三章 夢一途
ふたたび祐輔視点ですが・・・
車から降りると爽やかな風が頬を撫でた。速水は助手席のドアを開け、花束を取り病院の駐車場から患者用の通用口を通りエレベーターホールに向かった。
途中で若い看護師さんが「あら、きれいな花ですね」と声をかけてきた。
「妙子さんは五階のサンルームにいましたよ」
「そうですか、今日の治療は終わりましたか?」
「ええ、今日は診察だけですよ」
治療のため入退院を繰り返す日々が始まっていた。今日は診察だけの日なので気分が良いようだった。エレベーターを出ると廊下の反対側に大きな窓とベランダに面してテーブルが並ぶスペースがあった。
窓からは隣の中学校のグランドや周囲の葉桜の新緑とそれに続く住宅、そして遠くに薄青い山並が見えた。妙子はここの眺めが気に入っていて、気分が良いと雑誌を読みながら時間を過ごしていた。
「あぁ、ここにいたの、今日は良い眺めだね」
「そう、子供たちがソフトボールをしているのよ、楽しそう」
椅子に座る妙子の肩から膝元に光が差し込み、テーブルに広げられた雑誌は伏せられていた。
妙子は速水の持っている花束を見て、「ありがとう、素的なバラね」と微笑んだ。ピンクの大輪のバラをマンションの近くの花屋で見つけ、残らず買ってしまった。花屋の店員は速水が誰のために花を買うか知っていた。
『奥様、具合はいかがですか?』と尋ねてくる。
時には、小さなコサージュを、奥様にと渡してくれたりもする。
「疲れない?」
「ええ、ここの方が落ち着くわ」
治療のための入院なので四人部屋に入っていた。数日間入院し抗癌治療を受けて退院するという繰り返しが続いている。花束をテーブルに置き速水も隣に座った。最近、妙子の顔色はますます白くなっている。今日は気分が良いのか薄く紅を引いている唇が痛々しい。
数日前に担当の医師から病状の告知をするかどうかの相談を受け、速水は迷っていた。だが治療のスケジュールを妙子にも説明した時、妙子自身から医師にありのままを知りたいと希望していた。
友人の医師は速水に、「友人として事実を伝えなければならないのは苦しい」と前置きして、「余命は治療を続けて一年だろう」と静かに言った。覚悟はしていたが、全身から力が抜け、「そうか……」とつぶやくのが精一杯だった。
告知は今日の予定で速水も同席を求められていた。カウンセリングルームのライトボックスに何枚かのX線写真が貼られ、友人の医師は二人に病状と治療の状況を説明した。そして余命についての見通しも伝えられた。
妙子は静かにうなずきながら全てを受け入れた。速水は妙子の横顔を注視していたが、彼女は取り乱すこともなく静かに医師の言葉を聞いていた。そして治療を続けなければどうなるのかとたずねた。
「はっきりとはいえないですが、進行は早まるでしょう」
抗癌治療は相当苦しいので、できることなら受けたくはないと相談したが、抗癌剤の処方を専門医が行うことで緩和されていると説明され納得した。
今回の治療は予定どおり終わり、その日退院して良いとのことだったので退院手続きを済ませ、速水が荷物を持ち妙子はバラの花束をかかえ車に乗った。梅雨に入る前の過ごしやすい季節は、いつもであればドライブにでも出かけるのだが、妙子は街の景色を眺めているだけで口も開かず、バラの香りだけが車内にただよっていた。
マンションに戻ると、少し疲れたので休みたいと、妙子はベッドに横になった。
寝室のカーテンを閉め、いつものとおり、妙子の額に手を当て様子を見て出て行こうとしたとき、妙子が速水の手を取った。
「裕輔さん、ごめんなさい……」
「なにも言うな。後悔なんかしていない。妙子と出逢えたんだから」
速水は、そっと妙子を抱きしめくちづけした。妙子は速水の手を離さなかった。
「裕輔さん、傍にいて……」
「ああ、ここにいるよ」
速水は妙子を抱きかかえるようにして横になった。妙子の鼓動が速水の腕に伝わってくる。居間のテーブルに活けたバラの香りなのか、妙子の髪からほんのりと移り香がただよってきた。
速水はこの瞬間が永遠になって欲しいと心の底から願った。
もう少し書きたいのですが実体験と重なってしまって筆が止まってしまいます・・・




