悪い子はいない
ミコちゃんには弟が一人と、妹が一人います。弟はリトくん、妹はリコちゃんと言って、ミコちゃんはやんちゃ盛りの二人の面倒を一生懸命見ていました。
ある日のことです。ミコちゃん達のお母さんは、きれいなリンゴを買ってきました。リトくんとリコちゃんは早速手を伸ばしましたが、お母さんは触らせてくれませんでした。
「いい、」お母さんは言いました。「このリンゴはね、本物じゃないの。陶器で出来ていて、とっても壊れやすいのよ。だから、触っちゃダメ。」
お母さんの言うことが信じられなくて、子ども達はリンゴをじっと見つめました。真っ赤で、つやつやしていて、本当に美味しそうなリンゴです。本物じゃないなんて、とても思えません。
リトくんが言いました。
「これは本当のリンゴだよ、こんなに美味しそうだもの!」
リコちゃんも言いました。
「ねえママ、触らせて! そしたら本物かどうか、分かるでしょ?」
お母さんは首を振りました。
「ダメよ、リトもリコも触ったら壊しちゃうわ。そうね、ミコはちょっとだけ触ってもいいわよ。」
お姉さんであるミコちゃんはリンゴに触ることを許され、小さな指をリンゴに伸ばしました。触ってみると、確かに本物より少しザラザラしているし、固い感じがします。ミコちゃんが手を引っ込めると、お母さんは大事そうにリンゴを撫でました。
「素敵なリンゴでしょう、これはここに飾っておくのよ。いい? 絶対、触っちゃダメだからね。」
子ども達は頷き、リンゴは本棚の上に置かれることになりました。お母さんはお昼ご飯を作るため、部屋を出て行きました。
部屋に残されたのは子ども達です。リトくんとリコちゃんは、ミコちゃんに頼みました。
「お姉ちゃん、ぼく達もリンゴに触ってみたいよ。」
「お姉ちゃんだけずるいわ、わたし達にも触らせて!」
ミコちゃんは困りました。弟と妹にも触らせてあげたいけれど、お母さんとの約束があります。このまま放っておけば、二人は棚を倒してしまうかもしれません。ミコちゃんは決めました。
「ううん、ダメよ。ママも言ってたでしょ。それより、あっちで遊びましょ!」
ミコちゃんはリトくんとリコちゃんを連れて、隣の部屋へ移動しました。部屋には陶器のリンゴが残されました。
さて、お母さんもミコちゃんも気にしていなかったのですが、今日はいいお天気だったので部屋の窓が開いていました。窓の外からリンゴに目をつけたのは、一羽のヒヨドリです。ヒヨドリは本棚の上に降り立つと、人がいないか警戒してから、リンゴをつつきました。
一回、二回、三回。
しかしリンゴは欠けもせず、くちばしとぶつかった音がカチカチと鳴るだけです。ヒヨドリは念の為もう二回つつきましたが、やはりリンゴは食べられなかったので、諦めて飛んでいきました。
次にリンゴに気付いたのは三羽のメジロでした。メジロ達はリンゴの周りに降りると、かわるがわるリンゴをつつきました。
一回、二回、三回、四回、五回、六回、七回。
一番大きなメジロは何かおかしいと気付いたのでつつくのをやめましたが、小さいメジロと中くらいのメジロはまだつつきます。
一回、二回、三回、四回、五回。
メジロ達がつついても、リンゴは揺れるだけです。リンゴが食べられないと分かったメジロ達は、揃って窓の外へ飛んでいきました。
メジロ達の後に来たのは二羽のキジバトです。このキジバトは夫婦で、リンゴを半分に分け合おうと、両側から交互につつきました。二話とも同じ数だけつつきます。
一回、二回、三回、四回、五回、六回、七回。
一回、二回、三回、四回、五回、六回、七回。
リンゴはつつかれる度に二羽のキジバトの間をゆらゆら行ったり来たりしましたが、つつき終わるとまた元通り、静かに止まりました。これは食べられないらしい、と気付いたキジバトは飛んでいってしまいました。
最後にやってきたのは、小さなスズメです。スズメはリンゴから少し離れたところに降り立つと、ちょこちょこ跳ねてリンゴに近づきました。そしてスズメは、小さな小さなくちばしを、リンゴに当てたのです。
ガチャン!
とうとう、三十二回つつかれたリンゴは割れてしまいました。驚いたスズメは、慌てて飛んでいきました。そうやって、壊れたリンゴだけが残された部屋に、割れる音を聞いたミコちゃん達は入ったのです。リンゴが壊れていることに驚いていると、後からお母さんがやってきて言いました。
「触っちゃダメって言ったでしょう! 一体誰が壊したの?」
ミコちゃんも、リトくんも、リコちゃんも首を振りました。けれどお母さんは信じてくれず、ますます怒ります。ミコちゃん達は泣き出しました。
誰も触っていないのに。
悪い子なんか、いないのに。
ミソフタツで起きた事件に、子ども達が嘘を吐いていないと仮定して合理的な解決をつけ、物語仕立てにした物である。ミソフタツでは鳥がつついたのか、公園の彫像が壊れる事故も多い。
鳥の進入を防ぐ為、ミソフタツでは窓を開けても必ず網戸を閉める習慣がある。