終章
妙子と祐輔の恋はここで一旦終わります。
妙子の母、桂子視点です。
次作へのプロローグが切なくも強い愛情であったことを記憶にとどめてください。
終章
盆の宵が近づくと、どこからとなくお囃子が聞こえてくる。
二人の娘たちが小さかったころは、浴衣を着せてほしいとせがんできたものだった。大人になってもこの時期にはやはり浴衣をあつらえ、涼しげに着付けて街へ出かけて行った。
妙子が逝って二年が過ぎても、最後に袖を通した浴衣を出すと、妹の絵里子は、「お姉の浴衣ね」といって懐かしむように着てくれた。
「速水さん、喜ぶかしら」
「そうね、あなたがだんだん似てきたって、この間言ってたわ」
「へえー、そうかな」
確かに、母親の私も時々そう思う。生きていた時はあんなに反発していた時期もあったけれど、不思議なものだ。形見分けの時、速水さんは自分が妙子に贈ったもの以外では一番気に入っていた墨地に萩の着物と帯の他は手元に残さず「辛いから」といって、私と妹の絵里子に戻してくれた。多分、妙子もそうお願いしていたのだろう。
妙子はあんなにがんばったのに夏を越えられずに逝ってしまった。速水さんは覚悟していたとはいえ、傍で見ていても気の毒なくらい嘆き悲しんだがすぐに落ち着いた。
何か妙子と話し合っていたのか、母の私にも聞かされていない二人だけの約束のようなものがあったと感じた。
葬儀が終わってまもなく、速水さんはアメリカに出張した。仕事の忙しさに紛れたほうが忘れられると考えたと思った。本当に辛かったに違いない。
半年後に帰国した時、あることを私に話してくれた。それは妙子の遺言だった。と言うより二人の意思だった……。
「お母さん、なにぼんやりしてるの。速水さんいらっしゃるわよ」
絵里子に言われ、追憶から我に戻ると玄関のチャイムが鳴った。
速水は妙子の実家を訪れるのは半年ぶりであった。妙子の死後、すぐにアメリカに渡ったのは部長の配慮でもあり、もう一つ重要な意味があった。
妙子の生前に二人で決めたことだが、速水と妙子の愛の結晶、つまり授精卵を冷凍保存し、アメリカの代理出産にゆだねたのだった。妙子の妊娠と同時に癌が再発した。抗癌治療を始めることは出産を諦めることを意味した。
その代わり、抗癌治療を始める前に妙子は健康な卵子を取りだし体外授精した。その授精卵は冷凍保存され、代理出産が整った段階でアメリカに送られ、無事に妊娠が報告された。
DNA検査により二人の子供であることが証明された時点でその子を養子とする手続きを取った。
女の子だった。妙子はそこまで確認し、息を引取った。
その半年後、速水はカリフォルニアの病院で新生児と対面した。祖母にあたる佳子も隣にいた。黒々とした髪とまだ開いてはいない大きな瞳、少し上を向いた唇。妙子に生き写しだった。
事情を説明しても佳子は半信半疑であったし、日本に連れ帰るにも速水一人では無理だったのだ。
それから一年、その子は佳子と絵里子により育てられていた。
「パパ……」
と言いながら玄関に向かって危なっかしく歩いていく。
黒々とカールした髪と、白く柔らかな頬。微笑むとできる小さな笑窪。
思わず私は呼びかけた。
「妙子……」
その子は、不思議そうに黒い瞳を私に向けた。
「パパ……」
その子は私と妙子の子供であった。そして妙子の死後に生まれ、妙子と名づけた。今、目の前にいる柔らかなイキモノは妙子の生まれ変わりなのだ。
幸福とは何だろう。
生まれ変った妙子の微笑みを見た瞬間、私には理解できた。
幸福とは、命を繋ぐことだと。
終
次回はエピローグです。
ただ、次作に続く一話でもあります。




