自覚する ~修也~
・・・いっせんをひく?
いきなり瑞穂に言われた言葉が理解できへんかった。
というか。
頭の中で変換できなかった、というほうが正しい。
「そうやって修也は人にバリアを張ってるんやな」
きつい言い方をしてるようでいて、瑞穂の表情は悲しげに見えた。
「・・・バリア?」
「うん。いつも何か修也にはバリアを感じてたような気がする、あたし」
ああ。まただ。
俺は思う。女の子にそんな風に言われるのは初めてやない。
何度か言われた事がある。
35年間誰とも付き合ったことがないわけやない。
・・・俺だって男やから。
いいなって思うこともあるし、一緒におりたいって思うこともある。
なんだっけ、同じような事を言われた覚えがある。
「・・・何に怖がってるん?」
きっといつもの瑞穂だったら言わなかったのだろう。
今日はアルコールが入ってるから、だから言える事。
それだからこそ、多分本当に言いたかったこと。
「怖がってるんかな、俺」
「そう見える。修也は何か怖がってるような気がする」
瑞穂はきっと、『文章を操るもの』としての感覚で俺が気付いてない俺を知らせようとしてる。
それは『数字を操る俺』にはわかり辛い物かもしれない。
「さっき結婚とか考えてないっていったやん?」
生中をもう1杯頼んで、瑞穂は本気で飲むモードになり。
「考えたことがない」
「今まで一回も?」
「ないなぁ」
はぁ。瑞穂はため息をつくとやってきたビールに口をつけた。
「修也はなくても相手の人はあったかも知れんやん」
「・・・あったんかもな」
無意識にそう答えて、自分が過去にそんな相手がいた事を認めたのだと気付く。
瑞穂は傾けたジョッキを一旦止めたが、そのまま俺に目をあわさずに煽った。
そしてテーブルにガタンとそれを置くと。
「そうか」
何かに納得したように瑞穂はうなずき、そして。
俺が一番聞きたくない言葉を放った。
「修也解ってて知らない振りしたんやろ?」
俺を見る瑞穂の目の縁が赤い。
酔っている・・・だけど、何かそれだけじゃないような気がした。
ああ。
こういう時に人は酒を飲みたくなるのかもな、と初めて俺は思った。
自分で気付きたくなかった、自分に隠していたことを突きつけられた時に。
逃げるように飲んでしまいたくなるのかもしれへん。
・・・親父もそうやったんか?
今は全く関係ないのにそんな思いが浮かぶ。
でも、今俺の前にはアルコールはなくて。
ウーロン茶煽るだけじゃ、逃げようもあらへん。
逃げようもない。
何から?どこへ逃げようとしてんねん、俺は。
「・・・ごめん余計なこと言うたわ」
黙ってしまった俺をどう受け取ったのか、瑞穂が低い声で搾り出すように言った。
「・・・別に謝らんでも」
俺はそう返すのが精一杯で。
「ごめん。こんな風にずかずか踏み込むから、酔っ払いは嫌やよなぁ。修也がお酒飲むの嫌がるのも無理ないわぁ」
そんな俺に瑞穂は明るく笑いながら言う。
俺でもわかるような・・・ちっとも笑ってない声で。
「いや、そういう事じゃないねん」
「あたしに関係ない事やのに、なに熱くなってんねんやろ。あほやなぁほんまに」
だから、そうやって笑わんとってくれ。
関係ないとか、言わんとってくれ。
「いや、そうじゃなくて」
「やっぱり止めといたら良かったな、ウーロン茶にすれば良かった」
「瑞穂」
「お水たのもっかなぁ。あかんあかん女の酔っ払いなんて最低やわぁ」
「違うって」
店員を呼ぶブザーを押そうと伸ばした瑞穂の左手を、俺の右手が掴む。
驚いたように俺を見上げた瑞穂が小さく呟いた。
「・・・ほんまは解ってたんやろ?」
そう言った瑞穂の目に浮かんでたのは。
「酔い」じゃなくて「涙」だった。
「修也、あたしの気持ちも解ってて気付かん振りしてたんやろ?」
そこまで言うと、どんどん浮かぶ涙の玉が大きくなった。
そして、右目の涙が瑞穂の頬に流れ落ちた。追いかけるように左の頬にも。
・・・そうや、解ってた。
瑞穂の気持ちもちゃんと解ってたのに、気づかない振りをしていた。
今までと同じように。
それだけやない。
俺は。
ほんまは自分の気持ちも解ってたのに、気付いてない振りをしてたんや。
気付いたら一緒に居たくなるから。
気付いてない振りしたって、一緒にいるのが心地いいと思ってしまったのに。
ずっと一緒に居れたらなんて思ってしまうのに。
それを解ってしまうのに躊躇したんや。
・・・ずっとなんて、永遠なんて無いから。