5.しにがみのいえにきたようだ。
「……それで、なんでついて来てるのよ」
ハルカがぽつり、不機嫌そうに呟いた。
「なんでもなにも、わしは本部からこの町でアヤカシを討伐するように言われてきたのじゃぞ」
ペルちゃんが答えた。
てっきりどこか別の場所で降りるのだろうと思いながら列車の中でペルちゃんと話していた俺だったが、ペルちゃんはなかなか電車を降りなかった。
さらに、俺たちが目的の駅で席を立ったのと同時にペルちゃんも席を立ち、気づくと一緒に降りていたのである。
「つまり、目的になるアヤカシは同じってことなのか? それとも別のアヤカシがいるのか?」
俺がそう問いかけると、
「わからん。わしも内容までは聞いとらんのじゃ。話の途中で寝てしもうたからな!」
ペルちゃんはケラケラと笑った。
いや、仕事の内容は聞かなきゃダメだろ――と思ったが、黙っておくことにした。
「まぁ、現地に住んでいる担当の死神にもう一度詳しく聞かせてもらえるそうじゃからな。安心して寝られたぞ」
それを聞いて、ハルカがまたため息をついた。
俺も、ケラケラと笑うペルちゃんを見ていると、ハルカがずっと不機嫌な顔をしている理由がわかったような気がした。
その時、
「レン」
呼ばれて見ると、ハルカが小さく俺に手招きをして、耳打ちのジェスチャーをしていた。
「うん?」
それに従って耳を貸す。すると、ハルカは甘く吐息を含ませた声で、俺の耳へと言葉を滑り込ませてきた。
「私も、今日の仕事の内容は聞いていないの……」
俺があからさまに失望したような顔を見せた直後、
「違う、寝ていたんじゃなくて!」
ハルカが赤面しながら否定した。
「現地でしか詳しく説明できない、って言われたの」
「あー」
それを聞いて納得した。
もちろん、俺だってハルカが仕事の話を聞きながら寝るとは思っていなかったが。
「そんなこともあるんだなぁ」
「私だって初めてで戸惑ってるのよ」
ハルカはまたため息をついた。
「なんじゃ、さっきからコソコソと」
と、俺とハルカの間に突然ペルちゃんがひょっこりと顔を覗かせたので、
「わっ」
俺は思わず仰け反り、ハルカはまたわざとらしくため息をついた。
「お? お? もしかしてハルカとレンはあれか? すでに情を交わして夫婦となっておるのか?」
ペルちゃんはにやにやと笑みを浮かべながら、俺とハルカを交互に見る。
「バカ言わないで」
ハルカは即座に否定し、
「それ以上言ったら冗談でも怒るわよ」
きっぱりとそう言い切った。
冷静な口調でそう言っているものの、声色から察するに、ハルカは相当怒っていたようだ。
(そこまで怒らなくても……)
内心ショックだったのだが、苦笑の仮面で、表に出さないようにした。
「おお……すまぬ、すまぬ。余計なことを喋りすぎたの」
さすがのペルちゃんもこれには懲りたのか、素直に謝ると、それからしばらくは口を開かなかった。
もう一度ため息をついたハルカの横顔は、美しくも、どこか暗いように見えた。そして、その瞳は俺のいる場所ではない、もっと遠くを見ているようだった。
俺もため息をつく。できることなら一人でブラックコーヒーでも飲んで、感傷に浸りたい。そう思った。
「ここね」
死神の家に着いたらしい。死神の家――どんなものかと想像していたが、周りの民家と変わりのない、これといって特に変な意匠が凝らされているわけでもないし、周りの家の屋根に比べるととりたてて鮮やかというわけでもない家。右隣の家よりも窓がひとつ少なく、左隣の家よりも少し低いという程度の、ごく普通の民家だった。
そうして俺たちが家の前に立ったと同時、
「よう来たね」
声とともにドアが開き、死神とおぼしき青年が姿を現した。
呼びかけてもいないのにドアを開けられたのは、死神の魂の感知力によるものだろう。加えて、町を担当する死神というのは通常の死神よりも魂を感知できる範囲が広いらしく、町に死神が来ればすぐにわかるらしい。
現れた死神は無地の白Tシャツにジーンズ、サンダルという、びっくりするくらい個性のない服装の、けれど爽やかな青年で、
(ああ、やっぱりペルちゃんが特殊なんだな)
傍らに立つ、派手な露出の金髪巨乳死神とハルカ、そしてその青年を見比べて、そう思った。
「こんにちは。僕はこの町を担当する死神、マサシゆーねん。ささ、中にどうぞー」
マサシと名乗ったエセ西方弁の死神は、そう言って俺たちを促す。
「あ、君は鬼やね? 本物見るんは初めてやわ。ちょっと触らしてもうてもええかな?」
「えっ、あの……」
まるで犬か何かのような扱いだ。
俺がやめて、と言おうとするよりも前に、
「いいわよ」
黒いセーラー服の飼い主様がそう言ったが早いか、マサシは俺の腕を触って、うわ、見た目は普通の人間やのにすごい筋肉、なんて楽しそうに騒ぎ始めていた。
俺の意思は一切問題視されていない。
「おい、ハルカ、ちょ、マサシさんも、待っ……」
家の奥に消えていくハルカを呼び止めようとしながら、マサシを振り払おうとしたが、
「ここはどうなってるん?」
ぐにゅ、と。マサシは俺の股間の紳士、レンJr.を容赦なく握ってきた。
「ホーッ!」
思わず、フクロウの悲鳴のような声が出る。実際のフクロウの悲鳴は聞いたことがないがたぶんこんな感じだろう。
「うわ、すごい。ほんまにようできとるわ」
ハハハ、と笑いながら、おもちゃに飽きたかのごとく、マサシは、ジュニアを押さえてうずくまる俺に背を向けて家の奥へと消えていく。
こんなことをされたのはまだ俺が死ぬよりもっと前、小学生の時以来だった。
とりあえず、俺はこの気の良さそうな死神をしばらく許さないことにした。
俺が部屋に入ろうとすると、
「……どうして、あなたが?」
ハルカが驚きの表情を浮かべていた。ペルちゃんもその隣で立ち止まっている。
覗き込んで見ると、居間とおぼしきその部屋には、マサシとは別の青年がいた。赤髪に黒の軍服、といういかにも特徴的なその青年も死神なのだろうか。
青年は俺の方に気づいたのか、こちらを向き、
「そこの君は……鬼だね? 確か、ロン君だったかな? 初めまして、僕は死神協会第百八アヤカシ葬送隊隊長、マンジュ。君のパートナー、ハルカの上官、ってことになるかな」
マンジュ、と名乗った彼は自分の赤髪を撫で、俺に手を差し出した。
「あ……はい、初めまして。レンです」
俺はハルカとペルちゃんの間を抜けて、名前を訂正しながらその手を握る。
「今日は君に会いに来たんだ」
「俺に……?」
「そうだ。アヤカシ討伐サポートシステム『鬼』はまだ正式に採用されたばかりだからね。気になることも多いんだ」
いろいろとね、と笑みを浮かべたマンジュの表情に、僅かな翳りが見えたような気がしたが、気のせいだろう、と思った。
「特に、君とハルカがうまくやっているかが気になっているんだ」
大切な部下だからね、と微笑む。
「うまく……やってると思いますよ?」
と、言いながら後ろのハルカを見ると、ハルカは不機嫌そうな顔だった。
「あんな顔してますけど」
ボソッ、と呟くと、
「余計なこと言わないで」
「いでっ」
俺の頭に拳骨が落ちた。
「……うまくやってるみたいだね」
マンジュは苦笑した。