王女様達のお茶会・2
秋を迎えたリブシャ王城の東屋で、エルマ王女は小さな賓客をもてなしていた。
料理長が並べ立てた珍しい砂糖菓子に焼き菓子、淡雪を思わせるようなクリームに飾られた色とりどりの果物を目の前にして、父親譲りの鳶色の瞳をきらきらと輝かせているその様子は、幼い頃のサラの姿を彷彿とさせてエルマ王女の気持ちを温かくさせる。
「お好きなものからどうぞ、レイラ姫」
「…どれもおいしそうで、まよってしまいます」
ほうっ、と感嘆の溜息を洩らす様子は幼い子供にはあまりにも不釣り合いで、エリーは思わず苦笑した。
「迷う必要はありません。全てレイラ姫の為に用意させました。残ったお菓子は後でお部屋にお持ちしますから、今ここで欲しい物をお召し上がり下さい」
そう言われたレイラ王女は、宝石かと見紛うほどの美しい色をした木苺が入っているガラスのボウルを指差す。
「これ、が食べたいです…」
甘いシロップがかけられたクリーム添えの木苺は、エリーもお気に入りの一品だ。
「では、私もこれを」
エリーがそう言うと、侍女が果物の入ったボウルからそれぞれの木苺を取り分け、二人の目の前に恭しく置いた。
うわぁ、と小さく呟き、大きな瞳をこぼれんばかりに見開いたレイラ王女は、その小さな手でスプーンを持って器用に口許に運ぶ。
「お味はいかが?」
一生懸命もぐもぐと食べているレイラ王女の頬についたクリームを拭いてあげながら、エリーは微笑んだ。
その微笑みをぽうっとした眼差しで見つめていたレイラ王女は、しかし自分が問いかけられていたことを思い出すと、手にしていたスプーンをぎゅっと握りしめる。
「お、おいしいです、とても!」
「良かったわ。姫がいらして下さると聞いてから、料理長が姫のご滞在をそれはそれは楽しみにしていて、姫を虜にするお茶請けを出そうと寝る間も惜しんで作ったのです。そのお陰で、今日のお茶会だけでは足りないほどのお茶請けが出来上がりました。明日も、明後日も、お茶会には新しいお茶請けが出てきますわ」
「あの、あのっ、では…このおかしやくだものは、おかあさまとおにいさまたちにわけても…」
「もちろんです。姫、明日もお茶会にご招待して宜しいですか?」
「はい。…あ、でも、おからだにさわったりしませんか?」
秋風は冷たいからあまり長く外にいては駄目だと普段からサラに言い聞かされていたレイラ王女は、気遣わしそうにエリーを見た。
「短い間なら、外の空気に当たった方が良いと侍医に言われております。ですからどうぞ、お気遣いのないように」
「はい。では、あすも」
「嬉しいわ」
エリーが微笑むとレイラ王女は頬を染めた。
なんて綺麗なお姫様なんだろう、とレイラ王女は心の中で思う。
お母様もとても綺麗な方だけれど、エルマ王女の美しさは格別だ。
見る者全ての心を奪う、それでいてとても嬉しい気持ちにさせる不思議な美しさ。エルマ王女の周りにいる人々はいつも幸せそうだ。
「これは…珍しいお客人がいらしているな」
聞き覚えのない男性の声に、レイラ王女ははっとした。
レイラ王女の父親であるクレイ皇子より少し上背のある男性は、まるで絵本の中の王子様のようだった。
美しい金髪に涼やかな緑の瞳。エルマ王女の指輪に嵌っているエメラルドと同じ色だ。
「ステファン」
碧い瞳を嬉しそうに細めたエルマ王女は、座ったままで良いと促す男性の手に自分の手を重ねた。エルマ王女が重ねたその手に美しいサファイアの指輪を認めて、レイラ王女は納得する。
この人が、エルマ王女の…。
レイラ王女がその事実に気付くよりも早く、その男性はレイラ王女の足元に跪いた。
「あなたがレイラ王女ですね。初めまして。私はステファンと申します。お茶会のお邪魔をするつもりはありませんので、すぐに退散致します」
レイラ王女が慌てて椅子から降りようとするのを、彼は制止した。
「どうぞ、そのままで。ワイルダー公国の第一皇女にお目にかかれて光栄です。妻のお相手をして下さり、ありがとうございます。いずれまた、正式にお会いすることになるとは思いますが、今日ここで私にお会いしたことはどうぞご内密に」
彼はそう言って立ち上がると、ずっと手にしていた毛布をエルマ王女に渡し、言葉通りに東屋を去ってしまった。
「…あの、わたし…」
「夫のことなら気になさらないで下さい。毛布を持ってきて下さっただけですわ」
「どうしてひみつ、なのですか?」
「本来ならば、今ここにいてはいけないからです」
「?」
「私の夫の国…ハーヴィス王国の秋は、リブシャ王国の真冬に近い寒さなのです。ですから、今の季節から毛織物が日常的に使われるそうです。夫は私の身を案じて、自ら毛布を届けに来て下さいました。恐らく、ハーヴィス王城の人達の目を盗んで」
大国の王子自らが使用人よろしく荷物を運ぶことなどないことを、幼いながらもレイラ王女は理解している。
そして隣国とはいえ、王子がお忍びで他国を訪れることは異例だということも。
ここにいてはいけない、ということは、あの足ですぐハーヴィス王国に引き返したということになる。
レイラ王女は渡された毛布に身を包むエルマ王女を眺めた。
「…温かいわ。これなら、もう少し長く外の空気を吸っていても大丈夫そうね」
そういえば、この二人は滅多に会えないのだとお母様が言っていた。
ハーヴィス王国の冬はそれはそれは厳しく、今のエルマ王女の身体に障ることがあってはいけない。だからエルマ王女は暫くの間、夫と会えなくなり、その無聊を慰める為に自分達がリブシャ王国で冬を過ごすのだと。
リブシャ王国より少しだけ厳しいワイルダー公国の冬しか知らないレイラ王女には、ハーヴィス王国の冬の厳しさは想像すら出来ないが、エルマ王女と、そのお腹に宿る小さな命の為に特別に誂えられた美しい模様の毛布がとても温かいであろうことは想像に難くない。
すっかり大きくなったお腹を擦りながらエルマ王女はふたたびレイラ王女に微笑んだ。
「姫、次はどれを召し上がりますか?」
この頃、サラは遠乗りで駆け回る王子達を追いかけ回しています。
ステファン王子とサラのバッティングを避けたくて、今回もサラはお茶会に不参加。
代わりにレイラ王女に参加してもらいました。
アリシア王女を参加させようかとも思いましたが、ちょっと収拾つかなさそうだったんで…。身重のエリーに余計な負担がかかるといけないし。
現在、パート3をどうしようか検討中です。