悲桜
愛を育む二人。
春爛漫に桜が咲いて・・・
三月も過ぎようとしていた。なんだか北海道から戻ってから時間が早い。土曜日の夜、お店に裕輔が迎えにきてくれて、沙織と一緒に裕輔のマンションでお酒を飲んだ。あまり遅くはならなかったがそれでも三時は回った頃に沙織は帰った。
裕輔はさすがにすぐに寝ついてしまい、私もお風呂に入り裕輔の隣にもぐりこみ裕輔を抱き枕がわりに寝てしまった。
翌日、ひさしぶりに二人ともぐずくずとベッドの中で過ごしていた。
「もうすぐ桜が咲くね……」
「裕輔さん、お花見、行きたいな~」
「どこ?お花見は」
「う~ん、京都かな、吉野かな~」
「どちらかというと、吉野がいいな」
「奈良よね~、行こっか」
「宿とか、どうする?」
「なんとかなるって、行きたいな」
「ウ~、野宿する気か」
「それもいいね~」
「まったく……姫には困ったもんだ」
「苦しゅうない、苦しゅうない」
ネットで調べると伊丹まで飛んで、後は電車で移動する。宿はなんとかなりそうだった。
「わーい、お団子、お団子」
「はいはい……」
そんなわけで四月に入って最初の日曜日、午後に私たちは吉野山の中腹で桜を楽しんでいた。 全山が桜で、まるで桜に酔ってしまうような感覚にとらわれる。
少し暑いくらいのお天気で、裕輔がゲットしてくれたお花見弁当を食べようとしたとき、私は軽い吐き気に襲われた。
「大丈夫?少し疲れているようだね」
「う~ん、ちょっとハードだったかしら」
「無理しないで、早く休もうか?」
冷たいお茶を少し飲むと吐き気はおさまったが食欲は湧いてこなかった。
「宿に早く入ろう、そのほうが良さそうだ」
タクシーで宿に入り、部屋で少し横になることにした。なんだかボーッとするので薬を飲もうとしてハッとした。
もしかして、妊娠した?生理が遅れているし、可能性は高い。帰ったらお医者にいかなきゃ。裕輔さんにはまだ黙っていよう。花見もそこそこに翌日の午前の便で戻った。
午後にいつもお世話になっている婦人科の先生の診察を受けた。母と同じ年くらいの女医先生は、改めて診察室に私を呼んで、
「おめでたよ、良かったわね。ただね、少し気になることがあるの」
「え、なんでしょうか……」
「はっきりしているわけではないのよ、血液検査で少し……精密検査したほうが良いと思う」
「まさか、再発では……」
「今の時点ではなんともいえないわ」
「妊娠はどう影響しますか?」
「ええ、それも含めて断定的なことはまだ言えない。紹介状を書くから大学病院で精密検査を受けて」
一瞬、目の前が暗くなった。先生が、
「まだはっきりしたわけじゃないのよ、しっかりして」
と励ましてくれるのに、まったく気持ちがついていかない。
「ええ……」と空返事をすると、
「お母様にきていただこうか?そのほうが良さそうね」
先生が直接母に電話を掛けてくれ、診察結果を手短に説明し迎えに来るように頼んだ。
「お母様がいらっしゃるまで、ベッドで休んでらっしゃい」
と看護師さんにベッドの準備を指示した。
横になると、自然と涙がこぼれてきた。裕輔さんの赤ちゃんができたのに、もし再発だったらきっと生むことはできない。
涙は後から後からこぼれ、静かに嗚咽した。
気が付くと母が横に来てくれていた。ハンカチで私の涙を拭き、声を掛けた。
「まだ、そうと決まったわけじゃないでしょう、泣いちゃ駄目、赤ちゃんが泣き虫になるのよ」
「お母さん……」
母にすがりつくようにして私は泣いた。
裕輔さんにははっきりしてから話そうと思った。それまで母の家で過ごすことにし、母が裕輔さんに電話をしてくれた。
「ごめんなさい、裕輔さん。我がままばかり言って」
「ええ、なんだか風邪みたいだから裕輔さんにうつすといやだって……」
「ええ、二、三日こちらにいますから、すみません」
裕輔さんは母の言葉を信じるとは思わないが、かといってすぐに迎えにくるようなこともしないと思う。大学病院の手術室の天井を思い出した。
大学病院の精密検査結果は三日後に出た。 結果はクロだった……。甲状腺とリンパへの転移が認められる。抗癌治療が必要だった。もちろん、出産は諦めなければならない。予想以上の残酷な結果に妙子は打ちのめされた。
裕輔さんにははっきりと結果を伝えなければならない。 婚約そのものも考え直すかもしれない。妊娠のことは伏せたほうがいい。
母は全て話しなさいといった。愛し合っているならそうすべきだと。
裕輔さんは私の話を静かに聞いてくれた。妊娠のことを含め全てを静かに受け止めてくれた。吉野から帰ってからうすうす気づいていた。
そして、一言、
「結婚しよう。すぐにでも入籍しよう」
といった。
出産を諦めなければならないのに、抗癌治療をしなくてはいけないのに、いつまで生きられるかわからないのに、結婚で裕輔さんを縛るわけにはいかない。
結婚するなら、治療を延ばし子供を産む。と言い張ると、妙子のほうが大切だから諦めてほしいと言う。話は結論など出ない。裕輔さんもそれを急がなかった。彼の優しさが本当に身にしみた。うれしかった……。
数日して、彼は婚姻届を作り私にサインを求めた。そして秋に予定した式をすぐに挙げると言い出した。それともうひとつ、セカンドオピニオンとして彼の友人の病院で再検査することを薦めてくれた。
私はサインをした。
事情は全て仲人の浜田部長と奥様にお話しし、母と裕輔さんの強い希望で式を挙げることになった。もちろん列席する方は最初の予定より少なくほとんど親族だけとなった。式場は奥様の友人の旅館で四月の末に決まった。
なぜなのだろう。私に降りかかる運命も恨むが、裕輔さんの人生には愛するものと幸せにはなれないと決められているような酷い仕打ちではないか。
なぜなのだろう。
この年の桜はいつにも増してきれいに咲いた。
なんとかここまで・・・
二人の愛を突き詰めてみたい。
感想、お待ちします。




