永遠の侍 -1-
人の血を浴びて、今、自分がここに存在ると実感するようになったのは、いつからだろうか。それほど最近のことでもないし、ずいぶん昔のことでもない。
ぬっとりと重くまとわりついて、生ぬるい。確かに赤黒いそれは、先程まで目の前に横たわるソレの中を、ぐるぐると廻っていたもの。自分の中にもそれが流れていると思うと、とても心地がいい。血の海の中、一人でぽつりと立っているのもいい。服に洗い落とせないほど染みて、そのまま身ごと真っ赤になるのもいい。
気持ち悪い、汚いと嫌う奴等の方がずっと多いが、理解してもらおうとは思っていない。僕は僕でいたいからだ。誰かの干渉によって、己が他人に作られていった人間を、何度も見た。僕はそうなりたくない。僕は僕の手で作り上げていきたい。極力他人の干渉をなくしたい。後が怖い。
だから、相手のことも理解しようとは思わない。その方がきっと幸せだと思う。相手が変わるのを望むのならば話は別だが。
ぽつと、鼻先に雫が落ちてきた。それを人差し指ですくい取ったのを合図に、空は桶をひっくり返した。梅雨のこの時季に、戦などを起こしたのは誰だ、と、重たく低い空を睨んでやる。空は何も悪くないが、僕はたまにこうして、八つ当たりをする。ちっぽけな僕のちっぽけな八つ当たりなど、世界をぐるりと包む空にとっては、ほんの些細なことだろう。この理不尽な視線も、いつの間にかすっぽり、まるでオブラートのように包み、飲み込んでしまう。余韻も残らない。僕が多少すっきりするだけだ。
「皹矢」
後ろから女の声。まだどこか幼い。僕は空から目を離すと、声の方向へと振り返った。僕と同じ、返り血を全身に浴びた少女が、後ろにすらっと立っている。何事もなかったように、僕の名前を読んで黙り込んでいる。
あぁ。返事を待っているのか。
「何?」
そう答えると、彼女はうっすらと微笑んでようやく唇を動かした。
「今日は、どうだった?」
どうだったという質問は、一番答えるのが面倒だと思う。選択肢がいっぱいありすぎて、どれから答えていっていいのか、悩む。せめて、調子は悪かった? 良かった? と、二択か三択ぐらいにしぼってくれたら、ありがたいのだが。
「いつも通り。敵将はすぐ討ち取れた。太刀筋も読みやすかったし、何より大振りだったから、隙だらけだった」
「そう」
彼女は睫毛を、一秒弱ぐらいだろうか、伏せると、見慣れた紙と筆を取り出す。
「報告」
「え?」
知っているはずなのに、なぜか彼女の質問が理解できなくて、思わず聞きなおす。呆れたようにため息を漏らした。
「殺った人数」
毎度毎度面倒だ。討ち取った人数を調べて、相手の勢力を簡易計算する、というのはまあ理解は出来るが、それは長期戦になった時に有効であって、今日のようなすぐに終わってしまう戦などには、効果を示さない。今回はすっかり忘れていたから、全く数えていない。
「えっと…百、ぐらい」
いちいち数えてなんかいなかった。
「了解」
そう言うと、さらさらと記述した。大体の数でも良かったらしい。今までの苦労はなんだったのだろう。
「塑空は?」
「九〇」
「あれ、いつもより少ないね。不調?」
「あなたがほとんど仕留めちゃったからでしょう?」
顔が赤くなった。怒ってしまったのだろうか。だが、「それもあるけど」と付け足すと、またうっすら微笑んで、
「丁度今日で九〇歳なの。記念に、と思ってね」
誕生日だなんて、君にあったのか。そう言いたかったが、口の中に押し込めた。同じ人間に言われたくなどないだろう。僕だって誕生日なんかない。でもふと思うときがある。今、何歳になったのだろうか。少しは、八九の自分より変われただろうか。結局は変われていないのだろう。自分にはわからない。人に見てもらうべきだと思う。