第1話 噂のレアキャラを探せ!【ジャンル:ゲーム】
古い、もう二十数年前に発売された2D格闘ゲームには、都市伝説のようなものがあった。
《ある特定の条件を満たすと、背景の観客の中にあるキャラが現れる。それを見た者には、近い将来いいことが起こる》と。
出現条件はかなり難易度が高いらしく、《?あるキャラとあるキャラを使い、?特定のステージで戦って、?特定の技を出し合う》というものであるようだ。
ゲームの開発者には「そんなキャラは描いていない」と身に覚えがなく、当時大人気のゲームでありながら見た人は一桁に満たない。
シンの父親は(今もだが)相当なゲーマーで、当時御多分に漏れず躍起になって探したが、とうとう見つからなかったそうだ。その話をシンは思い出したのだ。
「2次元の中に入ったら、その世界の知識は頭に入ってくるんだよな?」
「全てではありませんが。」
「でももしかしたら、そのキャラの正体がつかめるかもしれない。やってみよう!」
シンと姫は、力を使う記念すべき第1号について話し合っていた。
「力の確認をするなら、こんな奴の方がいいんじゃないかと思ってたんだ。ええと、これでいいのか?」
ゲーム機にカートリッジを差して、本体の電源を入れた。ゲームのスタート画面がテレビに映し出された。
「はい。それでは(入るぞ)と念じながら、体の一部を画面に触れて下さい。」
「こう、か?」シンは右手人差し指で画面をつついた。
パッと光ったと思うと、ゲームの中に入り込んでいた。自分の手がドット絵になっていた。
「よっと。」シンの左肩につかまっていた姫も同時に入り込んだようだ。
向かい合って見てみると、ドット絵の荒い二人の姿が妙に面白かった。見る角度ではぺらぺらの一本線に見えると思いきや、見る角度が変わっても常に平面画に見えるようだ。これなら誰か区別がつく。便利なものだ。
「おかしいな・・・?」シンが急に渋い顔をした。「確かにこの世界観の知識は頭に入ってきたけど、レアキャラらしき情報はないぞ?」
「それはあなたがまだ認知していないからかも知れませんね。この世界の住人に聞き込みをすれば、あるいは掴めるかもしれません。」冷静に分析する姫。
「そうか。バトルが終わってすぐにギャラリーたちに聞き回るか。確かこのゲームはステージが8種類だから、移動が大変かもしれないけど。」やれやれといった表情でシンはうな垂れた。
『おい、あっちでバトルが始まりそうだぞ!』誰かが叫んだ。
「お、さっそくチャンスだ。離れた所で見守って、頃合いを図って聞き込みだ!」
「はい!」シンの嬉しそうな顔を見て、姫は自分のことのように喜んだ。
しかしそれは、ちょっとした苦難の始まりだった。
バトルステージのうちの一つ《商店街広場》で、空手家のような男とプロレスラーのような男が向かい合っていた。それを取り巻くギャラリー。
あの中にいるかもしれない、と後方10mほど離れた所で二人は見ていた。上空4mほどのところに体力ゲージのようなバーと、反転して読めないキャラクター名が表示されていた。
「何か違和感があるなあ。」シンは父親にこのゲームを本体ごと譲り受けて何度かプレイしているので、頭の中がややこしくなっていた。その点、見慣れていない姫の方が違和感なく観察できて、判断力があると言えるだろう。
「あ、始まりそうですよ。」姫が指差した。ギャラリーが興奮してきた。
《ラウンド1、ファイッ!》どこからともなく掛け声がかかると、両者雄叫びとともに接近していった(ようだ)。(ようだ)というのは、ギャラリーに邪魔されてバトル自体は直接は見えないのだ。雰囲気で感じるしかない。
ギャラリーの向こうでやたらどでかい音が鳴り、バチバチ光っていた。すぐにドーンと音がして、プロレスラーが上空に吹っ飛ばされていた。
「必殺技でも出したのか?」シンはバトルの様子を想像していた。ゲームのSE(効果音)も同じだったので、想像は容易だった。
姫はその所は分からないので、むしろギャラリーの方を観察していた。商店街にいそうなおばさん、杖を突いた老人、買い物帰りの主婦、走り回る子供たちなど。どれも特に不審な点はなかった。
数分して決着がついたようだ。所詮ゲーム内のバトルなので時間はかからないのだ。二人は早速ギャラリーに駆け寄って、あまり見かけない人とかいないか聞いて回った。
『特にそんな人はおらんなあ。』老人は答えた。
『ここにはずっと住んでるけど、そんな人は知らないねえ。』おばさんは首をかしげた。
『ここは結構人が行き交うけど、そんな奴がいたら目立つと思うぜ。』屈強なおっさんは言った。
「ここじゃないかも知れないな。」シンはそう判断した。
「次はどうしましょうか?」姫が少し不安そうにシンの顔を見た。
「格ゲーの世界だから、すぐに次のバトルは始まるはずさ。問題は移動方法だけど・・・」とシンが考えようとした時、二人の体がほんの少し浮いたかと思うと、次の瞬間別の場所に飛ばされた。
「え?」二人がそれを知覚したのと同時に、少し遠くで反転したゲームのステータスが表示されていた。
「こりゃあ便利だ。勝手に転送してくれるのか。って、ここ山の中か!」確かに竹藪のステージがあるにはあったが、ここはさっきの街とは随分離れているようで、ギャラリーは誰もいなかった。
「おいおい、このバトルが終わるまで足止めかよ・・・」シンは頭を抱えた。
そういやギャラリーがいるステージは3つしかなかったな。迂闊だった。しかもステージはランダムで決まるから、すべてのステージを周るのだけでも結構時間がかかりそうだ。選択できるキャラは隠しキャラを入れて15人だから、組み合わせを考えると途方もない時間がかかるぞ。あちゃー、やっぱり止めとけばよかったかなあ。このバトルが終わるまで、シンはそんなことを考えていた。
次のステージもはずれ。その次もはずれ。その次はギャラリーがいる河川敷だったが、ギャラリーに尋ねた返事は商店街の時と同じだった。
はずれ。はずれ。はずれ。商店街。はずれ。お、残っていた工場跡地だ。早速ヘルメッットをかぶったおっさん達に聞いてみた。
『そんな奴は知らないなあ。』続けておっさんは言った。『しいて言えば【あんた達】ぐらいだよ。』
しまった・・・そういうことか!シンはあることに気が付いた。その時あるおっさんが余計なおせっかいを焼いてきた。『折角だから、近くで見ていきなよ。』
「すみません、遠慮しておきます。」姫も気が付いたようだ。
『いいからいいから。』二人はおっさんたちに突き飛ばされた。ゲームに干渉しないように離れて見ていたのに、これではゲーム画面に見切れてしまう。
シンは何とかその場に踏み止まれたが、体重の軽い姫はギャラリーの方におっとっとっと近づいてしまった。
「あっ!」気が付いたときには、姫の顔がおっさんたちの間からひょっこりと出てしまった。慌ててひっこめた時にはすでに遅かった。
だんだん焦ってきていたせいで、バトルスタート直後に聞き込みを開始してしまっていたのだ。つまり、姫が顔を出した時はバトルの真っ最中。
結果、【レアキャラである姫】が誕生してしまったのだ。
「このゲームに入るのは、ある意味必然でしたのね・・・。」ゲーム内から帰ってきてすぐに姫は満足げにそう言った。
「必然でしたのね、じゃねーよ!どうすんだよ!こんなの誰にも言えないぞ!」シンはまだ慌てていた。「主要なことに関与したらダメなんじゃなかったのか!」
「ですから【必然だった】と申し上げたのですよ。私があなたに力を与えたのも、力を最初に使うのにこのゲームを選んだのも、このゲームが発売されたときに決められていたのです。」
「納得できるかーーーーー!」シンは顔が真っ赤だ。
「さて、これでお分かりでしょう?この力がどのようなものか。」姫が諭す。
「うぅ・・・」
「次からは安直に考えずに、どの世界に入るか慎重に選んで下さいね。できるだけのフォローはしますから。」(へへん、ある意味計画通り?)これでシンの傍にいる大義名分ができた、と姫は思った。
「あと、これからのことについて、少々協力していただきたいのですが・・・。」
「今度は何だ?」まだ不機嫌なシン。
「あのですねぇ。」姫が不敵な笑みを浮かべたように見えたが、気のせいだとシンは思うことにした。
ここからさらにややこしくなっていくのだった。