初部活動、終了
「俺たちには、その小型盗聴機はつけるなよ」
俺が釘を刺すと、陵は「せっかく作ったのに…」と文句を言いつつも、了承した。
「わかったよ。それじゃあこれはもう使えないね」
陵は苺の背中から盗聴機を回収して、つまらなそうに手中で転がしてしる。
「うわっ、そんなものいつの間に~!全部聞いてたの!?もう!!別に良いけど~」
良いのかい!あの会話聞かれて別にいいで済ませちゃうんだ。
「ちょっと貸して~」
俺の背中で苺は陵から受け取ったそれを「ふ~ん」と興味深げに眺めた。
苺は好奇心旺盛だな。なんにでも興味深げだ。けど、今は後ろの2人のことよりも前のコイツが問題だ。
「しょうがない…行くぞ」
「私に話しかけないでください」
やはり黙って歩き出すべきだったな。いちいちウザい。
「行ってらっしゃい」「頑張れ~」
「…行ってらっしゃい……」
にこやかな笑顔に送り出され、嫌悪感溢れる表情の俺と執事は歩き出した。
「あーぁ……。」
「……。」
項垂れながら歩く俺と無言で歩く執事。辺りは華やかなピンク色に染まっているのに俺たちの回りだけは、重く灰色い空気に漂っていた。と、そんな俺達を嘲笑うかのように
「うわっ」
いきなり蜂が俺の眼前に現れて、つい上体を傾けてしまった。それも執事方向に。
「おい、こら、それ以上こっち来んな!!」
途端に、執事から罵声が飛んできた。
「本当あんた、林さんの前とは別人だよな」
頭に血が上ると素に戻るときもあったけど、それにしたって、黒いスーツで地面を踏み鳴らすように、ズカズカ歩く姿は執事とかけ離れている。まさに月とすっぽんと言ったところだろう。
「いつもは演技してるのか?」
俺はてっきり「そうだ」と返ってくるものだと思っていたが、返事は全くの逆だった。
「演技なんかしてねぇよ。俺は林家には感謝してんだ。勿論夕美お嬢様にもな。だから、あっちも本当の俺。こっちも本当の俺だ」
執事はぶっきらぼうに川を流れる桜の花びらを眺めた。
「桜ってよぉ、花びらが重なって木に咲いてる時は綺麗だが、川に流れると荒んじまうんだな」
確かに、横を流れる花びらは1枚1枚がバラバラになり、虚しく岩に集まるだけだった。
「人間もそんなもだ」
その表情はどこか懐かしげで、それでいて寂しげなものだった。
「おっと、俺はぁなんでお嬢様に近づく身分知らずな高坊なんかに話し込んじまってんだ。いけねぇいけねぇ」
はは、と乾いた笑いを作ってから執事はいつもの鋭い目つきに戻った。
「そろそろ引き返すぞ」
「…ちょおい…ったく、そうだな。早いとこ帰ろう」
この執事が相手のデートなんか拷問みたいなもんだかんな。
帰るとレジャーシート上には目を伏せた3人がいた。
「どうかなさいましたか?お嬢様」
俯いている林さんを執事が心底心配そうに覗き込む。
「…なんでも…ない」
「いやぁー、つまらなかったなぁ~って思ってさ」
「春樹も執事さんもあまり話さなかったからね」
ため息が3つ吐き出された。
大体の予想はついていたが、一応聞いておこう。
「おい、なんでそんなこと知ってんだ?」
案の定、スス~と俺の背後に移動した苺は、俺から豆粒サイズの機械を摘まみ取った。
「ほい、こ~れ」
「はあ…。やっぱりか」
出発する前に背中を見せたのが間違えだったな。
もっとも俺はあまり喋ってないし、こいつらが言うように面白くもなんともなかったな。俺はいいんだ俺は。だが隣のこいつは駄目みたいだぞ。目をカッと見開いて愕然としてる。
「お…お嬢様もお聞きなさったのですか?」
絞り出した声。林さんに聞かれちゃいけないことがあったのか。
「…聞いた…」
「そうですか………すみま「おぉまぁえぇらぁ―!!!!」
「やぁん、せいく~ん待ってぇ~」
なんで半裸やねん!!
おっと、驚いて関西弁が出ちまったぜ。おっかしぃなぁ関西に住んだことないんだがな。
シリアスなムードが一変。乳首丸出しの聖夜がオッサン引き連れて叫びながら俺に向かって全速力で突っ込んできた。
「おま…うぐっぁ!」
勢いそのままに俺共々その場に倒れ込む。要するに押し倒された。
「おい!俺にそんな趣味はねぇぞ!!」
俺は健全な男だ!!女の方が好きなんだ!!
「うるせぇ―!!黙ってじっとしろ!!」
肢体に有らん限りの力を込め必死に抵抗する俺の襟を、聖夜は両手で握りしめた。
そして…
「ぅりゃあ―――!!」
聖夜が雄叫びを上げた瞬間、ビリビリッ!!嫌な音をたててTシャツが真っ二つにはだけた。
ぅ、ぐわぁー…!!
「なぁ春樹…責任をとってくれるんだろうな?」
まるで諭すような言い方を…。
「せ、責任…って…?」
「俺の貞操を危険にさらした責任だ!!」
俺のTシャツは完全に引き裂かれ首から腹までパックリ口を開けてしまった。
そして聖夜は俺の足をがっしり掴んでグルングルン振り回しだした。
「や、やめ、やめろー…!!」
…飛んだ…俺は飛んだ。行く先はあの青い空…ではなく…あの屈強な筋肉。
ガシッ!
まるでそう聞こえるようだった。それほどまでにしっかりとキャッチ…否…抱き締められていた。
「あらあら、そんなに強くワタシの胸に飛び込んで来て、この甘えん坊さん」
「ぐ…ぐるしぃ……」
は…吐き気が…おぅぇ。
「春樹!お前も俺と同じ苦しみを受けるがいい!」
聖夜は高笑いをしながら俺をただ眺めていた。
「いやだ!いやだ!助けて!誰かー!」
脳内に走馬灯が走り。その後、目の前に暗幕が降りて何もかもが暗くなった。
バシャッ。水がかかる音と感覚を頭部におぼえてうっすらと目開ける。
「おい、春樹、起きろ!」
「…聖夜…」
すぐそこにイケメンが。
「すまん、まさかあんなことになるなんて…」
イケメンはその憎き顔面を曇らせていた。
「……なにを言っているんだ…?」
こいつはそう簡単に人に謝罪するような奴じゃない。よっぽどのことがあったのか?
「もう見てられなかったよー…」
「…体、……大丈夫…?」
聖夜の後ろから苺と林さんが心配の眼差しを向ける。
「…いったい俺になにがあったんだ…?なぁ教えてくれよ!」
「春くん、世の中にはね知らない方が良いことだってあるんだよ…」
「そ…それでも…!」
俺だって聞かないほうが良いと思う。でも、俺自身のことで知らないことがあって良いわけがないだろ。
「そうか…どうしてもって言うなら俺から話そう………。春樹…お前はオッサンに貞操を……っ。俺にはこれ以上は言えない…ッ!!」
「………。ま、まさか…嘘だろ?嘘だと言ってくれよ!」
「すまん……」
みんなは前髪で顔を隠すように俯き、プルプル震えていた。
俺が…あんなオッサンと………。
考えただけで、再び胃袋から弁当がリバースしそうになる。
そして俺がまた意識を失いかけたその時、みんながパッと顔を上げて言った。
「………嘘だ。」
「………嘘だよ~」
「………嘘…」
嘘だ…と?
マジかぁ…良かったぁー、何だよただの悪戯かよぉびっくりさせるなよー…
「って全然良くないわ!!ふざけんなよ!マジで焦ったんだかんな!あの震えは笑いを堪えてたんだろ!!」
「いやぁーすまんすまん。つい、可笑しくってな」
ゲラゲラと笑う聖夜の手は陵の携帯をつかんでいる。周りに化け物が居ないことから推測すると……ここで抵抗するとまずいな。あの化け物を召喚されちまう。
「ったく、もうやめろよな」
怒りを無理矢理静める。何事よりも俺の命が大事だ。
どうやら、俺が気絶している間に陵と林さんは歩いてしまったようだ。そして聖夜と執事と林さんが二人に気をとられているとオッサンが俺に襲いかかった。そんなところらしい。
「よし、これにて今日の部活動は終了。解散」
太陽も傾き始めたからこれくらいでお開きにしよう。
なにより、俺の精神力が限界を迎えてしまったからな。
こうして俺たち"春研"の最初の活動は幕を閉じた。
疲れたのか、アパートに着くと、いつもより早い時間に眠気が襲ってきた。