思い出せない、何か
この前、道を歩いていたら鳩の頭をした犬があるいていました。パンを投げたら凄いスピードでつついていました。あれは多分1秒で20はいってるね。ということで皆さん、こちら鳩ヘッドドッグ。今なら4980円!4980円でございます!
太陽が照りつける屋上壊れた時計を指で撫でながら考えていた。朝のあずきの行動は一体何だったのだろうか。俺がほのかと一緒にいることが気に入らないのだろうか。今朝の手紙もそういう意味なのだろう。あずきにとってほのかは大切な存在。俺みたいな変な奴に好意を抱いていること自体が気にくわない。そういうことだ。
屋上のドアが開いた。そこにはあずきが俯いたまま立っていた。
「あのさ。」
あずきが口を開く。何が言いたいのかは目を見ればすぐにわかった。
「今朝は、その、ゴメンなさい。」
あずきは思っていたより良い子だった。だが、僕を睨む目の奥にあるドロドロとしたものは変わっていなかった。憎しみなんて言葉じゃ済まない、もっと深い物だった。
「でも、私、君とほのかが一緒にいるのが異常なほど気にくわないのお願いだから近づかないで。本当に。」
あずきは両手を握りしめたままそう言った。
「嫌だって言ったらどうなるの?」
俺は挑発の意味を込めた言葉を放った。
「許さない。」
あずきの声は震えていた。僕はその返事が信じられなかった。あずきの口は思わぬ速度で動く。
「絶対に許さない。君が嫌だって言う権利はないはず。ただ黙って従って。落ちこぼれでいるのかいないのかよく分からないような君を拾ってあげたのは誰だと思うの?君が本当に一緒にいなければいけないのは誰なの?」
開いた口が塞がらなかった。驚きよりも何を言っているのか理解するのに時間が必要だった。だがそんな暇は僕にはないようだ。突然呑気な声が聞こえてきた。
「二人とも喧嘩してるの?」
笑顔であずきは答える。
「いや、なんでもねえよ。」
その場から立ち去りながら「忘れるなよ」と呟いたのを僕は見逃さなかった。
呑気な顔で弁当を広げるほのかが口を開いた。
「あずきと何かあったの?」
「いや、よく分からない。でもあれだよな。あずきとほのかってなんか似てるんだよな。性格は違うけど。」
「そうかな?私はそうは思わないけどね。よく言われるんだ。そういうこと。別に嫌って訳じゃないんだけど。あずきと私って幼馴染なの。親が仲良くって。中学は違ったけど高校になったらたまたま同じになったの。そういえば、中学のころあずきと同じなんだよね?」
「あんまりよく覚えてない。」
それからの会話はあまり頭に入ってこなかった。何故あそこまでほのかに近づくなと言っていたのか。正直怖かった。同じ中学校…その言葉が脳裏に浮かんだが何かがそれを拒もうとしていた。
三年前のある夜、一本の電話がかかってきた。『私と付き合ってください』電話の向こう側には一人の少女がいた。彼女は学校の人気者で僕とは正反対の方向の人だった。容姿端麗、才色兼備。最初は何を言っているのか分からなかった。何度も聞き返した。答えは全部同じだった。自分が誰かに認められた、自分が誰かの物になった、ただそれが嬉しかった。次の日、学校の男子に二、三発殴られたが気にはならなかった。
彼女とはよく本の話で盛り上がった。僕はSFが好きだった。彼女はラブストーリーが好きだった。よくあるケースだ。夕暮れの道を二人喋りながら帰った。
「だいぶ前に読んだ本にこんな話があったの。」
「どんな話?」
「主人公がとある男の人に恋をするんだけど、主人公は途中で死んでしまうの。事故だったのか、自殺だったのかはよく覚えてないけど。まあ、いいや。その後、男の人は事故にあっちゃって、主人公のことを全て忘れてしまう。一方、主人公は幽霊になって彼の前に現れる。でもね、男の人は主人公のことなんて覚えてないから、他の人に恋をしてしまうの。」
「最後は、どうなるの?」
「よく、覚えてないの。ただ主人公が死ぬシーンはいまいち納得できなかったのは覚えてる。」
「へぇ。SFだったら男のパソコンに見覚えのないメールが届くのかな。主人公の送ってくるメールには癖があって、その癖から死んだはずの主人公かもしれない!っていう展開になるのかな。」
「実際にそういうのが来たらどうするの?」
「多分、気づかない。」
「君って間抜けなところがあるもんね。」
「酷いことを言うな。」
「そういうところが好きなの。」
二人の笑い声がカラスの鳴く空へ羽ばたいていく。遠くに雨雲が見えた。
賑やかな夏祭りの音がする。彼女の浴衣姿に目を奪われた。しばらくうまく喋れなかった。照れる僕を見て彼女は優しく笑った。彼女に手を引っ張られて人混みの中を駆けていく。人気のない山の中を二人で進んでいた。息を荒げる彼女が少しいつも違って見えた。
「ここが一番綺麗に見えるんだ。」
息をさらに荒げている僕は揺れる肩を抑えて口を開いた。
「何が?」
その瞬間、大きな弾ける音が辺り一面に響いた。暑い夏を吹き飛ばしてくれるような乾いた爆発音。広がる火花に見惚れていた。
「綺麗だね。」
自然と口が動く。唇に柔らかくて暖かくて優しい感触が伝わる。しばらく時間が止まっていた。
「ほら、また上がったよ。」
彼女は微笑んでいた。
ある冬の日から、読んだ本の話だとか、近所の捨て猫の話を一切しなくなった。何度となく彼女なりの理想の死に方についての話を聞かされていた。少しうんざりしていた自分がいた。
携帯が鳴って、夏祭りの山に来てくれと彼女から連絡があった。黙ってそれに従った。その日はやけに閑散としていた。
「やっと来た。」
「何の用事?その穴は….何?」
彼女は鼻で笑った。明かりの広がる町を見下ろして彼女は言う。
「私、やっと分かった気がしたの。そこじゃダメ。もっと近くに来て。」
数歩近づく。
「そう、そこ。手を出して。」
突然の出来事だった。彼女の言う通り、手を差し出すといきなり包丁を握らされた。何が起きているか理解する間もなかった。彼女は僕をギュッと抱きしめた。彼女のぬくもりが手を伝う。笑顔の彼女が囁く。
「ありがとう。これで、ずっと一緒だね。」
もう一度、今度は強く、深く抱きしめる。
「君がいいの。君は私の物。」
目の前で彼女が落ちていく。深く深く、見えなくなるまでずっと深く。
母親の呼ぶ声で目を覚ました。状況が理解できなかった。ただ涙を流す両親をながめていた。どうやら夜遅くの横断歩道で車に轢かれたらしい。詳しいことはよく知らない。数日後委員長が、プリントを届けにきた。
「柳川さん、行方不明なんだって。何か知らない?」
「柳川?誰だっけ?」
委員長は何かを悟ったような顔をした。
「そ、そう。じゃあ、これプリント。」
「ありがとう。」
立ち去る委員長に手を振って別れを告げた。柳川という名前に何かを感じたがすぐに気にならなくなった。
夕日の差し込む教室でほのかがあずきの猫嫌いについて真紀におもしろおかしく話していた。すると真紀はふと思い出したのかのようにほのかに尋ねた。
「あずきちゃんって面白いね。今度会ってみたいな。駅前においしいケーキ屋さんができたらしいからあずきちゃんも誘って三人で遊びに行こうよ。」
ほのかは笑いながら答えた。
「真紀、それ新しい冗談?あずきなら毎日会ってるじゃん、同じクラスだよ。」
ケラケラと笑いながら真紀の肩を叩く。真紀の背中には妙な冷や汗が流れているのを感じた。
「あれ?そうなの?」
教室の掲示板に貼りついた座席表を確認する。
「苗字はなんて言うんだっけ?」
「確か、柳川だったよ。」
座席表をなぞりながら真紀は首をかしげる。
「ないよ。」
真紀は真顔だった。
「そんなわけないでしょ。」
再び名前を探す。
「あれ?おかしいな?確かに同じクラスなのに…」
オレンジの教室で二人立っていた。開けた窓から夏の香りが入り込んでいた。
お汁粉のみたい。そういう意味じゃないですよ。




