春待草
祐輔のトラウマは家族の事故死だったのです。冷たい海に逝った家族と取り残された自分。
家族が欲しいくせに失う怖さ・・・
北海道から帰ってきて私は裕輔の同居人になった。裕輔のトラウマがあれ以降現れず、気持ちが安定して安心できるまではできるだけ近くにいたかった。
母には本当のことは話せなかったが、冷やかされながらとりあえずの荷物を運びこんだ。裕輔のマンションは2LDKで、もともと家具が少ないため私の荷物のほうが多くなっても不自由はなかった。
ただ裕輔は運びこんだ私の荷物、洋服や着物、ドレッサーが入ると、
「やはり女性の荷物は多いよな~」
と変に関心していた。
三月に入って、約束していた浜田部長への仲人の御願いに自宅に伺うことになった。私は朝から髪をセットし母に手伝ってもらい訪問着を着付けた。
春らしい鴬色が基調で、お茶席や少し改まった席のために母がしつらえてくれたものだった。
一時に郊外の浜田部長のお宅にお邪魔すると、玄関に上品な和服姿で奥様が出迎えてくれた。気が付くと門に”表千家茶道教室”の看板があった。少し緊張してご挨拶すると、奥様も私の着物姿に驚かれたようだった。
部長は普段着でにこにこしながら居間で出迎えてくれた。隣に座っていたかわいいお嬢さんが立ち上がって裕輔に声を掛けた。
「裕輔おじさん、こんにちわ」
「いや、速水が来るっていったら由佳がどうしてもフィアンセを見たいといって聞かないのだ」
「ほら、由佳はもういいだろう。お部屋にいってなさい」
後で裕輔から聞いたけど彼女が中学生のときに勉強を見てあげていたらしい。
「はあ~い」といいながら裕輔にVサインを出して二階に上がっていった。
奥様が、「こちらにどうぞ」と案内してくれたのは八畳の和室で、床の間の近くに炉が切ってあり茶釜がかかっていた。
上座に部長が座って、裕輔、私の順で座ると、奥様が
「せっかくですから一服いかがですか?」
とおっしゃり準備を始められた。
さすがに裕輔も緊張していて、私の顔を見て『助けてくれ……』といっているようだった。
最初にお菓子が裕輔の前に出された。私は慌てずに裕輔の前に懐紙と楊枝を置いて、お菓子を取り分けて上げた。春らしい若草の菓子と桃の花の菓子は彩り良く、自分の分を取り分けて、奥様のほうに菓子盆を向けて置く。
奥様が、「妙子さんはお茶を習っていらっしゃるのね」とにこやかにおっしゃった。
「はい、まだまだ未熟ですが」とお答えした。
部長の前にもお菓子が置かれ、作法どおりに懐紙で受けて食べ始めた。
「ヨモギの香りがして春だね」と部長が奥様に声を掛けられると、
「そうですね、急に春らしくなりましたね」と応え、「裕輔さんも召し上がれ」と言ってくれた。裕輔は部長の手つきを真似てぎこちなく楊枝を使った。甘いのは苦手なはずなので、きっと心のなかでは『勘弁してくれ』状態なのだと思い裕輔の横顔をちらっと見ると、120%の緊張状態だった。
奥様のお点前はさすがにお見事で、裕輔の前に志野茶碗の薄茶が置かれる。奥様から「裕輔さん、そんなに固くならず、気楽にどうぞ」と助け舟が出て、ほっとした表情で一気に飲み干した。
私の番になって、作法どおりにいただいた。着物の時は必ずお茶の準備をしておきなさいと先生から言われていたこともあって奥様は気に入ってくれた様子。
大体、今日は正客の格が裕輔なのだから作法もなにもあったものではない。部屋に入る挨拶も作法もなく、ずかずかと和室に入ってしまった。
奥様は裕輔がお気に入りみたいで一切意に解さず裕輔をもてなしている。でも私に対するチェックは厳しいみたい。
お茶の振舞いが終わりいよいよ本題に入った。
部長が、
「速水、こんな素晴らしい女性を見つけて黙っているとは許せんぞ」
と砕けた口調で話し始めてくれたので、一気に気が楽になって会話が弾みだした。
裕輔には身寄りがない。それを気遣ってか入社以来何かと面倒を見ていただいていたようだ。奥様も裕輔が一人身なので自宅に呼び食事を食べさせたりしてくれていた。部長より少し背が高く、鼻筋がとおった美人だった。目尻の皺は歳相応なのだがかえって品格を出すアクセントになっている。
「妙子さんはどちらの先生についてらっしゃるの」
市内の裏千家の名前を出すと、良く存じていらっしゃるようで、うなずいてくれた。
「裕輔さん、お式はいつになさるの?」
「今年の秋にと妙子と決めましたがまだ具体的には何も決めていません」
「そう、お仲人は?」
「ええ、それは浜田部長と奥様以外にお願いできる方はありません」
「嬉しいわ、裕輔さんのお仲人ができるなんて、ねえあなた」と部長の方を見た。
部長もうなずいて、
「やっと速水が身を固める気になったんだ。というか、妙子さんが心変わりしないうちに式を、な」
「あなた、なんてことおっしゃるの」
私も思わず笑ってしまった。
「妙子さん、もちろん白無垢よね」
「は、はい。奥様に仲人をお願いできるなら」
「そうね、どのくらいの方をお呼びになるの?」
「自分にも妙子にも親戚は少ないので身内と親しい方だけでと考えています」
「そう。だったらお茶席ではどうかしら?」
「奥様、それは大変では? 呼ばれる方も困るし……」
「そうね、本式でやらなくても、身内だけなら良いのじゃないかしら」
「妙子さんの先生にもお手伝いいただけば、大丈夫と思いますよ。あなた、詠いをお願いしますね」
「仲人が高砂詠うのか?」
「固いことおっしゃらないの。社内の株が上がるわよ」
式のアウトラインはお茶席に準じて、奥様のお知り合いの旅館を借りることとなった。
大変、本格的な茶席となると招待される側もそれなりに作法を知らないと成り立たない。先生に相談しなくては……。
「妙子さん、大丈夫よ。あそこの女将もお茶の心得があるし、何度かやっているはずだから、一度ごいっしょにいってみましょう。そうだ今日でも大丈夫よ」
話がとんとん進み、奥様の友人の女将さんも時間が取れるということで、伺うことになった。
郊外の川沿いにある大きな旅館、女将さんは奥様より少し若く、はきはきとした方で、離れを案内しながら日取りと時間、段取りまで奥様と話を進められていく。
「おきれいね、きっと白無垢がお似合いよ、そうだ、ちょっと袖を通してみる?」
旅館の衣装室にディスプレイされている白無垢内掛けの袖を通し、綿帽子をかぶった。
女将が、「まあ、とても素敵だわ」といってくれ、奥様も「良く似合っていらっしゃるわ」とにこにこしている。鏡に写った自分の姿を見て、少しどきどきしちゃった。女将は、私に任せてねとおっしゃってくれたけど、裕輔は予算大丈夫か心配してないのかな。
ここの離れは旅館の中庭に面した奥にあって、茶席を意識した造りになっていた。その奥には本式の茶室もあって、奥様の教室も時々ここを使うらしい。
本館からいったん中庭に出て、飛び石と灯篭の小道を通り、離れの入り口になる。茶室にはにじり口から入るのだが離れは門をくぐって引き戸の玄関から上がるようになっている。庭に面した廊下をとおり四十畳ほどの広間に入ると本格的な書院作りの床の間がある。
ふすま絵は水墨画で落ち着いた雰囲気があった。
「どうですか、気に入りました?」
「はい、とても」
「お昼の会か夜の会ね。どちらになさいますか?」
「お酒が主であれば夜のほうがよろしいでしょうね、お泊りになられる方は別にお部屋をご用意できますし、市内には送迎のバスもご用意いたしております」
仮予約をすませ、マンションに戻ると裕輔は、
「随分簡単に決まったけど、なんだか大変そうだね」
「そうよね、先生に相談してみるわ」
先生は旅館の名前を出すと、任せて大丈夫とおっしゃった。正式な茶席となれば相当の準備が必要だけれど、それほど作法にはこだわらないほうが良いともおっしゃってくれたので少し安心できた。
あと半年、すぐにその日になってしまう……。
部長は案外趣味人ですねー、道を間違えたかもね。




