帰還Ⅰ
さあ、三年ぶりに書きました。
見てくれる人などいるのだろうかと思いつつも暇すぎて投稿(笑)。
これを見てくださる方、ありがとうございます!
「ほら、着いたぞ」
俺はゆっくりと目を開けて少し首を動かして前を見る。
あの忌々しい『屋敷』がすぐそこにまであった。
俺は丈の長いコートを着て、帽子を深くかぶり直し車の外に出た。
「私が送っていけるのはここまでだ。あとはすぐに保護されるだけだな」
「…ありがとう、イライジャ」
俺は一度も振り向くことなく雷鳴が響く薄暗い空の下を歩いていく。車の走り去る音もすぐに消えた。『屋敷』から近いのに、ここにはあるはずのモノが全てない。今にも死にそうな人間も、イカれた人間も、死んだ人間も、ゴミも、カラスも、キモい虫もなにもない。
ただあるのはかつて使われていた、なんの整備もされていないレンガ造りの小道。
レンガの隙間から草が無造作に生えていて、もはや道でもなくなっていた。所々俺の腰の高さになるものまで生えていていた。その道なき道を掻き分けて、小さな赤い戸に辿りついてゆっくりノブを右にひねる。
そこには煙突をつけた何棟にもなる工場が敷地内に無駄なく敷き詰められていた。
嗚呼、久しぶりだ。あのときとまるで変わってないじゃないか。
戸を入って左側、B-1と書かれた棟の更に奥E-3と書かれた棟の壁に付いているはしごを登り、三階の窓の上にある幅20センチ程の縁側に足をつけ、落ちないように慎重に渡る。普段よりも服が重く、更に天候が悪いせいで風が強いため、いつにもまして細心の注意を払う。
「…あった」
その高さから目的地の方へ目を向ければ、それまたいつも通りの光景がそこにあった。
それを確認したところで、気を引き閉めながらも少しペースをあげて前に進む。そして壁の角に付いたパイプをはしご代わりにして地上に下り、棟の隙間に入って目的地に駆けつける。その時、俺はいつも目的地に行く途中にあるマンホールの蓋を開けて、地下からそこに続く道を使わずに、地上のルートをそのまま使った。
そうすればあっという間にそこに着いてしまうのである。
近くには『ゴミ箱』とは違った、客で賑わう街がある。そこはまさしく繁華街だった。いつ行ってもお祭り騒ぎですぐそこにスラムと化した場所があるとは思えない。そこからやってくる久々の音色を聞きながら俺はひとまず物陰に隠れてその時が来るまで待つことにした。
「…五分経ったな。そろそろだ」
俺はいつでも動けるように姿勢を変え、後ろ向きに近づいてくる無人トラックの大きな扉が開くのを待った。
プー、プー、プー、プー………
徐々にやってくるトラックと同時に地面がうねり、だんだんと開き始めていく。
トラックは後進するのを止め、積み荷部分が傾き後ろの扉が全て開いた。
ガシャガシャガシャカシャガシャ
地面に開いた穴に雪崩れるように落ちていく。
今だ。
俺はすぐさまそこへ駆けつけ、何も入っていないショルダーバッグの口を両手で開き、それを雪崩の中に差し込んだ。そしてわずか数秒足らずでそれを引き抜く。それでももうバッグの中には1人で食べるには充分の食料が入っていた。
時間のロスがないようにすぐさま口を閉じて走りながらショルダーバッグを肩に掛ける。
ウィーン、ウィーンと警報が鳴り出し、そこらじゅうのランプが一斉に赤く光だす。
「「「侵入者だーーーーー!!!!!!」」」
どこからともなく聞こえてくる人の声。ここへ来たときは誰ひとり姿が見えなかったのに、どこからこんなに出てくるんだろうかと関心してしまうほどである。
俺は八方塞がりになるのを見越してもう一度他の棟のパイプを使って最上階の四階にまで登り、コートのポケットにしまっておいた十枚の貨幣をビニール袋で包んだもをガラスに打ち付けてガラスを割り、侵入した。
案の定、今の騒ぎで誰もが外に出払っていたので、俺は目に付いた、おそらく百人分のスープが賄えるであろう大きさの鍋を手に取ってその部屋を後にした。
実はこの食品工場で働いている九割は女性だったんだ。その理由はまた今度にしよう。
まぁそれで誠はその事を知っていたんだ。女性は男性よりも集団でターゲットを追いかけてしまうことも兼ねてね。
俺は一先ず階段の方へ走り、あえて二階の階段にまで下りた。
「ほら早く!この棟全てを探して侵入者を見つけるのよ!私たちは上の階に行きましょう」
リーダーらしき女性が一階で多数の女性に指揮を取っているのが聞こえてくる。
手分けしないで皆で来てほしいなお姉さん。
俺は鍋を床に置いておもいっきり蹴った。
ゴーンッ!!!!「痛っ!!?」
下まで聞こえるようにわざと大袈裟にしてやった。
「!!!!!!上よ上!!!早く!!!」
一斉に階段を駆け上がってくる音が聞こえる。それを合図に俺も三階まで上がって彼女たちを待ち伏せる。
「居たわよ侵入者!足ぶつけて動けなくなっちゃったの?バカね…」
三階の階段の上でしゃがみこんだ俺は、ざっと見て三十人ぐらいが階段の三分の二上ってきたところで大きな鍋を持ち上げた。
「お姉さんたち、ごめんね」
上ってくる彼女たちめがけて鍋を放り投げる。
「キャー!!!!!!」
案の定、彼女たちはパニックに陥り上から下へ見事にドミノ倒しになってしまった。
本当にごめんなさいと心底謝りながら、その場を後にし、四階を更に上がった所にある『立ち入り禁止』のドアを側にあった椅子の脚を持って叩きつけ、無理くりドアを開けた。
すると、凄まじい風が体を襲う。あまりの風圧で前に進むことはおろか、体に踏ん張りを効かせることもままならなかった。
これは嵐がやってきたからじゃない。四、五メートル上に浮上しているヘリコプターのせいだった。
「くそっ!ッ!?」
目も開けられずにいたところ急に肩を捕まれ体に電流が走る。
ゴミみたいな人間には人の手など、ましてや神の手を煩わすのはもっての他。
ゴミくずの処理は機械が全部処理をする。
目の前にいるのは人のような、精密にできたアンドロイド。
あのヘリコプターだって無人だ。嗚呼、本当にどうなってんだこの世界は。全ての不条理に腹が立つ。
俺はそのままアンドロイドに抱えられて気絶した。
だけどこれでいいんだ。