1話 幻想
「…………ん?」
暖かな日差しを感じて目をあける。
視界に入るのは、知らない天井、というか知らない部屋。
なぜか、僕は入院しているような服を着てベッドに横たわっているようだ。
左を向くと……
「わっ、まぶしっ!」
それはもう立派な竹林があった。その竹林の向こう側からちょうどこの部屋にだけ太陽の光が届いているみたいだ。
そして一番の問題。右横を見てみると。
「知らないウサ耳だ……」
ウサ耳ブレザー少女が寝ていた。
……………………。
よし、ちょっと待て。何かがおかしい、というか全部おかしい。
落ち着け、落ち着くんだ僕。
be cool.
「うん、落ち着いた。落ち着いたのはいいんだが……」
落ち着いた=現実逃避なのだが、まあそこは見逃してくれ。
とりあえず、ここどこだ?
まてまて、今日何があったのか思いだそう。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ふう、遂にテストも最終日か……」
「うん、そうだね」
本日は期末テスト最終日。最終日を迎えた僕のクラスでは、もうすぐやってくる夏休みに思いを馳せて、ペチャクチャとお喋りに勤しんでいる姿が多く見受けられる。
……いや、ちゃんと勉強しろよ。気持ちは分かるけどさ。
それは置いといて、僕は隣の椅子に座っている友人に声をかける。
「……お前、どうして目の下に隈があるのにそんな目がギラギラしてるのさ?」
「これのお蔭だよ」
僕の親友、小倉孝樹は自分のリュックからなにかを取り出す。
「この『モカ』を飲んでるのさ」
「ああ、なるほど」
モカとは、簡単に言えばカフェインの塊だ。これを飲みさえすれば、どんなに眠くとも数時間は持つらしい。が、副作用が半端ない。
その副作用とは……って孝樹がいまその症状になっているな。
「zzzzzzz……」
そう、効果が切れるとすぐに寝てしまうのだ。
「おい起きろ。そろそろテスト始まるぞ」
身体を揺さぶるが、全くの無反応。かなり深い眠りに入っているらしい。
「はぁ、またかよ」
孝樹のバッグからまた新しく『モカ』を取り出し、奴の口に突っ込む。悪いな、恨むなら僕じゃなくてモカを飲んだ孝樹自身にしてくれ。
「……はっ」
目をバッチリ開けて急に席から立ち上がる。学校で本日初の起床とは中々斬新だ。
「もっと、熱くなれよぉぉ!」
「黙れ」
バシンと教室の隅にあったハリセンで奴の頭を叩く。
……この学校、無駄な所で気が利いてるな。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「はいそこまで、鉛筆を置け!」
遂にテスト終了。今回はまあまあの出来だったかなと思いつつ、孝樹の机に向かう。
「孝樹、今回どうだった?」
「うーん、平均点くらいかな?」
実はこいつ、毎回テストで凄いことをやらかす。
テストの点数が全て平均点ピッタリなのだ。……いや、さすがに小数点第一位まで同じということは無く、四捨五入した値だが。
微妙な数字が平均点でも、そこは記述問題とかで△を取って稼いでいる。
いや、本当に何なんだよコイツ。
「そういえば、今日は職員会議があるから、HR無いんだったね」
「ああ、そんなことも言ってたか。んじゃ孝樹、早速帰ろうぜ」
「ふぃ~、今日は一段と疲れた」
「だったら、今日は近道するか?」
孝樹と僕の家は隣なので、自然と帰り道は同じになる。
……といっても、僕は引っ越ししてきた訳なのだが。まあそこら辺の話は追々していくとして。
「ねぇ恭介。最近、何か物騒じゃない?」
「ん? ……ああ、例の連続不審死事件か」
路上に捨ててある夕日新聞の一面にチラリと目を向ける。
本日午前1時頃、○○市の路上で人が倒れていると110番通報があった。
倒れていたのは市内在住の男性(58)で、病院に緊急搬送されたが、まもなく死亡が確認された。男性はは『××町連続バラバラ殺人事件』の容疑者とされていて、警察は本人の自宅を張り込みしていたが、○○町警察から連絡が来るまで誰一人として外に出て来なかったという。
直接の死因は不明。殺人事件の容疑者が不審死をするといった同様の事件はここ一年で数件発生しており、警察は各県警の合同本部を設け、同一犯の可能性を視野に入れながら捜査を進めている。
「でも、僕達は別に殺人をしている訳ではないんだから心配いらないんじゃないか?」
「いや、どちらかというと此処最近頻繁に起きている殺人事件の方が心配だよ。バラバラ殺人に始まり、監禁・首吊り等々。この一年で、かなりの数の殺人事件が起きてるじゃん」
「ああ、確かに……。でもなぜだろうな?」
うぅむ、日本の警察も落ちぶれたものだなあ。
……にしても、ここ最近は余りにも殺人事件が多すぎる。それも、『殺人事件の容疑者』を殺害するというものがだ。
ま、僕は関係無いし、大丈夫だろう。
……あれ?何かフラグ建った?
「……さぁ。俺は犯罪心理学については素人だからね。」
いや、犯罪心理学云々の問題では無い。
とまあこんな感じで孝樹と話をしながら帰路を歩いていた訳なのだが……
「ちょっと待ってもらおうか」
気付くと、僕たちの前に三人の不良がいた。
うわぁ、面倒臭ぇ……。
「ちょっと金貸してくれや。そうしてくれると俺達は何もせずにすむんだが」
「すいません、今金の持ち合わせが無いんで。御理解と御協力をお願いします」
不良三人組の間をぬって、その場から脱出しようと目論む。
「おいちょっと、置いてくなよ!」
おいおい。そこは何となく、黙って僕について来いよ!
「安心してくれ。俺達はお前らを逃がさないからな」
リーダー格っぽい大男が僕の前に立ち塞がる。
「……あの、テスト終わったんで早く帰って寝たいんですけど」
すると、大男が急に拳を振りかぶって地面を殴り付ける。
ドゴォン!
「…………え?」
何ということでしょう。直前までは綺麗に舗装されていたコンクリートの道が、今は一部分だけ粉々になっており、しかもそこだけ陥没しております。
「……これでも、早く寝たいか?」
「……なぁ孝樹。『あれ』やってくれ」
「やりたくないんだk」
「今現在、お前に人権は無いんだ。やってくれるね?」
「おk」
「おい、何の相談をしてるのかは分からないが俺達から逃げられるとでも?」
「もちろん。……孝樹、やってくれ!」
孝樹は、両手を真上に挙げる。
「嗚呼、わが親愛なる神よ! 私に力を貸してください!」
「は? お前一体何を言っていr」
よし、目論見通りあいつらはドン引きしている! 今だ!
「あ、もしもし警察ですか? はい、事件です。ちょっと今不良に襲われてましてね。場所は……」
親愛なる神→通信局で、力→電波である。変なことを言って気味悪がせ、その隙に通報する作戦だ。昨日、不良に襲われた際の対応策としてこの作戦を思い付いて孝樹に言ったかいがあった。
「おい、ちょっと待てや」
孝樹に向かってズカズカと詰め寄っていく大男。
「すいませんが、ここから先には行かせらんないな」
「…………お前誰にそんな口を聞いてると思っている。そこをどけ」
「どうやって?」
ニヤリと笑い、問いかける。
「こうやってだ」
腕を引き、そして凄い勢いで殴りかかってくる。
……が。
「ふふん、無駄だよ」
「なに!」
顔を右へ左へと本能のままに動かし避ける。
「チッ。お前も能力者か?」
「はい?」
能力者? こいつもしかして……。
「もしかしてお前、厨二病の末期患者なのか?」
「んな訳ないだろうが!」
あ、違った。
「っていうか『能力者』って何? ……おーい、聞いてるー?」
なんだこいつ? 「能力持ちじゃないのか?」とかブツブツ言ってる。
ってか考え事しながら的確に僕の顔を狙い続けているんだが。こいつ、出来るぞ……!
と、そこである事に気付く。
「おーい、そういえば報告することがあるんだが」
「黙ってろ」
一喝。折角の僕の善意だったのに。
「あ、兄貴。マズイことになってますぜ」
「あん? 何だ?」
ちなみに、ヤクザAとヤクザBは孝樹に攻撃していたのだが、彼は普通に避けていた。あいつに武術の心得は無いはずなのだが。僕にも無いけど。
「いや、そこにパトカーが」
「……………………」
ヤバい、空気が死んでる。
「何でもっと早く言わなかったんだよっ!」
「す、すいまグハッ!」
うわぁ、顔面にモロ入ったよ。流石に先程の馬鹿力で殴ってはいないみたいだけど、凄い痛そう。
「くそ、ずらかるぞ!」
「う、うぃっす!」
パトカーの音が近付いてくるのとは逆方向にヤクザAは足を踏み出……し…………た?
「へ?」
地面が無い……?
ヤクザAはすっとんきょうな声を上げてそのまま地面に飲み込まれていく。
ヤクザBも同様に落下。大男は、何とか避けた様子。
「なあ恭介、あれってもしかしてスキマじゃないか?」
「……言われてみればそんな気がする」
よくよく見ると、地面に謎の空間が広がっている。入り口は口の形になっていて、その端には何故かリボンが。そしてその空間の中には目がたくさんあって、これでもかという程に此方を凝視してきている。明らかにこの世の物ではない。
「……君達はドライアイじゃないんだね?」
「孝樹、お前は一体この状況で何言っているんだよ」
スキマにある目がドライアイだったら何か怖い。
「くそ、やはりスキマ妖怪は誤魔化せなかったか」
そう言いながら、遂にスキマに飲み込まれていく大男。しかし、スキマ妖怪だと? やはりこれは……
「あばよ、お二人さん」
「何か良く分からんが……。まあ、いい旅を!」
スキマが閉じる。いや、こんな事も有るものだ。まさか東方projectの八雲紫が実在しているとは。
……あれ?此方側の世界から見たら『実在』はしていないのか? よく分からん。
「ん?」
ふと足元に違和感を感じて、すぐに飛び退く。
「……おいおい、これは僕を本気で殺しにかかってるでしょう!」
自分の元居た場所の真下にはスキマが開かれ、しかもそのスキマの中には日本刀やら拳銃やらロケットランチャーやらがうようよしていた。
「なあ孝樹、この状況どうすればいいと思……う?」
孝樹が居た場所に振り返って見ると跡形もなく消えていた。あいつ、僕だけ残して逃げやがった! ……いや、助けを呼びに行ったと思っておこう。
「やはり、貴方の能力が一番面倒臭いわね」
今度は僕の前にスキマが開かれ、その入り口に何者かが腰かける。……そこって座れるんだ。
「あの、八雲紫さんでいらっしゃいますか?」
「ええ、そうよ。」
ふふふ……と、口元を扇子で覆いながら笑みを溢される。これが俗に言う『胡散臭い笑み』とやらか。
「で? どのようなご用で?」
「貴方、自分の能力について理解していないのに私に対して驚かないのね」
「まあ、さっきの大男が居ましたから。あれを見た後にこう現れられると、世の中不思議なものだなあ程度に落ち着きますよ」
「そう、つまりは現実逃『避』なのね。」
「ぐっ、それは言わないでください。というか、能力って何ですか? まさか僕能力持ち?」
超期待である。
「残念ながら、今は言えないわ。いえ、今も言えないが正しいわね。」
頭のなかでアラームが鳴り響いている。
本能のままに、左へと飛び退く。
「まじですか……」
「ええ、大マジよ」
僕が元居た場所に着弾したのは、紛れもない弾幕だった。