クロークの鐘
それはおばあさんのおばあさんが、まだ子どもだった頃のお話。ソラユカのある町に、一人の鐘撞き男がいました。名前はクローク、彼が鳴らす鐘は教会の物で、町の一番高いところにありました。
青銅製の鐘を鳴らすと、大きな音が町全体に響き渡ります。町の人々はその音を聞いて仕事の始まる時間や昼の時間、家に帰る時間を知りました。鐘の音は人々の生活に、無くてはならないものだったのです。
クロークは町に欠かせない仕事をしていることを、誇りに思っていました。彼は毎日百七十五段の階段を上り、鐘を鳴らしました。
そしてある日のことです。クロークはいつものように階段を百七十五段上って、鐘の下に立ちました。町の外れまで聞こえるように、彼は鐘を鳴らしました。
その時です。何の前触れもなく、鐘が天井から落ちてしまったのです。
驚いたクロークは咄嗟に、鐘の真下でしゃがみこんでしまいました。しかし、ここはソラユカです。人間のクロークは床の上に立てますが、青銅の鐘はただ落ちるだけです。クロークは床と、落ちてくる鐘に、挟まれてしまいました。
鐘は四人がかりで上まで運んだ、とても重たい物です。大人の男といえど、クローク一人で支えられるものではありませんでした。鐘はしばらく空中にとどまっていましたが、やがて床に落ち、大きな音をたてました。
町の人々はいつもと違う音に驚きました。何人かが町に出かけていた神父と一緒に、教会へ行きました。神父達はその光景を見て、息を呑みました。
目の前に大きな鐘が鎮座し、石の床は割れ、割れたところに真っ赤な血が流れ出していたのです。
翌日、人々はクロークの葬式を行い、クロークは教会の墓地に手厚く葬られました。
その日の夜、町の集会場に町長や神父、警察署長など、町の代表が集まりました。教会の鐘をどうするか、話し合うためです。
まず神父が言いました。「また同じ事があってはいけません。鐘は外したままにしましょう。」
次に町長が言いました。「鐘がなければ何をするにも時間が分からなくて困る。鐘は元通り、吊すべきだ。」
警察署長は言いました。「しかしクロークの二の舞になったらどうします。鐘を一階に吊すことにしたらいいのでは。」
羊飼いは反論しました。「そんな低いところじゃあ、牧草地まで鐘の音が届きませんよ。今まで通りにして下さい。」
意見は出ますが、全員が納得する物は出ません。どうすればいいのか、みんなが考え込んだその時です。鍛冶屋の親方が言いました。
「こうしたらどうでしょう。鐘をガラスで作るんです。ガラスなら、それほど重くはならないはずです。」
町長は困惑して言いました。
「しかし、ガラスでは鳴らしたときに割れてしまうだろう。」
「いいえ。」
親方は首を振りました。「これを見て下さい。」
そう言うと親方は、懐から拳くらいの大きさの、ガラスの塊を取り出しました。そしてベルトに提げたトンカチを持って、ガラスに叩きつけました。しかし、ガラスにはヒビ一つ、へこみ一つつきません。驚く代表達に親方は言いました。
「ご覧の通り、このガラスは鉄のように硬く、割れないんです。これなら、ガラスの鐘も作れるでしょう。」
代表達は全員賛成し、早速工房でガラスの鐘が作られました。出来上がった鐘は前の物と同じ大きさでしたが、大人一人でも持ち上げられる重さでした。
クロークの葬式から一月後、教会に新しい鐘がつけられました。新しく任命された鐘撞き男が鐘を鳴らすと、青銅の鐘よりも美しい、澄みきった音が響き渡りました。
その鐘はクロークの悲劇を忘れないよう「クロークの鐘」と呼ばれ、そのガラスの美しさは世界に知れ渡り、ソラユカはガラス細工で有名な世界になったということです。
作中に登場する「床」とは、ソラユカ特有の空中に存在する見えない床のことである。現在クロークの鐘は使われていないが、クロークが実際に働いていた教会に今も保管されている。
これは現在伝わっている中でもっとも原形に近いクロークの鐘の話だが、鍛冶屋の親方の言葉遣いは既に修正されている。