パイパンの女
まぁちょっと聞いてくださいよ
この前、また例のごとくいつものバーで一人楽しく飲んでたんですね。そうそうあのバーテンさんとお話しながら
ぼくがバーに行く時間帯って基本的に開店直後の六時過ぎとかで、他にお客さんがいなくてとても静かで
いつもはじめにゲストビール飲んでその後はウィスキーに移ったり、そのままビールを飲み続けることもあって
その夜も「あぁ次はなに飲もっかな」なんてことを考えつつ煙草吸って残り少ないビールとにらめっこしながらバーテンさんに最近思いついた冗談を披露して苦笑いされたり……と
ここまでは普段通り、冗談が受けないのも普段通り
そこにお客さんがやって来たんですよ、一人客ね
それがまた物凄い美人でね、いやほんと通勤途中の電車で目の前に座ってたらそれだけでその日一日幸せになれそうな、それくらいの美人。見る快楽。たまげた美人さんでして
入ってきた瞬間にバーテンさんが一拍遅れてるの、ドアの「からんころん」に続く「いらっしゃいませ」がいつものタイミングじゃないわけ
「お?」と思ってぼくも振り返ってみたんです。普通あんまそういうのってしちゃいけないんだけどね
初めて来るお客さんだと、先に来てる客――この場合はカウンターに座ってるぼくが、どうしても顔の広い常連みたいに映っちゃって
店に入った途端、客にじろりと顔を睨まれるって、結構嫌な気分がするもんなんですよ。なんというか……そう、値踏みされてるような感じがするしね
だからぼくは、ぼくなりのマナーとして。清く正しいバー通いのルールとして、入ってきたお客さんの顔はあまり見ないようにしてるわけです
それでもその時ばかりは誘惑に勝てなかった。単純に知り合いかなと思ったのもあるけど
他人が驚いてるのを無視するなんてことが可能な出来た人間じゃないわけですな、ぼくは
さて、振り返ってぼくは驚いた。ぼくも驚いた。おったまげた。ぶったまげた。フォッサマグナ……おっとこれは失礼
もうなんかほんとすげー美人なの。語彙が貧弱でごめんなさいね
でもこの場合、いかにも小説っぽく、文学っぽく、あらん限りの修辞法――レトリック、語彙を駆使して彼女の美しさを表現したところで
それはそれでどこか陳腐になってしまうような気がする、するんです。この感覚はわかるでしょうか? というのも、その、
敢えて馬鹿みたいな喋り方、言ってしまえばスラングのような、些細な日常会話で使用している糞みたいな表現をしつこいくらいに重ねることで
本質は伝わらなくともすごさのヴォリュームだけはなんとなく伝わるような、とにかくすごさだけは……
まぁそんな感じの美人さんです。すげえ美人
美しさのものさしってのも、人それぞれだしね
そんなすげえ美人が入ってきたら緊張しますよ、ぼくも一応男なわけだし
「今日変な服着てきてないよな?(ミッキーマウスのプリントTシャツ)」
「あれ、最後に歯を磨いたのいつだっけ?(昼飯の牛丼が歯に挟まってる)」
「脇の臭いは、しないよな?(自分の臭いを自覚するのは甚だ困難)」
でもまぁそんなこと別に考えなくとも、バーにやってくる美人ってのはだいたい相場が決まってる
基本的には男との待ち合わせ、うん、他にはないね
そこはそこそこ洒落たバーなのでたとえば駅前だから一見さんが待ち合わせに利用するとか
そんなふうに利用されることはまず無くて、でも一応有名だから、そんなことにも気を遣っちゃって
いやー、男だねぇ。男の性ですよ。
自分の隣にやって来るなんてことは絶対にありえなくとも、まずそれを期待してしまう
期待? いや、期待なのかな……?
いっそリスクヘッジと言ってしまってもいいと思うよ
「もし、そんなことになったときにヘマを打たないよう」と考えるのは
でもこれはやっぱり男の性だねぇ。いかんともしがたい
けれどこの時ばっかりは、多少具合が違ってね
だれかと待ち合わせるのかなー? って思ってたら、きょろきょろ見渡して、カウンターに腰掛けて
早速ウィスキーを頼むんですよ、彼女。それも訳知った風でモルトをご指名してね
飲み方はお上品に水割りだったんだけど、そのセレクトがまーた通でさ
インドの蒸留所のモルトだってんの。これには参ったね、この店に来るくらいだからスコッチとかバーボンとかそこいらの有名なあれは知っててもおかしくないんだけど
それにしてもインドとは。そして水割りの注文の仕方も度肝を抜かれたね
「お水とお酒は一対一で」「氷は要りません」って言うだけ言って
ハンドバッグから取り出したシガーケースの中から図太い紙巻き煙草を取り出すんですよ
あんま銘柄は言いたくないけれど、ダビドフのあれね。マイルドセブンの三倍くらい値段が張るやつ
……おっと、今はマイルドセブンって言わないんだっけか。これは失敬
そんな女が一人で来ちゃったらさ、こっちも昂奮しちゃうから
昂奮ってより、なんだろうな。――知的好奇心? そりゃ色々訊きたくなっちゃうじゃない
あくまで、たまたま、同じ席に居合わせたバーの客を装ってね
その時はまだ抱きたいとかそういうレベルじゃないよ
ただ、気になったから。他に客もいないしさ
俺からスツールを移って「隣、いいですか?」って、そしたら頷かれるもんだから
あとはもうトントン拍子よ。おじさん自分でもビビっちゃうくらい、事が運びやがるの
「別に男と待ち合わせているわけじゃない」
「酒を飲みたいからここに来た」
「だれかと話すのは嫌じゃない」
「だれとも話したくないなら自宅で一人でボトルを空ける」
ってくるもんだから、ぼくはもう舞い上がっちゃってね
邪魔にならない程度に人生相談の真似事みたいなことをして、相も変わらずウケない小咄を披露して、あとはもう酒酒飲んで酒煙草
そのうち客も増えてきて、バーテンさんは忙しそうで、煙草の煙と音楽と、酒と笑いと喧騒とに包まれて
飲んで飲んで飲まれて飲んで……?
気がついたらいつのまにか近くのラブホテルにいましてさ
まったく狐につままれる心地ですけれど
いや、あんだけ若い女、それもとびきり美人の若い女を抱いたのは久しぶりでしたね
ボンキュッボンってのは決して古い表現じゃないよ、21世紀の現在でもやはりそれは好まれる。土偶のあれだね
肌とか全身すっげーつるつるしてんの。水を弾くって表現あるけど、それ以上だった
とにかくずっとなめていたいような、むしゃぶりつきたいような、色白で、吸い付くように、しっとりとしていて、そして仄かに良い香りがする
ただ、しかし。ひとついけ好かなかったのは、股ぐらのところにちょうちょの刺青を入れていて、そしてそのためにパイパンだったってことだ
そりゃ一人でバーに来てあんなの頼むくらいだから、只者じゃないってのは理解していたけれど
やっぱりそーゆーのってズシンと来る。ん? 決して怖気づくわけじゃないよ。言い訳をしているわけではない
ただ、「そーゆー女」に対しては「そーゆー女」の扱い方ってのがあって
それはやっぱり燃えちゃうね
そりゃもうギッタンギッタンにしてやろうと思って、奮い立ちましたわ
えぇそれこそ数年来に無いほど固く勃起しましてね
女房にはここ十年見せていないほどの武者震いですよ。カウパー氏腺液なんか垂らしちゃって
ひと通り、変態的行為を済ませました
殴ったり縛ったり舐めたり指を入れたり
けれど、あれだけ変態的行為に首を振らず応じてくれた彼女なのに
どうしてか顔面騎乗位をしてくれないわけですわ
顔の上に跨ってクンニリングスするあれね
別に僕は格別マゾ気質