紅き道化は死して嗤う
初投稿ですのでたぶんボロボロだと思いますが読んでいただけたら嬉しいです。
「じゃあホームルーム始めるぞー。昨日はあの事件の被害はなっかたみたいだったな・・・」
先生がHRを始めて今日の高校生活は始まる。しかし、最近の先生が話すことはおおかたあの事件のことなのでそれに意識を10分向けることは無駄な気がするので、俺は自分の考えに浸ることにしている。
俺たちの過ごす日常は少しばかりずれている。なぜなら俺たちの住む街には最近話題の殺人鬼が潜んでいるからだ。
巷で噂の事件、通称”紅ピエロ事件”。バラバラ死体がサーカスの演目を模した状況で見つかるという奇怪な事件。
死体のそばには死体の状況のコンセプトを綴った紅いピエロの便箋が置いてある事が確認されている。このことから紅ピエロ事件と呼ばれるようになったのだ。
これまでに殺害された被害者の数は2か月で10人にものぼり、ほとぼりが冷める間もなく次々と死者を生み出していった。ピエロとは名ばかりの悪魔だ。警察も血眼になって捜査をしているそうだがいまだ有益な情報は掴めず頭を悩ませている。
だが、一つだけ確実な事実がある。それは、犯人は必ず殺人を繰り返すということ。道化師は決して死のサーカスに幕を閉じることはない、彼がいる限り悲劇は後を絶たないだろう。
そんな事件のせいで、今この町では殺人鬼といる恐怖と共に生活しているのである。
そんな事情があったとしても学校というものは休みにならないのが不思議なところだ。生徒を育てる場であるのに、生徒を危険にさらす。そんな教育方針に異議を唱えたいところでもある。
そんな一末の不安を抱えて過ごす学校生活は腐った魚みたいな新鮮さがある。いつも話題は紅ピエロで持ち切り、いつだれが殺されるそんな血なまぐさい話ばかりだ。こんな状況でも笑っていられるなんて危機感が無いのかと疑ってしまう。
それにしても紅ピエロは何であんな罪を犯すのだろうか、多くの人の命を弄んで奪って何の目的があってそんな猟奇的殺人をするのだろうか。
「おーい、あーくん?ぼーっとしてどうしたんすか?朝ごはんぬいてきちゃったすか?それとも別のものっすか?」
突然太陽みたいに明るい声により俺の思考は覚醒する。目の前には無邪気な顔をした少女が僕の瞳を覗いていた。
「わっ、楓驚かすなよ。びっくりしただろ」
「だってぼーっとして動かないんすもん、何か考え事っすか?」
篠崎楓は食い入るように朝木雅也を見つめている
「まぁな、紅ピエロの事で少し、っていうか楓俺のことあーくんって呼ぶのやめろよ?恥ずかしいし」
朝木はすぐに目を逸らして席を立つ。考え事をしている間にHRは終わり他のみんなは授業の用意をしていた。篠崎が声をかけなかったらこのまましばらく考え込んでいたかもしれない。
「だって朝木だからあーくん、いい愛称じゃないっすか?いいんすよあーくんも、かえちゃんとかしののんとかかわいい愛称で呼んでくれて」
「呼ぶかそんな愛称で!」
結局呼ぶなと言っても呼んでくるのが篠崎の性格である。ただそういった呼び名が好きなのか遊びで呼ばれているのかよくわからない。
「ちぇーつまんないすね、ま、早く次の授業の準備するっすよ」
いつもこの二人で行動しているが恋人同士ではない。不思議な友人関係なのだ。
「楓、今日の帰り飯行かない?」
「お?いいっすねー、もちろんあーくんのおごりっすよね?」
「なわけあるか自腹だ」
「ちぇー、たまにはおごってくれてもいいんすよ?」
毎回このようなやり取りを繰り返して彼らは日々を過ごしていく。たぶんこの先もずっとそうだろう。
「あー、やっと学校おわったっすぅぅ!!ささあーくん早くご飯行くっすよ」
放課後になり鎖から放たれた猛獣のように篠崎は駆けてゆく。
「はぁ、あいつ元気だけは人一倍あるよな、あの元気はどこから来るんだか・・・」
朝木も重い腰を上げて教室を後にする。
「あーくん遅いっすよ!早くご飯行くっす!あと5秒で来なかったらあーくんの奢りすからね」
相変わらず無茶苦茶な言い分である。そっち名がその気ならこっちだってやってやるよ。
「ふざけんなよ!じゃあいつものうどん屋まで競争な、負けたら奢りってことで」
篠崎が待っているのにもかかわらずそれを無視して走り去る。我ながらひどい勝負だ。
「あー!ずるいっす!卑怯っす!この鬼、悪魔!」
後ろで罵声が飛び交うが、そんなことに振り向くことなく駆けてゆく。容赦ないな、やっぱり最低だな俺。
「はっ!卑怯が何だろうが知ったこっちゃねえ!これで代金はお前持ちだ」
「くぅ、負けてたまるか・・・っすぅー」
篠崎はいつも語尾に”っす”が付く。素なのかわざとなのか不明だ。しかし、こうもっすっす言われると後輩と話しているような気分になってくる。
そんな小競り合いもありながら朝木たちはいつもの行きつけであるうどん屋まで走って向かった。
「いやー悪いね奢ってもらっちゃって」
「うぅ、今週のお小遣いが・・・」
結局競争は朝木の勝利で幕を閉じ、代金は篠崎が全額払った。しかし、今日は月曜日なのだがもう嘆くほどお金が減っているのだろうか。
篠崎はかなり根に持ったらしく食べてる間ずっと「あーくんの卑怯者」と恨みのこもった声でひたすら囁いていた。
そんな一幕あった帰り道、やはり話題は朝木の狡猾な勝負の話で盛り上がった。
「理不尽な勝負吹っかけてきたくせに何なんんすか」
「ゆるせ、勝負にはいつも負けが付きまとうものだ、そして勝ったものが正義。そう!アイアムジャスティスなのだよ・・・おわかり?」
「なに気取った事言ってんすか、全然かっこよくないっす、むしろ寒いっす視界から消えてほしいっすほんと」
ぼろくそに言われてしまった。何だ満腹のくせして立腹ってか?どこも可笑しくないわ腹立たしい。
「そんなに怒るなって、また今度なんか奢るからさ、今回は貸し一つってことで」
「じゃあお好み焼きと、もんじゃそれにたこ焼き」
おい、この食欲魔人が!どんだけ食べるんだよ、絶対今日奢らせた金額よりも高くなるだろうが。
「たこ焼きくらいは考えといてやるよ」
「ほんとっすか?やった!あーくん大好きっすよ」
あんなに恨みの念でいっぱいだった表情に明るい花が咲いた。単純なのか計算深いのかよくわからない。
「はいはい分かったっての、もう遅いからこれでお開きなじゃあな」
朝木はいつもの絡みを軽くあしらって別の道へ歩き出す。
「ちぇーつれないっすね、まぁ明日学校でっす」
「おう、また明日」
そこで二人は別れ、それぞれ家に帰ったのだ。しかし、この時にはまだ明日のことなど分からないのである。それが運命が決まる日が明日であるとしてもだ。
翌日、紅ピエロの惨劇で朝は明けた。
いつもと変わらない日常が始まるはずだった、しかしHRで昨夜紅ピエロによる殺人事件が起こったことが知らされたクラスは騒然となった。なぜなら被害者はこの学校の生徒だったからだ。
殺された生徒は清水優香同じ学年の女生徒だ。遺体は学校の屋上で発見され、白鳥の形を作っていたという。これにより学校は休校、警察の捜査が行われることになった。生徒は速やか自宅研修となり、登校してすぐに下校となった。
「それにしてもうちの高校で事件とかありえなくない」
「学校休みなのはいいけどさ、死んだやつがいる学校ってちょっとね・・・」
「てか、清水優香ってだれ?顔知らないんですけど」
「でも、紅ピエロがこの学校に侵入したってことだよね」
「だからなんだよ!それで俺らが殺されるってわけじゃないだろ」
目の前で事件が起こったというのに口々に不満をあらわにするクラスメイト達。しかし、関係ない人の死などその程度なのだろう。誰も同情の言葉を言わないのがいい証明だ。
「あーくん、隣のクラスの人死んじゃったんすね・・・なんか複雑な気持ちっす」
篠崎は清水の死を哀れんではいるものの、だからと言って心を痛めてるわけでもなかった。
「なんでだろうね、身近な人が亡くなったっていうのにあんまり親近感わかいな」
そんなことを言っている朝木も人が亡くなった事には驚いている。
「あ、そうっす、みんなで清水さんにお参りしたらどうっすか」
不意に篠崎がそんなことを言い出した。普段は他人にはあまり興味が無いのだが今回は珍しくそんなことを言った。やはり心を痛めているのだろうか。
その彼女の一言でクラスに波紋が広がった。クラスの多くは篠崎に視線を移している。
「まぁ、俺は楓が行くなら行くよ同じ学年だし、しないっていうのは楓に悪いだろ」
朝木も篠崎の提案に便乗する。確かにすぐに帰れと言われてはいるが何もせずに帰るというのは何だが後味が悪い。
「あーくんはそう言ってくれると思っていたっすよ、さすが紳士っすね」
「紳士っていうのかな?これは」
それは少し違う気がするな、紳士っていうより思慮深い方があってる気がすると思う。
「やっぱり行った方がいいのかな」
「私は嫌だよそんな場所に行くなんて怖いわ」
「そうだな少し、紅ピエロの事件現場って興味あるし、行こうかな」
クラスはざわつき様々な言葉が飛び交っている。やはり追悼なんて行く人はほとんどいないのだろう関わりのない赤の他人なのだから。
「無理にとは言わないっす、来れる人だけでいいっすよ、清水さんに手向けの花をあげようっす。彼女が安らかに眠れるように」
篠崎の最後の言葉で少数の決心がついたのだろう。何もしないのはかわいそうだとつぶやくのが聞こえた。
「じゃあ、来れる人は10分後に屋上に集合っす、それじゃあまた後で」
そう言い放ち、篠崎はそそくさと教室を去っていった。
「おい、楓どうしたんだよ急にみんなで追悼あげるなんて、がらじゃないだろ?」
廊下に出て行った篠崎を朝木は追った。短い付き合いではあるが朝木は人の為に親身になって感情を熱くする篠崎の姿を見たことが無かったからだ。
「あーくんどうしたんすか?私が人の為に行動するのがそんなに珍しいっすか?あんまり率先してこんなことしたくはないんすけどね・・・ただ、少しみんな薄情かなって」
「・・・、、っ」
篠崎のあんな表情朝木は初めて見た。悲しげで、どこか遠くを見つめているその瞳。なぜだかこの時少しだけその瞳を見ると胸が締め付けられ、言葉に詰まった。
「あと、私からあーくんに一つ頼みごとがあるんすけど、いいっすか」
「なんだよ急に改まって」
朝木は篠崎の頼みに危機を傾けた。だが、その頼みは単純かつ非常に気の引けるものだった。
約束であった10分が過ぎ、各々屋上へと集まった。人数は4人、ほんのわずかな人数だった。
屋上では一人花束を持って篠崎が外の景色を眺めていた。
「あ、意外にみんな集まるのがはやかったすね、まぁこの人数しかいないって言うのも理由なんしょうけどね」
もう少し人数がいると思っていたのか、篠崎は少し残念な目をしていた。
「ごめんね、私たちも呼びかけたんだけどこれしか集まらなくて」
クラス委員長の石田さんが深く頭を下げる。責任感が強くクラス委員であるためか、人数が集まらなかったことに責任を感じているようだ。
「しょうがないっすよ、これに関してはもう気持ちの部分なんすから。集まったみんなで清水さんを送り出してあげるっす」
「そうだよね、私たちも花束持ってきたんだよ、さっそくお供えしようよ」
石田さんは明るく気丈に振る舞うがやはり心を痛めているのだろう。少しその顔には曇りがあった。
「そうっすね、ここが清水さんが亡くなった場所っす」
篠崎がいつもよりトーンの低い声で話す。その場所にはまだ清水さんの遺体はまだ残っており、簡易的にビニールが被せられているだだけだ。その凄惨さはまだ生々しく残っており、辺りには血痕が残っており、鉄臭い匂いが鼻を突いた。
「ひっ、、あれって手じゃないですか」
「あの赤いの、血だよね、、なんでまだ遺体があるの」
「篠崎さん、なんで平然としてられるの」
追悼に来たクラスメイトはあまりの酷さに、口々に驚きを隠せずいた。
あまりにも悲惨な状況に他の4人は立ち尽くすばかりで、その光景から目を逸らせずただ、息を飲むばかりであった。
「し、篠崎さんは、この状況を知っていて、私たちを呼んだの?」
石田さんが必死に言葉を探して質問を投げかた。石田さんはこの状況に違和感を感じたのだろう。まだ死体が残っており、そんな状況で追悼を送ろうとしていることに。
「知ってたらなんすか、何がどうあれ、これが清水さんの最後なんす。しっかりと送り出してあげるっすよ」
「でも、これって、そんなひどいって、、こんなことして」
必死で言葉を投げかけるが、この状況を自分ではどうしようもできなく。ただ石田さんはこの悲惨な光景に自分な納得する答えを求めることしかできなかった。
「これが何に見えるっすか石田さん。これが花が添えられているだけの場所だとでも思たんすか」
石田さんは何も言えない。目の前の光景が何よりの証拠であり、背けたい真実なのだから。
「これこそが赤ピエロの真実っすよ、こうやってほかの人も殺されていったっす。それなのにみんな無頓着っすよね、もしかしたら明日こうなってるもしれないんすのに。あ、もしかしたら今かもしれなっすね」
篠崎の口が綻ぶ、それは仮面を外して自由になった偽善者のようで。向ける視線は、寵愛する実験動物を見るような眼であった。
「いや、うそ、、し、篠崎さ、ん。何言ってるの?」
石田さんは今の篠崎の変わりようですべてを悟った。篠崎が何であるのか、どうしてあんなことを提案したのか。だが、もう全ては手遅れだ。
「じゃあ、ちょっと早いけど始めるっす。ピエロのショーを」
篠崎は不敵に笑い、本性を露わにした。
これがサーカスは最初の演目であることに誰もまだ気づいていないのであった。
時は少し戻り、篠崎が朝木に言伝を頼むところから始まる。
「あーくんに頼みたいことは、うちのクラスの先生と今来てる警察官の人に、私たちが屋上へ行ったことを知らせてほしいんすよ」
篠崎は詫びれも無く無茶な要求をしてきた。要するに朝木に生贄になれと言っているようなものだ。実際この状況で先生に許可もなしに屋上へ行くことは先生の怒りを買うことが目に見えていたからだ。
「とりあえず知らせるだけ知らせるからな、あとは知らないからなお前が責任とれな」
「いいっすよ、どうせ怒られないんすし」
なんだよてっきり責任転嫁すると思ってたのに意外だ。
「なら安心して行ってこれるな」
そうして朝木は職員室へ向かったのだが、案の定先生に事情を話すと、きつい説教を食らった。
「もう4度目くらいだが聞くぞ、朝木!なんでこんなことしたんだ!」
先生が鬼のような形相で睨んでくる。そしてその後ろにいる二人の警官もまた凄まじい勢いで朝木に圧をかけてくる。
「いや、ですね、篠崎がどうしても挨拶をしたいというから仕方なくですね、はい、すみません」
負けた。大人三人の圧力に負けました。だって、みんな恐ろしいほどにガタイがいいんだもん!そりゃ気圧されるよ・・・。
「まだ現場には証拠も残っていたため、現場保存で何も手を付けていない状態だったのだ」
「それに、まだ死体だって残っていたんですよ、そこに生徒が許可なしに入るなど、ありえませんぞ!前代未聞ですぞ」
警官に怒鳴られ、先生に怒られ朝木は3回りほど小さくなっている。高校生にして大人の怖さを再認識した時であった。
「とにかく、生徒たちが心配だ、お巡りさんお願いします」
「はい、時は一刻を争います。早く向かいましょう」
先生と警官は阿吽の呼吸で話を進めてゆく。さすが守る立場にある人は判断が早い。
「お前も一緒だからな朝木。篠崎たちと説教だ覚悟しとけ」
「はい・・・」
まだここから説教が続くと考えるとさらに気が重くなるのであった。
「生徒があの状況を見ていなければいいのだが、そんなことは言ってられる場合ではないな早く向かうぞ」
先生が階段を走り飛ばして屋上へと向かう。先生の階段を駆け上がるスピードは速く屋上まではすぐについた。
「おい!篠崎!お前何してん、だ?」
先生が勢いよく屋上の扉を開け、怒声を響かせながら進んでいったが、その勢いは風のように去った。
「先生どうしたんんですか?、、っ!?」
遅れながら屋上へ到着した警官たちもその光景に絶句した。
「なんだよ、これ・・・」
一面紅色と血の匂い彩られた屋上。まだ血が滴る肉塊に引きずりだされた臓物が山を築き、辺りには頭と思わしき部位や千切れた手や足が生々しい状況で散乱していた。
そんな地獄絵図の中で一人、たたずむ少女の姿があった。サバイバルナイフを手にし、返り血に赤く染まった制服のスカートとブレザー、そして顔には真っ赤な色をしたピエロの仮面を付けていた。
「紅ピエロ・・・、嘘だろ?それじゃ」
そう、これこそが殺人鬼”紅ピエロ”の姿であった。狂気の猟奇殺人犯はほかでもない朝木たちのクラスメイトだった。
「先生、犯人は俺たちのクラスメイトなんですか?」
「・・・・」
先生は無言だった。当然だあの紅ピエロと今日の状況を合わせればすぐに出る答えだ。だから先生も信じたくなかったのだろう。
「先生!だってあの制服はうちのでしょ?それに今日屋上行ったのって、俺たちしかいないんじゃないんですか!?答えてください!」
朝木も声を荒げて先生を問う。だが、そんなことをしても事実は変わらない。
「おまえは誰なんだ?紅ピエロ・・・早くその仮面を取って顔を見せろよ。篠崎か?石田か?」
先生は何かに取りつかれたようにふらふらと紅ピエロの元へ向かっていった。
「お前は誰なんだよ!誰なんだぁぁぁぁーー!!!早くその仮面をはずせ!」
急に先生の様子が急変し突然紅ピエロへと襲い掛かる。衝撃の真実に先生も正気を保ってられなかったのだろう。力ずくで紅ピエロを捕らえるつもりだ。
「先生だめです、相手は武器を持っているんですよ」
警察官が止めに入るがそんなもの今の先生には聞こえるはずもなかった。
「・・・・」
紅ピエロは無言で先生を躱しナイフで切り付けてゆく。正気を失った先生の動きは単調であり、闘牛士のように先生を避け傷をつけてゆく。そしてもの数分で決着はついた。
先生は全身傷だらけで血は滲み、ボロ雑巾のようにその場に立ち尽くしていた。紅ピエロは先生の喉にナイフを突き刺しとどめを打った。だが、それだけでは終わらなかった。あろうことか紅ピエロは先生の首を捩じ切り胴と分断したのだ。筋肉と関節が砕ける嫌な音が響き、首の断面からは血がリズムを刻みながら流れ出ていた。
これが猟奇的殺人なのだ。死んでいるのにも関わらず執拗に痛めつける。まさに外道のなすことだ。
パン!パーン!
突然耳をつんざくような破裂音が響き、辺りに静寂を与えた。
「そこまでだ、おとなしく投降しろ」
そう言ったのは先ほどまで状況を理解しきれていなかった警察官たちだ。
「応援を呼んだ、しばらくすればお前は確実に逮捕だ、だがそれを待たずに何かしようならここで撃つ」
二人の警官は銃を構え少しづつ距離を狭めてきていた。その銃口は紅ピエロを見据えている。先ほどのは威嚇射撃だったらしい。
「・・・・」
相変わらず無言であるが、足取りはまっすぐ警官の方へ向かっていた。
「と、とまれ!止まらないと撃つぞ!」
警官は虚勢を張ってはいるものの、接近する紅ピエロに圧倒され震えている。
パンッ!
続けて警官が撃った弾丸は紅ピエロのすぐ足元に当たった。しかし、そんなことでは彼女の進行は止まらない。
「この、近寄るなこの殺人鬼があ!」
パァン!
警官が恐怖で震える手で銃を撃った。そしてその弾丸は紅ピエロの仮面の一端を掠め仮面を吹き飛ばした。
そして、外された仮面の下には朝木の良く知る人物の顔があった。
「やっぱり、楓お前か・・・殺人鬼紅ピエロ!!!」
屋上であの光景を目にしたときある程度の予想はついていた。しかし、これでもう疑いようがない、これまでの猟奇的殺人とこの大虐殺は俺の友達である篠崎楓彼女か全ての元凶だ。
「やっぱり、あーくんは気づいてたんすね」
これまで一度も話さなかった紅ピエロ、篠崎が初めて言葉を発した。この声も栗色のショートヘアに猫のような眼は間違えようがない。
「もしかしたらってな、でもなんでお前がこんなことをしたんだ!みんなが不幸になるだけだろ!どうして人殺しなんか」
朝木は篠崎が殺人を犯したという事実を認めたくはなかった。だから声を荒げてその理由を詰問する。
「・・・それはお巡りさんがいなくなった後にっす」
「なに調子乗った事言ってんだ、拳銃相手に勝てるわけないだろう?」
警官は嘲笑いながら銃を構えている。
「この距離でまともに当てられないお巡りさんに言われたくないっすね」
篠崎は対峙していた警官に素早く肉迫し、拳銃を握っていた手にナイフを刺した。警官が痛みに怯んだ隙をついて拳銃を奪うと脳天に弾丸を打ち込んだ。警官は頭から血を流ししばらく痙攣していたがやがてそのまま動かなくなった。
「ほら、銃相手に勝ったっすよ」
あっさりと篠崎は警官の一人を殺した。
「なんてことしてくれてんだあぁぁぁ!!この殺人鬼があぁ!」
もう一人の警官が同僚を撃たれたことにより怒りで錯乱した警官は拳銃を乱発する。その弾丸の一つが篠崎の左腕に命中した。
「やっぱ、痛いっすね流石に」
少し痛みに顔を歪ませたが、篠崎を止めるまでには至らなかった。
撃たれた腕をかばいながら拳銃を少し後ろにいたもう一人の警官に狙いを定める。
「じゃあお巡りさん。さようなら」
狙いを定めて篠崎が引き金を引いた。しかし、銃弾は撃ちだされることはなかった。それもそのはず、警察の拳銃の装填できる最大数がは5発一般的な拳銃より1発少ない。篠崎は6発撃てると思っていたようだ。
「あれ、残念弾が終わっちゃったすね、あ、そうっすお巡りさんの銃は5発だったっす。じゃあ、とっておきの銃を贈るっすね」
篠崎は大きく振りかぶって弾のない拳銃を投げつけた。渾身の力で投げつけられた拳銃は警官の顔面を捕らえた。
「ストライク~!!」
篠崎は声を荒げて喜び、警官のの首元目がけてナイフを突き立てた。警官は痛みに悶えていたが次々に心臓、額、眼などを刺され絶命した。
ものの数分で殺人鬼は三人を殺した。武装した警官がいるのにもかかわらず殺してしまったのだ。しかしそれよりも驚くべきことは他にあった。
「あーまだまだっすね全然そんなんじゃあ私を捕まえられないっすよ」
篠崎は今の出来事を何とも思ってはいないようでむしろ楽しんでいる。それを示すように彼女の顔は恍惚とした笑顔で満たされている。
「楓・・・、お前何してんだよ!どうしてそう簡単に人の命を奪えるんだよ!」
「どうしてって、そんなの楽しいからに決まってるから殺すんすよ。他人が苦しんでその命が尽きるのを見ることで生きてる実感が湧くんすよ、それ以外に殺す理由なんてないっすよ」
朝木には理解ができなかった。快楽を求めるため、生きる実感を感じるために人の命を奪うことを、そんなこと許されていいことではないというのに。朝木は爪が食い込むほどこぶしを握り締め、歯を食いしばっていた。
「あーくん、今許されることじゃないって思ってるっすか?そしたらそれはお門違いってもんすよ。だって人は生きるために沢山犠牲にしてるじゃないっすか自然や動物、人間だって犠牲にされてるっす。それなのに自分たち行いには目を瞑って、殺人のことには過敏になって反応するんすね・・・。それってただの自己満足じゃないっすか?自分の為に死ぬことは悪いことじゃないんすよね?なら私のしている事だって悪いことじゃあないんじゃないっすか」
篠崎の言葉はどこかズレていたが本質は朝木の言うものよりも説得力があった。戦争で人を殺すことが容認される。悪い事のはずなのにしていい行いに変わる違いはなんだろうか。私たちは生きるために他の生き物を殺さなければならない。しかし、その生命に値段を付けて売りさばき、残ったら廃棄される。生き物にとってそれが望まれたことなのだろうか。
違う。そんなことだれも望んでいない。だが、戦争という公式の殺し合いや命に値段をつける非常識な光景は当たり前なのだ。それが私たちの現実なのだ。
「違う、だからって、お前が人を殺していい理由にはならないだろ?こんな、罪のない人を殺して何になるんだ!結局は自分の事なんだろ」
「そうっすね、一番最後はやっぱり自分の事っす。自分の欲望が優先したっすね」
篠崎はあっさりと今までの言葉を崩した。
「じゃあ、こんなことやめような」
「でも、そんな簡単にやめられたら苦労はしないっすよ。だって私は殺すことで生きる意義を見出すんすから」
篠崎の目はまっすぐ朝木を見ているがその目からは何も感じられなかった。まるで胸の中に空いた空洞のように真っ暗で虚無に希望を抱くような冷徹な目であった。
ここまで来たらもう何も疑い事はない。こいつは狂った殺人鬼だ。殺すことで生きる喜びを味わう異常人格者。今までこんな奴といて殺されなかったことにぞっとする。もう少しで朝木の命はこの紅ピエロによって無残な姿で散らすのだろう。
「最後に、これは答えてくれ楓、それが本当のお前か?」
「本物っすよ、この殺人をして己の欲望のために罪を犯す、それが私っす。でもこれで終わりっすよ終焉のサーカス、紅ピエロの演目は幕引きになるっすからね」
「なんだその終焉のサーカスってっておい!」
そんな質問には反応せず篠崎は朝木の元へ向かいその手に手錠をかけた。この手錠は殺した警官から奪ったものだろう。
「は?」
「あーくんありがとうっすね最後までわがままに付き合ってもらって」
篠崎は笑顔でそう言った。
「どういうことだよこれ、俺を殺すんじゃないのか?」
朝木は理解が追い付かなかった。かけられた手錠は朝木と篠崎の手を結んでいたからだ。
「さぁ、それはどうっすかね。道化師とは最後まで理解の及ばないことをやるんすよっ!」
そう言いだし屋上を飛び降りた篠崎。当然手錠で繋がれているため朝木は突然引かれた力に抵抗できずそのまま屋上から飛び出す。
「あははははははははっっっ!!!これでこの事件は私たちの死、つまり犯人の自殺で締めくくられるっす!これで紅ピエロの演目はこれにて終わりっす!そして本当の悪夢が始まるっす」
篠崎はこれまでのどの姿よりも艶美で生き生きとしていた。
「ふざっけんなぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!」
重力に吸い込まれぐんぐん地へと迫る中、朝木は絶叫していた。あり得ない、自分の命で事件を終わらせるなんて狂ってるしか言いようがないだろ、それでいてなんであいつはこれを楽しんでいるんだよ。
「あーくん、理解できないっすか?そうっすよね絶対に無理っす、だって私は終焉のサーカス団員紅ピエロなんすから!」
「だから何だよそれ!」
「いずれ分かるっす!あーくんが生きてたらの話っすけどね」
「でも俺はお前と一緒に死ぬんだな?」
「たぶんそうなるっすね残念ながら」
5階建ての屋上から落ちるのは何秒かかるのだろうか。圧縮された体感時間で朝木は篠崎と話した。なぜか先ほどまでの怒りはどこかへ行き、いつも通りの調子で話していた。死ぬと分かっているから諦めたのだろうか。
「あーくん。一つ言っておきたいことがあるっす」
「今言わなきゃいけないのか?」
もう地面がすぐそこの迫ってきている気がした。それは杞憂などではなくもう終わりを告げている合図でもあった。
「やっぱり私あーくんの事っ・・」
ぐちゃ。
篠崎がその言葉を言いかけたその時、二人は地面に激突し命が砕けた。
二人が落ちた場所は赤い花火が打ち上がったように血が飛び散り、流れ出る赤が満たしていった。
そして静寂だけがその場を満たし、その無残な光景は紅ピエロの最後の殺人となった。
こうして2か月世間を騒がせた連続殺人事件は幕を閉じた。
とある病院の一室。ベットの上で退屈そうに遠くを眺めている人物がいた。
その人物は全身打撲と肋骨に腕の骨折で入院していた。それもつい最近のある事件によって。
「やあ朝木君調子はどうだい?お見舞いにリンゴをを買ってきたよ」
病室に揚々と入ってきたのは刑事の暮科美空だった。この事件の唯一の生き残りであり目撃者である朝木に話を聞きに来たのだ。
「刑事さん毎日飽きませんね、もう話すことはないと思いますけど」
この刑事さんは1か月ほど朝木のところに通い詰めているほとんど事情聴取などの話ばかりだが。
「まあまあ、今日は事情徴収とかそういうことじゃないんだよ。ただね話がしたかっただけさ」
暮科は慣れた手つきでリンゴを向いてゆく。仕事のできるメガネのお姉さんの風貌は伊達じゃなく暮科はかなりの切れ者らしい。
「これもまたくどいようだけど、よく死ななかったね」
「なんででしょうね、死ぬと思ってたんですけど」
正直言って驚いているあの時屋上から飛び降りて確実に死んだと思っていたのに。なぜか全身打撲と骨折だけで命には別条がなかったのだ。
「やっぱりそれは篠崎楓が君をかばったからかな?」
暮科はウサギ型に切ったリンゴを手に取り口に運ぶ。自分で食べるために剝いたのかよ。
確かにそうだあの時楓が何か言いかけたあたりで両腕が自分の体を覆うような感覚がした。しかし、その後は気絶してしまったためよく覚えていない。
「どうでしょうね、それこそ楓に聞かなきゃなわからないないですよ」
「やっぱそうだよね、事件のことはその犯人に聞くのが一番なんだよね~、でもあの子はもう」
この事件の犯人篠崎は自殺している。あの時の飛び降りによる頭部強打が死因であった。もう死んでいる人物に話を聞くのは霊媒でも使わない限り不可能だ。
「やっぱり犯人の考えはわからないもんだよね実際聞かないと、殺人犯の心なんて理解が難しいし」
深いため息をついて肩を下す暮科。
「でもこれで事件は解決なんでしょう?その、楓の自殺って形で」
朝木が表情を暗くなる。やはり親しい人物が犯人であり自殺したとなると気が重い。
「まぁ、そうなるところが妥当なんだけど実はね・・・、発見されたんだよ今度は蒼いピエロの便箋が添えられたバラバラ死体がね」
暮科が少し言葉を詰まらせたが、はっきり言った。紅ピエロの犯行であるバラバラ死体と添えられていたピエロの便箋。色こそ違うがこれは、ある事実を物語っていることに他ならなかった。
「じゃあ、紅ピエロの犯行が続いているってことは犯人は複数いたってことですか?」
「それはわからない。篠崎が紅ピエロを装った犯行も否定できない。だが、こうしてまだ犯行が起こるということは犯人はこの街を歩いているってことだ。それがどういう事か分かっているな」
さっきまでの空気とは一変し、突き刺さるような視線が朝木に注がれた。その時暮科の携帯が鳴った。病院なのに携帯の電源を入れているのはどうかと思うが、電話に出た暮科の顔は更に厳しくなっていた。
「ちょっと席を外すよ悪いね、すぐに戻ると思うから」
そう言ってそそくさと病室を出で行き、病室には朝木一人だけになった。
「犯人は他にもいるか・・どうなんだろうな」
もし犯人が複数いたとしたらこの殺人はまだ続くのだろう。だが、そうなると篠崎が自殺した意味とは何だったのだろう。考えれば考えるほど理解できない結論に至る。しかし、篠崎は演目の終わりだと言っていた。それはつまり終焉のサーカスの始まり、序章のようなものが終わったという事なんだろうか。
「物思いにふけってどうしたんですか?あなたのお友達が死んでしまったことが悲しいのですか?それとも死にきれなかった無念が渦巻いているのですか?それともこの事件が始まりに過ぎないことにお気づきになられたのですか?」
突然病室の隅から声が聞こえた。その声は薄気味悪い雰囲気を醸し出しており、身震いしそうだった。
「誰だ、なんでそのことを知ってるんだ」
「ひどいですねぇ、せっかくあなたには招待券を渡しに来たというのに。この死の劇団”終焉のサーカス”のプレミアチケットをね!」
高らかに嗤いながら姿を現したその声の主は蒼いピエロの仮面を付けた針金のように細い体格をした男だった。
「なんだよ終焉のサーカスって、今までの事件みんなそのための前段階だったのか?」
「ピンポーン!大正解☆今までの事件は俺たち終焉のサーカスのメンバーでやってたことだよ~。もちろんこの前の事件もね」
陽気に答える蒼ピエロはどこかおかしそうに腹を抱えている。こいつもまた気の狂っている殺人鬼なのだろう趣味の悪い仮面と言いおかしな言動。疑う余地はない。
「お前らのせいでみんなが、たくさんの人が犠牲になったんだぞ!」
「そんなの知らないよ、だってショーを盛り上げるには必要な演出なんだよ?まだまだこれからも沢山楽しい演目があるんだよ!そして君は僕たちの公演の主役に選ばれたんだよ!やぁ光栄だね」
蒼ピエロは嬉しそうに手にしていたチケットを渡す。そこには血のような赤色で〈朝木様、今回は私共の公演の特別招待券を配布させていただきます。その時が来ましたらお迎えに上がりますのでせいぜい生き延びてくださいね〉と書かれていた
「まだその時までは時間があるから今から始まる戯曲を楽しんでくれよ」
激高して叫ぶ朝木をよそに蒼ピエロは淡々と言葉を並べる。その言動はやはり狂っている、何のことなのか全くわからない。
「おい待て!俺が主演ってどういうことだよ?これから起こることってなんだよ」
「まぁ、すぐに始まるからそんなに焦らなくてもいいよ。それじゃあね、あなたの行く末が絶望で満たされることを祈っています。」
そう言い残し蒼ピエロは朝木の質問に答えることなく病室の窓から飛び降りていった。
朝木は痛む体に鞭を撃ち蒼ピエロの落ちた窓から顔を出すかそこには何もいなかった。だが、窓から見えた街の風景は少し違っていた。
暮科が慌てて病室に駆け込んできた。おそらく彼女にかかってきた電話はこのことなのだろう。
「朝木君!大変なの今この街でとんでもないことが起こってるの!街のあちおこちで・・・」
「この外で起きてることですよね」
「そう、っていうかあなた立ち上がっても大丈夫なの?」
「それよりも、暮科さんが言いたかったことって今目の前で起きてる状況のことですよね」
朝木が目にした光景はあまりにも衝撃的なものだった。ピエロの仮面を付けた人物が何人もひしめき合い、民間人を殺戮しているものだった。ただ殺すのではなく全身に火を放ったり、生きたまま四肢を切り落としたりと地獄のような光景だったのだ。
「そ、そうなの、今外の光景が街中で起こっているの、そしてその事件を起こしと名乗るグループが終焉のサーカスなの」
さっきの蒼ピエロの言っていたことは事実だった。これが本当のショーの始まりなのだ、今までの事件なんて比にならないくらいの死人が出るのであろう。
『みなさんどうもこんにちは!そしてさようなら終焉のサーカスの公演へようこそ!本日は心行くまで私たちのショーを楽しんでんでいってくださいね!あなたたちの命が尽きるその時までね?』
どこからともなく聞こえてきた陽気な声はショーの開催を宣言していた。それは今までの事件とは比べ物にならない規模の虐殺が行われる合図だ。
この終焉のサーカスが全ての発端だ。それに気づいてところでもうどうしようもない、もうショーは始まってしまっているのだから。
「ははは・・・これならあの時に死んどけば楽だったかもしれないな」
こんな状況を見ていて正気でいられるはずがなかった。朝木の考えは変な後悔でいっぱいになってしまった。
紅ピエロの起こした事件は悲劇にも満たない事だったのだろう。殺人に理由なんていらなかったのだこの状況がそれを示している。
そして無差別の大量虐殺により惨劇は始まったばかりだという事だ。
ここからが本当の絶望の始まりなのだ。
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