《2》こんなはずじゃなかった
むくの編入した技能連携校はどの学年も一クラスのみの少人数、アットホームな雰囲気が特徴の学校で、むくのクラスはむくを含めて女子が九人、男子が七人だけのこじんましたものだった。
すぐには友達はできなかったが、むくの苦手なケバい人や怖い感じの人がいなかったのでむくは何となく安心し、満足した様子だった。ただ一つだけ、むくの想像していなかったハプニングが待ち受けていた。
編入する前に学校から聞いていなかったし、渡されるた時間割にも書いていなかったが、以前の学校でむくは保健の単位を取得していなかったので、むくだけ放課後に保健の授業を受けなければならないというのである。
「なんで放課後に授業を受けなくちゃならないんだ?そんなこと面接の時に聞かなかった。もしそうだってわかってたらこの学校には入らなかったよ」
「そんなこと言ったて仕方ないよ。この学校では、他の人は一年生の時に授業を受けて単位を取ったんでしょ。もう編入しちゃったんだから単位を取らないわけにはいかないんだよ」
「そんなの絶対に嫌だ!授業で遅くなったら近所の同級生の帰ってくる時間になる。あの人達に会うぐらいなら死んだほうがまし、保健なんか受けたくない!」
むくは想定外の出来事にパニックを起こし、散々怒鳴り散らした。
(編入早々これじゃ、ホント、先が思いやられる)
かもめはそう思ってうんざりした。
実際に授業が始まると、本来は週五日登校しなければいけないのに、むくはせいぜい週二、三日しか登校しなかった。そして登校する場合でもほぼ毎回遅刻し、早くてお昼前、遅い時は昼休み後に登校していた。
「編入するって決めた時に、もっと沢山勉強したいとか体育の授業があるから受けたいって言ってたのに、いったいあれは何だったの?こんなに学校に行かないなら転校する必要なんかなかったじゃない」
保健の授業については毎週水曜日の放課後、むくの為だけにやってくれることになっていたのだが、むくは毎回出席を嫌がって、保健の先生や担任の先生の隙を見ては急いで教室から逃げ出して帰宅していた。むくはそういう時の逃げ足だけは速かった。
その後むくから事情を聞いた先生方は相談し、放課後でなく昼休みの時間に保健の授業を変更してくれた。それなのにむくは人の迷惑を考えずに遅刻や欠席を繰り返して授業をすっぽかし、またしても先生方にひどい迷惑を掛けた。
いい加減先生方には呆れられ、かもめの怒りも頂点に達した。
「保健の先生が、あんた一人の授業をやるためにわざわざ時間を割いてくれてるのにすっぽかすなんてどういうつもり?あんたが編入しなければ先生だってそん
な余計なーな時間を割かなくても済むのに、人の迷惑は考えないの?」
「じゃあ、保健の授業なんかしなければいいじゃん」
「あんたちょっとどうかしてるよ!編入してきた以上は学校には単位を取らせる義務があるんだから。迷惑を考えなさい!」
「先生は迷惑してるの?」
「当たり前でしょ。もし自分が先生だったとして、毎回すっぽかされたら迷惑するんじゃないの?その時間に別のお仕事だってできたかもしれないでしょ」
「そうだよね。今まで人の迷惑なんか考えたことなかったよ。そういうことが全然想像できないんだよ」
「そういうことが少しわかったんだから、これからは気をつけなさいね」
しかし保健の授業以外でも、通信制高校の単位取得のためのレポート作成授業や、それらをパソコンで送信する日にも遅刻や欠席をして、担任の先生には迷惑をかけ続けた。
(今までもそうだったけど、どうしてむくは人の立場や気持ちが想像できないんだろう。わざとじゃないみたいだから、そういう能力が欠如してるのかな?編入早々からこんな様子じゃ、この先ちゃんとやってけるのかな?)
かもめは再びむくのことが心配になった。
むくの学校は三学期制で、少し経つと中間テストの時期が近づいた。だがあまり授業に出ていなかったむくは、ほぼ自力で勉強するよりなかった。
しかしたいていの教科は、前日ほんの少し勉強しただけで記憶してしまい、テストでは満点かそれに近い点を取得した。 学期末試験でも同じような結果だった。
かもめは中学受験をした頃から、むくには特別な記憶能力があり、それは一種天才的な能力ではないかとさえ思うようになっていた。
「何週間か前から勉強してたのに、追試の人もいるよ」
むくの悪い癖ですぐ天狗になったが、むくにしてみれば自分がちょっと見ただけで覚えてしまうものを、何週間も勉強して覚えられない人がいるということは、マジで信じ難い事だったようだ。
テストについてはむくは難なくクリアできたので問題は無かったが、学期末までの出席率が相当悪かったので、かもめは単位が取得きるか心配になった。と同時に、またなにか起こりそうな予感がした。そしてその予感はみごと的中したのである。