩をぶつけてきた。

 今度はきちんと向き合い、抱きしめた。ゆっくりと目を閉じる妙子の首をささえるようにして、口づけし、強く吸った。「うっ」と小さくうめき、妙子は自分から速水の舌を探すように深く口を合わせてきた。

 速水はそのまま体を持ち上げるように支え、立ちあがった。妙子の帯や合わされた襟元ごしに内側から押し返すような体の感触が伝わってくる。

「好きだよ」

そう耳元にささやくと、

「私でいいのね」

と返事があった。答えずに、ふたたび口づけ、今度は速水から舌を差し入れ、妙子に絡めた。


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