第2話 どうしてもそのイベント、必要?【ジャンル:漫画】
リビングの机の上に置いてあった少女漫画雑誌。妹の楓が毎月楽しみにしているものだ。読んでいる途中で用事ができたのか、開きっぱなしになっていた。
シンがそのページを見てみると、どうやら女主人公とその彼氏のファーストデートの回のようだった。
「ふうん、あいつこんなの読んでるのか。」兄として少しほほえましかった。
「シンはデートの経験は?」姫がすかさず突っ込む。
「特にないな。智花とはよく遊んだけど、あれはデートとは言えないしな。」
「向こうはそう思ってるでしょうかね?」何か少しとげのある感じの物言い。
「ないない。」シンは少女の淡い恋心に気づいていないようだ。
「まあいいでしょう。この際、来たるデートの予行練習として、見学に行きませんか?」姫が提案した。もちろん《来たるデート》の想定相手はシンと姫だ。
「それもそうだな。漫画の中に入ったことないし。試しに入ってみるか。」シンもまんざらではないようだ。
「じゃあ着替えなきゃな。ラフな部屋着だと恥ずかしいし。」
「その点は心配いりませんよ。早く行きましょう!」姫がシンの背中を押す。
「えぇー。」しぶしぶ従うシン。本のページに触れると、二人は現れた光に吸い込まれていった。
シンはすぐに自分の姿を確かめた。2Dゲームの時のように平面画だったが、少女漫画らしい顔つきになっていて違和感が半端なかった。それと不思議なことに、街中に現れたせいかそれなりのおしゃれな格好になっていて、ちゃんと靴まで履いていた。
「ね、大丈夫だったでしょう?入るときにその辺はうまく調整されるんですよ。」姫は自慢げに説明した。
(ん?)シンは気が付いた。一つは今しゃべった姫のせりふが吹き出しになっていたこと。もう一つは小さい音ながら、時々カシャッとシャッター音のようなものがすることだ。
「それはどうやらコマ割りのようですね。シャッター音のタイミングでコマが切り取られるようですよ。」
「あの飛んで行ってる半透明のカタカナ文字は何だ?」
「あれは擬音語や擬態語ですね。すぐにすうっと消えますけど。音の強さが大きさに反映していますね。実に分かりやすいです。」
「それにしても通行人がこの異常さを全く気にしないのは凄いな。」シンは素直に驚いた。
「漫画世界の住人ですからね。当然なのでしょう。」姫は冷静を装った。
「さて、デートの待ち合わせ場所を見つけて、観察しないとな。」
「ええ、急ぎましょう。」二人は内心ドキドキしていた。
どんなデートになるのやら。
主人公はすぐに見つかった。駅前の銅像の前に立っていた。どうやら2次元世界に入ったとき二人が出現する場所も融通が利くらしい。少し離れたビルの陰に隠れて様子をうかがうことにした。
彼女はやたら腕時計を気にしていた。早く着き過ぎたらしい。よくあることだ。『緊張して早く来過ぎちゃった。どうしよう・・・。』と彼女の横にピンクの文字でそう浮き出ていた。
(心の声はそう出るのか。なかなか面白いもんだ。って、あれ?)シンが感心していると、いかにも、ナンパしますよーといった雰囲気の男二人が彼女に近づいていった。これはナンパされかけている彼女のところに彼氏が現れて野郎達を追い帰し、『大丈夫だった?』とか声をかける定番の展開だな、とシンは思った。
「大丈夫でしょうか・・・?」姫は心配そうだ。
「恋愛漫画にはありがちな展開だよ。まあ見てな。」シンはささやいた。
男二人のナンパが始まって5分ほど。彼氏がやって来る様子はない。おかしい。
「彼氏の気配を探ってみて下さい。この世界なら出来るはずです。」姫が言い切った。
彼氏の気配、気配っと。集中すると、電車の中にいる彼氏の姿が映った。しかもまだあと一駅分かかりそうだ。
「まずい、しばらく到着しそうにないぞ。」困った顔をするシン。
「テレパシーを送ってみて下さい。相手には虫の知らせのように感じるはずです。」
「分かった!」シンは彼氏に向かって念じた。(早く来ないと彼女が危ないぞ!)
それを感じたのか、彼氏はそわそわしだした。
「あっちはこれでよし、と。問題はこっちか・・・。」
とその時、彼女がナンパ野郎に腕を掴まれた。「まずい、このままじゃ連れてかれる!」とっさにシンは飛び出していた。
「あ!ダメですよぉ、関わっちゃぁ!」姫が叫ぶのを聞かずにシンはナンパ野郎たちの前に立ちふさがり、彼女を掴んでいた腕を払いのけた。
「お?なんだてめえ。邪魔する気か?」野郎がいきがった。
「その通りさ。こちらにも都合があるんでね。さっさと立ち去ってもらおうか。」凄味を利かすシン。その言葉はまるで神のごとく、相手の心を支配するかのようだった。
野郎たちの様子が変わった。『まずいな。』『ああ。』ひそひそと話をした後、野郎たちは『ふん。』と捨て台詞を残し彼女から離れていった。
(やってしまった・・・!)とシンが思ったのは、『ありがとうございました!』という彼女のせりふを聞いた後だった。それでもあのまま見過ごすのは義に反するようで嫌だったのだ。シャッター音が聞こえないのが唯一の救いだった。この場面は漫画の一コマとしては描かれないだろう。
とその時、何を思ったのか10mほど進んだところでナンパ野郎たちはこちらに振り返り、彼女の傍にやって来てこう言った。『俺たちと遊ばない?』
「何だよ、諦めたんじゃなかったのか?」シンはにらみつけた。
『いや、何となくまた声をかけないといけない気がして・・・。』当の本人は困惑していた。まるで自分の意思に反するかのように。
(そうか!作者はどうしてもこの場面が使いたくて、設定を変えたくないんだな!彼氏はもうすぐ到着しそうだし・・・仕方ない!)シンは野郎たちの腕をむんずと掴んで「取り敢えず向こうに離れようか。」と無理やり引っ張った。多少強引なやり方ではあった。
『あ、あのー。』彼女は戸惑った。
『え?え?』野郎たちも戸惑った。
離れて見ていた姫は(もうどうにでもなあれ!)とあきれ顔。
30mほど離れた所で「ほらよ。」とシンは手を離した。すると案の定、野郎たちはまた彼女に接近していった。幽霊のように。ちょうど彼氏が改札を抜け駅前に現れた。(これで丸く収まるはずだ。)
野郎たちが彼女に声をかける。それに気づいて走り出す彼氏。彼氏とのすれ違いざま、「頑張れよ。」ぼそっとシンはつぶやいた。『?』彼氏の頭の上にそう浮かんだが、すぐにそれも消えた。迷いなどなかったらしい。
姫のところに戻ったシンはその後のやり取りを見ていた。野郎たちを追っ払って笑顔の彼女と彼氏。そのまま街の中に消えていった。
「ごめん!」シンは両手を合わせて姫に何度も頭を下げた。「どうしても許せなかったんだ!本当にごめん!」これだけ謝られては、姫としては呆れを通り越して感心に変わっていた。(正義感の強い、優しい人なんだなあ。そこがいいんだけど。)
「今回だけですからね。幸い、彼氏が到着するまでにシャッター音は聞こえませんでしたから、シンが漫画に描かれることはないでしょう。」
「それを聞いてホッとしたよ。でもいいのか、二人を尾行しなくて?デートの様子が見たかったんだろ?」
「もう十分ですわ。その代わり、実践で返してもらいますからね?」
「デートしろ、と?」
「もちろん!」
「困ったなあ。」
「楽しみにしてますね。」笑顔の姫。
というわけで、二人のデートを見届けることなく、元の世界に帰っていくのだった。
「ふう、疲れた。」
「それはこっちのセリフですわ。ドキドキしっぱなしでしたもの。」
「それは散々謝ったじゃないか。」
「そうでしたっけ、ふふっ。」他愛もない会話をする二人。
「そういえばこの話、ちゃんと読んでなかったな。どれどれ・・・。」ページをめくっていく二人。
最後の一コマを見て、二人に戦慄が走った。そのコマには、彼女の心情としてこう描かれていた。
《それにしても駅前で最初に助けてくれた人、あれは誰だったんだろう・・・。》
最終ページの欄外に書かれていた文句は、《○○(彼氏の名前)が到着する前に何かあったのか?助けてくれた(あの人)とは?次回、波乱が起こりそう!》
「ま、まずい・・・。」二人はうな垂れた。
「これを収拾するには、来月号でもう一度入って完結させる必要がありますね。」と姫。
「またあの世界に行くのかよ!ちくしょう、勘弁してくれよ・・・。」とシン。
「そもそも楓が次号を買ってこなかったらどうすんだよ・・・。」
「次回、シン、初めてのお使いカッコ少女漫画!お楽しみに!」
「うるさいっ!」
それにしても、あのイベントは本当に必要だったのか?作者のこだわりが分からん・・・。シンにはいつまでも納得がいかなかった。