消えた子ども
ある日、キオクノチに一組の若い夫婦がやってきました。二人はお互いに愛し合っており、実に仲睦まじい様子でした。二人がキオクノチに入る時、門番は言いました。
「いつまでも仲良く、お互いのことを忘れないで下さいね。」
夫は笑って言いました。「こんなに愛している妻を、忘れるわけがないですよ。」
妻も微笑みました。「私だって、ユミネラ様が忘れたって忘れっこありませんわ。」
夫婦はキオクノチに入ると、小さいけれど住み心地の良い家を買い、暮らし始めました。夫は町でレンガを作り、妻は家で針仕事をしました。穏やかで幸せな生活を送るうちに、二人の間に子どもが出来ました。夫婦の幸せは頂点に達しました。
そして子どもが一歳になろうかという日のことです。前から噂は流れていたのですが、建物にレンガが使われなくなり、コンクリートに取って代わられました。夫は職を失い、妻は慰めました。「きっとすぐに、次の仕事が見つかるわ。」
しかし仕事は見つかりませんでした。町には夫と同じような失業者が溢れており、仕事が足りなかったのです。二人は言い争いをするようになりました。すると子どもが泣き出して、妻はあやしに行きました。
蓄えは次第に減っていき、夫婦は家を売って狭い借家へ引っ越しました。それでも仕事は見つかりません。夫は酒を飲むようになりました。
二人の口論は激しくなっていき、子どもが泣き出しても止まらなくなりました。毎日毎日、夫婦の争いは続き、いつしか子どもは泣かなくなりました。ただじっと、争いが終わるのを待つようになったのです。
そしてとうとう、その日が来ました。その日の争いはいつもより一層激しく、夫は酔いに任せて物を壊し始めました。皿、写真立て、置き時計。そのうちの一つが、自分の身を庇った妻の腕を傷つけました。
流れる血を見て、妻の中で何かが切れました。妻は近くにあった麺棒を手に取り、夫の頭に振り下ろしました。夫は動かなくなりました。
妻は自分のしたことに呆然とし、部屋を見渡しました。その中のある物が目に入ると、妻の顔から血の気が引き、妻は隣の部屋に飛び込みました。部屋は、空っぽでした。妻は泣き崩れました。
壊れた写真立てから、幸せそうに笑う家族の写真が覗いていました。
この話は比較的新しい物であり、妻の経験を聞いた誰かが書き記した物と思われる。
『夫は動かなくなりました』とあるが、単に気絶しただけなのか死亡したのかは不明である。