エピローグ
海の見える高台の公園は初夏の日差しと風が心地良かった。青々とした芝生の上を海から吹いてくる風は芝生を揺らしながら奥の白い灯台に向かって吹いて行き、その向こうには青い空が広がっている。
日曜日のためか、家族連れが和やかにお弁当を広げていた。広々とした芝生はなだらかに傾斜しているが、小さな子供たちが走りまわっても危険はなく、安心して見ていられた。
その中に、幼稚園と、三歳くらいの女の子を相手に鬼ごっこをしている父親がいた。二人の子供たちがあげる笑い声は少し離れたところでお弁当を広げようとしている母親にも届いている。
「麻理、妙子、裕輔さん、お昼にしましょう」
呼びかけられた三人は走りながら母親のところに戻ってきた。
「わ~い、玉子焼き食べたい」
「ほら、お姉ちゃんは手を拭いてから」
「は~い、妙子も、パパもね」
速水はアメリカから戻り、絵里子と再婚した。妙子の二歳年上の麻理は妙子を実の妹と思っている。そして絵里子は速水との子供を身ごもっていた。
速水の手元に一枚のDVDがあった。それは妙子が闘病を始めたころからのビデオレターをまとめたもので、その最後の章は妙子がまだ見ぬ娘に宛てたものだった。
『私は速水妙子、あなたのお母さんです。あなたがこのビデオを見るとき、私はすでにいないでしょう。とても残念ですが、運命なので許してください。』
『でも、私の命はあなたに受け継がれました。そして妙子という名前も受け継いでほしい。いっしょに暮らせなかったけれど、お母さんの分まで生きてほしいの』
『大きくなったら、お母さんの着物を着てお父さんに見せてね。きっと良く似合うはずよ』
『私は幸せです。だから、あなたも幸せに生きてくれると信じてるわ』
『きっと新しいお母さんがいると思うけれど、仲良く暮らせると思う。お母さんの娘だからね。』
『幸せにね…』
ビデオはベッドの上で笑いながら手を振っているシーンで終わっている。
小さな妙子にはまだこれを見せてはいない。しかし絵里子には見せた。これを見て絵里子は速水との再婚を決めてくれた。
「裕輔さん、ほら妙子の手を拭いてあげて」
「あ、ごめん。妙子、お手て拭こうね」
「はあい」
指し出された小さな両手。
ふっくらとしているが爪の形が母親そっくりだった。
家族の笑い声は灯台の下にいる中年の男の耳にも届いていた。少し微笑んでいるように見えた表情には折りに触れこの家族を(というより、妙子につながる家系を)見守っているものの満足感が浮かんでいた。
『これで一安心ですね妙子さん』『えぇそうですね。後は十五年後…』『それまでは一休みしますか』
その会話は小さな妙子に聞こえたのか、小さな妙子は一瞬、灯台の方を眺めた。
そこにはもう人の影はなく、芝生を吹きあがる風が見えるだけであった。
本作はここで終了です。
ご愛読ありがとうございました。
次作は小さな妙子の話ですが、少し時間をいただきます。10月始めから連載を開始します。




