怒れるトニーノ、シルヴェンを捨てる
みなさん、ミチビキノチに観光案内ロボットがいることは、ご存じですよね。これはある二人の観光案内ロボットのお話です。
一人はヒグチ-5984、通称トニーノ。
もう一人はヒグチ-5963、通称シルヴェンです。
二人はどちらもヒグチ社の同じ型のロボットで、色を除けば見た目はそっくりでした。しかし、見た目がそっくりだからと言って、中身も同じなわけではありません。
トニーノは生真面目な性格で、曲がったことが大嫌い。
一方シルヴェンは、愉快なことが好きで、時々ハメを外すこともありました。
トニーノはシルヴェンがもう少し真面目に働いてくれれば、と思っていましたし、シルヴェンはトニーノがもうちょっと遊んだっていいんじゃないか、と思っていました。性格が正反対の二人は、衝突することも多かったのです。
その日も二人は観光客に冗談を言ったとか言ってないとか、ごく些細なことで口喧嘩をしていました。ふてくされたシルヴェンがその場を離れたところを見計らって、ヒグチ-5977、通称ドニー・リーがトニーノに声をかけました。
「トニーノ、またシルヴェンと喧嘩かい? 二人とも飽きないねえ」
トニーノは丁度いい話相手が来た、と日頃のシルヴェンに対する不満を切々と訴えました。ドニーは遮らずに最後まで頷きながら聞くと、言いました。
「なるほど、シルヴェンも困ったやつだなあ。でもな、トニーノ。そこで厳しい態度ばかり取っていると、あいつはますます意固地になって、上手くいかないよ。こちらから少し、寛大なところを見せてやらないと」
自分が譲るなんて考えたくありませんでしたが、ドニーの言うことも一理ある、と思いました。そう言っているドニー自身は、シルヴェンと上手くつきあっているようだからです。トニーノは自分がやって上手くいくだろうか、と聞きました。ドニーは大きく頷きました。
「心配するなって! 大丈夫、きっと今より仲良く出来るさ」
ドニーに励まされ、トニーノはシルヴェンに少し寛容になってやろう、と思いました。トニーノだって、同じ型、同じ時期に作られた仲間のシルヴェンとは仲良くしたいのです。
それにもうそろそろ、彼らヒグチ-5900番台のロボットが作られてから、五十年の記念日が訪れようとしていました。誰だってお祝いの時期にギスギスなんてしたくありません。トニーノは少し、優しくなる努力をすることにしました。
そう決意したのはいいのですが、それからシルヴェンは長期の観光案内についてしまいましたので、しばらく顔を合わせる機会がありませんでした。少々拍子抜けしながらも、トニーノはお祝いの準備をするためにカシナリへ向かいました。
世界で一番美味しいケーキがあるのはどこかと聞かれれば、十人中九人はカシナリだと答えるでしょう。お祝い用のケーキを手に入れる場所は、カシナリより他にありません。それに何より、トニーノ自身、カシナリのお菓子が大好きだったのです。
首尾良く一ダースのホールケーキを入手したトニーノは、大急ぎでミチビキノチへと帰りました。記念日はもうすぐです。それまでケーキを保存しておく必要があるので、一つを自分の部屋の冷蔵庫にしまうと、残りを他のヒグチ-5900型に預けに行きました。
十一個のケーキを預けて、部屋に戻るまでにかかった時間はどのくらいだったでしょうか。多少の立ち話も含めて、一時間ほどだったはずです。何か食べようと冷蔵庫の扉を開けたトニーノは違和感に気付きました。出かける前にきちんと入れていったケーキの箱が、ずれているのです。トニーノは慌てて、箱を取り出し蓋を開けました。
すると、ああ、何と言うことでしょう! ケーキの八分の一が、きれいになくなっていたのです!
誰かが食べてしまったことは明らかでした。そして、トニーノの部屋に勝手に入って勝手に冷蔵庫をあさり、あまつさえそれを食べてしまう心当たりは、一人しかありませんでした。トニーノは怒り心頭、部屋を出て犯人を捜しに行きました。
道々人に尋ねながら、目撃情報を元に辿り着いたのは、公衆浴場です。トニーノの勢いに押され脇へ避ける人々を尻目に、トニーノは浴場の扉を開きました。するとそこに、いました! シルヴェンが暢気に朝風呂に浸かっていたのです。
シルヴェンはトニーノに気付くと、あっさりと言いました。
「ようトニーノ、どこに行ってたんだ? そうそう、冷蔵庫のケーキ少し貰ったぜ」
もうトニーノの堪忍袋の緒が切れました。トニーノはシルヴェンを担ぎ上げました。シルヴェンが何やらわめいていますが、そんなの気にしません。そのまま脱衣所を出ようと思いましたが、周りの迷惑になるので、目についたパンツを履かせます。
トニーノはそのままホールの間を抜けてずんずんずんずん歩き、やがて一つの寂れたホールの前に立ちました。このホールを使った人は、トニーノの記憶にある限りだと一人もいません。そこへ、トニーノはシルヴェンを落っことしました。トニーノは来た時と同じくらいの速さで、戻っていきました。
一方わけの分からぬままホールへ捨てられたシルヴェンは、どこかの丘の上に落ちました。落ちた際に打った頭を抱えながら、ケーキを食べられてトニーノは相当怒ったらしい、と見当をつけます。シルヴェンからすれば円くて大きなケーキのたった八分の一を食べただけで何でここまで怒られるのかが分かりません。何にせよ、トニーノに文句を言うにはミチビキノチまで帰る必要があります。
シルヴェンはここがどこなのか、別の世界に移動する手段は何か、調べました。すると、こんな情報が出ました。
『ホシヨミ:乙女座AB型の人間が「新春シャンソンショー」と十回、十五秒以内に言うと、
言った人間とそれに触れていた生物はソラユカに移動する。』
乙女座の人間も、AB型の人間も探せばすぐ見つかるでしょう。しかしその両方の条件を満たした上で、更に早口が得意な人間が何人いるでしょうか? そう、ホシヨミは『行ったらまず出てこられない世界』として知られているのです。
シルヴェンは、トニーノに捨てられてしまったのでした。
ミチビキノチで起こる事故の顕著な例(これは意図的だが)。
なおこの話はコウヨウ・オクヤマ著『異世界の旅』の冒頭部分をトニーノの視点から再編した物である。
シルヴェンがこの後どうなったかは同作に詳しく書かれている。興味のある読者は参照のこと。