表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Aioon  作者: 市松ここあ
2/2

永遠の侍 -1-

 人の血を浴びて、今、自分がここに存在()ると実感するようになったのは、いつからだろうか。それほど最近のことでもないし、ずいぶん昔のことでもない。

ぬっとりと重くまとわりついて、生ぬるい。確かに赤黒いそれは、先程まで目の前に横たわるソレの中を、ぐるぐると廻っていたもの。自分の中にもそれが流れていると思うと、とても心地がいい。血の海の中、一人でぽつりと立っているのもいい。服に洗い落とせないほど染みて、そのまま身ごと真っ赤になるのもいい。

 気持ち悪い、汚いと嫌う奴等の方がずっと多いが、理解してもらおうとは思っていない。僕は僕でいたいからだ。誰かの干渉によって、己が他人に作られていった人間を、何度も見た。僕はそうなりたくない。僕は僕の手で作り上げていきたい。極力他人の干渉をなくしたい。後が怖い。

 だから、相手のことも理解しようとは思わない。その方がきっと幸せだと思う。相手が変わるのを望むのならば話は別だが。

 

 ぽつと、鼻先に雫が落ちてきた。それを人差し指ですくい取ったのを合図に、空は桶をひっくり返した。梅雨のこの時季に、戦などを起こしたのは誰だ、と、重たく低い空を睨んでやる。(かれ)は何も悪くないが、僕はたまにこうして、八つ当たりをする。ちっぽけな僕のちっぽけな八つ当たりなど、世界をぐるりと包む(かれ)にとっては、ほんの些細なことだろう。この理不尽な視線も、いつの間にかすっぽり、まるでオブラートのように包み、飲み込んでしまう。余韻も残らない。僕が多少すっきりするだけだ。


 「皹矢(ヒビヤ)

後ろから女の声。まだどこか幼い。僕は空から目を離すと、声の方向へと振り返った。僕と同じ、返り血を全身に浴びた少女が、後ろにすらっと立っている。何事もなかったように、僕の名前を読んで黙り込んでいる。

 あぁ。返事を待っているのか。

「何?」

そう答えると、彼女はうっすらと微笑んでようやく唇を動かした。

「今日は、どうだった?」

どうだったという質問は、一番答えるのが面倒だと思う。選択肢がいっぱいありすぎて、どれから答えていっていいのか、悩む。せめて、調子は悪かった? 良かった? と、二択か三択ぐらいにしぼってくれたら、ありがたいのだが。

「いつも通り。敵将はすぐ討ち取れた。太刀筋も読みやすかったし、何より大振りだったから、隙だらけだった」

「そう」

彼女は睫毛を、一秒弱ぐらいだろうか、伏せると、見慣れた紙と筆を取り出す。

「報告」

「え?」

知っているはずなのに、なぜか彼女の質問が理解できなくて、思わず聞きなおす。呆れたようにため息を漏らした。

()った人数」

毎度毎度面倒だ。討ち取った人数を調べて、相手の勢力を簡易計算する、というのはまあ理解は出来るが、それは長期戦になった時に有効であって、今日のようなすぐに終わってしまう戦などには、効果を示さない。今回はすっかり忘れていたから、全く数えていない。

「えっと…百、ぐらい」

いちいち数えてなんかいなかった。

「了解」

そう言うと、さらさらと記述した。大体の数でも良かったらしい。今までの苦労はなんだったのだろう。

塑空(ソゾラ)は?」

「九〇」

「あれ、いつもより少ないね。不調?」

「あなたがほとんど仕留めちゃったからでしょう?」

顔が赤くなった。怒ってしまったのだろうか。だが、「それもあるけど」と付け足すと、またうっすら微笑んで、

「丁度今日で九〇歳なの。記念に、と思ってね」

誕生日だなんて、君にあったのか。そう言いたかったが、口の中に押し込めた。同じ人間に言われたくなどないだろう。僕だって誕生日なんかない。でもふと思うときがある。今、何歳になったのだろうか。少しは、八九の自分より変われただろうか。結局は変われていないのだろう。自分にはわからない。人に見てもらうべきだと思う。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ