ココにいる理由
「やっと見つけた…。」
「……久しぶりだね。」
「………。」
「……………。」
俺と寛太郎の間に微妙な空気が流れた。俺はそろそろと鞄の中にハンバーガーを入れ、鞄を肩に掛けて立ち上がる。
まさかこんなとこに寛太郎がいるなんて思いもしなかった。
顔を合わせられるのは大嫌いなあそこだけのはずなのに、何故か寛太郎はここにいる。それだけじゃなくていつもの清潔さ溢れる『正装』を身に纏っていなかった。穴が所々空いてたり汚れがついている(無理矢理破いたり傷をつけたみたいなところも少しだけあったけど)ボロボロの服を着ていた。
ここに出向いているかぎりは正装を着るなんてことは絶対にあり得ないことだけど、ボロボロの服を着ている寛太郎があまりにも違和感があって俺は幻覚を見ている気がしてならなかった。
「誠、すっごい探した。なぁ、このまま一緒に帰ろう。」
寛太郎は小さい子供をあやすように優しい口調で話しかけてきた。
正直驚いた。何も言わずにあそこから出てきたのに怒ってないのか。俺は寛太郎の表情を見るのが恐くてまともに顔を合わせられなかったけど、そんな疑問が出てきたので目のピントを合わせてしっかりと表情を確認した。
が、瞬間にとてつもなく後悔した。獲物を狩る獣のような鋭い眼差しで俺をじっと見ている。
それに威圧を感じて一歩後退りした。掻きもしないのに今は尋常じゃないほど手汗を掻いている。
身体の内から震え上がる気持ちを落ち着かせて短く言葉を絞りだした。
「…悪いけどあそこに戻る気はないよ。一生ね。」
嗚呼、恐くて堪らない。心臓がバクバクしていて心が押し潰されそうなほど俺の中は黒いドロドロのものが乗しかかってくる。
「.……は、一生ってなんだよ。こんな下人らのわんさか居る『ゴミ箱』に何があるんだ。誠が居なくなった理由って何?」
さっきより寛太郎の顔が怪訝になっている。寛太郎の顔をしっかり見て以来、俺は目を逸らしていなかった。目を逸らしてしまったら本当に狩られてしまう気がしたから。
「あそこにいたら絶対に見ることの出来ないものを見たくて出てきたんだ。」
「屋敷にいて見れない物はないだろ。俺らには下人にはない特権がある。お上に欲しい物を頼めば何だって手に入るじゃねぇか。」
「そういうことを言ってるんじゃないんだ。この世界に同化している物のはずだから ……それに俺は現実にあるかも分からない危うい物を探してる。」
「誠、頭狂っちまったのか?言ってることが全然わかんねぇよ。」
顔を歪ませて寛太郎は一歩前に出た。それと同時に俺も一歩後退る。
「おかしいと言われても構わない。少しくらいこの世界に希望があると思わせて欲しいだけなんだ。そうしたら俺自身のけじめが着くんだ。少なくとも見つけるまであんな汚い所に戻る気はない。」
「だから何言ってんのか分かんねぇって。話し聞くから帰ろうぜ誠。な?」
そしてまた歩み寄ろうとする寛太郎。
……これ以上はもう話せない。
「寛太郎、ごめん。」
俺は後ろを向いて全力で走り出した。仲の良い友人が俺のためにここまで来てくれた。恐くて気まずいけどそんなに思っててくれたのかと純粋に嬉しい。けど俺はこんな汚い世界の境界線を見つけたいから、どんなに説得されようが人間の皮を被った化け物たちが集うあの場所には戻らない。
「ちょ、ま、誠ぉぉおおお!!」
寛太郎が追いかけてくる。
「現実にあるかも分からないもん探して何になんだよ。小せぇころから屋敷に居たくせにこのゴミ箱の何が分かんだよ。」
すっと、その言葉は俺の心をぱっくり裂いた。言われて当たり前の言葉。たったそれだけの短い言葉。でも俺には重くのし掛かる。
お前が夢みているようなモノはここには無いんだぞと言われているみたいだ。
嗚呼、なんだか泣きたくなってきたよ。あのあやふやな記憶が俺を生かす為の糧なのに、それを否定しないでよ。
俺はがむしゃらに全力で逃げ続けた。捕まらないために、マイナスの感情をふるい落とす為に。
変貌振りに強烈驚いた。
誰もが頷ける麗しき華の美少年と唱われた誠が汚ねぇ成りしてるんだ。
服は破けて変色してるし、女が羨ましがっていた絹のようにきめ細かくて艶のある白い肌には泥やかすり傷が、端正な顔にはほとんど見ることがなかった吹き出物がポツポツと赤く浮かび上がっている。
そして何よりくせぇ。
今見逃さないよう必死で追いかけているが、誠が走った余韻に生魚が腐った臭いが俺の鼻を攻撃してくる。下人だってそりゃ臭いが今の誠はそれ以上に半端なくくせぇ。
一体今まで何してたんだよあいつ。
誠、何で屋敷出てっちまったんだよ。こんな場所で容姿も才能も台無しにするなよ。お前は誰よりも恵まれてこの世に降りたって来たんだからこんなクズ人間の溜り場になんて居んな。
もうどれぐらい追いかけ回しているだろうか。誠のペースは一向に崩れない。
「ハァ、ハァ、足速っ。」
侮ってた、以外に足が速い。普段はボケッとしてるし俺の方が体格良いからそんなに動ける奴だと思わなかったが案外持久力もある。段々誠との距離が遠くなっていく。
「待て誠!」
誠は俺をチラッと見てすぐに前に向きなおす。そして誠は角に曲がった。
やべぇ見逃しちまう。
自分の体にムチ打って、俺はペースをあげた。
角を曲がると一五メートルぐらい先に誠がいた。
これ以上追いかけっこを続けていたら自分の体力が持たないと思いラストスパートをかける。うおおおおお!と全力で走れば誠との距離はもう五メートルぐらいにまで縮まっていた。誠がこっちを見て焦ってる顔をしている。
その先には大きな壁が立ちふさがっている。
よし、これで終わりだ。そう思うと自然と口の端がつりあがる。
誠を捕まえようと大きく手を伸ばした。誠の袖を掴む。が、誠が全力で走るので、しっかり捕まえることが出来なかったらしく俺の手をすり抜けた。
クソッ!
また誠と距離が少し遠くなった。
まあどうせ前には壁があって行き止まり、焦ることはない。そう考えて速度を落とした。
しかしそれが浅はかな考えてだったとすぐに思い知らされる。
「ごめん、寛太郎!」
誠はこちらを向き、壁に立て掛けてあるパイプやドラム缶を道の真ん中に倒してきた。ガタンガタンと金属音をたてながら俺と誠の間に歪な壁を作った。
「うを、あぶね。」
落ちてきたパイプを避ける。
そして障害物競争をするかのようにパイプの間をくぐり抜けた。
あれ、誠がいない。
強烈驚いた。前にあったのは茶色い色をした壁だけ。あり得ない、行き止まりだぞ。何が起きたのか分からなくなって呆然と立ち尽くす。
………っボト。
何か俺の左側から何かが落ちてきた音。
ハンバーガー?
見上げるとそこには誠の姿が。
廃屋から地面まで伸びている少し錆びたパイプに猿のように器用に登っている。
唖然。あいつがあんなにも運動能力が高いなんて。俺もパイプに登って奴を確保したいところだが、あいにく高所恐怖症と言うやつでそれが出来ない。奴も知っているのだ。
何もすることが出来なくてただただ誠の滑稽な姿を下からながめる。
そしてパイプの側にある壁の頂上までたどり着き足をつけ、猫のように壁の上を歩いて奥の方に歩いていく。すぐに誠の姿が見えなくなった。
結局誠を見失ってしまった。一週間このゴミ箱の中を探し回ってやっと見つけたのに。また一緒に生活できると思ったのに。
なあ、お前は俺をただの友人としか思ってないだろう。俺は違うんだ。お前がいない世界が凄い不安なんだ。執着してるんだ、狂ってると言われてもおかしくないほどに。だからどんなに嫌われようが逃げられようが俺は求め続ける。覚悟しとけ。今度会った時は絶対に逃がさねぇよ誠。