学校行事って青春だよな?
初めての部活動を終えてから一週間が経とうとしている。
あれから、オカマのオッサンを見ると吐き気を催すようになった聖夜。クラスの枠を越え、学校にファンクラブができたらしい苺。相変わらず、俺たち以外の人とは、話さない夕美。時間を見つけては、工具を握っている陵。
そして…ただ学校に通っている冴えない俺。
部活を始めたからと言って特に変わったことはない。別にクラスから浮いた存在になってしまったわけではない。しかし、クラスメートとあまり関わりを持っていないことも事実。こうして登校をしてきても俺の周りには春研部員の他には誰も話しかけてこない。
みんな、数人のグループを作ってわいわいやっているのだ。すでに出来上がったグループに乱入する勇気は俺にはない。
などと、一人でウンウンと唸っていると、ガラガラ。我らがクラス担任、森口教諭が教室に入って来た。
「はいはい、みなさん席に着いてください。今日の一時限目はですねぇ、体育祭の参加競技を決めますからねぇ」
森バァこと、森口先生は妙に紅い唇を尖らせながら話した。
口紅、紅すぎやしないか?若作りのつもりかもしれないが、逆に違和感を感じるぞ。
森バァはゆっくりとした話し方だが、唇を尖らせて話すので、口内で声がくぐもってしまい聞き取りづらい。
「では、みなさん配布された用紙を見てくださいねぇ」
手元の「体育祭」と至ってシンプルなタイトルが書かれた用紙に目を向ける。
「競技は全部で5つあります。その中の騎馬戦は全員で参加します。その他のですねぇ、二人三脚リレー、応援合戦、綱引き、組体操は、各自二つ選んでくださいねぇ。しかし、人数調整のために選んでない競技になる可能性がありますからねぇ」
森バァの説明を聞きつつ用紙を最後まで読み終えた。どうやら、出たい競技に○をつけて提出すれば良いようだ。
うぅん…。どの競技に出場しようか…。正直、どれでもいいんだけどなぁ。
走力と腕力には、まったく自信がない。どんなものか分からないが、応援合戦と組体操にしよう。
用紙が回収され、森バァが集計をとった結果。すんなりと、各自の希望通りの競技に参加できることになった。
一時限目が終わると、一つ後ろの席の聖夜が俺の背中を突ついてきた。
「なんだ?起きたのか」
「おう、一時間まるまる寝ちまったぜ」
大きくあくびをして、聖夜は手元の紙をペラペラさせた。
あくびってそんなに絵になるものじゃねぇだろ。あくびで周りの女子の目を奪うって…反則だろ。
「これ、どうすりゃ良いんだ?」
「あぁ、聖夜の参加種目はクラス全員で決めたよ。二人三脚と綱引きだ」
「うげぇ…勝手に決めんなよぉ。で、春樹はどれにしたんだ?」
「寝てた聖夜が悪い。俺は応援合戦と組体操にした。運動神経は人並み以下だからな」
「ちぇ~、春樹と違うじゃねぇかよ~。せめて一緒にしてくれればよかったのによ~」
「俺が決めたんじゃない、クラスが決めたんだ。仕方がないだろ」
「そうだけどよぉ」
二時限のチャイムが鳴り、先生が入ってきた。
「はぁ…」
つい、ため息がこぼれた。
いくら青春を謳歌したいとは言っても、勉学だけは好きになれないな。
あぁ~、やっと、授業が終わった。が、どうやら今日は直接部室には、行けないようだ。
と言うのも、さっき森バァが「体育祭で応援をする人は放課後、3年8組に行ってくださいねぇ」と呼びかけていたからだ。
3年8組の教室では、1年~3年、つまり全学年の男女30人ほどが、机を後ろにどかしてできた床に座っている。
誰も話し相手がいない…。こんなことなら、陵あたりを誘っておけばよかった。
俺はドアと隣り合わせに独り、ポツンと座って黙り込んでいた。
俺以外の人は、すでに構築されている仲良しグループでこの競技を選んだようで、俺に目を向けることは、ない。
「静かにしてください。それでは、この応援合戦ないし、体育祭全体の私たち8組の代表者を決めたいと思います。例年通り、二年生から一人。誰か立候補するものは、いないか?」
このクラスの担任らしい丸眼鏡をかけた、真面目そうな先生が二年生と思われる集団に目を向けた。
「「……。」」
それまでガヤガヤとしていた教室に静寂が立ち込めた。
先生の視線を筆頭に、クラス内の視線の先に座っている二年生に集中した。
しかし、先輩方は誰一人として口を開かず、沈黙を守った。
まったく、俺は早く部室に行きたいんだ。さっさと決めてもらえないだろうか。
二分ほど経ったころ、半ば飽きれかけていた俺の視界に、真っ直ぐにスッと挙げられた手が入ってきた。
「あたしがやるわ」
手を挙がったのは、二年生の固まっていた場所とは少し離れた壁際に座っていた女子。
彼女は立ち上がるとスタスタと教室の前方、黒板の前へと出た。
「あたしの名前は、安藤真由紀。これから体育祭まで、よろしく」
俺の座っている位置からは、正面に向き直った彼女の顔を斜めからしか見られなかったが、凄味がある声から、強い芯を持っている人らしい。そんな印象をうけた。
それは、教室内にも伝わったらしく先生を含め拍手はおろか、誰も口を開こうとはしなかった。それどころか威厳のある声質に気圧されたのか、同じクラスであるはずの二年生さえも、ササッと安藤さんから距離をとったように見える。
そんな中、安藤さんが若干広くなった壁際に戻ると、静かすぎる代表の決定が終了した。
「そいつは、気まずいなぁ。一、二、一、二」
俺は、いつものように部室でだらけながら、さっきのことを話していた。
「でもリーダーシップがありそうで良いと思うよ。一、二、一、二」
聖夜と陵は部室中央、五角形に置かれた机の周りをグルグルと回りながら俺の話を聞いていた。
どうやら、二人三脚のほうは、練習専用のバンドが配布されたようだ。二人は早速、それをお互いの足首に巻き付けて走り回っている。
「ま、一年は先輩の言うことを、きいていれば、良いんだからよ。一、二、一、ニ」
「それもそうだな」
聖夜が言うことは、その通りで一年の俺には何もできない。
「春く~んっヘルプヘルプ~」
「はぁ~」
こっちはこっちでやってるってわけか。
面倒そうだ。と嘆息しながら声の主を見ると。
「ヘルプ~ヘルプ~」
「苺、動かないで、危ない…」
よたよたよた…。
「春くん春くんっドイてーっ」
「おい、ちょま…っ…」
ドタ。
恐らく組体操の練習をしていたのであろう。
林さんに肩車をされた苺が叫びながら落ちてきた。
危ない、そう思った時には俺の視覚は奪われ、触覚には確かな感覚を覚えた。
「うぐ……柔らか…い?」
こ、これは…っ。まさか…。
「ごめんね春く~ん」
苺は謝りながら上半身を俺から離す。
その瞬間、俺の視界は一気に明るくなり、そして憶測が正しかったことを知る。
目の前に広がったのは2つの大きな夢の膨らみと、苺だった。
「ぜ…ぜぜ…」
(絶景なり!!)
俺は言葉にならない叫びをあげる。こんなハッピーイベントに遭遇する日がくるなんてっ!!
「くふふふ、春くん、なんで口をパクパクさせてるの?」
気のせいかな?どちらかと言うと、無邪気なはずの苺の笑顔が妖艶に見えてしまう。
そしてなぜか、苺の足が俺の足と、複雑なご関係になりたがるように、もじもじと動いた。
「ねぇ?なんでぇ?」
何かのスイッチがオンになったらしい苺が、俺の両肩口に手をついて再び夢の膨らみを最接近させてくる。
視界が苺の影によって暗くなり、鼻先で夢が揺れる。その魔性の動きは俺の理性を吹き飛ばすには、十分すぎるほど、けしからんものだった。
「…っ…っ…っっ」
パクパクパクパク。
俺はもう言葉の出し方を忘れていた。息継ぎの仕方も忘れていた。
めるように開閉を繰り返した。
「春くぅん」
苺の甘い声が、くすぐったい吐息が、俺の耳を支配する。そして俺は間違いなく耳だけでなく脳まで支配され始めていた。
いっそこのまま、誘惑に身を任せてしまおうか。
「…苺、そこまで…」
「ちょっ、ゆっ、ゆうみんっ、あははは」
突然、苺が笑いだした。
「…はぁはぁ…俺は…」
俺は休止されていた呼吸が再開され、現実の世界に引き戻された。
危なかった…。苺の夢に飲み込まれるところだった。
「ちょっ、ちょっとっゆうみん、やめっやめてぇ~」
「…こちょこちょ…」
何が起こったのか確認すると、林さんが苺の横腹をくすぐっている。
「あははははは」
苺は笑いころげ、そのまま俺の上から転がり落ちた。
「さ、さて、部活を始めようか」
即座に立ち上がり、平静をよそおった。
頬の熱が下がるまで休ませてほしいところだが。
聖夜は陵とのバンドをとき、頭をグシャグシャと掻きながら、席についた。
「で?今日は何すんだ?」
「今日か?今日からは、体育祭の準備を始めようと思う。この体育祭は青春の重要なイベントの一つだからな」