ある沐浴
「歌」「水」「靴下」の3つのお題で書いた三題噺です。
ある晴れた、暖かな春の日。10歳の少女アリスは、今日も森を散歩していた。
木漏れ日がアリスの頬を照らし、落ち葉が彼女の足元で音を奏でる。小躍りしたくなるような気分で、アリスは森を歩いていた。
ふと、今日はいつもとは違う道に行ってみよう、とアリスは思った。
森の中央近くにある、一本の大きなもみの木。そこをいつもは左に抜けた。
今日はちょっと、右に曲がってみよう。
アリスは左に向きかけた体をクルリと回し、反対方向へ歩き始めた。
水の匂いがする。しばらく歩いて、アリスは気付いた。もしかしたら、近くに湖があるのかもしれない。
アリスは辺りをキョロキョロと見渡すと、キラリと輝くものを見つけた。
きっと湖面だ。
小走りに光の方へ向かう。それはキラキラと揺らめいていて、やっぱり湖面だ、とアリスは確信した。
そして、アリスの目の前が急に開けた。
森の、ちょうど中心部。そこに、広い湖があった。
「きれい…」
思わずつぶやいた。水は飲めそうなほど綺麗で、水中の魚の影を追うことすらできる。
アリスは水際にしゃがみこむと、そっと水に手を伸ばした。
「冷たくて、気持ちいい」
両手を中に入れて、ひんやりとした感触を楽しむ。
アリスは、これは入るしかない、と思った。今日は暖かいし、足だけ入れてみよう。
靴と靴下を脱ぎ、スカートをたくし上げると、アリスは早速湖に足を入れた。
「つめたーい!」
キャッキャッ、と水を足で蹴り上げる。
湖の住民たちが一斉にアリスから逃げていくと、アリスは更に楽しくなった。その影を追いかけるように、アリスは水を撒き散らす。
あらかた住民たちに迷惑をかけると、アリスは裸足のまま岸辺に座った。
夏になったら、泳ぎに来よう。
そんなことをぼんやり考えていると、背後でガサッと音がした。
「誰?」
アリスは振り向いたが、誰もいない。
しかし、音はする。
人間か。
あるいは森の動物か。
アリスは少し恐くなって、立ち上がった。
相変わらず、音はする。
その音が、徐々に近付いてくる。
「!」
茂みから現れたのは、クマだった。
アリスの背丈を遥かに凌ぐ、大きな黒い猛獣。
「キャーーーッ!!」
アリスは大声を上げて、全速力で駆け出した。
湖はあっという間に見えなくなり、木の根だらけの森を走る。
走りながら、アリスは後ろを見た。
クマは、追ってきていないだろうか。
アリスの心配は的中し、クマがアリス目掛けて巨体を突進させていた。
「イヤーーーッ!!」
アリスの足音と悲鳴が、森にこだまする。
彼女にはもう、どこをどう走っているのかすらわからない。
完全にパニックになっていた。
「キャッ」
そのとき、アリスが転んだ。むき出しの木の根に足を引っ掛けてしまったのだ。
慌てて起き上がろうとするが、足が言うことを聞かない。
背後を振り返ると、もうクマが目の前にいた。
「~~~!」
もうダメだ、とアリスはギュッと目をつむった。
……………。
………。
……。
…?
特に何も起こらない。
そっと目を開ける。
鼻の先にクマの顔があった。
「ひっ」
思わず息を呑む。
しかしクマは何もしない。
「…あら、それ…」
アリスは、クマが何かを口にくわえているのに気がついた。
どこかで見たことがある。
アリスはすぐに気がついた。
「あ、私の靴と靴下!」
そういえば、湖で脱いだきりだった。
ここまでアリスは、裸足で駆けて来ていたのだ。
「もしかして、届けてくれたの?」
クマは(アリスの言葉がわかったのかどうか知らないが)うなずいて、口から靴と靴下を落とした。
「ありがとう、クマさん!」
アリスは靴下と靴を履くと立ち上がり、
「お礼に、そうね……一緒に踊りましょ」
その場で1人と1匹は、ともに踊り始めた。
これが、かの有名な童謡「森のクマさん」のモチーフとなった出来事である。
Q.お題の「歌」はどこに出てきたのですか?
A.「童謡」の形で登場しました。