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【嵯峨 卯近/2001年~2018年】執筆した過去小説

もののけもよう 其のニ――業物師――

作者: 嵯峨 卯近

  もののけもよう 其のニ――業物師――

                               筆名・峨嵯がさ 後走ごそう



                            

 業物わざものはもうすぐだ――その男はつぶやいた。

 激昂の掛け声と共に、大上段に飾太刀を構えて駆ける敵を、静かに見据え――、

 男は敵の横を行き過ぎる。

「おっ、おのれぃ……、この兇賊めが……」

 血まみれになりながら、敵である村役人が倒れた。

 ――兇賊・朱羅しゅら

 血にあかく染まりきった衣をまとう、修羅。いつからか、そう呼ばれるようになった。

 しかし――男は、修羅でも兇賊にもあらず。

「……お、お願げぇしますだ。いっ、いのっ、命ばかりはお助け下せぇ……ぎゃああああああ」

 腰が抜けて動けず、ひたすら命乞いをする村人は、断末魔の絶叫と共に息絶えた。

「ふぅ……もうすぐだ、もうすぐで……業物わざものができる」

 数多の人間を斬った太刀――だが、不思議な事に、そのやいばは研ぎ立ての銀色をたたえている。

 ――かさり。

 垣根の片隅にある、編みかごが揺れた。子供がすっぽり入れそうな大きさである。

 砂利を力強く蹴った男は、太刀を水平に構え、そのまま突き出す。

 編みかごの中で発せられた甲高い悲鳴――そして静寂。

 男は中身を暴く事はしなかった。

業物わざものが出来れば、呉葉くれはにやっと、薬を買ってやれる……」

 呉葉くれはとは、男にとって最愛の娘の名。病にせって二年はなろうか。

 真夏の日差しが肌を焦がし、汗が滝のように流れ落ちる。

 されど男は、涼しげな顔で前へと進む。

 目指すは、村の近くに住まうという[もののけ]であった。

 この世界、『宸世しんぜ』では当たり前のように存在する彼らである。


 奴は、村外れの竹林――その入り口に陣取るように座っていた。

「ヌシがぁ、やったのかぁ?」

「あぁ……、そうだ」

 村人を一人残さず殺したのを言っているのだろう。男は、何の感情も出す事無く、肯定した。

「何の為にぃ、やったのかぁ?」

 頭の悪そうなたぬきが、間延びした声で再び問い掛ける。

業物わざものにする為だ」

 村人の血をすすってきた太刀をかざし、男はそう答える。


 ――業物わざものとは、ごうを積み重ねた果てにできるという物。


 ニマリと、奴は唇を歪めた。

「ワシぁ、文福茶釜ぶんぶくちゃがま。ヌシのなまくらがたななんぞぉ、へし折ってやるぞぃ」

 まん丸に太ったたぬきの色が、黒鉄くろがねのそれに変化する。

「死にさらせええええええ」

 黒鉄くろがねの突進。

 対する男は、正眼に構えた太刀で――流れるように身体をかわし、水平に斬り付けた。

「ぐわっはっはっは、どう……じゃ……?」

 金属同士がぶつかる甲高い音の後、太刀に変化は無い。


 ――血に錆びる事も無く、刃こぼれする事も無く、数多のごうまとわり付かれた太刀は、永劫の白銀しろがねたたえる。そして、『宸世しんぜ』においての武器の価値とは、評判の良い名工が作ったかでは無く、如何なる[もののけ]を倒したかによって、決められるのだ。


 黒鉄くろがねの茶釜は上下に分かたれ、文福茶釜ぶんぶくちゃがまは絶叫と共に滅びた。

業物わざものの完成だ……、やっと呉葉くれはに……」

 男の名は、(ともの)笹輝ささてる。新参の業物わざものであった。


          * * *


 ついに、薬を買ってやれる――。

 業物わざものとなった太刀を手に、『宸世しんぜ』で今、最も栄華を極めるこおり一門いちもんの屋敷に入った笹輝ささてる

 彼に、業物わざものの仕事を依頼したのが、天下無双の剣術をお家芸とする宸世しんぜ随一の武門である、ここであった。

「ぬほほほほ。よくぞ参られた笹輝ささてる殿」

 あい色の直衣のうし【貴族のフォーマル寄りな平服】を身にまとい、小太りでチョビ髭を生やした男が、弓を持った徒武者達を従えて、笹輝ささてるを出迎えた。

 名をこおりの 治重はるしげといい、屈指の太刀蒐集家【コレクター】である。

 庭に通された笹輝ささてるは、徒武者に囲まれながら、太刀を手渡す。

「ほっほぅ……、これが笹輝ささてる殿が鍛えし、業物わざものでおじゃーるか……」

 鯉口を切り、刃紋をなめるように見る治重はるしげ。右から背後へ回りながら――、

「名は決まっておるので、おじゃーるかな?」

 我流の公家くげ言葉を口にした。

「最後に、文福茶釜ぶんぶくちゃがまを討ち果たしておりますゆえ釜切かまきりの太刀たちと名付けるのが宜しいかと……」

「ふむぅ……、カマキリとな……、いまいち冴えないでおじゃーるのぅ」

 何やら思案している様子の治重はるしげ。対する笹輝ささてるは一度も振り返らず、ひざを付いて控えている。

「そうじゃそうじゃ、名案があるでおじゃーるぞ」

 取り巻く空気が、突如として変わった。

「これより、この太刀の名は………………朱羅しゅらきりの太刀たちでおじゃる」

 衝撃はあったが、痛みは無かった。

 だが、笹輝ささてるは見た。自らの胸から突き出る太刀先を――。

「何ら罪の無い民草を斬り殺し続け、そのごうによって[もののけ]になった笹輝ささてる殿……」

 傷口をえぐりながら太刀を抜いた治重はるしげ。胸から血が吹き出して散った。

「まさに、朱羅しゅらきりと呼ぶにふさわしいでおじゃーる。ぬほほほほほほ」

「きっ、きさ……ま」

 私にそうさせたのは、貴様であろうが。

 全ては呉葉くれはの為に、私は修羅にも鬼にもなった。

 許さん――。絶対に許さん――。

「うおおおおおおっ」

 笹輝ささてるは、渾身の力を振り絞って立ち上がった。せめて一矢、この恨みを――。

 しかし、彼の目に入ったのは、弓をつがえる徒武者ども。

「放つでおじゃーる」

 震える弓の弦。その音が耳に届く。己の身体がどうなったかは、もはや知るよしも無い。

呉葉くれは………………」

 蝉の声が――、

 いつまでも空しく響くのだった――。


MMOゲーム「ブレイドクロ●クル」をやっていて、業物と呼ばれる生産系のレアアイテムを見ながら、そういえば業物って何だろう? という素朴な疑問から思いついたネタです。

それに、紅葉伝説のネタなどを混ぜて、5時間で書き上げました。


業と業物がテーマなので、物語が全体的にダークになってしまいました。

次は、明るめの話にしたいですね(´・ω:;.:...

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