もののけもよう 其のニ――業物師――
もののけもよう 其のニ――業物師――
筆名・峨嵯 後走
業物はもうすぐだ――その男は呟いた。
激昂の掛け声と共に、大上段に飾太刀を構えて駆ける敵を、静かに見据え――、
男は敵の横を行き過ぎる。
「おっ、おのれぃ……、この兇賊めが……」
血まみれになりながら、敵である村役人が倒れた。
――兇賊・朱羅。
血に朱く染まりきった衣を纏う、修羅。いつからか、そう呼ばれるようになった。
しかし――男は、修羅でも兇賊にも非ず。
「……お、お願げぇしますだ。いっ、いのっ、命ばかりはお助け下せぇ……ぎゃああああああ」
腰が抜けて動けず、ひたすら命乞いをする村人は、断末魔の絶叫と共に息絶えた。
「ふぅ……もうすぐだ、もうすぐで……業物ができる」
数多の人間を斬った太刀――だが、不思議な事に、その刃は研ぎ立ての銀色を湛えている。
――かさり。
垣根の片隅にある、編み籠が揺れた。子供がすっぽり入れそうな大きさである。
砂利を力強く蹴った男は、太刀を水平に構え、そのまま突き出す。
編み籠の中で発せられた甲高い悲鳴――そして静寂。
男は中身を暴く事はしなかった。
「業物が出来れば、呉葉にやっと、薬を買ってやれる……」
呉葉とは、男にとって最愛の娘の名。病に臥せって二年はなろうか。
真夏の日差しが肌を焦がし、汗が滝のように流れ落ちる。
されど男は、涼しげな顔で前へと進む。
目指すは、村の近くに住まうという[もののけ]であった。
この世界、『宸世』では当たり前のように存在する彼らである。
奴は、村外れの竹林――その入り口に陣取るように座っていた。
「ヌシがぁ、やったのかぁ?」
「あぁ……、そうだ」
村人を一人残さず殺したのを言っているのだろう。男は、何の感情も出す事無く、肯定した。
「何の為にぃ、やったのかぁ?」
頭の悪そうな狸が、間延びした声で再び問い掛ける。
「業物にする為だ」
村人の血をすすってきた太刀をかざし、男はそう答える。
――業物とは、業を積み重ねた果てにできるという物。
ニマリと、奴は唇を歪めた。
「ワシぁ、文福茶釜。ヌシのなまくら刀なんぞぉ、へし折ってやるぞぃ」
まん丸に太った狸の色が、黒鉄のそれに変化する。
「死にさらせええええええ」
黒鉄の突進。
対する男は、正眼に構えた太刀で――流れるように身体をかわし、水平に斬り付けた。
「ぐわっはっはっは、どう……じゃ……?」
金属同士がぶつかる甲高い音の後、太刀に変化は無い。
――血に錆びる事も無く、刃こぼれする事も無く、数多の業に纏わり付かれた太刀は、永劫の白銀を湛える。そして、『宸世』においての武器の価値とは、評判の良い名工が作ったかでは無く、如何なる[もののけ]を倒したかによって、決められるのだ。
黒鉄の茶釜は上下に分かたれ、文福茶釜は絶叫と共に滅びた。
「業物の完成だ……、やっと呉葉に……」
男の名は、伴 笹輝。新参の業物師であった。
* * *
ついに、薬を買ってやれる――。
業物となった太刀を手に、『宸世』で今、最も栄華を極める評一門の屋敷に入った笹輝。
彼に、業物師の仕事を依頼したのが、天下無双の剣術をお家芸とする宸世随一の武門である、ここであった。
「ぬほほほほ。よくぞ参られた笹輝殿」
藍色の直衣【貴族のフォーマル寄りな平服】を身に纏い、小太りでチョビ髭を生やした男が、弓を持った徒武者達を従えて、笹輝を出迎えた。
名を評 治重といい、屈指の太刀蒐集家【コレクター】である。
庭に通された笹輝は、徒武者に囲まれながら、太刀を手渡す。
「ほっほぅ……、これが笹輝殿が鍛えし、業物でおじゃーるか……」
鯉口を切り、刃紋をなめるように見る治重。右から背後へ回りながら――、
「名は決まっておるので、おじゃーるかな?」
我流の公家言葉を口にした。
「最後に、文福茶釜を討ち果たしております故、釜切太刀と名付けるのが宜しいかと……」
「ふむぅ……、カマキリとな……、いまいち冴えないでおじゃーるのぅ」
何やら思案している様子の治重。対する笹輝は一度も振り返らず、膝を付いて控えている。
「そうじゃそうじゃ、名案があるでおじゃーるぞ」
取り巻く空気が、突如として変わった。
「これより、この太刀の名は………………朱羅切太刀でおじゃる」
衝撃はあったが、痛みは無かった。
だが、笹輝は見た。自らの胸から突き出る太刀先を――。
「何ら罪の無い民草を斬り殺し続け、その業によって[もののけ]になった笹輝殿……」
傷口を抉りながら太刀を抜いた治重。胸から血が吹き出して散った。
「まさに、朱羅切と呼ぶにふさわしいでおじゃーる。ぬほほほほほほ」
「きっ、きさ……ま」
私にそうさせたのは、貴様であろうが。
全ては呉葉の為に、私は修羅にも鬼にもなった。
許さん――。絶対に許さん――。
「うおおおおおおっ」
笹輝は、渾身の力を振り絞って立ち上がった。せめて一矢、この恨みを――。
しかし、彼の目に入ったのは、弓を番える徒武者ども。
「放つでおじゃーる」
震える弓の弦。その音が耳に届く。己の身体がどうなったかは、もはや知る由も無い。
「呉葉………………」
蝉の声が――、
いつまでも空しく響くのだった――。
MMOゲーム「ブレイドクロ●クル」をやっていて、業物と呼ばれる生産系のレアアイテムを見ながら、そういえば業物って何だろう? という素朴な疑問から思いついたネタです。
それに、紅葉伝説のネタなどを混ぜて、5時間で書き上げました。
業と業物がテーマなので、物語が全体的にダークになってしまいました。
次は、明るめの話にしたいですね(´・ω:;.:...